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エピローグ






 最高層(ヘブン)から出てきた翌日の午後、ノエルたちはカロンズにあるミレイユの館の庭にいた。

 リュシアンは多少もめたものの、午前中のうちに正式に協会を退会し、ミレイユから譲り受けた権利と財産、すべてを返還した。

 だがカロンズの館だけは買い戻した。彼はまたここで暮らすことに決めたらしいのだ。

 ぽんと家一つ買えてしまうリュシアンにノエルは驚いたが、コンラートは「先生もそれなりに仕事をしてたからね」と含みのある笑いを浮かべていた。

 それから、きっと今後は別の協会や研究所から、次々誘いが来るだろうとも言っていた。

 諸々の手続きに追われた午前がすぎると、ようやくリュシアンは館に帰って来た。

 そしてコンラートとノエルがととのえた、昼食を兼ねた茶会の席に着いたのだった。


「こう、荒れた庭ってのもワイルドガーデンて感じで気持ちがいいね。苦労してテーブルを運びだしたかいがあるよ」


 コンラートがあたりを見まわし、注がれたばかりの紅茶を飲む。

 テーブルと椅子が置ける程度に草を刈っただけなので、周囲はまだ雑草だらけだ。

 ポットを片手にノエルも微笑んだ。


 この荒れた庭でお茶会をしようと言いだしたのはノエルだった。館のなかがまだ埃だらけというせいもあるが、一番の理由はリュシアンからその昔、ミレイユもよくやっていたと聞いたからだ。

 まだリュシアンが引き取られたばかりの頃、そうやって緊張を解してくれたらしい。


 出されるお菓子はいつもロミスのケーキで、ミレイユは下界でもよく、親交のあった下層民とお茶会を開いていたという。

 おそらく、ノエルの母もそれに招待されたのだ。

 母がいつか会わせたいと記していたあの方。そうとは知らずにノエルはちゃんと会っていた。


(生きていたこともそうだけど………スカーレットさんがミレイユ博士だったなんて……)


 説明してくれたコンラートはノエルだけが会えたことを悔しがっていたが、こちらは驚くばかりだ。

 ただ、スカーレットがリュシアンを心配していた理由がわかると、その思いにノエルの胸は熱くなった。


 皿に取り分けたガトーバスクをリュシアンとコンラートの前に置き、準備が整うとノエルも二人のあいだの席に座った。

 菓子は昨日、ダレストの家で焼いたものだ。

 あきれたことに、あの騒動のなかでリュシアンはちゃっかり持って帰ってきていたのだ。

 それを知ったノエルは嬉しいやら恥ずかしいやらで困惑したが、当のリュシアンは「日を置いた方が美味いのだろう」とどこ吹く風だった。


「それにしても、先生は本当にハニーのお菓子を気に入っちゃったんですね」


 昼食をとっていないせいか、すぐに食べはじめたリュシアンをコンラートはからかった。


「会長に食べさせるのも嫌だなんて。それはもう、立派な嫉妬じゃないですか」

「……見ていたのか」


 ノエルは思いだして恥ずかしくなり、顔を伏せた。

 だがふとリュシアンが真面目に言った。


「こいつの菓子は特別だからな……食べたら会長も気づくおそれがあった」

「……ん? どういうことですか?」

「こいつの菓子にはマナが宿る……量にむらはあるが、気合いの入った菓子などは見ようとしなくても見えてくる」


 思いもよらない話の流れに、ノエルはリュシアンを見た。

 黒い瞳と視線があう。


「おそらく、こいつ自身がマナの泉みたいなものなんだろう。たいていマナを使いきったら元に戻るのに二、三日はかかるが、こいつはネズミから人間に戻ったその日の朝には、元通りになっていた。全身がまばゆく金色に光って…………珍しかった」

「へえー。それはたしかに、会長が知ったら興味を持ちそうですね」


 コンラートが相槌を打って、しげしげと皿の上のガトーバスクを見つめる。


「あの……マナってそんなに簡単に生み出せるものなんですか? 気合いで量が変わったりとか……わたしはずっと、自然のなかで育まれるものだとばかり思ってたんですけど」

「うーん。そうだねえ。ふつうは自然界にあるものだけど、人間の祈りや喜びから生まれることもあるんだよね。逆に強い憎しみや恨みも大きな力を生みだすって言われてるよ。つまりマナは想いや感情だとも言えるのかな」

