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ふたつの鼓動  作者: 入山 瑠衣
第二章 神王国との同盟
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十一回目『道中にて』

「ねぇ、ミカヅキ」


「なに?」


「暇なんだけど」


 気持ちはわかるけど、言っちゃ駄目だって。


 かれこれファーレント王国を出発してから2日が経った。つまり今日は3日目だ。


 レイや後ろの二台目の馬車に乗っている騎士団の人たちが心配していた奇襲は今のところない。だからと言って、ここで油断していいわけではない。


 いつ来られても良いように準備しておいて損は無いはずだから。


 とはわかっているものの、ミーシャの言うことも強く同意したい。

 なんと言っても、ほとんどが馬車に揺られるだけなのだ。しかも、加えて周りは森なので木ばっかり。景色も変わらないのだから、これを暇と言わずになんと言う?


「ミカヅキ。お前がちゃんと相手をしてやらんでどうすんだよ」


「まったく、文句を言ってやりたいのに、言えないのが悔しいな」


 そう。レイは今、自身の特有魔法(ランク)である輝光士(シャイニング)で光を操り、一定の範囲でレーダーのように張り巡らせることで、怪しい者がいないかを調べるのをずっとやっている。


 僕たちが眠っている時もずっとだ。


 頭が上がらないと言ったところだが、こうやって構わずいじってくるからどうしたものか。


 それでも出発してからずっとレーダーを張り続けているから、一睡もしていない。

 だから体力的に少し心配する。


 でも、相手は王国の騎士団団長。


 心配する方が駄目なのかとも思うが、してしまうのは仕方ない。


「当たり前のことを言わないで、レイ」


「これは失礼しました」


 笑い合う二人を見て、僕が考えすぎなだけなのかとも思ってしまう。


 レイは今も全然変わらない。


「それはそうだけど、レイ、体は大丈夫なの?」


 気付いたら言ってしまった。

 その事が頭から離れなかったからだとわかっていた。


「ああ、大丈夫さ。ありがとうな。でもな、ミカヅキ」


 レイは笑いながら僕の頭の上に手を乗せて続けた。


「お前は姫様を守ることだけを考えろ。俺の、俺たちのことはその次だ」


「レイ……」


 心配した僕が駄目だったらしい。

 少し恥ずかしくなって、俯いてしまう。


「ありがとう」


 口から自然と出た言葉は感謝だった。

 これが今の僕の本心だ。

 同時に悔しいとも思う。


 まだ僕は周りを見る前に、一つのことしかできないんだと言われている気がして。

 レイに悪気がないことはわかっている。


 それでも考えずにはいられない。


 ミルダさんとの決闘だって、僕は勝ちはしたけど、実力は比べるまでもなかった。


「では、僕はミーシャを守ることに集中するよ」


「任せたぜ」


 理由はわからないけど、ミルダさんが手加減してくれて、なおかつ自分で負けに行ったからこその勝利。


「ミカヅキおそーい」


「ごめんよ」


 ()ねるミーシャを見て思う。

 僕はこの子を、守れるのだろうか?

 僕がこの子の側にいてもいいんだろうか?

 そんな資格が、僕にあるのだろうか?


 家族すら何もできずに、ただ死なせていった僕に、ここに資格なんてあるのか?


 なら、僕はここにいるべきじゃない。


 僕は……


「いてはいけないんだ」


「……なに、言ってるの?」


 ミーシャが僕の顔を心配そうに覗き込む。


 しまった、口に出してしまったらしい。


「誰が、いてはだめなの?」


「い、いや、なんでもないんだ」


 必死に訂正しようとしたが、ミーシャは食い下がらなかった。


「ミカヅキが、なの?」


 ドクン。

 心臓が高く鳴り響き、体を揺らすような感覚に襲われた。


 気付かれたこと?

 いくつもの考えられる可能性から、僕だと言い当てられたこと?


