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7-2




 どうやら執事らしい老紳士に連れていかれたのは、その途中からなかば予想していたとおり、ダレスト会長の家だった。

 ヘブンの九十階にあって、ワンフロアすべてが彼の所有らしく、半分は研究室として改築されているのだとか。その研究室の隣の、会長宅にあたる部屋で、ノエルは夕食の並んだテーブルを挟んでダレスト本人と向かいあっていた。


「すまないね。事件が解決するまではより確実な方法を取っておきたいのでね」


 ダレストは優雅にワイングラスを傾けながらそう言った。

 まったくすまなそうには聞こえない。そのうえ招待したくせに、ノエルが席についたときにはすでに彼は夕食を食べ終えるところだった。

 彼の前の皿が下げられていく一方で、ノエルの前には先ほど運ばれてきた料理がいくつも並んでいる。

 エビやムール貝、鹿肉などの、とうてい下界では手に入らない素材ばかりを使った贅沢なものだ。

 どれもできたてなのか、あたたかな湯気を上げている。

 だがノエルはそれらに手をつけることはしなかった。


「本当に……事件が解決するまでですか?」

「君が望むなら好きなだけいてくれて構わないのだよ」

「結構です!」


 すぐさまノエルは言い返した。

 冗談じゃない、と思った。そして確信した。

 きっとダレストはそのあとも自分を帰すつもりなどない。ずっと引きとめて、リュシアンに対する人質にするに違いない。

 数時間前にリュシアンを脅したばかりだというのに、こんなふうに執拗に彼を縛りつけるダレストには腹が立った。あっけなくまた利用されてしまっている自分にも。


(明日……明日には日記を取り戻して帰れるはずだったのに……!)


 じっとテーブルを見つめて黙りこんだノエルを、ダレストは緊張して怯えているととったらしい。

 ワイングラスを置いて慰めるような口調で言ってきた。


「まあ、そう案ずるな。危険な目にはあわさんと約束する。君の存在は大いに利用価値があるが、かといってなくても困るものではない。あれが協会を去れないのはわかっているからな」

「………恩師を敬う気持ちを利用するなんて、やり方が汚いです」


 ノエルは毅然と顔を上げた。

 こうして捕まってしまって逃げられそうにないのなら、せめて言いたいことは言ってやろうと思った。

 先日リュシアンの部屋を訪ねたとき、ダレストは散々彼を追いつめるようなことを言っていた。

「恩師に申しわけないとは思わないのか」とか、「ミレイユも喜ばないのではないのか」とか、「ミレイユは自分の命とひきかえに」とか……いま思うとあれらの言葉はすべて、選んで使われていたのがわかる。

 ダレストはノエルの態度に軽く驚いてから、含みのある笑みを口元に刻んだ。


「それもあるが、それだけではない」

「……どういうことですか」


 半分は事実、というバルコニーでのリュシアンの言葉が、ふいに頭をよぎった。

 とたんに、胸が騒いだ。


「君は大事な客人だ……知りたいというなら、教えてやろう」


 ノエルはしばし黙りこみ、結局誘惑に負けた。

 ダレストは笑い、脇に控えていた執事にノエルの紅茶を新しく淹れさせてから、さがらせた。

 長くなりそうな気配にノエルは一口だけ紅茶を飲んだ。


「………あれはな、本当は恩師の自殺を、自分のせいだと思っているのだよ」


 どきりとする切りだしで、ダレストは語りはじめた。


「協会に追いつめられたというような態度でいるが、あれが本当に責めているのは自分自身だ。己の望みを押し通した結果、ミレイユが死んだのだからな」

「……己の……望み?」


 訊き返した声がかすれた。思った以上に重い話になりそうだった。


自動編成機(オートマ)の開発に関する功績すべてを、恩師に譲ったのだよ」


 ダレストは短く言って椅子の背にもたれた。テーブルの上で両手を組み、ノエルを見る。


「あれがミレイユに育てられたのは知っているかね?」

「……十歳のときに引き取られたと聞きました」

「そう……あれはもともとはいい家系の血をひいているらしいが、能力が開花しなかったせいで親に捨てられてね。それをミレイユが引き取ったのだよ。そのため彼女に対しては少なからぬ恩を感じている……」


