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ふたつの鼓動  作者: 入山 瑠衣
第十章 アインガルドス帝国皇帝
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百十五回目『魂』

 前方の棍棒、後方の炎――。

 俺は何をやっているんだ。こんなガキどもすぐに殺せば良いじゃないか。



 ――頭ではわかっている。時間の無駄だと。距離を一気に詰めて斬ればそれで終わりだ。

 あっさりと終わらせることができる。


 なのに、この胸のモヤモヤはなんだ?

 ミカヅキ(あいつ)を初めて見た時から残り続ける違和感。


 何度も、何度も殺せる機会はあったのに、ギリギリのところで手が、身体が言うことを聞かない。まるで殺すなと言っているかのように、絶好の機会を棒に振ってきた。


 そう。俺の中の別の誰かが拒んでいるようだった。


「はっ、くだらない……。俺は――俺だ」


 あの目だ。あの真っ直ぐに俺を見る目が、俺を狂わせやがる。


 迷う必要なんてない。遠慮なんていらない。今までみたいに、俺はただ殺すだけだ。


 剣を握りしめて、地面に手を添える。


「雷光の剣聖たる我が命ずる。世界よ、我が雷鳴と共に――雷陣・エレクトロフィールド」


 周辺一帯の地面に雷撃が走り、バチバチと音を立てて電気が至るところで姿を見せる場所に変化する。


 自身の周辺を自分の有利な環境へと変化させる魔法だ。

 このフィールドの中では、雷属性の魔法以外は掻き消される。おかげで目障りな炎の壁も消滅した。


 再生神は伝承上、火、水、地、風の四大属性を主に使用し、光と闇、無属性は使わないとされる。再生に光と闇属性なんて必要ないだろうからな。


 しかしあれは完全な再生神じゃないな。感じ取れる魔力量は確かに強力だが、団長やレイディアに比べれば劣っている。


 それより、注意すべきは操作の精密さだ。

 ミカヅキの棍棒に炎を纏わせて、あいつが怪我をしない加減で動きを加速させてのけた。


 ……いや、待て。あの棍棒は魔法を打ち消すはずだ。ならどうやって炎で加速したんだ?


 まだわからないことがあるな。


「――雷槍・ライトニング・レイ」


 棍棒と同じ数の雷槍を造り出して、正面からぶつけた。するとまさかの対消滅。雷槍も棍棒も弾けて消え去った。


 完全じゃないってことか。本物を模倣した偽物ってわけだ。

 だから本物みたく完全に打ち消すことはできない。


 それならやりようはあるんだよ。


「天よ、我が声に応えよ。雷鳴轟け――天雷翔牙!」


 手を空へと翳す。すると空に暗雲が立ち込め、あっという間に一面が覆われた。雷が雲の中で走っているのが、唸り声のように耳に届く。


 そして、準備は終った。バッと手を振り下ろす。

 真っ黒な暗雲から龍の形をした雷がミカヅキ目掛けて降下する。


 頭上を見上げて、何が起きたのか理解したようだ。さぁ、どうする?


「ハハハハハハッ、これで焼け死ねや!」


 残念だがな、上だけじゃねぇんだよ。

 地面に広がった雷からも小さな刺のようなものが無数に生える。


 逃げ場はない。終わりだ、諦めな。


 こんな絶体絶命の状況でも、ミカヅキは諦める素振りを、絶望に染まる気配が全くない。

 両手を合わせて声高らかに詠唱する。


 腹立たしい。妬ましい。鬱陶しい。だと言うのに、俺の胸は高鳴っていた。

 あいつがまだ諦めていないことが、戦う意思があることが、何故か嬉しく感じている。


「鬱陶しい……」


 口では悪態ついておきながら妙だった。

 これは恋慕などの甘い感情ではなく、どちらかと言うと懐かしいもの。まるで古き友に出会ったみたいだ。なのに俺はなぜ悲しくなっている?


 普通は嬉しいはずだろ。人としての感情すらおかしくなってしまったのか。


 いや、俺は産まれる前からおかしいんだ。


 最初に殺したのは母親だった。

 それが正しいと救いだと、苦しむよりずっと良いって思ったから。


 バルフィリアから自分の存在が何なのかを聞いて、覚悟は強固なものになった。一度汚れてしまった手を清めることはできない。たとえできたとしても、俺が多くの命を奪ったことが消えることはない。


 それでもお前は、俺にまだ別の道があると諭すのか。


 あの時の俺が選べなかった道は、今でも開いていると……。



 ——ミカヅキが造り出した大剣が俺の雷の竜を裂き、その質量をもって空の雲を吹き飛ばした。


「——ぐ、がはっ、かはぁ……ふー」


 吐血し、肩で息をする。視界も朧気なんだろう、何度も瞬きを繰り返している。


 限界か。魔力が切れたんだな。


「今、楽にしてやろう」


 人間が認知不可能な速度で距離を詰めると同時に剣を首へと——。


 ミカヅキ……残酷だが、これが理想だけでは語れない“現実”ってもんなんだよ。



 二本の棍棒が剣を挟んで止めようとした。が、速度の後押しも相まってその程度で勢いがなくなる訳も無く、関係なしにと首を斬るべく刃は近づく。


 不意にミカヅキの口元が動いたのが見えた。


「僕が書き換える――彼の者の一振り(リライト)