 ……違う。


 目の前の女の子の、ミーシャの表情があまりにも悲しそうで、今にも泣きそうで言われたから。


「そうだけど、違うよ」


「え……?」


 上目遣いでほんとなの、と聞いてくるミーシャ。

 僕は正直、自分の言ったことがどういう意味かわかってなかった。

 でもそうなのだ。


 僕は気付くと、ミーシャの頭を撫でていた。


「んっ、んー」


 顔を赤らめながら俯くミーシャを見て、自然とため息がこぼれた。

 決して、ミーシャにではない。

 僕自身に対してだ。


「ごめん、心配かけた」


「いいよ、必要なことだと思うもん」


 年下のはずの目の前の女の子に、憧れと言うか、敗北感と言うか、そう言うものを感じてしまうのは変だろうか。


「ミーシャ。僕はずっとそばにいるからね」


 なおも俯いたままのミーシャに言うと、


「おおっ」


 いきなり抱き締められた。


「ぎゅー!」


「まったく、急に……」


 と言いながらも、僕は嬉しかった。


 なんでなのかはわからないけど、嬉しかった。

 だから僕は抱き締め返した。


「ぎゅー」


 すると、ミーシャも負けじとさらに強く抱き締めてくる。


 これを何度か繰り返していると、ふいに、おほん、と言う声が聞こえた。


「あ……」


 見るとミルダさんの弟子と言われているアミルさんが、抱き締め合う僕たちを見ながら困った表情をしていた。


「違うの!」


「うわっ、てっ」


 いつぞやの時と同じように突き飛ばされて、僕は頭のぶつけたところを押さえた。


 やっぱり、まだ周りを見るには早いってことか……。


 それにしても、痛いなぁ。

 あんなに強く突き飛ばさなくてもいいのに。


「――まったく、仲が良くていいですなぁ。」


 そんなじゃれあいを、馬車を操縦しながらもちゃんと見ていたレイは苦笑していた。


「もう少しすれば、ファーレンブルク王国領土、マルデリットに着くんだが、ここでひとまず馬を休ませよう」


「そうだね、わかった」


 馬車はその名の通り、馬が引っ張って進んでいるからこそ疲れてしまうのだ。


 だからこうして時々休ませてやらないと、いざと言うときにバテてしまってはもともこもない。


 それに、どうやらこの世界には機械は無いらしい。

 その代わりの魔法なのだろうと僕は思うけど、車や飛行機が無かったら不便なんだと知らされる。


 魔法が無くても機械が発達していた僕の世界。

 機械が無くても魔法が発達してきたこの世界。


 どちらもそれで成り立っているから、不思議に思う。


 まぁ、この世界には機械と言う概念自体存在しないらしいけど。


「なぁ、ミカヅキ。そう言えば、ファーレンブルク神王国のことはどこまで知ってるんだ?」


「え? んー、どこまでと聞かれると困るんだけど……」


 馬車で足を宙ぶらりんの状態でのんびりしていると、レイが唐突に聞いてきた。


 どこまで、か。


 ファーレント王国、アインガルドス帝国と並ぶ、世界三大勢力の一つ。


 今思うとこれくらいしか印象に残ってない。


「この世界の三大勢力の一つってことくらいかな」


「そうだな。まぁ、それだけ知っておけばいいか」


 いいの?

