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ふたつの鼓動  作者: 入山 瑠衣
第十章 アインガルドス帝国皇帝
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百十三回目『相手にとって不足なし』

「膨大な魔力は何処へやら。――安心したまえ、君と戦うつもりはない」


 警戒していたレイディアに、ふぅーと緊張を解くように息を吐きながらバルフィリアは言った。


 当然、彼が素直に鵜呑みにするはずも無く、露骨に眉を潜めて疑いの目を向ける。


「ほぉ?」


「陛下は君との話がしたいようでね。マリアンとの勝負もあるだろうが引き分けで終わったのだし、頃合いだと思うのだが、いかがだろうか?」


 笑みを浮かべようと、腹の中で暗躍しているのだ、と警戒が解かれることはない。が、もし本当ならば皇帝と話して確かめたいことがある以上、提示された条件としてはこの上ないほど望ましい。


 しかしだ、レイディアにメリットはあるのに対して、帝国――ないし皇帝にどんなメリットがあると言うのか?


 罠の可能性が大きい。かといって、ここでバルフィリアと対峙するのも厳しい状況。


 なら、罠であっても皇帝のもとに行くのが確実だなとレイディアは判断した。


 若干の思考の後、彼は返答を口にした。


「あいわかった。何の用事かは知らんが、皇帝のところに行ってやるよ」


「君ならそう言うと思ってたよ。じゃあ俺たちは、後ろの少年たちの相手をするとしよう」


「はぁ……お呼びなのは私だけってことか」


 不満そうにため息と共にレイディアは呟く。

 しかし引っ掛かったことがあり、歩みを止めて振り返りながら彼はバルフィリアに問いかける。


「なぁ、バルフィリア。貴様はこの戦争の行く末をどう考えているんだ?」


「妙な質問をする。明日が雨だろうと、俺は今日の晴れを大事にするだけだ」


 先のことを考えるより、今目の前のことを考える。バルフィリアはそう言いたいのだとレイディアは解釈した。


 返答に満足したのか彼は再び歩みを進めて、ついにアインガルドス帝国の帝都の中へと足を踏み入れた。



 ――残された二人の金色の髪の男性。


「よろしいのですか?」


 普通の人よりかは筋肉に恵まれた見た目の方が騎士王――マリアン・K・イグルス。

 そんな人物が皇帝以外に唯一敬語を使う相手は、


「……良いんだよ。彼が一番決着をつけたかったのは君だ、マリアン」


 彼が所属する騎士団、天帝騎士団団長――バルフィリア・グランデルト。


 マリアンは隣に立つ団長が、少し残念そうな表情を浮かべているのが視界に入り、理由を知りつつもあえて訊いた。

 文字通り確かめるためだ。本当によかったのか、と。


「だから、少年たちには頑張ってもらわないと困るのだよ。おっと、これを渡しておかねばな」


 何処からともなく取り出した一般的な剣よりは大きめだが、大剣とまでは言えない大きさの剣をバルフィリアはマリアンに手渡した。


 レイディアとの戦いでマリアンが愛用していた『覇者たる剣(カリブルヌス)』が折れてしまったので、それの代用らしい。


「これは……感謝します」


 さすがにカリブルヌスのような能力や強度はないが、そこら辺の剣よりかは丈夫だとバルフィリアは軽く説明した。


「万が一のために用意しておいて良かった。マリアンならすぐに使いこなせるだろう。だが一つ心配事があってな……」


「不要だと思いますよ。何せ、あのレイディアが信頼する者たちですから」


 バルフィリアの言おうとしたことを先読みしてマリアンが返すと「一本取られてしまった」と楽しそうに笑った。


 二人の和やかな雰囲気は、単なる団長と団員より、互いに理解しあっている関係――“友人”と表すのが正しいのかもしれない。


 だが彼らは気づいてはいても、決して口にはしないだろう。言葉にして確認する必要など無いのだ。

 故に考えを先読みすることだって可能なのかもしれない。


 たとえそれぞれの正体が何者であろうと、二人の間に築かれた絆は断ち切られることは無い。


 互いに背中を預けられる関係性なのだ。


「君が言うなら、疑う必要は無くなった。存分に楽しませてもらおう……噂をすれば」


「では、わたしは後ろから見ていますよ」


「うむ、君に任せる」


 前方に視線を向けるバルフィリアの隣からマリアンは言葉通り後ろに下がって距離を取った。

