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ふたつの鼓動  作者: 入山 瑠衣
第八章 天帝の十二士
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九十七回目『一言』

 金属と金属の衝突による音が何度も響く。


「ふはははははははっ、この程度か!」


 とある人物の高笑いも一緒に周囲の空気を震わせた。

 もちろん、レイディアの笑い声だ。


「真面目にやりなさいよ!」


「効果的な判断すらできない奴に真面目に接しろと言われてもな」


 イリーナと呼ばれたことで、もともと不機嫌だったのが更に悪くなる。レイディアはそれを理解した上で呼んだのだから、人が悪いと言われても仕方があるまい。


「私を本気で恨むなら、私と同じ事をすれば良いじゃないか。そう、私の大切なものを奪えば良い。違うか?」


「あたしはあなたのような人と同類にはならない。数え切れないほどの人の命を奪ったあなたは、ここであたしが殺して、奪われた人たちの手向けにする!」


「それが貴様の意思だと、貴様自身の願いだと言うのか」


 言いながらリンと距離を取るレイディア。彼女は迷わず彼との距離を詰める。

 そして、一切の容赦無く剣を振り下ろす。

 怒りをぶつけるかの如く、無念を張らすかの如く、振り下ろされるそれをレイディアは自らの刀で軽くいなした。


 だが、そんなことで終わる攻撃ではない。足を一歩外側へと踏み出し、力を入れることで無理やり軌道を変えて一閃。


「おや、図星か」


「違う! あたしはあなたを殺すために生きてきた。この気持ちは、奪うことばかりしてきたあなたなんかにはわからないでしょうね。何も失ったことが無いあなたには!」


 しかし身体をずらすことで軌道から外れた。

 攻撃されては防ぐか、いなすか、躱わすか。先ほどからこれらの繰り返しだった。


 意図してか全く攻撃をしないのである。


 その態度はリンの怒りを更に引き出させた。


「当たり前だ。復讐相手に何を期待しているのかね、貴様は?」


 剣の速度は増す一方だ。だと言うのに、レイディアはまだまだ余裕を残しているのだろう。その証拠に、速度が上がる前から攻撃に完璧に対応し、それは速度が上がろうと全く変わらなかった。


「つまらんな。やはり貴様の覚悟など所詮――」


「彼の罪人を断罪せよ」


 レイディアは言葉の途中だと言うのにその場にしゃがみこむ。

 直後、頭上でガチンッと甲高くもあり鈍くもある音が聞こえた。


 そこにはギロチンのようなものが具現化しており、丁度先ほどレイディアの首があった部分で刃は止まっていた。


 しゃがんだレイディアに、ギロチンのようなものは刃の向きを変え、再び彼に迫った。既に挟む気は無いらしい。


「なるほど。強化(ブースト)