 僕もこれだけなのかと思ったけど、レイがそう言うならいいけど……。


 と考えていると僕を気にせず、レイは話を続けた。


「三大勢力って言っても、アインガルドス帝国は別物だ。まぁ、俺が一番印象に残ってるのは天帝騎士団だな」


「それは聞いたよ。世界で一番強い騎士団なんでしょ?」


「お、それはそれは、さすがはミカヅキ」


 なんか取って付けたような言い方だなー。


 でも実際、天帝騎士団は僕も聞いたときは驚いた。

 悪く言うわけではないけど、数も強さもガルシア騎士団とは(けた)が違う。


 もし、天帝騎士団に攻め込まれたらファーレント王国は負けるとオヤジが断言していた。


「でも、アインガルドスの連中は攻めようなんてことはしない。王はなにか考えがあるんだって言ってたが……」


「なにか気になるところがあるの?」


 レイは腕を組んで(うな)る。


 王、と言うことはミーシャのお父さんが。


「俺も腑に落ちないんだ。お前になら良いだろう」


「え、なに?」


 微笑して僕を見てから空を見上げる。

 まるでそこに誰かがいるかのようだった。


「王が亡くなる前に俺に言ったんだ。もし俺に何かあったら、アインガルドスに気を付けろってな」


「それをミーシャは知ってるの?」


「いや、知らないはずだ。だからほんとに驚いたんだよ」


 アインガルドス帝国じゃなくて、ファーレンブルク神王国と手を組むって言ったことをな。と言うレイは自嘲するように笑った。


「死ぬかもしれないって、わかってたんだろうよ。それなのに俺は何もできなかったんだ」


 悔しそうに拳を握りしめる。

 それは僕が見てもわかるほど、強く握られていた。


 何も言えない。


 どれだけ悔しかったんだろう。

 どれだけ辛かったんだろう。


 おそらくレイは国王にそう言われて何かあるはずだと考えたんだ。

 でも、それでも守ることができなかったから、こんなに――悲しそうなんだ。


「だからお前の存在を知ったとき、こいつが王を殺したんだって思ったんだよ」


「……え!?」


 僕はそんなことしないよ!


「まぁ、すぐに姫さんがお前のことを気に入ったってことを知ったから、違うんだって思い直したさ」


 ミーシャに感謝だよ。


 レイだけじゃない、ミルダさんも、僕のことを知った王国の人たちなら誰でもそう思うだろう。


「僕って、本当に運が良かったんだね。ミーシャに一目惚れされてなかったら、今頃どうなってたか……」


 と言った僕の顔を、驚いたようにレイはまじまじと見つめてきた。


 なに?

 なにか変なこといった?


「そうかぁ、一目惚れされたのかぁ。若いっていいなぁ」


「あっ、知られてなかったの!?」


 シンミリムードを作り出した人は、自分自身でムードをぶち壊した。

 原因は僕なんだけど、スルーしてもいいはずと思うのは間違ってないはずだ。


「これは広めねばな」


「いやいや、レイっ。ミーシャに迷惑がかかるからそれはやめて」


 すると今度は不思議そうな顔をした。


 今度はなんですか?


「それはないさ。むしろ喜ぶんじゃないか? もう恥ずかしいじゃない、とか言いながら」


「……」


 なぜだろう?

 否定できない。


 あっさりと目の前に言われた光景が写し出される。


 うん。

 僕は納得した。

 そうなるな、と。


「いやいやいや、それでもだめだって!」


「どうしたんだ、ミカヅキ。相変わらず賑やかだな」


 笑いながら歩いてきたのは馬車の二台目に乗っている騎士団第一部隊隊長のウォンさんとエグロットさんだった。


「お、二人ともいいところに。実はな……」


「だぁー、レイ、だから駄目だってばー」


 必死にレイに言わせまいと頑張る僕を見て二人は楽しそうだった。

 まるで、我が子を見守る父親のような顔で。


「あまりミカヅキをいじめてやんないでくださいな」


 そう言いながら僕の頭をエグロットさんはくしゃくしゃにする。


 髪がぁー!


 フォローしてくださるのはありがたいと思う。が、それはレイにとっては逆効果でしかないことを僕は知っている。


「そうなんだよ。ミカヅキは姫さんの――」


 レイが途中で言うのを止めた。


 僕はまだ何もしてない。

 フォローしてくれたはずのエグロットさんに、頭をくしゃくしゃにされ続けて動けないでいたからだ。


 僕じゃなければ、誰?

 と思ってレイをよく見ると、いつの間にか後ろにミーシャが立っていた。


 そして、こう言った。


「レイ・グランディール。こちらにいらっしゃい」


 ひどく冷たく、無感情に。それでいて笑顔で。


 レイもそうだが、僕とウォンさんとエグロットさんも固まってしまった。


 まるで凍ったように。


「ミカヅキ、ちょっと待っててね」


 そう言って僕たちが乗ってきた一台目の馬車の荷台にレイを連れていき、僕たちは自然とそこから距離を取った。


 ――5時間。


 日が暮れるほど長きにわたるミーシャの説教を聞き終えたレイは、力尽きたように倒れた。


 慌ててウォンさんとエグロットさんが支えたのは言うまでもない。

 僕も行こうとしたのだけど、ミーシャが突っ込んで来ていたので動こうにも動けなかった。


 と言うわけで3日目のほとんどはミーシャのレイへの説教でつぶれた。


 レイには悪いけど、


「ご愁傷(しゅうしょう)さま」


 だよ。

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