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ふたつの鼓動  作者: 入山 瑠衣
第八章 天帝の十二士
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百回目『破壊神』

 僅かな土煙が上がったと思いきや二人の姿は消え、現れた瞬間に、凄まじい轟音と共に周囲に衝撃を与えた。――空が割れていた。


 二つの大きな力がぶつかったことにより、ドーム状に力場を発生させた。衝撃波で木々や土が吹き飛び、中心点は無傷と言うなんとも不思議なクレーターが出来上がった。


 もちろん、そこに二人はいる。今もなお拳を押し合い、お互いに譲る気など毛頭無い。


「我が一撃を耐えるか、やはり貴様は別格よの」


「神にそう言ってもらえるとは光栄だな」


 大層楽しそうに笑うバルバトスに対し、レイディアは険しい表情だった。


 彼らの拳がぶつかる度に衝撃波と、破裂音にも似た耳を覆いたくなる音を周囲に伝えた。

 おかげでそこら中何かを発掘しているかと勘違いしそうなほどクレーターと言う名の穴だらけだ。


「もっと我を楽しませろ、レイディア!!」


 手で何かを描いたと思いきや、急に拳を前方に突き出した。何をする気だと怪訝したのも束の間、魔方陣が展開し、そこから黒い柱の如し光が放たれた。


「フィールド、展開」


 油断していたなど誰が言ったか。攻撃の予兆を感じた段階で、レイディアは即座に結界を展開させて、光線の軌道を上空へとずらした。


「はっ、まだまだあ!」


 レイディアはバルバトスと衝撃波を発する幾度と拳を交わし、ふと思う。――この程度なのか、と。

 首を横に振りすぐにその考えを否定する。


 ――こちらの力に合わせてやがる。


 そう。バルバトスはレイディアの攻撃の威力、速度、それら全てを拮抗するように調整していた。

 故に、これが“破壊神の実力”かとため息をつく。


 鼻で笑いたいが正直言って、レイディアにはこれ以上体力を消費するのは避けたい気持ちでいっぱいだった。なぜならこの後に、本命との勝負が待ち構えている。


 騎士王――マリアン・K・イグルスとの一騎討ちが。


 そのため、足止めを食らっている暇は無かった。最後の天帝の十二士(オリュンポスナイト)のカケルは倒したも同然。

 なら、天帝騎士団最強の彼ら(四人)が、天帝の使いエンペラーサスフォースが動き始めるのも時間の問題だった。


 相手がそこら辺の騎士ならばどうとでもなる。だが、相手は騎士どころか人間ですらないと来た。しかも、これはレイディアの予測に過ぎないが、この破壊神は恐らく戦争なんぞに興味を抱いていない。純粋に闘争本能に赴くままに、と面倒極まりない理由で戦っていると見た。

 さすがのレイディアとて、悩まずにはいられなかった。


 この状況を打破する糸口を模索する。神から逃れる方法を。

 可能な限り最速で思考を巡らせた。しかし腹立たしいことに結論は全て同じだった。


 ――逃げられない。


 つまり、その結論が意味するのは、必然的に“戦うしかない”のと道理。


「即行、終わらせる――神道・全」


 特有魔法(ランク)を発動し、言葉通り即行で終わらせる――はずだった。が、繰り返すが相手は神である。それもただの神ではない『破壊神(・・・)』なのだ。


 バルバトスの咆哮と同時に、パリンッと何かが割れた。その様を目の当たりにし、レイディアは驚愕の表情を見せる。——ふざけるなと。これほどまでしでかしてくるのか、神とやらは。怒りにも似た感情を抱くも、息を思いきり吐き出して心を落ち着かせた。