 肉体を強化して、すぐさまその場から離れる。が、その程度では躱わせない。刃は一目で数えるだけでも十は越える数まで増えていた。


「衝撃よ、彼の者を破壊せよ」


 耳にした瞬間、レイディアはお腹の辺りに何かが当たる感覚を感じた。そして彼の身体はいとも簡単に吹き飛ばされた。


「がはっ」


 肺から空気が押し出され、全力で外へと放たれる。

 背後には無数のギロチンの鋭い刃。

 このままでは何枚おろしになるのだろうか。絶体絶命とも言える状況下のはずなのに、悠長にもそんな呑気なことが頭を過った。


 実際、レイディアにとってはこの程度は窮地ではないのだ。


 刀から手を放し、背中を向けたまま先ほどのリンのようにそれを振り下ろす。するとギロチンの刃は豆腐のように見事に真っ二つに左右に分かれ、レイディア通り道を作った。


「よっと」


 刃の間を通過した後、空中で一回転して見せ、地面に足をつけて勢いを逃がした。ズザザァと音を立て地面に二本の溝を作り、止まって刀を手に戻す。


 彼の刀は、触れていなくとも操れるのだ。

 ならばずっとそうすれば良いのかもしれないが、残念ながらそうはいかない。なぜなら実際に手に持って使った方が精度は高いからだ。


 更に彼は理解している。これで終わりではないと。

 故に手放したままでは逆に悪用されかねないと判断したのだ。


「風の息吹よ、我に従い、彼の者を斬り刻め」


「なめるなよ」


 彼が鼻で笑った途端、周囲に風が吹き荒れた。


 実際は迫る風の刃を、魔力を放つことで無理やり打ち消したのだ。

 それを見てリンは剣を構えて地面を蹴る。接近戦に持ち込むのかと刀を持つ手に力を入れたが、何故か身を翻して後ろを向いた。


「――なっ」


 するとそこには背後にいるはずのリンがおり、その剣をレイディアは空いた左手で掴んでいた。


大地の刺グランド・ヴァニッシュ


 彼が口にした直後にリンの足下の地面が僅かに盛り上がる。彼女は攻撃を察知して距離を取ろうとするも、掴まれた剣がビクともしない。

 見切りをつけ、手を放して距離を取る。が、一瞬で距離は縮まりレイディアの刀をその身に受けた――はずだった。


「いっくっ……やってくれる」


 だが傷を作ったのは斬ったはずのレイディアの方だった。彼は困惑すること無く、何が起きたのかを冷静に判断する。


「受けるダメージを別の対象へ移行するってとこか」


「終わったと思ったのに、この程度じゃダメみたいね」


「ホーリー」


「させない、傷は傷に帰す(ヒーリング・デッド)


 レイディアは傷を回復させるために治癒魔法をかけるも、塞がるはずの傷が広がる感覚を味わう。


 治そうとすればするほど、傷を酷くさせる反転魔法の一種である。


 リンは驚く暇も与えない。

 彼女が手を振り翳すと、レイディアの足元に赤い魔方陣が浮かび上がる。

 レイディアがまずいと思うも時既に遅し。一瞬で魔方陣から上空へと火柱が立ち上る。

 普通に考えるなら灰になっているであろう彼に、リンは追い討ちと言わんばかりに追撃した。


 手を振り上げると、そこにはいつの間にか生成されていた空を覆うほどの巨大な剣があった。まるでミカヅキの『剣王大剣』を連想させるほどの大きさだ。


 それはレイディアがいる火柱めがけて落下し、あまりにも巨大な衝撃により地面にひび割れ生じさせた。


「これで……っ」


 終わったと安堵したのも束の間、背後に気配を感じた。まさかと思いつつも、確かめるために後ろを振り返ると、見間違うはずの無い姿が確かにそこにはあった。


「どうやって……。あなたが特有魔法(ランク)を使えばわかるはず。なら……」


「貴様が私に勝てるのであれば、私はとっくの昔に死んでるよ」


 驚くべきはその場にいたことだけではなかった。レイディアは傷を負い、燃やされた上に押し潰されたと言うのに――どこにもその面影が無い。文字通り無傷なのだ。


 汗一つかいていない彼の姿は、最初から傷なんて無かったとでも言わんばかりに、リンに衝撃を与える。


「貴様と私では、覚悟が違うのだよ。正確にはその度合いがな」


「あたしは無慈悲にあなたに命を奪われた人々の――」


「だから“なめるな”と言っている。貴様基準で私を図ろうなど笑わせるな」


 リンの言葉を遮り、なおかつ無表情で彼女を見つめる。その瞳は無であるが故に、冷たくも感じた。


「私は今まで殺した者たち全ての名前を覚えている。共に家族、恋人、親友などの親しい者たちの名前もな」


「そんなこと不可能よ。それに何のために名前なんて」


 意味を介せないと口走るリンに、呆れたと言葉にする代わりにため息で感情を表した。


「――裁かれるために決まっているだろう」


 呼吸するように迷いなく放たれた言葉に、リンは目を見開いて驚愕する。思いもよらない発言を耳にしたからに他ならない。


 当然だ。目の前にいるのは父親の仇で、復讐の相手。

 そんな無慈悲に容赦の欠片も無い人殺しが、自分が犯した罪の罰を受けると口にしたのだから。


 信じられなかった。リンは首を振って否定した。そんなはすがない、と。

 だが彼女の心は確かめずにはいられなかった。


「ならどうして、今すぐ裁きを受けないの?」


「約束があるから、と言っておこうか」


「勝手ね。多くの約束を踏みにじった人が、自分の約束は果たしたいなんて、身勝手にもほどがあるわ!」


 たとえどんな答えが返ってこようと、受け入れることはできないとわかっていたが、結果は覆ることなく予想通りだ。


 聞いた自分がバカだったと考えてしまう。――リンの表情が変わった。


「ああ、私は身勝手で傲慢なのさ。故に私は迷わないし、躊躇うことも無い」


「あなたほどの実力があれば、他の方法だってあったはず。なのにそれをしなかったのは、結局は望んで殺したのよ!」


「あなたほどの実力があれば、か。――笑わせるなよ」


 呟くように復唱したと思いきや、今までとはうって変わって感情を剥き出しにリンを睨み付けた。


 突然のことに彼女も思わず一歩後ずさる。


「私ならできるなどと、私自身が考えなかったと? ふざけるな。私は神でも何でもない。どれだけ畏怖されようと、化け物だと言われようと、所詮はただの人間に過ぎないんだよ」