 そのあたりはノエルもコンラートから聞いていた。

 だが、親に捨てられたというのははじめて知った。おそらくコンラートの配慮だろう。


「そのあと、あれの眼がマナを見るとわかると、ミレイユはそのメカニズムの解明に取り組みはじめた。あれが見るマナを記号化して、マナの“扱い方”を少しずつ確立していき、最終的に自動編成装置(オートマ)の開発に成功した。そしてこれらの研究成果はすべて、ミレイユ一人のものとして発表された。市議会もその功績を認めて、都市開発計画のチームメンバーとして彼女を迎え入れた。当時彼女はまだ三十。その若さで市議会への発言権を得たわけだ」

「でも………本当はリュシアンさんの研究だった?」

「そう、実際は共同開発だった。あれがマナを一つ一つ記号に落とし、マナ発動のための『式』を編み、ミレイユがそれを機械(マシン)に組み込む。マシンとマナの融合もそれはそれですばらしい発明だ。だがそれはマナの編成法なくしては実現不可能なもの。つまり、学会で評価されるのも、もっぱらそちらの研究の方ということだ」

「…………だからリュシアンさんは」


 自分の研究を、師に捧げた……おそらくは、恩返しのつもりで。


「あれは目立つのが嫌いなようだからな。それに興味のあるもの以外には、あきれるほど無頓着でものぐさだ。学会での評価もガーデンでの功績も、あれには興味がなかったのだろう。だがミレイユの性格からして最初は相当もめたはずだ。結局は師匠が根負けして、自身のものとして発表させられた」

「それじゃあやっぱり……ミレイユ博士が研究させてたとか、弟子を食い物にしてたとか……裏切ったというのは」

「事実ではないな。だが世間はそう捉えた。疑惑が浮上するとミレイユは弁明もせずに行方をくらまし、自殺したのだからな。後日、事実のあらましが書かれた遺書が届いて一応合意の上という扱いになったが……二人で話しあった結果の行為という表現が憶測を呼んだ。あれの境遇も災いして、脅されていたとか、恩に着せられたとか、色々と噂されたものだよ」


 周囲ははじめ、そんなリュシアンを悪辣な師に利用された憐れな被害者として同情したという。

 そして遺書や遺言が明らかにされたあとは、恩義に篤い見上げた青年だともてはやし、協会側も快く彼を迎え入れた。

 だがそんな人々にリュシアンは決して心を開かなかった。


「そもそもの発端は協会会員の内部告発だったからな。それにあれが母とも姉とも慕っていたミレイユを糾弾し、追いだした者たちだ。親しくなどできるはずがなかった」


 同情して声をかけた会員への態度は、そっけないを通り越してむしろ軽蔑に近かったという。そしてもともとの無愛想な性格も影響し、徐々にリュシアンは会員たちの反感を買っていった。

 そのうちさがないことを言いはじめる者が現れ、その口をふさぐようなことも、釈明するようなこともしてこなかったため、結果、今日のパーティーのような現状にいたっている。


「自分がよかれと思ってしたことが、結果的に一番大事な者を死に追いやった。だからあれはミレイユの遺言に逆らえないのだよ」


 罪の意識に縛られてな、とダレストは言葉を結んだ。ノエルは唇をきゅっと噛んだ。

 つまり、リュシアンがわざわざ自分を望まない状況に置いているのも、誤解を解かずに陰口を黙って聞いているのも、すべてその罪の意識から自分を責めているためなのか。

 あるいは誤解を解かないのは、そうして会員たちの非難の対象をミレイユから自分に移すためだったのかもしれない。だが、とノエルは思う。納得のいかない思いがこみあげてくる。


