表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ふたつの鼓動  作者: 入山 瑠衣
第八章 天帝の十二士
102/151

九十九回目『大きく脈打つ』

 身体の感覚を確かめるために拳を握ったり開いたりを何度か繰り返す。


「よし!」


 最後に強く握りしめてレイディアを見据えた。


 両の拳を身体の正面と横へとそれぞれ構え、地面に乗せられた足が土をほんの少しだけ掘る。


「僕に手に持つ武器は必要ない。いるのはこの拳だけ」


 破裂音が周囲の空気を揺らしたのとほぼ同時に、一気に土が空中へ舞い上がる。


「――聖龍拳」


 レイディアの耳がその声を捉えた時には既にカケルは距離を詰め終えていた。

 レイディアの左側から、白く美しい龍の頭のような形をした拳を、彼目掛けて突き出そうとしていた。


「――速いな」


 音速を越えた速さで移動してきたカケルを、レイディアは称賛した。しかしこれは、同時に彼にはまだ余裕があると宣言したようなものだ。


「衝波!」


「っ!?」


 カケルが叫んだ途端、彼の突き出された拳は開かれ、掌から衝撃波が放たれる。その勢いで彼の身体は逆回転を始めた。


 いきなり放たれた衝撃波をレイディアは魔力を放出することで、強引に打ち消した。


 が、次は左の拳を体勢を崩したレイディアに突き出した。それも右と同じように白く美しい拳と化していた。


 綺麗だな、とふと自身に迫る拳に対しての感想を抱くレイディア。右腕を盾にして防ごうとするも、勢いは簡単には消えずに身体へと伝えられて吹き飛ばされる。

 レイディアは凄まじい勢いで木々をへし折りながら、カケルの目では捉えられないほどの距離へと飛んでいった。


 一秒にも満たない時間で行われた攻防を征したのは――。


「魔神拳」


 カケルだと思われた。


 しかし彼は気配も何も感じなかった背後から聞こえた声に、対応できずに一撃を成す術無くその身に受けるしかなかった。

 鋭くも鈍い痛みをじわじわと感じながら、カケルの身体は上空へと打ち上げられる。彼はバキバキと何か硬いものが折れる音を確かに聞いた。


 そして、


「だはっ!」


 上昇を終えふわりとした感覚が全身を覆い降下を始める直前、先ほど骨を砕くほどの攻撃を加えたはずの右腕が視界に入る。


 そんな馬鹿な、と驚愕しつつも声に出すことは叶わない。何が起きたのかと分析する前に、彼の身体は右腕の先端にある拳によって地面へと叩きつけられた。


 正確にはレイディアの右腕の魔神拳が彼の腕から離れて飛び、カケルを地面へとぶつけたのだ。


 物体の衝突による衝撃が地面に伝わり、そこには衝突の中心点から円形状に広がるクレーターと呼ばれる窪みを生成された。


「ぐ……かはっ……」


『魔神拳』は既に霧散するように消滅を終え、大地に転がるのはカケルのみとなっている。口と鼻から飛び出た血を止める力は、彼にはもう残っていない。


 そんなカケルを、レイディアは上空から冷たい眼差しで見下ろしていた。


 彼らの第二ラウンドの結果は、一分にも満たない僅かな時間で決まった。


 カケルは必死に分析した。何が起きたのか、どうやって腕を治したのか。いつの間にか背後にいたのか。



 ――飛ばされた方は、魔法で身代わりを作れば対応できる。途中で入れ代わるなりすれば良い。

 腕を治したのは、拳を受けた瞬間から治癒魔法をかけていた。そうすれば、最速で傷を回復させることができる。


 最後は……背後にいつ移動したのか。転移系魔法なら、転移した際に気配や音などある。

 転移魔法は、本来あるべきではない場所に、任意のものを強制的に移動する魔法。つまりは次元や時空と言った部分に、何らかのズレが必ず生じるのだ。それが人には気配や音として認識できるものとなる。