 近くにいれば戦いの邪魔になるからだ。


 主にバルフィリアが敵の相手をして、万が一討ち漏らしがあった時のために待機しておこうと考えた。


 理解しあっているからこそ無駄な言葉はいらない。

 日常であればまだしも、このような戦場であればちょっとした時間の短縮は遺憾無く効果を発揮する。


 二人が待つは、二人が認めたレイディアが信頼する者たち。


 未来を担うに値するか否かを、確かめる役割を彼らは買って出た。


 バルフィリアの発言に呼応するように、彼の目線の先の魔方陣が浮かび上がる。数秒の後に空へと昇る光の柱を見るや否やニヤりと口角を上げた。




 ーーーーーーーー




 少年はすぐに理解した。

 視界を覆う光が消え、瞼を上げると景色は戦場の中心に変わっていた。

 無事に結界の中に入れたと安堵の息を漏らすのも束の間、目で見えるギリギリの距離――そこに悠然と佇む人物が何者なのかを。


 無意識の内にゴクリと喉が鳴った。


 指が、手が、足が――動かない。


 まるで金縛りにあったかのように、身体が脳からの命令に全く従う気配がない。むしろ逆らっていると言うのが正しいくらいだ。


「どうしたのミカヅキ、ボーッとして……」


 固まるミカヅキを心配して共に転移したミーシャが声をかける。

 彼の視線に沿って先を見つめると、彼女も同様の反応を見せ、二人仲良く冷や汗を流す。


 黄金色の短めの髪を風に靡かせ、距離など関係なしの圧倒的存在感に気圧されてしまった。


「なるほど、あの男がバルフィリア・グランデルト。天帝騎士団の団長か」


 レイが頬をピクつかせながら呟く。同じ団長たる立場故に、思うところがあるのだろう。


「――バカ野郎! 距離があるからって油断す――る、な」


 ここが何処なのかを忘れてしまったかの如く隙を露にする三人にエインが正気を取り戻すように叫ぶが……どうやら遅かった。


「――うむ、エインの言う通りだ」


 エインの叫びの方が音量としては大きいはずなのに、静かで低い声が背後からはっきりと彼らの耳に届けられた。


 レイが咄嗟に光を纏い、ミーシャが構え、ミカヅキは体勢を崩す。やはり片腕がないと身体の左右のバランスが取りにくいのだ。


 そして、彼らが目にするは既に“終わった”光景だった。


「あぁ……はっ、ごふぁっ!!」


 一瞬にして背後、エインにとっては正面に移動してきたバルフィリア。その手が翳された先にあるのは一つの円形の空洞。


「――っ!」


 ミーシャはあまりにも衝撃的な姿に思わず目を背けた。


 彼女の行動はごく自然な、当たり前の反応だ。ましてや発狂して逃げたりしないのを褒めても良いほど。


 エインの胸元、心臓部が丸ごと吹き飛ばされていた。

 彼の吐血と共に空洞から赤いドロリとした液体が、若干の吹き出しを見せ、胴体から地面へと垂れた。


「――っ、てめぇ!!」


 レイが怒りに身を任せて光の剣を造り出して斬りかかろうとしたが何かを感じ取ったのか、バルフィリアの振り向く動作と同時に後ろに飛び退いた。


 そのままの勢いでミーシャと驚愕で言葉を失うミカヅキを両手で左右に抱えて距離を取る。


「待ってっ、レイ! エインがまだ!!」


「落ち着け! くそっ、完全に油断しちまった」


 暴れるミカヅキを一喝し、後悔を口にする。


 レイの頭の中で優先されたのは、バルフィリアがどうやってあの距離を移動したかだ。

 目に見えるギリギリの距離を一瞬で移動してきた以上、転移魔法でまず間違いない。が、それにしても引っ掛かる点があった。


 彼は視界には、遠くに佇むバルフィリアの姿と、エインに攻撃を食らわせたバルフィリアの背中を捉えていた。


 つまり単純に考えれば、同時にバルフィリアが二人存在していたことになる。

 しかし、遠い方に意識を持っていかれてたとしても、背後に近付く気配に気付かないのは考えられない。実際、声がするまで何も

 感じなかった。


 そう。本当に突然、現れたのだ。


 二人を抱えていても、さすがはレイの光の特有魔法。あっという間にバルフィリアからある程度離れることができた。


 そこでミカヅキとミーシャを降ろして、状態を確認する。


「ミーシャは、大丈夫だな。ミカヅキは……」


「エイン……っ!」


「悔しがる暇があるなら打開策を考えろ。さっきまで意気はどうした!!」


 項垂れるミカヅキの胸ぐらを殴りかかりそうな勢いで掴んで、再び渇を入れる。


