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ふたつの鼓動  作者: 入山 瑠衣
第十章 アインガルドス帝国皇帝
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百二十回目『そこに立つは』

 ゾンビもどきたちが立ちはだかる中、見事な動きで対応して次々と道を切り開いていくマリアンとヴァスティ。走りながらと言うのが信じられないほどだ。


 そうして何とかミカヅキ一行は帝都の門を潜り、帝都――ケルサスに入ることができた。息が上がる彼らを待っていたのは、頭が混乱してしまいそうな光景だった。


「これが、帝都……?」


 ミカヅキがおもむろに確認するかの如く呟くのは無理もない。

 一面に広がる廃墟のような建物が建ち並び、それらが全て氷付けされている、まさに異様な光景だった。


「おいっ、中に人がいるぞ!」


 レイが声をあげ、そちらの方に目を向けると確かに建物と一緒に氷付けにされた人たちがいた。しかも二人や三人じゃない。容易に十や二十人、城へと続く一本道だけでも三桁は行きそうだ。


「早く助けないと!」


「残念だけど、今はできないわ」


「ミーシャ……どうして?」


 ミカヅキが氷付けにされた人に駆け寄ろうとした時、ミーシャが手を掴んでそれを止めた。

 彼からすればミーシャらしくない行動に首を傾げたが、すぐにその悔しそうな表情を見て何かの理由があるのだと察した。


「確かに姫君の言う通りだ。この魔力、神王国の姫様のものの中に、微かにレイディア(あの野郎)の魔力も感じる」


「じゃあもしかして、ソフィ様はまだ生きてる!?」


「そうとは言い切れない。ミカヅキ、俺がヴァンから特有魔法を『継承』した話はしたよな。――俺からヴァンの魔力も感じるはずだ」


 ヴァスティの発言に喜びにも似た感情を抱くミカヅキだったが、レイは落ち着いた様子でそれを訂正した。


 彼の言葉の通り、はっきりではないが確かにヴァンの魔力を感じた。


「悩んでても仕方ないわ。こういうのは本人に聞くのが一番よ」


「ミーシャ……」


 苦笑を浮かべるミカヅキ。確かにこれは踏み行っていいのか怪しい案件だが、同盟を結んでいる相手国のことなのだから少しくらいは知っておかなきゃいけない気もする、と一人悩む少年である。


「案外すぐに確認できるようだぜ。氷は真っ直ぐ城へと向かってるからな」


 ヴァスティの言葉に皆頷き、氷の街を進んでいった。




 ーーーーーーー




 ――結局時折滑って転んだり転ばなかったりと大変だった。

 道中も氷付けされた人々が視界に入ったが、胸が痛みに耐えこのままにしておくことが話し合いによって決められた。


 そして、彼らはようやくその姿を捉えた。

 空中や地面から伸びる鎖に繋がれて項垂れる男性と、その者の返り血を全身のそこら中に浴びた探し人(レイディア)を。


「あれは!」


「レイディア!」


「――待て」


 走る勢いのままレイディアのもとへと駆け寄ろうとするミカヅキを、マリアンが腕を出して制止した。

 それに釣られて少年以外の者たちも足を止めることとなる。


 返り血で全身を汚しているから止めたのかと首を傾げたが、騎士王の表情はそんな呑気な雰囲気ではなかった。


「マリアン……」


「ああ」


 魔法を使っていたヴァスティはまだしも、ゾンビもどきにすら素手で対応していたマリアンが剣を抜いたのだ。


 レイは、まさか強敵であるレイディアをここで倒すつもりか、それともあの傷だらけで血だらけの仲間を助けるためか、などと警戒した。が、それならばミカヅキを止める必要はない点に気付き、何が狙いなのか様子を窺った。