「違う。あなたの力は――」


「最強だとでも? 違うな、断じて違う。大切な者たちを……守ってやると約束した者たちを守りきれない力なんて、私は最強とは言わない」


 レイディアはリンの否定を嘲笑った。何が世界から恐怖される存在か。自分自身のことを笑ったのだ。強くなどない、弱くて惨めな人間だと。


 周りの評価は関係無い。彼は嫌いなのだ。他でもない自分自身が。無力で何もできなくて、足掻くことすら諦めようとしている自分が――大嫌いだった。


「……っと、つまらない話は終わりだ。故に、そろそろ始めようではないか、リンよ。――本当の殺し合いを」


 突如として見せた不敵な笑みに、リンは背筋をゾッとさせた。悪寒の原因は感情的に恐怖した、と表すのは正しくないだろう。

 では、正しく表したらどう表現するのか。それは簡単なこと――本能的に恐怖した、だ。


 些細な違いだとほとんどの人が思う、または実際に口にするはずだ。だがそんな些細な、気にするほどでも無いような事柄が、この大きな世界を変えることだってあるかもしれない。


 理想、幻想、希望。


 その全てを否定するかの如く、レイディアから伝わるのは冷たく寂しい雰囲気。


「あたしは初めからそのつもりだわ」


 そう。こうなることをリンは望んでいた。そのはずなのに、何かが引っかかる感覚を抱く。

 正体はわかっている。ただし内に秘めるそれを出すわけにはいかない。少なくとも、今はまだ……。


 互いに(おの)が武器を構える。既に二人の瞳に迷いは感じない。あるのは各々の覚悟のみ。


「天帝の十二士、コードネーム、リン……ううん、違うわね」


 首を振って俯いて、次に顔を見せた時、レイディアは微笑んだ。


「――イリーナ・ユラ・ウェンテルト」


 彼女の名を聞き、ならば私も応えなければ無礼であろう。そう考え、レイディアも名乗るべき名を告げた。


「エクシオル騎士団参謀――レイディア・D・オーディン」


 名乗ることで彼の中で何かが吹っ切れた。

 ふっと笑みを浮かべ、発言とは逆に刀を鞘に収めた。


 リン――もといイリーナはレイディアの矛盾している行動にさして表情を変えず、剣を正面に構えた。



 始まりは唐突で、二人の衝突による衝撃は突風となって周囲を襲う。

 イリーナの剣に対するは、レイディアの拳……いや、ただの拳ではなく『魔神拳』を一瞬で発動させていたのだ。


 多くの人の命を奪ったレイディアを象徴するような、赤黒く禍々しささえ感じる拳だった。


 もはや彼らに言葉はいらない。己が感情をそれぞれの攻撃に乗せてぶつけるのみ。


「はあぁぁぁあ!」


 レイディアが吠えると、呼応するように地面が揺れる。咆哮の勢いをイリーナにぶつけて吹き飛ばすと同時に、拳を地面に振り下ろした。


「グランド・インパクト!」


 レイディアを中心に地面が鈍い音を周囲に響かせながら不規則にひび割れ盛り上がる。所々が鋭く尖るそれらは、人を殺すのに充分な殺傷性を秘めていた。


「我が声に従い、彼の者を討ち滅ぼせ――断崖の剣」


 もちろんイリーナも黙っていたわけではない。迫り来る地面のひび割れを器用に躱わしながら詠唱を済ませた。


 中心点であり彼の魔法の影響を受けないはずの地面が僅かに蠢く。

 反撃か、とすぐに察してその場を離れようとするも、攻撃の方が速かった。蠢く地面を蹴破り、中から出でるは巨大な大地の剣。


 凄まじい速度で先端にレイディアを乗せて地上へとその全貌を明かす。彼は上昇による下へと働く重力によって身動きが取れない。


 そんなレイディアにイリーナは容赦しない。


 断崖の剣の行く先、つまり上空には先ほども見せたあの巨大な剣がレイディア目掛けて降下を始めていた。


「はっ、さすが、だなっ」


 指先一つ動かせない状況に追い詰められていると言うのに、彼は舌を噛みそうになりながらも楽しそうに笑いながら相手(イリーナ)を称賛した。


 だが、危機的状況には変わりない。ほとんど血が巡らない始めた頭でどうしたものかと策を講じる。


 その間にも遠慮無く剣と剣は距離を詰めた。

 そして二本の剣が交わり木々を吹き飛ばすほどの衝撃波を放った後、突風を巻き起こす爆発にも似た轟音を世界に伝えた。


 断崖の剣は衝突した影響で砕け散り、上空から岩の如し塊が降り注ぐ。

 イリーナは結界を張ることで身を守りつつ、落ちる岩に視線を注いだ。まだどこかで生きているのではないか、と怪訝しながら探した。


 そんな時、全ての動きが止まった。ありとあらゆる全てがだ。


「――神導・全。――刹那の極・剣雨」


 それを認識し、彼女が現象を理解した時には既に元に戻っていた。全ての動きに変化は無く、岩や破片は重力に抗わずに地面へと落下していたのだ。あの大剣と共に。


「――っ!?」


 イリーナはとある見逃すことなど決してできない一つの変化に気づいた。上から降下する大剣が見事に真っ二つになっていた――いや、斬られていたが正しい。なぜなら割れたにしては断面が綺麗すぎるからだ。


