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ふたつの鼓動  作者: 入山 瑠衣
第十章 アインガルドス帝国皇帝
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百十七回目『決闘の末に』

「行くよ、ミーシャ!」


「ええ!」


 元気良く返事するミーシャに喜びの笑みを浮かべながらも、少年の闘志は衰えるどころか燃え上がった。


 チャキ、とヴァスティの剣が音を鳴らす。攻撃へ転じようとした、が、それを阻む者がいた。


「――それは神の力か?」


「教えてあげない」


「え、ちょっ、いつの間に!?」


 ミーシャが文字通り一瞬の内にヴァスティの目の前に移動していた。

 ミカヅキには転移染みた移動は見えず、気付いた時には睨み合う二人の構図。


「燃えて」


 手を翳す少女に対し、その数倍の速度で剣は振り下ろされる。なのに少女は反応できていないのか動きに迷いが無い。理由はすぐに理解させられた。


「――させない」


 一本の棍棒が剣の行く手を阻む。言うまでもない、ミカヅキの龍聖棍だ。


 ミーシャが透かさず翳した掌から前方に炎を放つ。


「ちっ」


 再び距離を取るヴァスティ。


 ミカヅキは思う。――オヤジが魔法による攻撃なら、実態のない状態のヴァスティにも通用することを証明してくれたから、こうして正面から戦えるんだ。

 無駄じゃない。オヤジは僕たちに残してくれたんだ、勝利への可能性を!


 常人の目では追い切れないほどの速度の攻防が繰り広げられる。



 ――縦横無尽のミカヅキの棍棒と、火と水属性のミーシャの多種多様の攻撃全てに対応するヴァスティ。


 確かにミカヅキとミーシャが一緒に戦うのは初めてで、コンビネーションのコの字も知らないはずだ。だが以心伝心とでも言わんばかりの動きだった。

 お互いに次に何をするか、何をしたいかをまるで知っているように立ち回っているのだ。


「さっきまで死にかけだった奴が、見せてくれるじゃないか」


 加えて自分に棍棒を叩きつけようとする相手に話しかける余裕まであると来た。


 かといってミカヅキたちとて不利な訳じゃない。少しずつだが確実に追い詰めているのは確かだ。その証拠にヴァスティは徐々に後ろに退いていた。


「ククク……ハハハハハッ、楽しい、楽しいぞ! この手に汗握る緊張感。これが、これこそが互いの命を奪い合う戦いと言うものなのだ」


「だからっ、僕はあなたを殺さないって言っているじゃないか!」


「そうだったな。そっちの姫様も同じだと?」


「当たり前じゃない。生きてさえいれば、いつかきっと、見えてくるものがあると思うから。でもね、こう考えるようになったのって、ミカヅキに会ってからなんだ」


 ヴァスティが口にしたようにお互いの命を奪い合う戦いの最中だと言うのに、気にしていないと宣言するかの如くミカヅキは思いを叫び、ミーシャは素直に問いに答えた。


 その時、一際大きな金属音が周囲に響いた。


 それはヴァスティがミカヅキの棍棒を弾き、ミーシャの魔法を雷で打ち破ったタイミングと同じだった。


 追撃しようとした二人。だがヴァスティから戦意を感じないとわかるや否や攻撃の手を止めた。もちろんいつ何が来ても対応できるように身構えたままだ。


「変な奴ら……あーいや、変な奴だ。俺はお前(ミカヅキ)の師匠を殺した。仲間の騎士を何人も殺した。普通は怒り狂って襲いかかるほどの憤りがあるはず……」


 剣を腰に現れた鞘に納めながら話を続ける。


「なのにお前は怒りこそあれ、全く復讐心はない。攻撃に殺意がからっきし乗ってなかったからな。しかも俺を絶対に殺さない、と来たもんだ。はぁ……そんな奴初めてだよ」


「じゃあ、僕たちの勝ちに――」


「人の話は最後まで聞きやがれ。――次の一撃だ。その一撃で勝敗を決めよう。正真正銘、全力全開の一撃だ。俺は当然殺すつもりで行く。お前たちは二人協力しようと好きにすれば良い」


