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ふたつの鼓動  作者: 入山 瑠衣
第八章 天帝の十二士
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間話『待っているだけ?』

 レイディアが世界各地から奴隷たちを集め、彼らのために用意した村――通称レイディア村。村では元奴隷だった子どもたちが戦争の終結を待ちわびていた。

 特にレイディアが帰ってくるのをだ。


 やはり村の名前にされてしまうほど、彼らにとってレイディア・オーディンと言う人物の存在は大きい。彼が頼めば何だって望むままにするほどに。


 奴隷として乱暴に扱われ傷つけられたり、心を病んでしまったりと色々な子どもたちがここで暮らしている。

 そのため心を塞いでしまったり、他者とどう接したら良いかわからないこともあり、暴れてしまったりと問題が起こることも多々ある。


 だが、レイディアは全てとまではいかないが、そのほとんどを彼自身が対処していた。


 時には血だらけになったり、傷だらけになったりと、ボロボロになることも少なくなかった。しかし彼は決して子どもたちを傷つけることはしない。

 真摯に言葉のみで説得するのだ。ただし、彼とて完璧超人ではない故に、毎回うまくいくわけではない。


 生きることに絶望し、自殺してしまう者も何人かいた。


 正面から向き合おうと、届かないことはあるのだと、非情な現実をレイディアに突きつける。


 それでも彼は諦めず、良くも悪くも何度も何度もぶつかった。たとえ、死に至るような傷を負ったとしても、間違っていると思える行動をしようと、決して見放すことはなかった。


 そして唯一、レイディアが許せないことがあった。


 それは――誰かを傷つけること。


 人を傷つけることに慣れてしまったら、いずれ誰かを殺すことも厭わなくなってしまう。レイディアにとって、子どもたちが恐怖にも等しいこと。

 傷つけてはいけないのは他人だけじゃない、自分自身も含めてだ。


 本当に数多くの方法を試した。中には肉体関係を求める者もいた。やはり人の温もりは、心に安らぎを与える一番の薬なのかもしれない。


 もしかしたらレイディアのやり方は正しくないのかもしれない。だとしても、間違いだと誰が断言できようか。


 彼は不器用なりにも、何度も失敗を繰り返しても、これだけの“信頼”を勝ち取ったのは紛れもない事実だ。どれだけ非道だとしても、この村の子どもたちには“救い”になっている。


 いずれは村を出ることも視野に入れているが、無理矢理ではなく本人が望めばの話だ。ここで暮らし続けたいと望む者は、アルフォンスのように、護衛などの仕事が与えられる。

 働かざる者、食うべからずと言うやつだ。


 このことわざは、単に自立する年齢になった者だけを指すものではない。村で生活する全員に対して向けられている。


 なぜならこの村はほぼ自給自足で、家も、食料もそのほとんどを自分たちだけでやりくりしていた。これはレイディアの方針で、万が一に備える意味もあるが、何か行動を起こす意欲を焚き付けるのが主な理由だ。


 焦らず、少しずつ、ゆっくりと時間をかけて、こうしてレイディア村は出来上がっていった。


 だからこそ、村の子どもたちは誰よりもレイディアを信頼しているのだろう。



 ――そして、今は村全体をアリアの空間魔法と、レイディアの結界で囲み、外部とは干渉できないようにしている。


 念のため、戦闘になっても対処できるようにダイキなどの戦える者たちは準備を終えていた。ずっと気を張っていてはバテてしまうので交代制である。



 開戦からずっと、村ではまだ幼い子どもたちに外のことを知られないように、巻き込まないように守りを固めることを徹底した。


 そんな中、空間の壁に綻びが無いか村を見回っていたアリアは、高台にちょこんと腰かける少女を見かけた。すぐに誰だかわかり、話しかけようと近寄った。


「お兄さま……」


 シルエット、もといシルフィはぼそりと心配そうに慕っている兄を呼ぶ。アリアが丁度正面にたどり着いた時だった。

 アリアはシルフィの顔を覗き込み、落ち込む少女に「大丈夫だよ」笑いかけて隣に腰かけた。


「だって、レイディアは誰よりも強い。絶対わたしたちのところに帰ってくる。約束だもん」


「そうですね。お兄さまは、約束を一度も破ったことはありませんもの」


 だが、シルフィは言葉とは裏腹に妙な胸騒ぎを感じていた。本人は微笑みを浮かべたつもりだったが、皮肉にもアリアには無理をしているのだと瞬時に見抜かれた。


「ねぇ、シルフィ。レイディアはわたしたちと真正面から向き合ってくれた。どんなに拒絶しても傷つけても、全然諦めなかった」


 アリアは村を穏やかな表情で見下ろしながらぽつりぽつりと語り始めた。

 シルフィは言葉を挟まず、聞くことに集中する。これは彼女自身がレイディア(お兄さま)の話を聞きたいと、もっと知りたいと思ったからに他ならない。


「ここに来るまでわたしたちはみんな奴隷として、人じゃなくて物として扱われて、色々なことをされた。死にたいって思うくらい、酷いことをね。希望なんて無い。神様なんていない。この地獄で死ぬんだって」