「化け物め……」


 彼の額から一滴の汗が流れる。


「貴様にはそう見えよう。だが、我はそれすら越える――神だ」


 一瞬で距離を詰めたバルバトスがレイディアの呟きを訂正し、容赦無く自らの拳を振り上げる。到底反応できる速度でも、距離でも、場所でもない。

 成す術無く神の一撃を受けるしか、選択肢は存在しないはずだった。だがそれは、普通の人間ならばの話だ。


「――私をなめるなよ」


 バルバトスは確かに聞いた。

 一文字すら発することが難しい時間の中で、確かにその耳に届けられたのだ。


 そして、バルバトスは驚愕する。


 レイディアの右の拳が、気づいた時には既に自らの拳と対面する直前に迫っている。


 見えなかった。神であるバルバトスでさえ反応することが叶わなかった。


 振り上げる力と、振り下ろす力。どちらも同じ量の力ならば結果はどうなるか。

 答えは簡単だ。当然重力と言う追い風がある“振り下ろす”方が強いに決まっている。その理論は、たとえ相手が神であろうと通用するだろう。


 バルバトスも充分にそれを理解していた。故に、先ほどのカケルのように拳を開き、掌から衝撃波を放つことで軌道修正を行う。

 それによりレイディアは怯み、隙をついて追撃をする――と考えた。


 しかし、今破壊神たる者が相手せしめるは、レイディア・D・オーディン。

 世界中から恐れられる彼もまた一種の化け物(・・・)と言えよう。


「我を喰らい、全てを喰らえ――」


「その詠唱……貴様まさか!」


 故に、神を越える可能性を秘めているのだ。


 レイディアが唱えた詠唱を、バルバトスは過去に聞いたことがあった。

 遥か昔。世界が本来の姿(・・・・)だった時代に――。


 そんなことはあり得ない。あれ(・・)が起きてから今までずっと、何もしてこなかったと言うのか。バルバトスは可能性を示唆する。


 信じ難いが、自分が耳にした言葉に偽りは無い。となると……まずいとバルバトスは身構えた。


 しかしレイディアの狙いはそこに生じてしまう確実な隙だった。

 ここぞとばかりに狙いを定めて魔力を出し惜しみせずに全力で込める。それは空気の流れを変え、レイディアの右の拳に収束する。


「一点突破っ、絶刀!!」


 突き出された拳から放たれるは、まさに究極の一撃。

 そして、世界から音が消えた。


 数秒の後、全ての事象が遅れて動き始め、何が起きたのかを世界に教える。


 彼の一撃は、大地を揺らし、世界を揺らした。

 振動はファーレンブルク神王国、ファーレント王国、最後にアインガルドス帝国まで伝えられた。


 ある水色の髪の少女は心配するような表情を浮かべ、ある黒髪の少年は口を開けて呆然とし、身の丈ほどの大剣を携えるある金色こんじきの騎士は嬉しそうに笑みを浮かべた。


 世界中にまで影響を与えた彼の一撃を受けたバルバトスはと言うと。


「不完全とは言え、顕現せしめた我を、ここまで追い詰めるとは……なぁ、ガハッ」


 腕を含め、右の肩から腰の辺りまでの身体が、文字通り無くなっていた。

 誰が見ても明らかな重傷だが、まだましだとバルバトスは笑う。本来なら身体の中心が軽く吹き飛んでいたと言うのだ。

 やや前のめりになり、吐血しているが決して倒れる気配がしない。


 そんな満身創痍な破壊神が疑問に思ったのは、神である身ですら認識できなかったレイディアの動き。

 バルバトスの拳目掛けて迷わず振り下ろしていたレイディアの拳は、いつの間にかパッと消えてしまい、気づいた時には何故か正前から拳が迫っていた。


 攻撃の隙は不覚にも与えてしまった。だが、逆に言えば攻撃されたとしても対応できると判断したからだ。


 しかし、レイディアは神の予想など、息を吐くのと同じように容易にやってのけた。


 故にバルバトスは迷うことなく彼に問いかける。


「どんな手段を使ったのか……否。先に我が問うべきことは別にある。貴様は——何者だ?」


 獣の如き鋭い眼差しを向けられようと、レイディアは相手が神であろうと普段と変わらぬ調子で、不敵な笑みを浮かべながら答えた。


「何者、か。悪いが、その問いへの回答を私は持ち合わせていない。だが、こんな曖昧な私でも、はっきりと断言できることがある。目的を果たすためなら、私は何者にもなろう。そしてもし、立ちはだかる者がいるのならば、何者であろうと——排除する」


 レイディアの言葉からは、信念と例えるにはあまりにも禍々しい狂気じみたものを感じた。

 同時にこうも思う。この者ならば、言葉の通りに相手が何者だとしても、容赦しないだろうと。

 加えて、それを実行に移せる力も持ち合わせている。


 故にバルバトスがこんなことを考えるのは必然なのもしれない。


「ならば問おう。貴様の“目的”とやらを……と言いたいが、時間切れのようだ」


 やれやれと苦笑を浮かべるバルバトスの身体は、確かにうろこのように剥がれ出している。

 顕現したと言えど、無理やり身体を乗っ取ったのとほぼ道理。結果的に顕現し続けること自体に限界が来るのも自然なことだろう。


「レイディア・D・オーディン、だったか。気まぐれに貴様に一つ忠告してやろう。貴様の覇道は、必ず貴様自身を孤独にする。かつての我の如く、な……」


 最後に意味深なことを言い残して、バルバトス姿は見る影も無く消え去り、もとのカケルの姿に戻っていた。レイディアに吹き飛ばされた部分は、バルバトスだった部分がうにょうにょとスライムを連想させる動きをし、もとの状態へと再生させた。


