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ふたつの鼓動  作者: 入山 瑠衣
第九章 天帝騎士団四天王
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百八回目『もう一つの選択肢』

「……」


 もしヴァスティの話がもし事実なら、本当は誰も殺したくないってこと?


 だから許してくれとでも?

 ふざけないでほしいな。どんな理由があっても、あなたがオヤジを殺したことに変わりないじゃないか。


 僕は怒りを募らせながらも、もし本当だったらと考えている。

 それなら僕なんかが想像できないくらいに凄く辛いはずだ。


 でも……なら、どうして?


「どうしてその話を僕に?」


「言ったはずだ、気分転換だと。……いや、お前が誰も殺さないとか言ったからか」


 ふっと砕けた表情で笑うヴァスティ。


 今までとは全く違う印象を持たせる一面を見せられて、ますますどうすれば良いかわからなくなる。


 だから至極単純な方法を試すことにした。


「なら、どうして別の方法を探さないのか……それが僕は気になります」


 そう、直接聞いてみるまでだ。

 正直に答えてくれるかは五分五分だと思う。だけど、何もしないよりはましなはずだ。……たぶん。


 案の定、なのかため息がまず始めに返ってくる。


 しかし予想外だったのは、


「他の方法か。あの時、諦めずに足掻いていればそんな立派な選択肢もあったんだろうな」


 ちゃんと返事してくれたことだった。どこかを見透すような遠い目をしているけど、ツッコんだら駄目な気がするから大人しくしておこう。


 それと、驚いて目と一緒に口をポカンと開いてしまったは内緒だ。すぐに気付いて手を使って閉じたから大丈夫だろう。


 “あの時”がいつのことなのかはわからないけど、それを聞いて僕は思ったことがある。


「今からでも、遅くと僕は思うますよ」


 ミルダさんのキリ顔を真似しつつ、格好良くキメるつもりだったのだが……。


 あ……噛んだ。いやいや、気にしたら負けだってレイディアはいつも言っていたじゃないか。そうだ、気にせずに堂々としていれば良いんだ。


 と思ってヴァスティの方に視線を移すと、明らかに笑うのを我慢している。フスフスと空気が抜ける音が聞こえる。


 笑われてるー。

 僕が心の中で叫ぶのとほぼ同時。


「フ、フハハハハハハハッ。なんだ思うますよ(・・・・・)って。ハハハハッ、笑わせるんじゃねぇよ」


 お腹を抱えて僕のミスを全力で馬鹿にして大爆笑するヴァスティを見て決意した。


 事実がどうとか、過去が、これまでがどうとかじゃないんだ。

 今目の前にいるヴァスティ・ドレイユと言う人物を、僕の目で見たものを信じれば良いじゃないか。


 でも、それにはもう一つ確かめなくちゃいけないことがあった。


「笑いすぎっ。もう一つ訊きたいことがあります。あなたが回想中に言っていた、ん? 正確には回想の中のバルフィリア団長さんが? まぁともかく“救った”とはどういうことですか? 僕はどうしてもそこが引っ掛かるんです。救うと殺すのとは全く逆のことに思えてなりません」


 笑いが治まるのを少し待ちました。


 ようやく落ち着きを取り戻したヴァスティからの説明に僕は耳を傾けた。


「お前の価値観で物事を語るなってんだよ。ちっ、仕方ねぇな。……俺は産まれる前から特有魔法(ランク)を発現させてた」


「雷の――」


「間違ってはねぇが外れだ。雷光の剣聖(こいつ)とは別にもう一つ――逸脱者(エレティアス)だ。剣が俺を選んだ理由はたぶんこっちのせいだろう。逸脱者は“人の死”が見えるんだよ」


「人の死……?」


 訊いておいてなんだけど、いまいちピンとこなかった。首を傾げる僕は悪くない。


 人の死が見えるとは、死ぬ瞬間が未来予知みたいに見えると言うことなのかな?