 それすら無かった。文字通り突然現れたのだ。まるで最初からそこにいたかのように。



 そして一つだけ、全く解けない謎があった。

 なぜ『永遠に愚問のまま(クリプトス)』が発動しないのか、と言う部分だ。


 見るだけで勝手に発動してしまう魔法のため、視界に入る全ての情報を分析して理解する。それがどういう理屈か発動していない。

 カケルは今、自分の頭で考えて推測しているのだ。


 身代わりを作ったにしてもいったいいつ(・・)作ったと言うのか。音は止まったとおぼしき瞬間まで途絶えることは無かった。


 腕に治癒魔法をかけたにしても、見ていたのだから分析できないのはおかしい。


 それらの条件をクリアしたとして、レイディアが声を出すその瞬間まで背後に移動したのを気づかないはずがない。


 認識をズラした?

 いや、これでは見ていることには変わりないのだから『永遠に愚問のまま』が発動して見破るだろう。


 ならどうやったのか?

 カケルの思考は解けない謎を前に止まり始める。


 そして、最後に一つの結論にたどり着く。

 納得はできない上に証明もできない。が、それが答えならば、全てが一本に繋がる。


 確かめたい。強く思う。少しでもレイディア(あの人)に近づくために。

 だが、カケルはもう限界だった。


 視界の隅から暗くなっていき、彼の目に見える世界は既にボヤけている。


「どうやら薄々勘づいたようだな」


「あぅ……か……はーっ……」


「無理をするな。息をするだけでも辛いだろうに」


 いつの間にか地に足をついていたレイディアが、カケルに歩み寄りながら苦笑した。


 カケルは真実を確かめようと、内側から来る痛みに耐えながらしゃべろうとしたが、肺がやられているのか言葉を発するどころか呼吸すら難しい状態だった。


 そんな彼にレイディアは忠告した。無理をすれば死ぬと。


「貴様は問うたな。“僕たちはどうしてこの世界に来てしまったのでしょうか”と。貴様は己自身で考えた上で訊いたのだろう? 故に私はわからないと答えた。何故か……わからない、確かに事実だが、もう一つ理由がある。それは貴様自身が導き出すべき事だと思ったからだ」


 ゆっくりとだが確実に一歩ずつカケルに近づく。


「貴様にとって重要視すべきは、何を成すべきなんてことではなかろう。カケル・アルティメットが成したいことは何なのか、それをまずは考えるべきではないのか? ()の少女が望んだことは、本当に世界を変える事だったのか……もう一度良く考えるんだな」


 カケルの傍に辿り着き、その虚ろな瞳を真っ直ぐ見てこう告げた。


「貴様は――生きているのだから」


 レイディアの言葉を聞いて、カケルの全身から力が抜けていった。


 重たい瞼に従い目を閉じていき、意識も暗闇へと誘われる。




 ーーーーーーー




 ――負けた。

 僕は負けたんだ。

 さすがだよ。

 僕だって強くなったはずなのに、更にその遥か先を進んでいた。


 でも僕だって黙って待つつもりはない。絶対に追い付いて見せる。

 憧れているだけじゃないってところを見せなくちゃ、ニアに笑われてしまうもの。



 カケルが虚空の意識の中で反省をしていると、聞いたこともない声が届けられた。


(世界を変えるのは、諦めるのか?)


(だ、誰?)


(問いに答えよ。貴様に許されるのはそれだけだ)


 禍々しくも感じる声に問い返すと怒られてしまった。

 だが妙な違和感も同時に感じていた。聞いたことが無いはずの声なのに、どこか懐かしさを抱いたのだ。

 声自体は怖いのに、優しさも含まれているような、言葉通り妙な声だった。


(諦めていませんよ。僕はもう、何も諦めません)


(ならば、負けを認めるのは、軽率ではないか?)


(でも僕はあの人に負けたんです。まだ追い付けない)


(追い付けるとしたら、貴様はどうする?)