 ミカヅキの横入りを両断し、決闘の終わりの条件を提示した。


 悪い話ではないのは当然だ。男の意地や格好付けで辛うじて立っていられる少年と、病み上がりで傷口が開き始めている少女にとっては……。


 なら良い話かと問われればすぐには頷けない。簡潔に言えばボロボロでフラフラな少年少女二人が素晴らしいコンビネーションで攻めても、僅かな傷しか与えられなかった相手の全力。それも一撃。文字通り一点集中の攻撃である。


 そんなものに太刀打ちできるのか、更にはそれを越えた一撃が繰り出せるのかと言う問題だ。


 ミカヅキとミーシャは困った顔でお互いを見やる。――どうしようか、と。


 これは時間がかかるなとヴァスティが苦笑したのも束の間、二人はニッと笑顔になって彼の方に顔を向けると――


「その申し出……受けて立つ!」


 ビシィッと効果音でもなりそうな程の指のしなりを見せつけた。


「お前ならそう言うと思ってたぜ。じゃあ、構えな」


 少しだけ話しやすい雰囲気だったのが、再び殺意全開の雰囲気に戻った。しかしやはり、依然として楽しそうだ。


 ミカヅキは指示に従って構える。先ほどの一対一の時と同じ、肩の上まで手を上げて……投擲の構えだ。


 ヴァスティは、今度こそ全力だと言わんばかりに姿勢を低くし、鞘に収められた剣の柄に手を携える。


「ミーシャは、力を貸して。イメージは送る」


「うん……わかった。任せて」


 どうやら脳内言語伝達魔法を応用して造り出す武器のイメージをミーシャに送ったようだ。

 本人たちは全然気にしていないが、並の騎士団員では数ヶ月かかることを、この土壇場で容易にやってのけるのは才能だろうか。


「僕たちが造るのは相手を殺すのではなく、相手を倒す一投。しかして勝利を得る強き一投」


 ミカヅキの手の上で棍棒が形作られ、そこにミーシャの炎が上乗せされ――否。同化しているではないか。加えて水、地属性の魔法も混ざっていく。最後に風属性を纏わせれば、彼らが造り出した合作の出来上がりだ。


「創造する――四征龍槍ダイア・イングリアス」


 地水火風の四色、もとい四属性で彩られたそれが秘める力は、単純な威力に換算すると街一つは消し飛ぶほどだ。


 敵を殺さない。しかし勝利を得るために彼らが今造り出せる究極の一。これが敗れることがあれば、即ち敗北が待っている。といっても最悪の場合、恐らく勝敗が決まった段階で生きていないだろう。


 恐怖ももちろんある。だが彼らは礼儀としてその一投に全力を込めたのだ。相手を死なせてしまうかもしれない、殺してしまうかもしれないという彼らにとっての最悪の可能性を秘めるものを。


 故に、もとよりそのつもりだったが、ヴァスティも剣聖として彼らの覚悟に全力をもって応えることとしたのだ。


「我が示すは剣聖としての証、故にこの一閃こそ我なり――」


「いっけぇぇぇぇえええ!!!!」


 準備は整ったのを互いに察し、先にミカヅキが槍を叫びながら放った。

 音速を越え、光速並の速さで突き進むそれはミカヅキの身体を容易に吹き飛ばしかけた。が、今回もミーシャが障壁を張って防いだ。


 ここでヴァスティは剣を鞘から抜き、上段に構えて弧を描きながら振り下ろした。


「――雷光・月閃」


 彼が描いた弧はその場に残り、そこから光線の如く雷が前方へと放たれた。


 ヴァスティの月閃がミカヅキの槍を呑み込むと思われたが、見た目は小さくとも威力は負けていないらしい。衝突するや否や、それらは互いに押し合って拮抗状態となる。


 ザ……。


「ハハッ、初めてだ」


 ――生まれて初めて敵を前にして地面に膝をつく。

 不思議と悔しさや怒りは込み上げてこない。湧いて出たのは笑い声だった。


 ミーシャはまだ四属性全てを完璧に操れる訳ではない。ある程度であり、火属性に特化していた。

 だが他の属性も才能なのか、時間が経つに連れて次第にコントロールできるようになっている。


 ヴァスティも持ち前の慧眼でそこは見抜いていた。だからこそ本当に全力を注いだのだ。

『再生神』と呼ばれる存在が戦闘に不向きであろうと、“神”であることに変わりはない。故に未だ成長途中と言えど侮れなかった。


 その間にも徐々にミカヅキたちの槍が押し始めていた。


「……可能性。既に汚れてしまった俺には、無縁なものだと思っていた」


(だけど彼なら、もしかしたらやり遂げるかもしれない)