「でも……ミレイユ博士を問いつめて糾弾したのは、あなたがた協会でしょう。博士のものとして発表したものを、どうしてほじくり返すようなことをしたんですか? そんなことしなければ、誰も傷つかずにすんだのに」


 誰も事実を知らなければ、なんの問題もなかったはずだ。

 ミレイユも死なず、リュシアンもいまごろ穏やかに暮らせていたかもしれない。


「当時、我々はあれの眼のことを知らなかったのだよ。ミレイユは弟子の能力を隠していたからな。だからみな知りたがった。どうしてマナのメカニズムを解明できたのか。記号化するという発想が生まれたのか。ミレイユの説明はつきつめてみると不可解な点が多かったのだ」

「そんな……ことで……?」


 知りたかった。ただ、それだけの理由で、師弟の平穏は崩されたのか。

 死ななくていい、人ひとりの命が失われたのか。好奇心が滅ぼすのは、なにも自分の身だけではないらしい。


「そんなことと言うが、学者や研究者にとっては重要なことだ」


 明らかにダレストは不愉快になった。そしてさらに顔をゆがめ、忌々しそうに言った。


「だがなによりの理由は、ミレイユが開発した装置を下界へ設置すると言いだしたからだ」

「下界へ?」


 そんな話は初耳だった。


「ああ。そのために開発していたと、下界にもマナの恩恵を与えるべきだと、言いだしたのだよ。まったく、能力者(エレクト)にあるまじき言語道断な考えだった」


 ノエルは黙って腿の上で両手を握りしめた。ダレストはふたたびグラスを手に取り、ワインを飲んだ。当時を回想してか、虚空を見つめて目を細める。


「なぜ我々が、かつてガーデンの開発に反対し、暴動を起こした者たちに恩恵をほどこさねばならんのだ。あの暴動で尊い研究者の命がいったいいくつ、失われたと思う。優秀な能力者も然りだ。そのせいで頓挫した貴重な研究がいくつもあった。都市の完成も二年、遅れた」


 それはノエルがまだ、生まれる前の出来事だ。

 和の園(ハーモニクガーデン)ができる前、一般人(オーディナリー)と能力者の対立が激化して、大きな争いがあったのだと母から聞いたことがある。


「だがミレイユは当時、すでに都市開発計画のメンバーの一人になっていた。議会への発言権もあり、巧みに同志を集めて下層民保護条例まで制定させてしまっていた」

「………まさか、それで博士が邪魔になって……殺したんですか?」


 まわりの空気の温度がぐっと下がった気がした。

 ダレストがいままでで一番、冷たいまなざしを向けてきた。


「……言葉には気をつけたまえ、ミス・ブラウン。不用意な発言はいつか身を滅ぼすぞ……そう、まさにミレイユのように。弟子に頼まれたとはいえ、自ら発表した事実が、彼女を破滅に追いやったのだからね」


 ノエルが言葉を返せず固まっていると、ダレストはよろしい、といった面持ちで目を閉じた。


「……研究を疑われてからの彼女の転落ぶりは凄まじかったよ。報道があったその日のうちに、開発計画のメンバーから外され、装置の下界設置の話もたち消えになった。つまり、みな彼女の性急なやり方には不満がたまっていた。………そういうことだ」


 ダレストは言い終えるとまた一口、ワインを飲んだ。

 それから目を開け、グラスをテーブルに戻すと上体を起こした。


「まあ、そういった事情もあるのでね……私はあれが恩師の自殺を協会のせいにして、憎みたいのなら憎めばいいと思っているのだよ。反抗的な態度も、たとえば君のような違法行為も、少々の問題には目をつぶろう。ミレイユのように自責の念で死なれては困るからな」


 嫌みたらしい笑みを浮かべ、ダレストは話をそう締めくくった。

 ノエルは話を聞いて、とりわけたったいまの話に、心底不快な気持ちになった。

 適度に協会を憎ませ、少々の問題にも目をつぶる。ダレストはそうやって過剰なストレスをガス抜きさせて、リュシアンが自分を責めつづける限り、利用するつもりなのだ。

 彼はリュシアンの罪の意識を、心の傷を利用している。


(……なんてひどいの)