 その動きは速い(・・)なんてレベルじゃなかった。


 剣が首に到達するより速く見覚えのある形に形成されていき、それは真っ二つに斬ってやった竜改棍によく似ていた。

 さっきの二本はこれのための時間稼ぎのつもりだったってわけだ。


 気にせず、しかし確実に斬るために剣を持つ手に力を込める。


 そして――、


「なっ、んだと……!?」


 剣が……ソハヤノツルギが、止められた?


 間違いなくミカヅキの眼前に形成された棍棒は、俺の剣を受け止めていた。


 あり得ない。あり得るわけがない。この剣は『我が身よ剣とならん《ソハヤノツルギ》』だぞ、斬れないものがあるわけ――。


「確かにあなたの言う通り、現実は残酷だ。でもそれだけじゃない、慈悲だってあるんだ。ヴァスティ、あなたにだって……」


「黙れ!!」


 お前はいったい何なんだ、何者なんだ。

 なぜこれほどまでに俺の心を掻き乱す。


「優しいあなたなら、もうわかっているはずだ!」


「黙れって言ってるだろ!!」


 黙らせようと斬りかかるが、忌々しい斬れない棍棒に阻まれる。唯一棍棒だけが俺の速度に対応している。


 こいつの意思とは関係ないってか。


「なら今さら改めろと、別の道を進めと? 笑わせんじゃねぇよ。もうとっくの昔に、俺の可能性(そんな道)は塞がってんだよ」


「なら僕が切り拓く。ヴァスティ・ドレイユの新しい可能性を、僕が!」


「……もう遅ぇんだ」


 指をくいと上げると、地面を伝う雷がミカヅキの全身に流れる。


 あまりの痛みと衝撃に身体は痙攣し、口からは声にならない悲鳴を漏らす。一瞬よりは長くとも、一瞬に近い時間だったろ。

 死ぬには充分すぎるほどの威力の雷。


 棍棒も霧のように霧散し、即死――。


「……まだ、だ。まだ……終わりじゃ……ないっ」


「バカな。良いだろう、お前がそれを望むなら……苦しみながら悶えながら死ねえ!!!」


 周囲に広げた雷を一点に集中させて打ち上げる――天雷滅龍槍。


 天から落ちるんじゃない、逆に天に昇る雷。

 俺が手を握りしめるのに呼応して、ミカヅキを中心にそれは空を突き抜けた。


 雷は簡単にミカヅキの全身を呑み込み、既に意識どころか肉体も消滅する。


 ちらりと姫の方を見ると、悲しんでいると思ったが、真剣な顔でミカヅキを呑み込んだ雷を見ていた。


 まだ生きていると思っているのか。


「安心しろ、お姫さまよぉ。お前も同じところに連れてってやるよ」


 すると真剣な顔をこちらに向けて、真っ直ぐと俺の目を見て宣言した。


「無理ね。ミカヅキは負けないから」


「フッ、くだらねぇ。――って、いつもなら言うけどな。案外、終わりじゃねぇと来た」


 苦笑しながら視線を天高く聳え立つ雷へと移した瞬間、膨らみ爆発し周囲に散った。


 その中には薄い光の繭のようなものに身を包んだミカヅキが立っていた。あれがあいつを守ったのか、見た目と違って随分と丈夫なこった。


 竜改棍に似た紋様の棍棒を手に持っている。


 素晴らしい具合に無傷じゃん。とため息をついた直後、ミカヅキの胸の前で小石のようなものが砕け散った。


「こうなることも予想してたなんて……。なおのこと負けられない」


 空いている方の拳を握りしめて何やら決意を固めたようだ。


「(――生まれていた(・・・・・・・)ら、俺も三日月のように強くなれたかな?)」


 聞いたこともない声が頭の中で聞こえた。


 不愉快のはずなのに、妙に落ち着いている。

 俺はこの声を――知っている?


 俺は声に集中するために目を閉じた。決闘中だってわかってるはずなのに、ミカヅキ(あいつ)が攻撃してくるかもしれないのに、大丈夫だと理解(・・)していた。

 根拠はない、が断言できる。



 ――意識を自分の内側に向けると、そこには白い光の球体が漂っていた。大きさは拳より一回り大きいくらいだ。


(お前は何者だ?)


(君のことだ、気付いていると思うけど?)