 そんなカケルは重力も驚きの速度でゆっくりと地面に倒れた。


「とりあえず、方が付いた……か。ぐっがぁ、あああぁぁぁあぁぁああ!!!!!」


 痛むのか右肩に左手を添えるや否や、彼が叫び声を上げるのと同時に右腕は爆弾の如く弾け飛び、周囲に破片が散らばった。


『絶刀』を使用した反動に、彼の肉体は耐えきれなかったのだ。


 意識が飛んでしまいそうな激痛により、レイディアは膝から崩れ落ち、さらに思いきり口からドパッと血を吐き出した。


 肩で呼吸し、今にも死にそうな雰囲気のまま地面を見つめる。


 世界中から恐れられるレイディアと言えど、結界の広範囲展開、他者への魔力供給などによる度重なる魔力消費、及び人並み外れた者たちとの連続戦闘の影響で、心身ともに予想以上の疲労が彼には蓄積されていた。


 口の周りを血だらけにしながら、立ち上がろうと歯を食いしばる。だが、実際は揺れるだけで到底立つことなどできる状態ではないのだ。


「私は、レイディア・D・オーディンだ……。こん、なところで、はあ、倒れるわけには——」


 生きていることすら奇跡的な状態なのに、なお足掻こうとした。

 彼が諦めるなんてあり得ない。……いいや、そうではない。諦めないのではなく、諦められないのだ。

 なぜなら、他者が何と言おうと否定しようとレイディア・D・オーディンにとって、自身が倒れる(の敗北)とは、殺した者たち全ての死を“無駄にする”のと道理だからだ。


 ただ理屈ではわかっていても、頭で理解していても、身体は動いてくれない。

 やがて五感すら麻痺し始め何も感じなくなり、瞼は重く意識も薄れ「面倒な」と呟き、彼は悔しがりながら倒れる――はずが、しばらく待っても地面とのご対面しない。


 何か(・・)に支えられていると認識した時には既に瞼は閉じられ、思考も停止する直前だった。


「――ゆっくり休んで、レイディア。わたしが時間を稼ぐから」


 聞き覚えのある声に安らぎを覚えつつ、身を委ねることに躊躇はしなかった。


 見えなくとも、確認しなくとも、彼は理解していた。


 ――ありがとう、ソフィ。


 身の危険を犯してまでソフィが駆けつけてくれたのだと。実際は転移魔法でレイディアのもとに転移したのだが。

 だが、戦場である以上、ここも危険には変わりない。


 それらを承知の上でソフィは来たのだ。レイディアを助けるために。


 倒れる彼の身体を受け止めてから抱きしめ、温もりを感じて胸を撫で下ろした。が、すぐにハッと我に返り、先ほどまでソフィがいた神王国の城に戻る形で転移した。




 ーーーーーーー




 レイディアは心なしか肌寒さを感じたおかげで目を覚ます。


「……んん、ここは……城かぁ……」


 ぼんやりとする意識の中で、自分自身が何処にいるのかを把握した。何度も訪れたことがある場所だ、間違えるはずがない。


 神王国の城の、ソフィの部屋。

 備え付けられたふかふかのベッドの上に彼は寝転んでいた。


 周囲に広がる魔力を感じ、何が(・・)起きている(・・・・・)のか一瞬で理解した。驚いて一度は目を見開くも、何度か首を横に振りすぐに瞼を閉じる。


 砕け散ったはずの右腕が復活している。ソフィが回復してくれたのだろう。

 あれほどの重傷への治療だ、かなりの時間を要したに違いない。

 気を失っている間に、どれくらいの時間が経ったことか。


 私が口出しすることではない。レイディアはそう判断した。


 そんなことをすれば、覚悟を無駄にしてしまう、と。


「ねぇ、レイディア。今はどれだけ見えている(・・・・・)の?」


 ソファに腰かけているのであろう神王様が核心をつく質問を投げ掛けた。


 突然の衝撃的な問いに再び目を見開きかけたが、はぁー、とため息をついて瞼を閉じたまま渋々返事する。