「目で見た奴の死ぬ原因といつ死ぬかってのがわかんだよ。それくらいは頭使って考えやがれ」


 と悪態つきつつも教えてくれるところに好感を抱く。じゃなくて、まだ油断するわけにはいかない。

 殺すのをやめるとは言われてないのだから。


 でも、ちょっと冷静に整理してみると、この状況下から逃げたりどうにかしたりは、今の僕には荷が重すぎると言うかなんと言うか……ほぼほぼ詰みなんだよねぇ、あはは。


「何だ? 今さらビビってんのか? さすがはあまっちょろいことを言うだけのことはある」


 心が読まれたのか、表情に出てしまっていたのか、ニヤッと口角を上げるヴァスティ。


 うん、言葉はあれだけど、確実に褒められてないのは僕でもわかるぞ。


「確かに僕は今でも戦いに常に恐怖を感じている。でも、だからって戦いから逃げることもしたくない。僕には、守ると決めた人がいるから」


 その時、ヴァスティが息を呑んだ……気がした。


 そして少し俯き気味になって、ボソッと何かを呟く。


「あのおっさんと同じ事を言いやがって……」


 残念ながら僕には聞こえなかったけど、顔を上げて見せたその表情はつっかえが取れたようなスッキリした表情になっていた。


 そうではないかもしれないのに、なんだか僕まで嬉しくなった。


「あのエイン(変人)が気に入るわけだ」


 へ、変人?

 誰のことだろう?


 人物を特定するために脳内検索をするために首を傾げる僕を差し置いて話は続けられた。


「お前と話してると不思議な感覚になる。もう少し早くお前みたいなバカと会っていたら、違った選択ができたのかもな」


「だから、それは今からでも遅くは――」


「遅ぇんだ。今さら生き方は変えられねぇよ。大人ってのは、面倒な生き物なんだよ。お前にもいずれわかる時が……来ないな」


 偉そうな笑みを浮かべて、ヴァスティは背中を向けた。


 妙な行動の意図がわからない。何をしようと言うのか。

 まさか男なら背中で語るとでも言う気だろうか。


 二人になってからもはや何度目かすら数えていないが、僕は首を傾げるのだった。


「お前は、もし大切な人と、見ず知らずの奴が死にかけていたらどっちを助ける?」


 そんなの決まってる。だから迷わず即答した。


「――どっちも助ける!」


 胸を張って宣言した。


 返ってきたのは「だろうな」とつまらなそうな言葉だった。


「やっぱお前はバカだ。そこにお前自身を助けることは含まれてねぇだろ?」


「そ、それはっ……」


 すぐに言い返そうとするも、否定しきることができなかった。理由は簡単だ。なぜなら言う通りだからだ。


 もちろん、死ぬつもりは全然これっぽっちも無い。


 でも、もし――


「お前は他者を優先しすぎだ。時にはお前自身も敬ってやれ。じゃねぇと、次に死ぬのはお前だぞ」


 その言葉を最後に、ヴァスティはどこかへと飛んでいった。

 僕の予想通りだ。やっぱり飛べるじゃん。などと悠長に考えている暇は無かった。


 僕はとある現実に直面する。いや、まぁ、事前にわかっていたことだけども。


「いざその局面に正面から当たっちゃうと、人間やっぱり焦ってしまうものだよ、うん」


 周りには雲しか無いのに、誰に言うわけでもない言い訳をする。


 魔力は無いし、飛べないし、身体も動かないし、降りようにも降りられないし。うーむ、どうしよう。


 まっすぐ地平線を眺めながら考える。


 こうして高い場所……物凄く高い場所から地平線を見ると、若干弧を描いているのがわかる。


 ふと、世界一高い電波塔に登った時のことを思い出す。

 一番上の展望台には行かなかったけど、一つ下でも充分な景色はあった。


 確かクラスメイトが言ってたっけ。


「――地平線が弧を描いてるのは、地球が丸いからなんだぜ」


 高校生なのだから知っていて当然ではあったが、文字で見たり言葉を聞かされたりするより、実際に目の当たりにしたからこそ実感できるものがあった。


 一歩踏み外せば真っ逆さまの危機的状況なのは理解していた。

 それでも好奇心には敵わない!