 悪魔の誘い、とはまさにこのことだろう。

 カケルは唸った。

 しかし答えを出してから思う。考えるまでもないじゃないか、と。


(追い越します。ですが、それは誰かの力じゃない。僕自身の力でやって見せます)


(……フ、フハハハハ、一興よ。良かろう、貴様が気に入った。名を聞かせよ)


(カケル・アルティメット、です)


(カケルよ、悪いが貴様の言葉で(たぎ)ってしもうたが故。暫し、身体を使うぞ)


 カケルが驚く隙も与えず虚空は凝縮し、黒いそれは一つの形を成す。

 人の形のような、それでいて龍のような形に。


(我が名を告げよ――)


 とある言葉が頭の中に入り込んできた。

 それは何も知らないカケルにもわかった。――名前だ。


(あなたは……本当に?)


(疑うとは良き度胸よな。しかしそれもまた一興。彼の者が貴様の越えるべき者か、我が試してやろう)


 顔はあるにはあるが、真っ黒でどんな表情なのかわからないはずなのに、カケルは楽しそうだな、と言う印象を受けた。


 身勝手な言葉に反抗したくなるも、カケルは思ってしまう。

 どんな勝負になるんだろう、と。

 名前だけ聞けば黒いそれが勝つと、誰もが口を揃えて言うだろう。しかし相手はレイディア・オーディンだ。


 彼の実力がどの程度のものかは、残念ながらカケルには想像もつかない。故に思ってしまったのだ。

 誰しもの心の中に潜む、好奇心と言う名の昂りを、カケルも抑えることができなかった。


(強いよ、レイディアさんは)


(我より強き者はあの()だけよ)


 その言葉を最後にカケルの意識は途絶えた。死んだわけではない。それこそ本当に気を失っただけだ。


 黒いそれはニヤりと笑った。




 ーーーーーーー




 レイディアはカケルが完全に気を失ったことを見届けると、その場を立ち去ろうとした。が、ゆっくりと視線を落とす。


 その瞬間、返事をするかの如く、カケルの身体が大きく脈打った。


 後ろへ飛び退き距離をとると、カケルの身体が操り人形のように立ち上がった。

 しゅう、と焼けるような音をしていたが、彼の傷は回復されていく。


 何が起きているのか、と現実を疑うも残念ながら夢ではないらしい。

 カケルの拳を受けた右腕がじんじんと痛みを脳に伝えている。


「我が魂に宿りし者よ、我が呼び声に応え、真なる姿を見せよ――」


 詠唱と共に、カケルの頭上と足下に円形の魔方陣が展開する。血のように真っ赤で、それでいて淡い光を放つ、胸騒ぎを覚える光景だった。


「……はっ、黙っているとでも!」


 若干出遅れたが、生易しく黙って魔方陣が発動するまで待つつもりはない。レイディアは刀を抜き去りながら距離を詰めた。


 刀がカケルの首目掛けて真っ直ぐ振り払われた。そして直撃した瞬間、これまた赤い火花を放ち、刀は弾かれてレイディアも同様に魔方陣の外へと放り出された。が、この程度でへこたれる彼ではない。


「展開」


 火、風、水、地、光、闇、無属性。七属性それぞれで生成した剣をカケルを中心に展開させ、完了すると同時に一斉に放った。


 だが、無駄に等しかった。上下の魔方陣で結界も同時に展開しているのか、円上に入る直前に剣は塵のように霧散して消滅した。


 その様を見てレイディアは、ふっと鼻で笑い刀を鞘に収めた。


 風が吹き荒れる、木々や空が騒ぐ。そろそろのようだ。


 正直な話、無表情ながらもレイディアは感じ取った魔力に驚いていた。

 先ほどまでのカケルとは明らかに違うもの。まるで別人のように質も違えば、感じ取れるだけの総量でも桁違いだった。


 魔方陣が一際強い光を放ったと思った時には、上下のそれは繋がり、一つの筒のような形になり、カケルの姿を隠していた。


 やがて筒は縮んでいったと思いきや、何かの形に変化していく。そう、人の形のような、龍の形のように。


「……マジかよ」


 完全に姿を完成させたものを目の当たりにしたレイディアはただ一言、何度か首を横に振りながら現実逃避をしようとした。が、虚しくも彼の願いは叶わず、現実ははっきりと目の前に顕現(・・)した。


