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ふたつの鼓動  作者: 入山 瑠衣
第十章 アインガルドス帝国皇帝
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百十九回目『城へ』

「本当なの……?」


「ボクだって今でも信じたくないさ。だけど、国民にとってはあれが理想なのかもしれない」


 エインから聞かされた帝国の現状は、想像を容易に覆すほど驚くべき内容だった。

 あまりの衝撃的な事実にはレイは眉を潜め、ミーシャは辛そうな表情を浮かべ、ミカヅキは信じられないと言った様子だった。


 戦争で命を落としても、まるで生きているかのように振る舞う死人。それを死人とは知らない周りの人々。


 そんな生と死が交錯する環境こそが民の望むものだと皇帝は考えたのだ。

 どんな魔法を使っているか詳しくは不明だが、死人の肉体は腐敗することなく生きているときと然程変化はない。意思のある人間か操られた人形かの違いだ。


「陛下に違和感を感じ始めたのが八年前。別人のようになられたのは三年前だ。以前のあの方ならこのような非人道的なことはなさるまい。そこに関してはマリアンが一番に感じ取っていたはずだ」


 バルフィリアは隣に立つマリアンに視線をずらす。エインが帝国の現状を話していた間に呼んでいたのだ。


 ミカヅキやレイは、初めて見る騎士王に目を奪われた。何と言うか彼ら曰く騎士の中の騎士、らしい。

 雰囲気が今まで見たどの騎士より威風堂々としたものだった。これぞ騎士であると模範解答を出された気分になるほどだ。


「ええ、そうですね……」


 顔を伏せる仕草を見せるが、すぐに勇ましい表情に戻って話を続けた。


「わたしに、騎士団に入らないか、と仰って下さったのは陛下なのだ。その頃はとても穏やかで寛大なお方だった――いや、今もそうだと信じている。何よりも民を大事にした陛下だからこそ、このような決断をされたのだと」


「きしお……イグルスさん。あなたは皇帝陛下を心から信じ、尊敬しているのではありませんか?」


「貴殿は……貴殿がミカヅキ・ハヤミか。心遣い感謝する。それと、気負うことはない。気軽にマリアンと呼んでもらって構わない。騎士団の皆もそう呼ぶのでな」


「はい、ありがとうございます」


 どこか悲しそうな表情からミカヅキの言葉を聞いて微笑みを返す。


「ああ、もちろん尊敬しているとも」


「たぶん、僕たちがレイディアに抱くものと似てると思うんです。僕は正直、レイディアがどんなことを考えているのか全くわかりません。ですが、必ず僕たち仲間のことを大切に考えてくれているのはわかります」


 ミカヅキの言葉にミーシャ、レイは力強く頷いた。


「時々無茶なことをしますが、それも一つの経験になっています。だから何を考えているのか、何を企んでいるのかわからなくても、教えてくれないとしても……僕たちはレイディアを信じています」


 自分で言ってて少し恥ずかしくなるが、ここまで来て止めるわけにもいかないので半ば勢い任せで最後まで言うことにした。


 ミーシャとレイはそれを見抜いているらしく、クスクスと小さな笑い声が彼の耳に届いた。あとで絶対に怒ると心の中で誓いつつ話を続けた。


「……その、何を言いたいかと言うと、帝国がエインの話したような状況に皇帝陛下がなされたのであれば、何かの考えがあると思うんです。それか――何者かに(・・・・)操られているか(・・・・・・・)