「この世界の地平線も弧を描いてるなら、この世界も地球みたいに一つの惑星なのか?」


 世界地図はあったけど、地球儀みたいなものは全く無かった。

 これってもしかして、すごいことに気づいたんじゃないか?


 もとの世界は今はどうなってるんだろう? 確かに腕時計では一日の時間は同じだったけど、実際はどうなっているのかはわからない。

 未練があるか無いかと問われれば、無いとすぐに答えられる。


 あの世界には、僕を必要としている人は誰もいない。でも突然もとの世界に戻ることになったら?


 もしこの世界に来た理由が皇帝を倒すことで、役目を果たしてしまったとしたら?


 僕はいったいどうなるのだろうか?


 恐怖を感じた。身体が悪寒を感じたかのように震えた。

 両手で頬を叩く。


 今考えることじゃない。そうなった時に考えよう。


「――」


 もう少しで白熱するところで、呼ばれた気がした。


 まさかと思い、下を覗き込もうとしたした時、目の前に鏡が出現した。これはエインの鏡だ。


「ハヤミくん!?」


 案の定鏡からひょこっと、実際はかなりの勢いでエインが顔を出してきた。ビックリして落ちそうになんてなってないから。


 表情から心配していたのが伝わってきた。


「どうして頬が赤いの? まぁ良いや。さ、こっちへ」


「ありがとう、エイン」


 差し伸べられた手を掴んで鏡の先へと。


「――ちょ、エインずるいぞ!」


 鏡に入る前に微かに声が聞こえたような。気のせいか、あんな高いところに誰かが来るわけ……。


 ――来ていたらしい。

 レイは光を操るんだから、あり得なくないか。

 僕の常識はこの世界では通用しないのはもう知ってるよ。


 エインに連れられて地面に足をつけると、膝から崩れ落ちるようにその場に倒れ込む。

 ギリギリのところで片腕に支えられて、顔が地面とご対面するのは免れた。


「大丈夫、じゃなさそうだね。こうなるのも無理もないさ。君はあの、雷光の剣聖と一対一で戦ってたんだから」


 改めてこんなにも疲れていたのかと実感した。


「エイィィィィン!!! てめぇぇぇぇぇええ!!!」


 頭上から誰かの怒鳴り声が。んー、聞き覚えのある声だ。


 エインに手伝ってもらってその場に腰かけて見上げて見ると、ゾッとした。

 そこには鬼の形相で急降下してくる謎のぶった、い……ではなくレイがいたのだ。


「ほい」


 エインは自分の頭上に鏡を出現させると、真っ直ぐに急降下して加速していたレイが途中で止まれるはずもなく、背後から地面に衝突したのだろう音が届いた。


 鏡が地面に向くようにして、垂直落下したレイはまんまとエインの策略に嵌まってしまったと。


 大丈夫かな?