(チッ、とにかく嫌いな奴ってのは決定だ)


(酷いな……。まぁ、君がそうなるのも無理はないか。僕は君の中で全てを見てきたから、原因は察しがつく)


 光の玉風情に何を察すると言うのか知りたいところだ。


(で、お前は何者なのかさっさと聞かせろ。じゃなきゃ消すぞ)


(精神の中の存在をどうやって……って言うのはまた今度にしよう。そうだね、簡潔に説明するなら――ヴァスティ・ドレイユの前世、転生する前の人格さ)


(ハッ、くだらねぇな。そんなことを信じるなんて思ってんのか?)


 くそ、表情どころか顔がないから何を考えているのか全くわからん。

 俺の感情をいちいち逆撫でする言葉を選んできやがる。


(思うよ、真実だからね。それに僕は君を信じている)


(……もしかしてお前、俺の身体を動かせたりすんのか?)


(いや、それは出来ない。この身体は君の、ヴァスティ・ドレイユのものだし。でも、抑制する程度の干渉は出来る)


 なるほど、こいつの今の言葉ではっきりした。

 俺がミカヅキを殺せない理由。なぜか身体が抵抗するような感覚に襲われる理由がな。


(お前だったのか、俺の邪魔をしてたのは)


(心外だな……。邪魔じゃなくて手助けと言ってほしい)


(手助けだと? ふざけたことを。俺がいつあいつを殺したくないと言った? 俺はお前なんかに頼んだ覚えはねぇ!)


(頼まれていない。だけど、君の心は殺したくないと思ったはずだ。僕の抑制はあくまでちょっとした干渉程度。今まで殺さなかったのは紛れもない君自身の意思だ)


 俺があいつを殺したくないだと?

 勝手なことをごちゃごちゃと言いやがって。なら証明してやるよ。

 俺はあいつを殺せるってとこをな!


(……それでも僕には、もう、信じることしか出来ないんだよ)




 ――最後に何か聞こえた気がしたが、気にせず意識を浮上させて、目を開くとミカヅキが棍棒を構えて今にも突っ込んで来そうだった。


「何を怖じ気づいてやがる? さぁ、来やがれ!!」


「これで、この一撃で終わらせる」


「良い度胸じゃねえか。面白え、俺も乗ってやるよ」


「――もうこれ以上戦いたくないから」


 風の音で掻き消されそうな小さな声だった。なのにはっきりと耳に届いたそれは、とても悲しそうで辛そうで、俺も同じ気持ちにさせられそうになった。


 首を軽く振り甘い考えを払い除ける。


 次で終わらせる。そうだ、決着をつけるんだ。証明してやるんだよ、この俺が。


 棍棒を持つ手を肩の高さまで上げる。投擲をするつもりだな。


「そうだよな、そう来なくちゃな」


 雷槍でじじいを殺されたってのに、俺に投擲で挑もうなんて、ほんとバカな奴だ。


「僕は託された、多くの人の思いを、願いを。ぐっ……今ここに証明する……これが、これこそが僕の思いの結晶。顕現せよ、創造する(アーク)――龍聖棍イングリアス」


 魔力の流れから肉体強化の基本魔法を施しているのを察した。

 軽く吐血しながらミカヅキは詠唱し、手に持つ棍棒は光に包まれ、収まる頃には姿を変えていた。


 白と黒に彩られた見た目のそれは、棍棒よりどちらかと言うと槍に近い。両方の先端が尖り、刺突も可能だろう。


「フッ……」


 ――俺は今、笑ったのか?


 あぁ……そうか、やっとはっきりした。


 前世とかわけのわからん奴の仕業か知らねぇが、俺は今、確かにミカヅキとの戦いを――楽しんでいる。


 この感覚は何だろうな、強いて言うなら久しぶりに再開した家族(・・)と戯れるようなものか。

 殺し合いなんて、戯れとは程遠いんだがな、俺とあいつにはこれぐらいが純分なんだろ。


 戦闘中にこんなに穏やかな気持ちになったのは、生まれて初めてだ。いや、戦闘中に限った話じゃねぇな……。

 甘ったれた情なんて、とっくの昔に捨てたと思ってたんだけどなぁ。


 本当はソハヤノツルギで対抗すべきだ。頭ではわかってる、わかってるけどよ――。


「我が示すは天を貫く一投、故に我が放つは必中筆頭――雷明槍・イル・ライトニング・レイ」


 身体は言うことを聞かなかった。


 俺が詠唱を終えるより先にミカヅキが棍棒を投擲する。直後に限界以上の魔力行使の反動で「がはっ」とかなりの量の血を口から吐き出した。


 先に投擲したのは正しい判断だ。肉体強化で威力を上げても、俺の雷明槍の方が速度は圧倒的に上だからな。


 吐血していようが関係ねぇ。

 ほんの少しだけ遅れて俺も槍を放った。


 互いに武器を放った瞬間、背中の方に衝撃波が発生した。威力を考えれば納得もできる。



 ――そして、ミカヅキの龍聖棍と俺の雷明槍が衝突した――刹那、世界から音が一瞬だけ消失し、静寂の後に凄まじい勢いで爆発による衝撃波がドーム状に広がった。

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