 少年がその一言を口にした瞬間、バルフィリアにマリアン、ヴァスティまでもが息を呑んだ。まるで今初めてその事に気づいたかのような反応である。


 世界最強の騎士団長、世界でただ一人の騎士王、受け継がれし剣聖の三人がそんな初歩的な事柄に辿り着けないはずはない。

 だが、ミカヅキを含めた帝国に所属しない三人にはそう見えたのだ。


「なるほど、そう言うことか」


 バルフィリアは渇いた笑い声を微かに上げながら呟いた。


「よもや、そのようなことが」


 マリアンは険しい面持ちで、


「ハッ、してやられたってことか」


 ヴァスティは自嘲気味に団長に続いた。


 きっかけであろうミカヅキ本人は首を傾げている。が、ミーシャとレイは何やら勘づいた様子だった。


 エインはと言うと、ミカヅキ同様話についていけてないのが見てとれた。


「まさかミカヅキ、わからないのか?」


「うぐ……」


 ヴァスティが煽るように笑みを浮かべながら尋ねる。

 悔しいが言うとおりである以上頷くしかなかった。


「賢いのかバカなのか」


 ヴァスティがやれやれと広げた両手を左右に振りながら悪態を溢す。


 褒められているのか貶されているのか微妙な気持ちになるミカヅキ。


「それを君が言うとは、自分への皮肉かい?」


「んなわけないだろ! 団長、やっぱりもう一回勝負だ!」


「はいはい、この戦争が終わって無事だったらな。そんなことより、ミカヅキ少年に教えることがあるんじゃないか?」


「ケッ、俺はあんたが嫌いだ。……まぁなんだ、その、ミカヅキ。お前が今言った操られてるってのは、恐らく皇帝だけじゃない。――帝国の全ての人間が操られてる可能性がある」


 ヴァスティの驚くべき回答に、ミカヅキは言葉を失った。勘づいていたミーシャとレイさえも同様の反応を見せた。


 エインは開いた口が塞がらない状態だ。


「……でも、そうなると精神系の魔法と言うことになる。だけど、精神系魔法には耐性がある人には効かないはず」


 ミカヅキがわざわざ口に出したのには理由がある。


 彼が言ったように精神に作用する文字通り精神系魔法は、人によっては全く効かない場合がある。

 つまり精神力がある者、心が強い者と言われる者たちだ。

 または、もとから精神異常を抱えている者も効かない可能性がある。


 過去の帝国の周辺国との戦いの記録の中に、『天帝の使い』には精神系魔法は無意味と残されていたのだ。


 この情報は『王の影』時代のミルダが得たもので、信憑性が高いものとなる。


 ここで疑問が生じた。

 ヴァスティは“帝国の全ての人間”と言ったのだ。それは天帝騎士団である彼らも含まれると考え、矛盾していることに気付いた。


 言葉の誤と言えば済む話だが、ミカヅキの中で妙に引っ掛かったのだ。


「ようやく理解したみたいだな」


「いや、彼はその先にも気付いているようだ。ミカヅキ()は恐らく、事前の情報収集で知っているのだろう? 俺はともかく、マリアンやヴァスティたちには精神系魔法が無意味だと」


「はい。だから変だと思ったんです、矛盾しているって」


 ふむ、と言って感心した様子のバルフィリアはヴァスティに成り代わって話を続けた。


「あのレイディア(偏屈な男)が信用するわけだ。君たち(・・・)は面白い。では、我々が自分たちすら操られていると確信した理由を話そう。簡単な理由だよ、自分たちが操られていると言う考えに至らなかったことだ」