 ミカヅキは胸ぐらを掴まれたまま、両手で自分の頬をパチンと叩いた。まだ年若い少年にとって、仲間が目の前で死ぬ光景は、何度味わっても慣れないものなのだ。


 それにミカヅキがバルフィリアの姿を見つけてからまだ十秒と経過していないのだから無理もない話だ。


 もっとも、人の死になれてしまうことを彼自身望んではいないこと。死が隣り合わせになる戦場で、忘れてはならないと教えを請うた人たちから学んだ大切な心構えのようなもの。

 故に、これがある意味正常な反応と言えよう。

 

「……うん、ごめん……ありがとう。ふぅー」


 一息ついて落ち着きを取り戻す。そんな彼を後ろから忍び寄り、「ワッ!」と驚かせる人物がいた。


「ええっ、エインっ、生きてたの!?」


「驚くのそっちかぁ……ま、当然か。『鏡の現影ミラージュ・フェイカー』、いわゆる身代わりだよ。ちょっと遅かったけどね……痛っ」


 言うが先か、左の横腹を手で押さえた。


 腰の一部がスプーンで掬われたケーキのように楕円状に欠損していた。滲むように服から滴る赤い血は、止まる様子を見せない。


 どうしようかとわなわなとするミカヅキに救いの手が差し伸べられる。


「私が治すわ。本当は先にミカヅキの腕を治したいけど、怖いから実験台にしてあげる。血なんて見たくないんだから」


 文句を言いながらも両手を傷に翳し、詠唱をすると淡い光がそれらを包み込む。


 どうやら先ほどのドルグとの戦いで自身に宿る『再生神』の力をを、不完全とはいえ行使できるようになってきているらしい。


「王国の姫様なんかに治療されるのは癪だけど……ありがとうとだけ言っておくよ」


 そっぽを向きながら言うエイン。ほのかに顔が赤くなっていることに気付くミカヅキだったが、何も言うまいと首を振った。


「エインをよろしくね、ミーシャ。……僕たちは周りを警戒しよう」


「だな。なぁお前はあいつの特有魔法がどんなものかわからないか?」


「ごめん、僕の『知識を征す者(ノーブル・オーダー)』じゃ、あの人のことは知れない。今は『先を知る眼(ワン・オーダー)』を発動してるから、さっきみたいに不意を突かれることはないと思うけど……」


 結界の中に転移する前に魔力を分けてもらっておいて良かったと胸を撫で下ろす。魔法が使えなければ単なるお荷物になってしまうからだ。

 ちゃんと返すからと約束する辺りが彼らしい。


 もちろん別にいらないと返答されたのは言うまでもあるまい。

 おかげでこうして魔法を使えるわけだ。


「いや、気にすることはない。相手がこちらの情報を熟知しているのに対して、こちらは全くもって情報がない。こんなの戦場では常ってものだ。だからどんな敵が来ても良いように対策を考える……が、今回は相手が悪いみたいだな」


 レイの口調に違和感を感じて振り返ると、目線の先にその者は立っていた。


「バルフィリア――さん」


「真面目かよ」


 治療されながらもツッコミを入れるエイン。確かに彼の言う通りだ。

 ミカヅキは仲間を傷付けた敵にすら敬意を払っているのかもしれない。


「――レイ!」


「わかってる!」


 ミカヅキが名を叫んだ理由をいち早く理解して戦闘体制に入る。


 初めからそこにいたかのように現れたバルフィリアが、レイに向かって拳を突き出す。

 迫り来る素手に対して遠慮なく光の剣で両断すべく振り下ろすが、通常ではあり得ない現象が発生し、剣を盾のように作り替えて防御に転じた。


 だが、光の盾は意味を成さず、拳はそれをすり抜けてなおもレイに押し迫る。


 実体が無い幻影、目に見えるだけの偽物など様々な原因を思い付いては振り払うを繰り返した。


 光はレイの身体の一部も同然。故に盾を貫通する拳が実体か否かを判断する。


 確かにそこには何かある。何かあるのだが、拳とは少し違う。

 光ですら全く干渉のできない何かがそこにある。


 空間に穴が空いているような、光が術者に伝えた情報は何とも曖昧なものだった。

 更に詳しく知るために、彼は賭けに出る。


「相手にとって不足なし!」


 亡き親友(とも)の力を使う時だと判断した。ここに来るまでに幾度か試す機会はありつつも、まだ使うべきではないと拒んできた。


 だが、今なら迷う必要など皆無。


 ――レイディアへの道を阻むなら、俺たちが相手をしてやる。


 レイはゆっくりと瞼を下ろす。そして、次に開かれた時に世界を捉える瞳は、今までの彼のものではなかった。


「我が光が示す道には共に影あり、解放――光は影と共に(アンシャドー・レイ)