「もう、何も見えんさ。瞼を開けても閉じても、景色は変わらぬ暗闇よ」


 気づかれるはずがなかった。完璧にこなしていたはずだった。


 無駄な心配をかけまいと、レイディアは目が見えないことを隠していた。なら日常生活はどう過ごしていたのか。


 それは魔力感知に他ならない。周囲の一定の距離に魔力を展開させ、その範囲内の情報を得る。

 感覚と直結した魔力によるサーモグラフィーとでも言うべきか。


 彼が白状したことが事実ならば、まるで目が見えているかの如く今までの全てをこなしていたことになる。日常生活はもちろん、戦闘に至るまで。


 凡そ半年間、彼は騙し続けていたのだ。努力の甲斐虚しく、ソフィにはバレてしまったが……。他の者たちはまず気づいていないだろう。それほどまでにレイディアの演技は完璧と言えた。


 だが、残念ながらソフィ相手には通用しなかったらしい。誤魔化しても無駄だとわかっているからこそ、素直に真実を答えた。


「まぁ、見えている状態と何ら変わりないさ。むしろこっちの方が――」


「レイディア!」


 叫ぶかの如く名前を呼ばれ、ビクッと肩を震わせた。

 無理もあるまい。ソフィがこんなに大きな声を出すなんて年に一回あるか否かだ。レイディアと言えど希少価値が高いそれに免疫がついていない。


「契約は覚えてる?」


 先ほどとはうって変わって、恐る恐ると言った雰囲気でレイディアに尋ねる。ソフィは一国の王として問いかける。


 彼は真っ先に「当たり前だ」と答え、胸に左手を乗せて言葉を続けた。


「私はそのために戦っている。最初は半ば強引だったが、今はそれで良かったと思っているよ。じゃなきゃ、私はこの場にいないだろうしなぁ」

 

「じゃあ……約束(・・)は覚えてる?」


 声の調子からレイディアは察した。

 今、ソフィは一人の女性として問いかけたのだ、と。


 一度じっくりと時間をかけて深呼吸をする。少しでも返事を先延ばしにしたいがために。


 ソフィの気持ちを優先するなら、返答するのが間違いなく正解だ。

 だが彼は迷う。この問いに答えてしまったら、失ってしまうとわかっていたから。


 不意に、パキッと何かに(ひび)が入る音がした。

 その音を聞いた途端、レイディアは身体を勢いよくお越し、ソフィがいる方へと向きを変えた。――今にも泣き出しそうな悲痛な表情(かお)で。


 見えなくなってしまったことを始めて憎んだ。何故もっと他の代償を払わなかったのかと、過去の己を罵倒した。


 たとえどんなに強く願おうと、叶わない願いはある。

 それを否定したくて、認めたくなくて、今まで戦ってきたはずなのに、彼は直面していた。


 どれだけ足掻こうと、どれだけ願おうと、届かない儚き願いに。


 故に彼は意を決する。


「――ああ、覚えているとも」


「良かった……。安心して、契約はもう終わり。あなたはもう自由よ」


 “自由”。その言葉を聞いた途端、レイディアの中で何かがプツンと音を立てて切れた。


「……何故だ、何故、そんな状態になってまで私を助けた!? ソフィ、お主には叶えたい夢があったはずだっ! なのに――」


「やっぱり、あなたは誰よりも優しい人ね。わたしの夢は、あなたが叶えてくれた。だって、今のわたしは一人(孤独)じゃない。レイディアのおかげで、色んな人と、たくさんの人々と接することができた。繋がりができたの。これ以上を望むのはわがままになるわ」


 ゆっくりと、それでいてはっきりと一つ一つの言葉を噛み締めるようにレイディアに語りかけた。

 もう満足だ、これで良いのだと。彼は両の拳をぎゅっと握りしめる。抑えなければ、外に出してはならない感情が飛び出そうとするのを必死で止めた。が、抵抗虚しく、彼の想いは彼女に届けられた。