 レイは鬼神のように怒っていたけど、何とか宥めて詳しい話をすることになった。

 ちなみにエインと一緒に、置いていったことも怒られました。当たり前だけど、怖かったぁ……。


 どうも飛んでいったと思っていたヴァスティが下で待っていた二人に、


「さっさとあいつを降ろしてやれ。じゃなきゃ、死ぬぞ」


 と言い残して立ち去ったらしい。

 それでヴァスティを追いかけようとも考えたが、僕のことを優先してくれたと。


 本当に感謝しています。

 若干、新しい世界の可能性に興奮していたんだけども。また今度話すとしよう。


 エインが言うには「あんな顔初めて見た」とのことで、ヴァスティは見たこともない清々しい表情をしていたと言う。


 僕が見たのと同じものだろう。


 これからどうするのかはわからないけど、ヴァスティはもう“敵じゃない”。本当になんとなくだけど、そんな気がしたんだ。


 できれば一緒に戦う仲間になってくれれば最高なのに。


「欲張りすぎか」


「ん、何か言ったか?」


「ううん、なんでもない。ミーシャのところに急がなきゃ」


 ユーベストさんと話してるか、最悪戦っているであろうミーシャのもとに急いで戻らなくちゃ。

 待たせると怒っちゃうかもだし。


 レイとエインの二人を連れて、僕は大切な人のもとへと向けて走り出した。


「……ちょっと待てミカヅキ。エイン(こいつ)の鏡ならすぐじゃないか?」


「あ、確かに」


「ちっ、気付きやがったか」


「おいっ、今舌打ちしやがったな。だいたいお前はミカヅキ以外に対しての態度が悪すぎるんだよ」


 言い合いを始める二人をまぁまぁと宥めて改めてエインの鏡魔法で向かうことになった。

 本当に仲が良いのか悪いのか。んー、でも喧嘩するほど仲が良いって良く言うから、たぶん仲が良いんだろうな。


 何より二人のコンビネーションは凄かったし。


 そんなことを考えながら、左右で言い合いを続ける二人を尻目に一回り大きめの鏡に入っていった。


 待ってて、ミーシャ。すぐ行くから。


 ……二人に肩を貸してもらいながらだけど。魔力がもう底をついているので体力も同じと言うことです、はい。


 この雰囲気に苦笑いを浮かべる僕であった。




 ーーーーーーー





 ヴァスティが撤退する頃、ミーシャとドルグの決着もつこうとしていた。


「いやはや、ここまで強くなられているとは……」


 ドルグは心からの称賛を口にする。本当に驚いているようだ。


 そんな自分への高い評価に感謝しつつも、戦いの手を緩める気は全く見せないミーシャ。



 一年間と言う皇帝から与えられた猶予期間。ミーシャとてただ黙って時間の流れに身を投じていた訳ではなかった。


 もしもの時に備えて、自分の身で戦う術を教わっていたのである。

 身のこなしは主にミルダで、魔法に関してはまさかのレイディアが稽古していた。何しろ彼は全属性の魔法を使えるのだから、当然と言えば当然だろう。


 何度も馬鹿にされたレイディアに学ぶのを最初は嫌がっていたが、数を重ねるにつれてミーシャは彼の評価を改めることとなる。


 教え方はうまく、しっかりと自分のレベルに合ったやり方を選んでくれていた。

 恐らくミーシャ自身の持って産まれた才能もあるだろうが、それを差し引いても上達速度は目を見張るものだった。


 さすがは同盟両国の皆から一目置かれる人物だと実感した。



 そのおかげか、ドルグと良い勝負をしていた。

 だが実際は違うとミーシャは気付いている。手加減されていることを見抜けないほど間抜けではないのだ。


 少しずつ……はっきり言って遅いことに変わりないが、戦いの中で確実に腕を上げていた。


 ミルダとレイディアが最後の一ヶ月間は、ほぼ実戦の稽古にした理由がようやく理解できた。


 ミーシャも自分の戦い方を掴んできたのだ。


 相変わらず涼しい表情を浮かべるドルグではあるが、内心はどうしたものかと悩みあぐねていた。


 負けることはないにしても、このままでは戦いが思った以上に長引いてしまう。それだけミーシャの魔力及び体力は消耗される。


 まだ終わりが見えないこの戦争に参加できなくなってしまう。かといって倒すわけにはいかない。


「おや、あちらはどうも終わってしまったようだ」


 ドルグはいち早くエインの鏡の気配を感じ取る。


「えっ、ちょっと、待ちなさいよ!」


 突然背中を向けるドルグの意図を察して制止するミーシャの声も虚しく、


「ご無事で」


 と言い残してその場を離脱した。


 頬を膨らますミーシャ。

 鏡から出るミカヅキ。


「もう、バカーーーーーー!」


 突然の罵倒に頭の上に疑問符を浮かべるミカヅキ。

 何でそこにいるのと恥ずかしさと焦りで顔を赤くするミーシャ。


 こうして、二人は無事に再開を果たした。



 イチャイチャする少年少女を温かい眼差しで見守る大人二人は、少し離れたところで呼ばれるまで待つことにしたのだった。

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