 オッドアイ。

 右の瞳は彼の光魔法を模してか薄い黄色に、左の瞳は彼に託された影魔法の如く黒くなっていた。


 更に変化したのは瞳だけではない。髪の色も瞳同様のものへと、右半分が黄金に近い黄色に、左半分が夜空の如く漆黒へと染められた。

 髪は全体的に逆立ち、まるでレイの憤りを表しているようだった。


 ミカヅキはその姿に目を奪われた。――格好いい、と。

 どうも彼の今の見た目は男心を(くすぐ)るようだ。


 一度見れば忘れることはない魅了されるほどのその姿を目にした敵国の者で、生き残った者はいない。一種の伝説にまでなる原因の張本人が今少年たちの前に現れたのだ。


「斬り裂け――」


 世界の時間が遅くなる中、通常の速度で動くのはレイただ一人。


 両手をクロスするように胸の前で構え、何かを握る仕草に呼応して光と影の剣が左右の手に生成された。


「光覇絶影翔!!」


 両の手が振り下ろす。二本の正反対の性質を持つ剣が斬るのは正面に立つバルフィリア――ではない。

 光と影の剣が通り過ぎた二つの軌道は、深淵にも似た暗闇を描く。


 そう。光速を越える速度で彼の剣が斬ったのは、一人の人間でなければ、幻影でも空気でもない。この世界の空間そのものである。


「これが、レイの……」


 息を呑むのはまさにこの事だとミカヅキは納得する。


『先を知る眼』でギリギリ捉えることができた動きは、理解の限界を出迎えさせようとした。が、ミカヅキとて単なる馬鹿ではない。


 世界の動きが遅くなるほどレイの動きは速かった。文字通り目にも止まらぬ速さだ。


 レイ・グランディールは、今まさに“光”となる。


 そんな言葉を頭に浮かべるミカヅキではあったが、一つ理解不能な点があった。


 剣の軌道に残り続ける黒い筋のようなもの。何かの裂け目と言うのが正しいか。その得体の知れないものの正体がわからなかった。


 加えてレイの仕業なのに恐怖を感じる自分がいた。などと思考している内にそれは何事もなく閉じられた。


 バルフィリアの姿もいつの間にかレイの正面からいなくなっているではないか。


「――次元の狭間?」


 ミーシャが降り始めの雨のように突然ポツリと呟いた一言。それだけでミカヅキの疑問への答えへのパズルは揃った。


「次元の……じゃ、じゃあ、空間を斬ったってこと……?」


 自分で言いながら何を言っているんだと呆れかけたが、そう考えれば妙にしっくりと来たのも事実。


 すると何処からともなくパチパチと拍手が聞こえた。

 音がした方に視線を移動させると、そこにはバルフィリアが不敵な笑みを浮かべて、ごく自然に立っていた。拍手は理由は不明だが彼がしていたのだ。


「いやぁ、これは驚きだ。称賛に値するよ、レイ・グランディール。君は空間を、言わばこの世界の次元を斬った。並の人間では到達出来ない領域だ」


 ミカヅキの考えをまさかのバルフィリアが肯定して正しいのだと証明してくれた。


 褒められたレイ本人はあまり嬉しそうではないようだ。悠然とした態度のバルフィリアを睨み付けたまま、今にも斬りかかりそうな気迫で剣を構えている。


「しかしだ、まだ未完成のようだ。その程度では俺には届かない」


「だろうな。次元の向こう側にいるあんたには、“まだ”届かないな」


 レイの発言に笑みを崩し、感心したような表情に変わる。しかし同時にこちらを嘲笑っているかにも感じた。まだまだどうとでもなると余裕を残している表情だ。


「――やはり面白い。光と闇の騎士は見たことがあるが……光と影は初めてだ。まぁ、本質的には同じであろう」


「話を逸らすってことは、あながち間違いでもないってことか。伊達に偏屈なレイディアの話を聞いてないんだよ」


 してやったりと口角を上げるレイ。


 全く知らなかった、考えてこなかったことをレイディアはミカヅキだけではなくレイを含めた同盟騎士に聞かれれば様々な摂理を教えた。