「わがままでも良いじゃないかっ。他の誰もが拒もうと、私が許容する。それで良いではないか。私なんかのために、ソフィが……犠牲になる必要など、無いじゃないか!!」


 罅が入り、割れかけていたのは――ソフィの身体だった。

 レイディアは見えなくとも理解していた。世界の流れるべき時間と言うものが、止まっている(・・・・・・)ことに。


刻の氷結(クロノ・フリーズ)』。


 これは、ソフィの本来の特有魔法『氷結の姫君(アイシクル・イア)』による最も強力で、強大で、回避不可能な文字通り時間の流れさえも氷結させる魔法。


 そして、あまりにも強すぎる魔法故に、術者本人をも凍りつかせていき、使い続ければ死に至る究極魔法である。


 ならソフィは今どうなっているのかと言うと、『刻の氷結』と平行してレイディアに回復魔法を施していたため、まさに死を目前にしている状態。


 目覚めた瞬間に理解したんだ。何が起きているのかを。


 レイディアが完全回復するまで、時間を氷結させ続けたソフィの身体はとうの昔に限界を越えてしまった。それから導き出される答えは一つしかない。


 ――助からない。


 世迷い言がレイディアの頭を過る。


「私に再び、失えと言うのか。そんなこと私が許さない。お主はこの私が守ると決めたのだ。だから、助けてみせる!」


「まったく、諦めが悪いのね。だからわたしは――レイディア・D・オーディンよ、契約の主たる我、ソフィ・エルティア・ファーレンブルクが命ずる――」


「やめろ、やめてくれ、私はもう……」


「わたしを殺しなさい」


「やめろおおおおおおおお!!!!」


 レイディアの身体は、彼の叫びとは裏腹に、抵抗する意思などの全てを無視して……命令に従った。


 見えないはずなのに、あり得ないことなのに、彼は確かに彼女の最期の表情を目にした。

 彼の手によってその身が砕かれる直前に見せた、一生忘れられない微笑みが、はっきりと見えたんだ。


「うぅ、くっくぅ……うあああああああああああああああああああ!!!!!!」


 自らの顔を手で押さえ、今にも溢れ出るものを必死に止めようとした。が、彼に止めることなどできるはずがなく、一気に漏れ出すそれは咆哮と共に涙となり、彼の目から外の世界へと流れ出でた。



 ――涙が渇れる頃、レイディアはふと、背後に気配を感じて振り向く。

 そこには見覚えのない少年が立っていた。


「こんなに早く対応するなんて……。キミが来てから、ボクの予定は狂ってばっかりだ、っと。残念だけど、いくらキミでもボクには勝てないよ」


 コロコロと表情を変える少年を、レイディアは迷わず攻撃するも、すり抜けるようにして躱わされた。

 ニヤリと少年は不気味な笑みを浮かべ、慈悲のつもりなのか彼に忠告した。


「貴様は……そうか、合点が行った。貴様か(・・・・)


「まさかボクの正体に気づいちゃった? 驚きだね、だからこそ危険なんだけど。でも、優しいボクは、危険なキミにもちゃんと役割を与えるんだ。それまでは精々、楽しむことだね」


 言い終えると少年は残像のようにぼやけた数秒後に完全に消え去った。


 見覚えのない。確かにレイディア自身が見たことは無い。だが、彼の少年を見たことがある者がいる。


「さすがだぜ」


 届かぬ称賛を亡き団長に送る。そう、彼の周りで唯一、アイバルテイクは少年の姿を見ていた。


 故に彼は言ったのだ。合点が行った、と。


 点と点が線で繋がったとはまさにこのことだろう。


 レイディアは胸元を左手で掴む。『服従者(リード)』の紋章が消えている。それもそのはず、主たるソフィはもういないのだから、残る意味など存在しない。


 ソフィが身に付けていたネックレスを手に取り、本当にいなくなってしまったのだと喪失感に苛まれる。彼がお守りとしてプレゼントしたもので、よほど嬉しかったのだろう、四六時中形見離さず身に付けていた。


 それが今、自らの手のひらの上にあると言う事実が、レイディアにはとても悲しく感じた。

 胸にぽっかりと穴が空いたような、そんな感覚。


 しかし、その穴を埋める必要など既に無いのかもしれない。この悲しみを忘れないためにも、穴を埋めてはいけない気がしたのだ。ずっと抱えていくべきだと。


 そして、ソフィにどんな意図があってか『脳内言語伝達魔法(テレパシー)』でレイディアに伝えた言葉が……。


 ――レイディアは、勝ってよね。


「ったく、はた面倒な」


 言葉とは裏腹に、彼の表情からは満ち足りた雰囲気を感じた。


 レイディア・D・オーディンはまだ立ち止まらない。その先に何が待ち受けていたとしても――。

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