 握りしめた拳のなかで、爪が肌に食いこんだ。

 そのとき、部屋のドアをノックする音が聞こえた。ダレストが答えると先ほどの執事が入ってきて、主になにごとかを報告する。ダレストはにわかに喜んだ。


「君の主もちょうど話し合いが終わったようだ」

「では、こちらにお連れしてよろしいですか」

「ああ、頼む」


 ダレストの返事に執事はいったん部屋を出、ほどなくしてリュシアンを連れてきた。

 ノエルも驚いたが、彼の方もダレストと向かいあって席についているノエルに目を見張った。


「おまえ……なぜこんなところに――」


 訊きかけて、自ずと答えにいたったのか、黒い瞳が静かにダレストを睨んだ。


「……どういうつもりです。仕事は引き受けると言ったはずです。なぜ彼女を」

「単なる厚意だよ。システムの解析と調査には時間がかかるだろう? 問題解決までには泊まりこむことも多い。どうせならこのまま本部となる私の家で過ごせばいいと思ってね」


 ダレストの声は楽しげだ。

 ノエルのなかの彼への怒りが、みるみるうちに罪悪感にとってかわられる。


「そこで君の大切な同居人もお呼びした次第だよ。気にすることはない。他のメンバーもそうするつもりだ。遠慮なく我が家を使ってくれたまえ」


 ダレストはにこやかに提案した。つまり、軟禁されるということだった。





     *





 黒い扉の前で二十回ほどインターホンを鳴らしてから、コンラートは諦めて上着の内ポケットからカードを数枚、取りだした。

 また電話もチャイムも音を切られているらしい。

 不愉快な訪問客があったあとはいつもそうだった。たいていその相手はあの会長なのだが。


「えーと、先生のキーはっと………あーあ。せっかく作ったのに、ばれたらまた番号変えられて苦労が水の泡だ……」


 ぼやきながら選んだ一枚をリーダーにかざすと、難なくロックが外される。


「先生、入りますよー? いつまで寝てるんですかあ……って、たしかに今日は早く来すぎなんですけど」


 勝手知ったる他人の家、とコンラートは遠慮することもなくリビングへ進んだ。

 時刻はまだ朝の七時過ぎ。普段のリュシアンの生活サイクルからいけば、眠りについてやっと三時間といったところだ。

 先に電話もしたが、出なかったのでまだ寝ているだろうとは思っていた。だがこちらもちょっとした緊急事態なのだ。

 カロンズ地区のミレイユの館に、昨日誰かがいたらしいという話を聞いた。

 そして調べてみたらたしかにそれらしき形跡があった。ミレイユの部屋の転移装置がいじられており、何者かが勝手に使っていたようなのだ。


 おそらく例の盗賊だろうとコンラートは思った。装置を使って中層内を好きに移動しているのだろう。カロンズのどこから来るのかわからなかったのもそれなら頷ける。

 そのうえ館のなかで、野生のネズミが走って行くのを見てしまった。本当ならカロンズには絶対いないはずの生き物だ。少し前、新聞にも載って問題になったネズミの大量繁殖。

 あの原因はもしかしなくてもこのせいなのでは、とコンラートは嫌な汗をかいてしまった。


「おはようございまーす……って、誰も起きてないんですか? しょうがないなあ」


 しんとしたリビングにあきれ、コンラートはベッドルームの方へ歩いていった。

 その途中でハッとし、一度リビングを振り返る。


「………二人とも、ベッドルーム?」


 ええっ、とあわてた声を上げ、彼はドアへ駆け寄った。


「ちょっと先生!? いつのまにそんな積極的にっ……」


 いや、それよりハニーが……とドアを押し開いたところで、コンラートは言葉を止めた。

 部屋には誰もおらず、リビングと同じで静まり返っている。


「あれ、留守? こんな早くから二人とも?」


 なんだか肩すかしをくらった気分だった。仕方なくドアを閉め、リビングの方へ向き直る。

 すると、キッチンのシンク脇に放置されたようすのティーカップ類が目に入った。

 近づいて確認すると、トレイの上に紅茶とクッキーがどちらも手をつけられないまま、きれいに残されている。少しの違和感がはっきりとした不審に変わった。


「急に出かけて、昨日からいない……?」


 すっかり冷たくなっている紅茶にコンラートがそう呟いたとき、にわかにエントランスの方が騒がしくなった。と、思ううちにドアが開けられ、作業着姿の男たちが数人入ってくる。