 この事実から導き出される答えは言うまでもない。


「……レイディア」


 先ほど大剣二本の餌食にした人物の名を口ずさむのと、とある人物の姿を見つけたのはほぼ同時だった。


 二つに分かれる大剣の間で、刀の束に手を添える彼は立っていた(・・・・・)。当然のように空中に。

『魔神拳』は解除されてあるのは一目でわかった。刀を振るうには、あの大きな拳は邪魔になるからだ。


 そして、イリーナはもう一つの現実を理解する。二つに斬られていたのは、大剣だけではなかった。

 落ちてくる岩や破片、それら全てが二つ(・・)になっていた。


「瞬光剣――」


 通常では考えられない角度。つまりは足の裏は空に、頭は下を向く。足を曲げて、伸ばされると同時にバンッと弾けるような音と共にイリーナはレイディアを見失った。


 恐らく空気か何かを蹴ったのだろう。


「一閃牙」


 刹那、声が耳に届けられた。


 イリーナはその言葉だけで何が起きたのかを理解する。――負けた、と。


 彼女の敗北は、肩口から反対側の腰にかけて刻まれた傷が証明した。噴水のように血が吹き出し、力が抜ける身体に抵抗せず重力に従い地面へと倒れた。


 視界の隅に、鞘に収めた刀から手を離すその瞬間を捉えながら――。


 数メートルの岩ですら傷一つつかなかった彼女の結界も、レイディアの前では意味を成さなかったらしい。



 ーーーーーーー




 倒れたイリーナにレイディアは歩み寄り、迷わずその場にしゃがんだ。決着はついたのだから警戒する必要が無いのだろう。


「何故使わなかった?」


「なぜ……? わからないわ、なぜなんでしょうね? 私にも……うっ、わからないわよ」


 睨み付けるレイディアに目を向けながら答える。

 傷が痛むはずなのに、イリーナは答えずにはいられなかった。


「あなたこ、そ……本気じゃ、なかったくせに」


「いいや、本気だったさ。お主を相手にして、加減する余裕など無いっての」


 不思議な光景と言えよう。

 つい数秒前まで地形を変えるほどの戦いを、お互いを殺すために行っていた二人が、今はこうして仲の良い友人のように語り合っている。


 これを不思議と言わずに何と言う。


 だが、もしかしたら当然の結果だとは言えるかもしれない。互いに持てる力を、思いをぶつけた。その末の結果ならば、この光景は不思議ではないのかもしれないのだから。


 何より、二人の表情が和らいでいる。それだけで本人たちにとっては理由として充分なのだ。


「――どうしてあの時、あたしを助けたの?」


 今度はこっちの番だとイリーナがレイディアに問いかけた。



 ――話は二年ほど前に遡る。たった一日だけの邂逅。

 レイディアが奴隷を集めることを頻繁に行っていた時期。その道中、彼はある国にて数人の男性に追われる少女に見かけた。


 面白そうだ。彼が行動した理由はそんな無責任なものだった。


 そして少女が逃げている間に一人ずつ気絶させ、全員の足止めをし終わってから「大丈夫か?」声をかけた。


 初めは警戒した少女だったが、話していく内に次第に心を開いていき、笑ってくれるようになった。


 お店で食事をしたり、追っ手に見つかって追いかけられたり、一日を共に過ごした。「まるで父様みたい」と言葉を残して二人は別れた。


 少女はこの時知らなかった。父親みたいだと例えた人物が、自分から父親を奪ったレイディアだとはまだ……。



 ――すぐにいつのことを差しているのかはわかった。

 だが、レイディアは即答せず黙り込んだ。


「……」


「あたしがセルゲン・ユラ・ウェンテルトの娘だったから? あなたお得意のただの気まぐれ? それとも……」