 内容の難しさ故に理解できなかった者が多いが、決して無駄ではなかったと全員が答えるほど、意味を成した教えであった。


「なるほど、彼が信頼するわけだ……。なれど残念だが、君たちでは俺には勝てない」


「やってみなくちゃわからないだろ。手を伸ばせば、いつか空にも届きうる可能性を、人ってのは秘めてんだ。俺はもう……何があろうと諦めない。託された者として、諦めるわけにはいかないんだよ!」


「……受け継がれる意思、となのか。もしかしたら選ばれていた(・・・・・・)やも知れぬな。――良かろう、このバルフィリア、貴様に胸を貸すぞ。全力でぶつかってこい。そして、俺に諦めない覚悟とやらを見せてくれ」


 相変わらずの悠然とした態度。だがミカヅキはバルフィリアが先ほどとは違って、楽しそうにしている印象を抱く。

 表情が変わったわけでも、態度に表れた訳でもない。なのに不思議と彼はそう感じたのだ。


 そんな風に感情を隠す人物を、彼は知っている。恐らく、何処となく似ている部分があるのだろう。


 一人で我先にと自分たちを置いて突き進む人物に……。


「レイ……」


「心配はいらねえ。負けるつもりは微塵も無いさ」


 背中から伝わってくる大丈夫だと言う強い思い。

 これ以上は野暮だと判断して、ミーシャとエインを連れて戦闘の邪魔にならないように距離を取る――。


 いや、ミカヅキは二人を充分な距離まで連れていくと、


「ごめん、ミーシャ。やっぱり僕は行くよ」


「ええ、私たちは大丈夫。ミカヅキはしたいようにすれば良いよ。私はミカヅキを信じてるから――いってらっしゃい」


「……いってきます!」


 あまりの嬉しさに目頭を熱くしながらも、息を吸って必死に耐えて言うべきことを伝えた。


 そして少年は走り出した。仲間のもとへと。


「バカなんだから……」


 ミーシャの呟きが聞こえないくらい、彼は真っ直ぐ前だけを見つめて進んだ。



 ――この世界に来て、ミルダに決闘を挑み、ボロボロになりながらも勝利した。そんな怪しい者と称された少年に対して、気さくに声をかけてくれた人物のもとへと彼は急ぐ。


 怒られるかもしれない。邪魔になるかもしれない。


 たとえ胸ぐらを掴まれても一緒に戦うのだ。

 背中を見るだけなんて、もう嫌だったから。この世界で少年に一番最初に戦い方を教えてくれた師匠(オヤジ)こと、ダイアン・バランティンは彼を庇って命を落とした。


 今度こそ守ることができてオヤジにとっては本望だったと言っても過言ではないだろう。だが、それを許容できるほど、ミカヅキ・ハヤミと言う名の少年は自分に優しくなかった。


 単なるわがままだとしても、仲間を見捨てることなんて、彼の辞書にはもはや記されていないのだ。


「僕も一緒に戦うよ!」


 まだ始まってなかったことにホッと一息つき、構えるレイの隣に移動した。

 一発殴られる覚悟はしてきた。それでも考えを改めるつもりは無いが。


「――遅ぇよ。待ちくたびれたぜ」


 しかし待ち受けていたのは想像していた鉄拳制裁ではなく、まさかの歓迎の言葉だった。


「本当に戻ってくるとは……言う通りだったな」


「当たり前だ。俺の知ってるミカヅキはバカだからな、絶対に戻ってくると思ってたぜ。でもな、俺はそれが嬉しいんだわ」


「お互いを信頼し合う故に、か。ならばそちらも全力で戦えるようにしてやる」


 滑らかに腕を動かしたと思いきや、ヴァスティに斬り飛ばされたミカヅキの右腕が再生した。


 突然の出来事に驚きつつも、手を握ったり閉じたりして感覚を確かめるのは無意識の内だった。


「さぁ、来るが良い。若き者たちよ」


 真面目にお礼を言おうとしたがバルフィリアの言葉で遮られ、気持ちを切り替えてミカヅキもレイに倣って構えた。

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