「そう言うことだ」


 突然頭の中に聞こえた声に驚きもせず平然と返した。


 ヴァスティは立ち上がり、おもむろに両手を広げる。


 彼の目には光の如く雷が弾けて周囲に散っていく様を、ミカヅキたちの槍が罪人の首を斬るギロチンのように真っ直ぐ自分に向かってくる光景を、抵抗する訳でもなく、ただじっと迫る終わりを見つめていた(待っていた)


 ――俺は、これでやっと……解放される(楽になれる)


 槍が彼の身体に衝突すると同時に爆発が周囲を襲った。

 ヴァスティ・ドレイユの意識は光に包まれて消え去った。


 その表情は今までの凶悪な彼ならではものではなく、長年の胸のつっかえが取れたでも言わんばかりの、安らぎを得た優しい笑みだった。




 ーーーーーーー




 一方、天帝騎士団団長――バルフィリアに次元の狭間に連れてこられたレイとエインは、ものの見事に弄ばれていた。


「おやおや、どうしたんだ。これで終わりかい?」


 次元の狭間の環境は人間では適応ができないらしく、レイとエインもその柵に頭を抱えていた。なんとか光の魔方陣で対応するも、そこから出たらあの世へ直通だ。


 光を身に纏えば陣から出ても活動可能と言っても、バルフィリアを倒さないことには埒が明かない。


 レイが次元を斬ろうとしても邪魔をされ、攻撃に転じたとしても容易くあしらわれ、打つ手が無くなってきたところだった。


「全っ然当たらん。これでは無駄に体力を消費するだけだぞ……」


「急いでハヤミくんのもとへ馳せ参じたいのに、意地悪なお方だ」


「足止めが目的だからな――と、どうやらそれも潮時らしい」


 悪戯な笑みを浮かべるバルフィリアに、犬のように唸る二人。

 だが、突然笑みを崩して真顔に戻ってそう言った。


 さすがは団長と言うべきか、レイはすぐに理由を察した。


「ミカヅキたちの決着がついたな」


「何だって!?」


「ほお、察しが良いな、レイ・グランディール。さすがはガルシアの倅と言ったところか……問いには答えんぞ」


 会話に追い付けずにいるエインと、ガルシアの名を聞いて驚くレイ。見ていて飽きないとはまさにこの事だろう。


 なぜ知っているだの何だのを訊かれることを察知して、先手を打つバルフィリア。そんな彼に対して口を開いて声を出す寸前だったレイは、眉をピクつかせながら閉じるのだった。