 斬りかかればいつでも間に割って入れるように構えたままでだ。


 しかし、謎はすぐに判明することとなる。


「おやおや、本当に来てしまうとはどうしようもない阿呆だな。ったく……はた面倒な」


 レイディアが本当に面倒そうに口にするや否や、彼を含めたこの場にいる全員が広い結界の中に閉じ込められた。


「貴様、何のつもりだ?」


「騎士王である者が、この状況を理解していないのか」


 その結界は帝国を覆ったものと酷似していた。故にマリアンは問いかけたのだ。――本気なのか、と。


 対してレイディアは振り返りながら挑発とも取れる返答をする。


「レイディア、この結界は何? もしかして僕たちを何かから守るため?」


「……」


「どうしたの? いつもなら、自分で考えろ、とか言うのに……レイディア!」


 ミカヅキは直感的に感じ取ったのだろう。込み上げる不安をそのまま素直にレイディアにぶつけた。


 少年以外は既に現在置かれている状況を理解してしまっていた。


 もう一度問おうと一歩踏み出した時、彼の手が暖かい二つのものに包まれる。

 ハッとなってそちらに目を向けると、悲しそうで辛そうな表情のミーシャが静かに、そしてゆっくりと首を横に振った。


 信じられない、信じたくないと言った顔をレイディアに向ける。


「残念だったな。私は貴様らの――()だ」


 冷たい眼差しと共に突き刺さるその言葉は、ミカヅキの瞳から滴を溢れさせた。


「レイディアのことだ、きっと理由があるんだよね。僕たちは信じてるよ。だから他の方法を――」


 必死に平然を保とうとし、説得する少年の目の前で火花が散った。


「やはり貴様が止めるか、マリアン」


「やはり本気なのだな、レイディア」


 一瞬で剣を造り出し、ミカヅキに斬りかかったレイディアを、他の誰もが反応すらできない中でマリアンが受け止めたのだ。


 幸か不幸か一度剣を交えただけで騎士王は察した。いや、察してしまったと言うべきだろう。

 目の前に立つ一番の好敵手が、実力も全てを認めた唯一の人物が、本気で仲間を殺す気だと。


 悲痛の表情を浮かべるのも束の間、彼は固まる少年をミーシャに任せ、レイとエインを護衛につける。


 そして、ヴァスティと共に攻めに転じた。


「ヴァスティ。……躊躇う必要はない、全力で奴を倒す――否」


 剣聖と呼ばれるヴァスティは長年マリアンと共に天帝騎士団として戦ってきたが、それを見るのは初めてだった。

 騎士王の“殺気を込めた”表情を――。



 ――マリアンのおかげで命拾いしたミカヅキは、レイディアの行動に心に強い衝撃を受けて、現実を受け入れられないでいた。半ば方針状態に近い様子だ。


「ミカヅキ、意識をしっかり。……どうして、レイディアが」


 ミカヅキのそばに寄り添い、必死に声をかけるミーシャ。見ている側も辛くなるような光景だ。


「稽古の最中にあえて殺気を出すことはあったが、あれはそんな優しいもんじゃない。本気で俺たちを……」


 レイの呟きに対して、エインは不思議そうな表情をする。


「君たちがへこたれてどうするんだい? ついさっきボクたちが操られてるかもって話をしたのに、驚きすぎて冷静な判断ができてないね」


 キョトンとするミカヅキ、ミーシャ、レイの三人。彼が言ったことをゆっくりと理解して終える頃には、暗かった表情が先程よりかは明るくなっていた。


「なぜ、どうしてと考える必要はない。ただ信じる道を突き進む……それがボクの知ってるハヤミくんなんだけど、もしかしてここで君の夢は終わりなのかな?」


 神経を逆撫でするような言い回しを腹立たしい表情で疲労して見せるエイン。

 ミカヅキはそれを聞き、怒るわけではなく顔を伏せた。


 いつもならこんな時、彼の代わりに怒るミーシャだが俯く少年に寄り添うだけで何も咎めなかった。レイはそんな子どもたちの様子を横目で確認しつつ、戦う者たちに意識を向けていた。