 ミカヅキはそこまで聞いてハッとなった。バルフィリアの言葉の通りだと。


 天帝騎士団の団長ともあろう人物がそんな単純な答えに辿り着けないはずがない。ましてや彼だけではなく、マリアンやヴァスティも含めてなんてまずあり得ないと言えよう。


「察しが良いようで助かる。自分たちの思考能力を過信するわけではないが……さすがに考え付くはずだ。だが、結果は知っての通りだ」


「なら逆にだ、どうしてミカヅキの発言一つで気付けたんだ?」


 ふとレイが思ったことを口にしてみる。素朴な彼の問いには帝国の三人ではなく、ミーシャが代わりに答えた。


「ミカヅキが異世界人だからよ。たぶん他の人じゃダメだったと思うわ」


「ああ、姫の考えに同意だ」


「てかよ、俺は直接皇帝に聞けばいいんじゃないかと思うんだが?」


 ヴァスティがごもっともなことを言うと、彼以外の全員が「あー、確かに」と口を揃えて言った。見事なハモりだったと皮肉混じりに返す。


 しかし、そううまくはいかないらしい。

 異変にいち早く気付いたのは、やはりマリアン、次いでバルフィリアだった。


「団長」


「ちょっと長話が過ぎたようだ」


 二人の呟きの後、他の面々も表情を真剣なものへと変化させていく。


「どうやら核心に迫っているらしいな。じゃなきゃ、こんな歓迎はしないだろ」


 苦笑いを浮かべながらも剣聖はこの異様な光景を楽しんでいるようにも感じられた。ミカヅキもつられて苦笑するが、やはりすぐに緊迫したものに戻ってしまう。


 それもそのはず。レイディアが気を失わせたはずの天帝騎士団の団員たちがあたかもゾンビのようにうねうねと起き上がり、武器を持って彼らにゆっくりと迫ってきていたのだ。


ミカヅキ(少年)、君たちは城へと向かうが良い。マリアン、ヴァスティ、彼らを援護するんだ。ここは俺に任せてもらおう」


「団長、どうかご無事で」


「りょーかい。さっさと行くぞ」


「え、でも、団長さんが……」


「いいえ、違うわミカヅキ。私たちがいたらあの人の邪魔になる」


 ミーシャの後押しもあり、渋るミカヅキたちはバルフィリアの指示に従った。



 少年たちが走り出すと、ゾンビもどき団員たちも彼らを追いかけるべく駆け出した。が、バルフィリアがそれを許すはずもなく足止めを食らっていた。


「悪いが我が団員たちよ、俺は真の意味での世界を見てみたいのだ。故に、しばらく戯れるとしようか」


 苦笑して団員たちを見渡し、自分を鼓舞するために宣言する。いくら世界一の人数を誇ると言えど、やはり仲間を失うのは辛いもの。


 彼は目の前で唸る者たちが生半可な方法では倒すことはおろか、行動を邪魔することさえ叶わないことを理解していた。だからこそ足止めを買って出たのだ。――無作為に仲間(団員)を傷つけないために。


 拳を握り、今度こそ笑いかける。存分に楽しもうや、と。




 ーーーーーーー




 ミカヅキ一行が帝都へと駆ける中、アイバルテイクたちはようやく結界の内部へと転移を終えた。


 そこに待ち受けていたのは――


「いやはや、待ちわびましたぞ」


「ドルグ殿、なぜここに?」


 天帝の使いが一人、大地の剛腕――ドルグ・ユーベストがあたかもアイバルテイクたちがここに来ることを知っていたかのように待ち構えていた。


「団長の命でして、あなたにお手伝いしていただきたいことがあるのです」


「天帝騎士団の? いったいどのような……」


 そこまで言って背後から違和感を感じ、ドルグが正面にいるにも関わらず後ろを振り返った。すると一緒に転移してきた団員たちが叫び声、唸り声を上げながら豹変している真っ最中だった。


 更に周囲で倒れている天帝騎士団員たちもゆらりと立ち上がり、ゆっくりとこちらに迫ってきている。


「ドルグ殿、まさか――」


「そのまさかです。この者たちの相手を手伝っていただきたいのですよ。わしだけでは些か骨が折れます故。いずれ世界中が彼らのようになるでしょう」


「なるほど。レイディアが危惧していたのはこれのことだったのか」


 以前、レイディアが「今回の帝国との戦争では、世界中が舞台だろう。単に人間同士の争いだけならまだ良いが……」と呟いていたことを思い出す。


 アイバルテイクはふと疑問を抱き眉を潜める。


「ドルグ殿、我々が彼らのようになっていないのは何故ですか?」


「確定ではありませんが、わしは四大属性の地を司る者として、加護があります。アイバルテイク殿は魔神族、故に魔力に耐性がたるのではと」


 二人は迫ってくるゾンビもどきたちを軽くあしらいながら会話をする。一応仲間である以上、下手に攻撃して怪我をさせるわけにはいかないからだ。


 軽傷程度ならまだしも、行動不能の怪我は心が痛い。が、このままでは切りがない。それは二人も理解していた。


「つまり彼らと同じ状態に、我々もなる可能性はある、と言うことですね」


「幸い、あのオーディン殿の結界がある限り、被害が広がることはないでしょう。ですが……」


「それは敵も承知、と。では、わたしたちはここでこの者たちが他へ行かないように対処。若者たちを信じるとしましょう」


「貴殿も充分若いと思いますが……。わしもこのような戦、長く生きてきましたが、初めての経験です。いやはや、やはり長生きはしてみるものですな」


 二人の顔付きが変わり、周囲の空気すら変わって見えた。


 これ以上の会話は不要。あとは目の前のゾンビもどきとなってしまった仲間たちを苦しめないように倒すだけ。


 神経をすり減らすような“作業”をこれから成そうと言うのだ。並の者ならば到底長くは保つまい。だが彼ら二人ならそんな難行を成し遂げられよう。


 大地の剛腕と、魔神王の二人が協力するのだから。百人力とはまさにこの事だ。



 全力をもって仲間を戦闘続行不能にする。


 周りには語り部はおらず、役者のみ。しかし彼らの行いは必ず何かの形で残るだろう。


 何せ、彼ら(・・)が相手をするのは万を越える人数なのだから――。

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