「さて、そんなことよりもとの次元に戻るぞ。まったく……世話のかかるお子さまたち(・・)だこと」


 バルフィリアはため息をつきながら二人に指示を出した。


 一瞬反抗する素振りを見せるが、本当に撤退モードな彼を見て構えを解いた。さすがに警戒までは解いてはいない。


「一つ問おう、レイ・グランディール」


「嫌だね。こっちの問いには答えないくせに、そっちの問いには答えろなんて話が良すぎるだろ」


 言っていることはごもっともだが、態度が完全にふてくされた子どもだなとエインは苦笑する。

 レイがゆっくりと視線を向けると、それに合わせるように一緒の方向にずらした。何も言っていませんよの意思表示だ。


「構わん。どちらでも好きにせい。――お前たちは、ミカヅキ・ハヤミが何者になろうと(であろうと)、信じ続けることができるか?」


 どうせくだらないことだろうと高を括っていたが、意味深な問いにレイは表情を変えた。


 彼は一年前のヴァスティの襲撃の際、生存者から聞いたミカヅキの豹変ぶりを思い出したのだ。

 口調も雰囲気も変わり、まるで別人だったと……。


 あれ以来、ミカヅキは自分のことを“僕”ではなく“俺”と言うようになった。

 理由はすぐには察した。弱い自分を認めたくないから、強くなりたいからだと。

 こればかりは周りがどうこう言っても仕方がないとレイも、他の者たちも口出しすることはなかった。


 それだけじゃない。俺と良い始めたあの時だ、二つ目の特有魔法『創造の力』を発現させたのは。

 ミカヅキが別の世界からの転移者、つまり異世界人だからこそ今まで考えられなかったことを成し遂げたのだと考えた。


 だが、もし、もしもだ。それ以外に理由があるのだとしたら、自分たちの想像と違う結果だとしたら、ミカヅキを信じることは……信じ続けることは叶うのか。


 ここまで考えてレイはふっと鼻で笑った。


「……愚問だな。俺はガルシア騎士団の団長だ。そして、ミカヅキは我が騎士団の団員だ。信じる理由なんてはそれだけで充分なんだよ。て言うか――」


「そんな理由が必要なんてまだまだだね。ボクは何があってもハヤミくんを信じるさ。信じるのに理由なんていらない、でしょ?」


「てめぇ、俺の言葉を先に言いやがって……。まぁ良い。バルフィリア団長、俺たちの答えはそういうことだ。満足か?」


 表情をコロコロ変えるレイをミルダ見ていたら何と言っていたか、それとも何も言われずにただ冷たい視線を向けられていただけなのだろうか。それは神のみぞ知ることだ。


 してやったりと挑発するように言い放つレイ。しかしバルフィリアは苛立つどころか見下すように笑った。


「いや失礼、思い出してしまってな。――人は事実をその目で目の当たりにし、現実を理解して初めて答えを選ぶ権利が与えられる。そうした仮定が、我々思考する生命に与えられた定めなんだ」


 突然の謎の言葉に首を傾げるエイン。

 キョトンとするエインと、彼とは真逆の表情のレイを視線に捉えながらも、気にせず話を続けた。


「かつて俺に挑んだ者の言葉だ。人々を信じ、人々に信じられ、最後は裏切られた哀れな一人の男の、な」


 バルフィリアがそこまで言うと、二人の視界が揺らいだ。――否。目に見える景色こそが揺らいでいた。


 乗り物の酔いに似た感覚を覚え、少しでも和らげるために目を閉じ、次に開いた時にはもと見覚えのある色のある景色へと戻っていた。


 どうやら無事に戻ってきたみたいだと胸を撫で下ろすエインは「良かったな」と言いながら顔を向けると予想外の表情がそこにあった。


「なんて怖い顔をしてるんだよ……」


倒していなかった(・・・・・・・・)のか。……ふーっ、ひとまずミカヅキたちのもとへ急ぐぞエイン」


 気持ちを切り替える意味も含め首を振って表情を変え、ミカヅキたちのもとへと向かうつもりだったのだが……。


「……おいおい、目の前にいるじゃないか」


「なっ……、ほんとだ。無事で何よりだお二人さん」


 既にたどり着いていたことに気付いていなかったらしい。よほどバルフィリアの最後の言葉が衝撃だったのだろう、とエインは考えることにした。


 魔法障壁の中にいるミカヅキとミーシャに軽快に再会の挨拶をするも、今の漫才のような掛け合いを見事に見られていたため、苦笑いを返されたのは言うまでもない。


「……れっ、レイとエインこそ、無事で良かったよ。ねぇミーシャ!」


「えっ! うん、そうね、ほんと無事で良かったわ。こっちはもう大変だったんだから」


 あたふたしつつもしっかりとミカヅキの急な無茶ぶりに見事に対応して見せた。


「覚えてろよ三人とも。この戦争が終わったら、三日間発光体にして夜も眠れなくしてやる」


「だって。大変だね、ハヤミく……ん? 三人って、人数間違ってないかい?」


 そう長い時間離れていた訳でもないのに、再会して早くもわちゃわちゃする一行であった。



 ――そんな賑やかな少年たちを遠目で見る金色の髪の青年、バルフィリアは視線を落とす。


「本当に勝つなんて、驚きだ。君もそう思うだろ?」


 地面に横たわっている剣聖に問いかける。既に意識は失われているのだから返事がないことくらい、考えなくてもわかるだろうに。


 もしくは彼には彼なりの考えがあるのだろうか。そう、ミカヅキとミーシャの二人が協力して造り出した四征龍槍を受けた者が、街一つは軽く消し飛ばすほどの威力を秘めた一撃をその身に受けたヴァスティが――。


「起きろ、ヴァスティ。寝ている暇なんて無いぞ」


 バルフィリアの言葉は一つの可能性を、“事実”として確定させるには充分だった。

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