「想いや感情…………そう聞くとなんだかちょっと、身近に感じられます」

「憎しみや怒りが生みだすのは、馬力はあるが持続性のないマナだ。対して祈りや喜び、慈愛は生じる量こそ少ないものの、効果の長い良質なマナになる。おまえのはこちらだな」


 リュシアンが二つ目の菓子に手を伸ばして言った。

 その正面でコンラートがにやりと笑う。


「慈愛かあ。じゃあ、ハニーが先生のために焼いたこのお菓子は、愛情たっぷりだったってことだね」

「えっと………そ、そう、ですね。リュシアンさんには感謝してますし……」


 コンラートの発言はいちいちひっかかる言い回しが多い。

 そのたびにノエルは心を乱された。


(だってリュシアンさんには本当に心から感謝しているもの。だからこそ力になりたくて、一生懸命、思いをこめて作った……うん、別に間違ってないよね? 変なことじゃないよね?)


 ここを去るまえに、最後になにかお礼をしたかった。

 コンラートにもダレストの家で話したはずだ。

 自分だって、そのはずだ。


「そうだ……あの、お茶会をはじめたら言おうと思っていたんですが、こうしてリュシアンさんも一段落つきましたし、そろそろわたし、お暇しようと思うのですが……」


 ノエルがそう切り出すと、コンラートが眉をひそめた。


「なに言ってるの? 帰っても仕事はないって言ってたじゃないか。ここにいればいいよ」

「え……でも……ご迷惑になるでしょうし、友だちも心配してるかもしれなくて……」


 思わぬ申し出にノエルはまごついた。


「じゃあ挨拶しに行けばいいよ。別にここに住んだからって、下界へ行っちゃいけないわけじゃないんだから。先生も賛成ですよね? なにしろハニーがいればただで好きなお菓子を毎日食べ放題ですよ。ハニーだって毎日お菓子を作っていられる。重要と供給のバランスがとれてるじゃないか。あ、でもお互い好きなら需要と需要なのか?」

「あ、あの! 妙な言い方はやめてくれませんかっ……リュシアンさんだって迷惑して」

「迷惑ではない」

「えっ!?」


 ノエルはリュシアンを振り返った。

 彼は手に持ったガトーバスクを眺めていた。その眼差しが、なんだか真剣だ。


「そうだな……毎日俺のために菓子を焼くと言うなら、置いてやってもいい」


(っ……だから、どうして、そんな言い方なんだろう!? )


 ノエルはみるみるうちに赤くなった。

 おいで、と言われたときの鼓動がよみがえってくる。


 これでは変な誤解をしそうになる。

 心がとても落ち着かない。

 なのに、ドキドキするのに、一方でとびきり甘い蜂蜜のなかにいるみたいな、ふわふわした気持ちが生まれてくる。


「で、どうするのハニー? 先生専属の菓子職人(パティシエ)になるかい?」


 コンラートがまた意地の悪い言い回しで訊いてきた。

 残ればずっとこうしてからかわれつづけるのは必至だろう。ノエルは予想しながら、だがそれも楽しいかもしれないと思った。

 なにより、自分のお菓子を喜んで食べてくれる人がいるのなら。

 そこはきっと、自分の最上の場所に違いなくて―――。


「えっと……それじゃあ、その…………よろしくお願いします」


 消え入りそうな声で答えたノエルに、コンラートが再度、返答を要求したのは言うまでもない。




<fin>


ここまでおつきあいくださり、ありがとうございます(´・ω・`)

いろいろ設定にボロもありました……ごめんなさい。最後にノエルがネズミになった時は半分くらいのマナを使ったということで……(((;´Д`))

つたない作品ですが、ほんのちょっとでも楽しんで頂けたなら幸せです。


もっとドキドキな恋愛ものを書きたいのですがなかなか難しいです。

精進します!

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