 そこでアリアは俯いた。最悪だった日々を思い出したのだろう。


 続きをシルフィは急かすこともせずに、彼女が言葉を紡ぐのを静かに見守るように待った。


「でもね、そんな地獄の外へ、レイディアは連れ出してくれた。世界は地獄ばかりじゃない、天国もあるって教えてくれた。この村で色んな初めてをわたしたちはレイディアから教わったんだ。だからね、シルフィ。みんな“ライバル”なんだよ?」


「え……?」


 唐突な切り返しに動揺を露にするシルフィ。無理もない。あの話からまさか自分に飛び火してくるなんて考えてもいなかったのだ。


 まんまと罠にかかったシルフィを、アリアはいたずらっぽい笑みを浮かべながら話を続けた。


「レイディアは、わたしたちのことをちゃんと“愛してくれてる”。でも、シルフィ、これだけは断言できる。あなたはレイディアにとって特別な人(・・・・)。わたしたちじゃ、どうやってもあなたには敵わない。だから行ってあげて、みんなの大切な人のところへ」


「……っ! ありがとうございます、おかげで決心ができました」


 アリアに背中を押され、バッと勢いよく立ち上がったシルフィは、彼女に感謝の意を込めて頭を下げて走り去った。


 やれやれとため息をつく苦労人の背後から、一人の少年が近づいていた。傍までたどり着くや否や、皮肉なのか何なのか少年もため息をついた。


「ったく、良かったのか?」


「何が?」


 シルフィの背中を見送るアリアに、少年——もといダイキはそっと尋ねた。すると返事は不機嫌を全力で込めたものだった。


 理由はわかってる。本当はあえて確かめる必要なんて無いのかもしれないが、はっきりさせておかないといけない。そんな風にダイキは直感的に思ったのだ。


「……アリアも行かなくてさ」


「バカじゃないの? わたしはここの空間を維持しないといけない。だから離れられない。それくらいわからないの?」


 彼女とて本心では行きたかった。誰よりも先に彼の者のもとへと駆けたかった。だがそれは許されないことだと自分の中で答えを出してしまった。

 シルフィに言ったことは本当に思っていたからからこそ断言できた。


 確かにレイディアはアリアたちのことを愛していることに間違いない。しかし同時に彼は村の子どもたちが自分に依存してしまわないように一定の距離を置いている。これは保身のためではなく、いずれは子どもたちを自立させるためだ。

 成長し、自分の意思で物事を選び取るようになった時に、自分の存在が邪魔になると考えているのである。


 それでも絶望の底から救った人物である上に、堕ちた心をケアしてくれる立場でもあるレイディアは自然と……いや、ほぼ必然的に拠り所になってしまうのだ。


 強いてはその感情が、愛情に変わることもあり得よう。


 だが、彼らは欲望に従う獣ではない。

 レイディアの立場、自分たちの立場を充分に理解していた。

 それこそ彼らが望めば迷うことなくレイディアはその気持ちに応えることだろう。最高の幸福を与えてくれると確信しているくらいだ。


 ならなぜ行動に移さないのか。

 知れている。どんなに幸福に感じても、レイディアはレイディアで、命の恩人で、それ以下にもそれ以上にもなれないのだ。


 ましてや恋人など、簡単になれるはずが無い。

 そんな皮肉じみた現実を、しっかりと身に染みて理解しているからこそ、アリアはシルフィに傍に寄り添う役目を譲った。真実がどうあれ、恩人とか何やらのしがらみなど関係なく接することができる立場の者に。


 しかし諦めてもいない。故に少女は微笑みを浮かべる。譲るのは——今回だけだからと、“これから”のことを考えながら。


「わたし、負けるつもりなんて無いから」


 なおも背中を向けたままダイキに断言した。


 それを聞いて人知れず少年は思う。――やっぱ簡単には勝てないな、と。


 すれ違いとまでは言わなくとも、届かぬ想いを抱くのは何も乙女だけの特権ではない。

 ダイキは自分の恋敵の手強さを改めて思い知らされた。かと言って、彼もこの村で育った子どもたちの一員だ。諦めが良いはずが無いのだ。


 密かに自分を鼓舞するダイキを尻目に、アリアは「よっと」と立ち上がり歩き出した。


「丁度いいからダイキも手伝って」


「あい!?」


 急に名前を呼ばれて素っ頓狂な声を上げるダイキを笑いつつ、アリアは見回りを一緒にするように頼んだ。

 もちろん彼の返事は言うまでもない。


 戦争なんてさっさと終わって、レイディアが一秒でも早く帰ってくることを願いながら——。


 アリアも、シルフィと同じように胸騒ぎを覚えたことを隠したままで、ダイキと一緒に見回りを再開した。



 ――この時の彼女たちはまだ知らない。ファーレンブルク神王国国王、ソフィ・エルティア・ファーレンブルクが命を落としたことを。ソフィを手にかけたのが、自分たちの愛する……レイディア・D・オーディンである真実を知る由も無かったのである。

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