 傷の痛みを耐え、捲し立てるように問いを続けた。真実が知りたかったから。何よりレイディアの答えを彼自身から聞きたかったのだ。


 しばらく悩んだ後、観念したのかポツリポツリと小雨の如く語り始めた。


「私は、私が殺した者たち全員の名前を記憶している。一人残らず、一文字も違わず。……セルゲン・ユラ・ウェンテルト。お主が彼の者の娘だとすぐにわかった。故に、一言伝えるだけで良かった……本来ならな」


 レイディアはその男の最期を思い出しているのか、その目は遠くを見ていた。決して影響を与えることが叶わない遠く(過去)を。


 共に甦るは偶然聞こえた男の人生最後の頼み事。


 レイディアが返事をする前に男の命の灯火は消えていた。

 正直、気乗りはしなかった。かと言って無下にできるほど彼の性格はねじ曲がってもなかったらしい。


 何よりも、男の最期の表情(かお)がそうさせた。返事をしていないのに、あたかも承諾するのを聞いたような、満足気な微笑みだった。


「今それを、お主に伝えよう。お主の父の言葉だ」


 ――イリーナ。俺はいつまでも、お前を愛している。だから、俺みたいに立ち止まるなよ。


 言葉を聞き終えた彼女の瞳からぶわっと溢れ出るのは、涙以外の何物でもあるまい。


 聞きたかった。ずっと聞くことが叶うのならばと、願い続けてきた言葉を、イリーナはようやく聞くことができたのだから。


「どうすれば、良いのよ。あなたを憎めば良いのか……感謝すれば良いのか」


「どちらでも構わない。好きな方をお主自身が選べ」


「じゃあ、あたしは――」


 いつの間にか血が止まっていた上半身を勢い良く起こして、レイディアの頬にキスをした。


 少しだけ驚きの表情を見せたが、次の瞬間には微笑みに変わった。


「そうか。それが貴様の選択か。であれば、私が背中を押してやる。抵抗するなよ?」


 言いながら右手をイリーナに翳す。


「心配するな、クーとやら。私はこやつ殺す理由はもう無くなった。故に、こやつが死なないようにするのが道理だろう。ったく、心配性だな。やるぞ――神導・源」


 イリーナの身体が光に包まれ、繭のようになり姿を見えなくする。数秒後に光が薄まっていき彼女を解放した。


 その姿は驚くべきものだった。傷が見る影も無く消えていたのだ。最初から斬られていなかったかのように。


「次は……」


 次にレイディアは左手を翳し、光の粒子が彼の腕全体から出たかと思いきや、それらは一ヶ所に集まって形を成す。


 それはこの世界に存在しないはずの銃。リボルバー式の銃になり、その銃口をイリーナの額に向けてレイディアは引き金を引いた。

 音と共に銃口から放たれた弾丸は彼女の額に当たるや否や、めり込むどころか溶けるようにして浸透した。


「これで記憶の共有したはずだ――がふっ……ふー」


 レイディアの取った手段の影響なのか、イリーナはいつの間にか気を失っていた。そんな彼女に聞こえないとわかりながらも声をかけていた途中、彼は唐突に吐血した。


 右手で口元を押さえながら何度か吐血し、手についた血を握って青年は僅かに口角を上げた。


「はー。ったく、はた面倒な……」


 最初の“あれ”が響いたみたいだな。と帝国が放った『デストロイ・グランドバスター』のことを思い出す。


「クーよ。言われるまでもないだろうが、こやつのことは貴様に任せる。さらばだ、少女の強き守り神よ」


 立ち上がって誰もいない正面を向きながら呟いてから、作戦本部に脅威は去ったとアルフォンスを通じて伝えた。


 さて、と仕切り直してレイたちに指示したように、レイディアも前線へと向かおうと振り返る。


「貴様が来るか……」


 そして、彼はため息をついた。

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