 いつ飛び火が来ても対処できるようにと、ミカヅキに悩み考える時間を与える、レイなりの気遣いだった。

 同時に俺たちの準備はできている。いつでも、どんな答えを出そうと、俺たちはお前の意見を尊重する。と言った意図と含まれていた。


「……ありがとう、みんな。ちょっとビックリしちゃって、僕らしくないよね。僕は――」


 顔を上げて、戦うレイディアへと視線を向ける。


「全力でレイディアを倒す!!」


「さっすがハヤミくんだ」


「ああ、強くなった」


「はふ……」


 気の抜けた音が男子三人の耳に届く。その方向にゆっくりと顔を向けると、顔を赤くしたミーシャがいた。


「な、なによ、ちょっとくらい良いじゃないっ。だって、今のミカヅキ……かっこよかったんだもん」


「ふふ、ありがとうミーシャ。おかげで元気になれたよ」


 無意識に乙女の心に追い討ちをかける少年に、やれやれとため息を漏らすレイとエインである。


 気を取り直して、マリアン、ヴァスティ対レイディアの戦いに目を向けた。

 激しい攻防が繰り広げられているが、どこか妙に引っ掛かる部分かあった。それは彼らの力が拮抗しているように見える点だ。


 確かに騎士王と剣聖を相手にすれば如何にレイディアであろうと考えたが、ミカヅキたちは腑に落ちなかった。


「僕たちを待ってるんだ。行こう、ミーシャ、レイ、エイン」


「ええ」


「だな」


「お供するよ」


 それぞれ拳や武器を握りしめて、戦いの中へと身を投じた。




 ーーーーーーー




 レイディアとの戦いの勝利への鍵はミカヅキであると確信し、少年が立ち直るまでの時間稼ぎの役を買って出た二人だったが……。


「くっ……」


 改めて目の前に立つ男の力の底知れなさを感じていた。


 彼らは気付いていた。自分たちの攻撃の強さに合わせた返しをされていることに。それはつまり、必然的に相手はまだ余裕を残している事実を意味する。


 しかし着目すべきはそこではない。マリアンとヴァスティは本気(・・)で殺しにかかっているのだ。なのに傷一つ与えられていない現状である。


「これが“魔力あり”の貴様の実力か」


「そうだ。正直、マリアンとこうして、もう一度相対するとは思わなかったよ」


「なるほど、何らかの理由があるのは確定したな」


 演技か素かはわからないが、してやられたと言いたげな表情を見せた。


 最悪の決断しながらも、マリアンとて信じようとしていたのだ。レイディアは無意味に仲間を傷付けるような人物ではないと。


 魔法なんて神秘な力は関係ない。純粋な剣と刀を交えた仲だからこそ残るものがあったのだ。お互いに敵同士でありながらも、単なる殺し殺されの関係ではない、好敵手(とも)としての絆が確かに築かれていたのだ。


「さぁな、貴様らがそう思いたいだけだろう?」


「思うのは各々の自由であろう」


「らしくないな、マリアン。そんな子ども染みた言い訳を――」


「今の貴様に言われたくないな。らしくないのはレイディア、貴様の方ではないのか?」


 レイディアの言葉を遮り、マリアンは皮肉を言い放つ。


 痛いとこを突かれたからか、ため息を漏らしながら苦笑を返した。


 ヴァスティは二人の会話を聞きつつ、今の内に気になることについて思考する。それは先程からレイディアが剣を造り出している点だ。まるでミカヅキの特有魔法の『創造の力(アーク)』のように。


 ここに来る道中で、ソフィの魔力を感じる氷もあったのも含めると、レイディアの不明な特有魔法でもいくつか予測が立てられる。


 だが引っ掛かるのは、こうもあっさりと尻尾を掴ませるのか。他の者ならともかく、あのレイディアがそんな単純なミスをするとは思えない。となると、わざと情報を漏らしてこちらの思考を操ろうとしている可能性が浮上する。


 レイディアは悩む剣聖に一瞥をくれてやると、


「加勢する者たちに聞いてみたらどうだ? 奴らなら私の特有魔法のことを知っているとも」


「わからんな。レイディア……、レイディア・D・オーディンともあろう者が、このような愚かな行為に手を染めるとは」


「そうか。人なんて何者よりも表裏一体だろう。故に私が少年たちの前に立ちはだかる壁として敵となるのもごく自然だと思うがね」


 説得、と言うより本心を確かめたいマリアンだが、レイディアは持ち前の話術でひらりと躱わす。騎士王の意図など瞬速の参謀には筒抜けなのだ。


 しかし同時に完全の否定も肯定もしていないのも事実。



 ――そうこうしている内に、立ち直ったミカヅキを含めたミーシャ、レイ、エインの四人が戦闘に参加した。


 レイディアがそれを目にした時、一瞬だが微笑んだのをマリアンは見逃さなかった。


 きっかけとして充分だった。


「どうやら無事に立ち直れたようだな」


「お待たせしてすみません。それとありがとうございます。ここからは僕たちも一緒に戦います」


 剣を眼前に構えるマリアンは、視線を敵からずらさずに後ろにいるミカヅキに声をかけた。


「良かろう。では、わたしとミカヅキは前衛として接近戦を仕掛け、姫様(ミーシャ)、エインは後衛として援護を。ヴァスティとレイは中衛として補助を頼む」


 それぞれの得意分野に見あった的確な指示に逆らう者は当然おらず、皆元気に返事をして承諾した。



 ――王国も神王国も帝国も関係ない。

 共通の倒すべき敵に各々が協力する。歴史上一度も成されなかった出来事が、行動が今成就したかに思える。


 レイディア・D・オーディンは自身に立ち向かう者たちを遠い目で眺めながらため息をつく。


「……はた面倒な」


 小さく弱々しい呟きは誰の耳にも届かず、風の音に掻き消された。言った本人は特に気にせず、当然だろうと視線を少年たちよりやや上に向け、今は亡き国王(ソフィ)を思い浮かべる。


 ――私は何をしているのだろうな?


 人はこれを“後悔”と言うのだ。

 たとえ知っていたとしても、理解していた(わかっていた)としても、抗えないものがあるように。

 彼ももしかしたら……。



 ――立ちはだかる者になろうと“信じる”と宣言した少年たちは、レイディアを越えることはできるのだろうか。


 否。


 少年たちは示さねばならないのだ。

 たった一つの思いを。


 それさえ成すことが叶うならば、もしかしたら彼に届くやもしれない……切り拓かれるかもしれない。


 可能性(希望)に満ちた選択肢が――。

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