 なにごとだ!? とコンラートは目を剥いた。


「ちょっと! あんたたち何者だよっ。なに勝手に人の家に入ってきてるわけ?」


 とりあえず自分のことは棚に上げて訊ねると、向こうも人がいたことに驚いたようすで、あわてて引っ越し業者だと名乗った。


「引っ越し? なにそれ、そんな話は聞いていないよ」

「ですが……上の階に引っ越したから荷物を運んで欲しいと昨夜申し込みが……あなたはヴィノー様ご本人ですか?」


 コンラートの言葉に業者の方も困惑した表情になる。


「いや、友人だけど……そんな話は初耳だよ。上の階って?」

「はあ、九十階だと」

「九十階……って会長の家じゃないか!」


 なにかあったに違いない、とコンラートは確信した。


「わかった。教えてくれて助かったよ。僕も早めに挨拶しに行くとしよう」


 作業を中断させたことを詫びると、コンラートは急いでリビングを出た。


「あの老いぼれダヌキ……!」


 おそらく彼らに引っ越しを依頼したのはダレストだ。二人は彼につかまり、無断で部屋も引き払われた。つまり彼らを解放するつもりはないということだ。

 この二年、ずっと危惧していたことがとうとう現実になってしまった。

 ノエルという人質を得て、ダレストはいまや好機とばかりに少々手荒な手段に出たのだろう。


「あとは頼むって言われてもね……本人があれじゃ防ぎようがないよ!」


 コンラートはエントランスのドアを開けながら、死んだ叔母に向かって愚痴を吐いた。

 遺書のなかで、コンラート宛に書かれた短い一文。説明されなくても、そこにこめられた弟子を協会の私欲から守ってほしいという、ミレイユの親心は理解できた。

 自分はリュシアンにも叔母にも恩があったから、頼まれなくてもそうするつもりだった。叔母の死と遺言の内容を知ってからは、それはさらに強い使命感になった。

 だが自分は叔母と違ってどこまでいっても「フェルマー家の落ちこぼれ」だった。動ける範囲も狭く、協会に対して影響力もない。ダレストからリュシアンを守るにも限界があった。


「……なんであれくらいで……死ぬかなあ」


 非力な自分を自覚すると、気弱な言葉がこぼれ出た。

 下層の救援に真剣だった叔母が、周囲の反発や議会の体制に心底絶望したのはわかっていた。姑息な手で失脚させられ、ガーデンの未来に失望したのもわかっていた。

 だが、それでも生きていてほしかった。


 後ろ手にドアを閉め、とにかくいったん家へ戻って策を練ろう、と彼は気を引き締め直して歩きだした。――と、その後ろでがこん、と音がした。

 怪訝に思って振り返る。

 ドア脇の四角い郵便受けのなかに、小包が入っていた。

 一階にまとめて設けられた投函口に入れると、自動で各部屋へ送られてくる仕組みになっているのだ。だがこんなに朝早く配達人はやってこないはずだった。

 どうせ主は不在だ。コンラートは小包を取りだした。そして宛名を見て眉をひそめる。


「……ハニー宛?」


 しかも名前は本名のノエルの方だ。裏返しても差出人は書かれていない。

 怪しすぎる包みに、コンラートはその場で中身を確認した。なにしろ非常事態だ。多少の非礼は許してもらう。

 そうして出てきたものに、彼はさらに困惑した。


「日記が…………二冊?」





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