 誰が見てもわかる。

 人ではないそれは、人と龍が一つに混ざったような姿をしていた。強靭な肉体に、鱗を纏った刺々しい尻尾。人の肌を少しだけ露出させ、その部分以外は黒い毛のようなものに覆われ、見たことも無い赤い紋様も見て取れた。

 瞳は赤く、一度見たら忘れられないような獣特有の鋭い瞳だった。


 恐らく言葉にするならば、龍人となるのだろう。


「私の名は、レイディア・D・オーディン。良ければ名を聞かせてもらいたい」


 レイディアは普通なら畏怖するであろう目の前の人物に、いつもの調子で提案した。


「ハハハ、愉快ぞ人の子よ。終わりある者に名乗る気は無いが、貴様は特別だ、教えてやろう。知るが良い、我が名は――破壊神バルバトスだ」


 低く野太い声は、いかにもな雰囲気を漂わせた。だがそれはおまけ程度に過ぎない。肌に感じる魔力は、今までに経験など無い凄まじいものだった。


「くっ。だろうな。そうだよな。この魔力、人のそれじゃない。文字通り桁が違いすぎる。だが、“神”ならば納得だ。人生の中で神と対峙することになろうとは、いやはや、何が起きるかわからんな」


 予想はしていた。しかし予想していたとしても、笑わずにはいられなかった。


 共鳴したとでも言うのか。

 レイディアは、改めて『破壊神』と言う名の“神”を前にすることで、王国の方で感じた魔力が『再生神アルミリア』のものであると確信した。その宿主がミーシャ・ユーレ・ファーレントであることも。


 相当の距離は離れていても、あれほどの強大な魔力を感じ取れないわけがなかった。強大でいて、かつ静かな水面より穏やかな魔力を、彼は感じたことがなかった。故に謎だったが、意外と簡単に解けた。


 その影響で『破壊神』が目覚めたのではないかと考えたのである。


「想像を越える者、故に“神”と言うことか」


 レイディアは己が結論を見出だし、満足気な表情のまま神を前にして構えた。


 破壊神と名乗った龍人は、構えた彼を声を出して笑う。


 そして、ひとしきり笑い終えると真面目な顔付きになり、すっと音も立てず自然な流れで構えた。


 合図は無く、勝負は突然の開幕を見せる。

 レイディアは即座に『魔神拳』を、バルバトスは自らの拳のままで、お互いの拳をぶつけた瞬間――空が割れた。




ーーーーーーー




 レイディアがまさかの『破壊神』との邂逅を果たす頃、ファーレント王国の城にてミカヅキがミーシャに説得されて敗北してしまっていた。――絶対に一緒に行くからの一点張りで、もともと押しに耐性が乏しい少年が首を縦に振ってしまうのは必然なのだろうか。


「――っ!?」


「どうしたのっ、ミーシャ!」


 ドヤ顔を一変して汗を流し、切羽詰まった表情に急変したミーシャにミカヅキは咄嗟に声をかけた。

 どうやら、胸の奥が少し苦しくなったらしい。すぐに収まったが、原因は曖昧でよくわからなかった。


 ミカヅキは気づいていたいようだが、ミーシャは確かに感じていた。遠くから放たれる禍々しいまでの魔力を。

 その持ち主が、何者なのかも、今の(・・)ミーシャにははっきりと理解できた。


 ――ついに、目覚めたんだ。


 自分の中に宿る者と同じく、彼の存在が再び顕現せしめたことに胸騒ぎを覚えた。どのような事態になってしまうのか、と。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