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ハニー・ブラウンにおまかせ☆ ~ロマンスは扉の向こうから~  作者: 凪森
第6章 パーティーはおてやわらかに
14/22

6-1




 リュシアンとともにノエルがやってきたのは最高層(ヘブン)のさらに上階だった。

 明らかに居住フロアとは違う雰囲気の場所で、廊下には絨毯が敷かれ、黒いドアの代わりに装飾のほどこされた重厚な二枚扉が、三か所、間隔をおいて並んでいる。そしてそれぞれの前に受付が設けられ、すでに盛装した人々でにぎわっていた。

 リュシアンもそのあとからつづき、招待状の確認をすませると会場へ入った。

 とたん、ノエルはその場の光景に圧倒された。


「わ……すごい。広い……きれい!」


 ワンフロアをすべてつなげた大空間に、いくつもの大シャンデリアがさがっていた。

 きらめく明かりの下には、寸分の狂いもなく真っ白な丸テーブルが配置され、それぞれ違う種類の花が見事な形に活けられている。

 テーブルの周りにはすでにワイングラスや皿を手にした紳士淑女が語らっていて、漏れ聞こえてくる会話はどれも難しそうなものばかり。着飾った姿も彼らにはとてもよく似合っていた。

 女性の数は少ない方で、だからよけいに艶やかで美しいドレスが黒のタキシードやスーツの海によく映えている。壁際には長テーブルに載った料理がずらりと並んでおり、招待客が自分の好きなものを好きなように、皿へ取り分けていた。


「……あれぜんぶ、おかわりとかできるんですか……?」

「ああ。そういえばおまえは朝食がまだだったな。気になるなら食べてみるか?」


 つい、気になって訊いてみただけなのだが、リュシアンは思いだしたように言った。

 たしかに起きたら即、ドールにお風呂へほうりこまれ、支度をさせられたから朝食はとっていない。時間はそろそろお昼とも言える頃あいで、ノエルは急に空腹を感じた。


「……いいですか?」


 見たこともない料理に興味も引かれ、恥ずかしさよりも食欲が勝つ。

 するとリュシアンは無言で壁際の方へ移動し、端に置いてあった皿を取って渡してくれた。


「たしか、奥の方にはスイーツもある」


 わずかに残っていたノエルのなかのためらいは、その一言できれいに吹き飛んだ。

 思わず目を輝かせたノエルに、リュシアンがくっと笑いを漏らした――ようだった。





 下界では決して食べられない豪華な料理もそこそこに、ノエルはスイーツのテーブルへ移動した。ソテーやシチューといった温かみのある香りから一転、口のなかがとろけるような甘い香りが漂いはじめる。

 コーヒー入りのバタークリームで身を飾ったモカケーキ。

 ブルーベリーソースにしっとり濡れたフランボワーズのムース。

 美麗な円錐形に積まれた一口サイズのエッグタルトに、ナパージュの輝きが眩しい洋梨のシャルロット……どれも美味しそうで目移りしてしまう。


「リュシアンさん、あれはなんですか?」


 見たことのないものを見つけるたびにリュシアンに訊ねてしまうが、嫌な顔もせずに教えてくれる。おすすめだというものをいくつか取って食べてみれば、本当に美味しくてノエルは感激の声をあげてしまった。

 お菓子は作るのも大好きだが、食べるのも同じくらい大好きだった。甘いものを食べているあいだは嫌なことも忘れて幸せな気分になれる。それに見ているだけでもトッピングの種類やクリームの絞り方など、デコレーションの勉強にもなった。


(あのレース飾りみたいなクリーム。どの口金でどうやったらああなるんだろう……?)


 (ガーデン)にはこんなすごい技術があるのかと感動してしまう。


「リュシアンさん。このスイーツはやっぱり、有名なパティシエの方が作ってるんですか?」

「まさか。料理もすべて自動調理機(オートクック)だ」


 興奮気味のノエルとは対照的に、リュシアンは冷めた声で答えた。


幻影(イリュージョン)の力でイメージを具現化し、それをもとに転化(チェンジ)の力が材料から実物を生みだす。調理過程に人間の手作業はいっさい入っていない」


 ガーデンではたいていのものがそんなふうにしてできあがってくるのだと彼は説明した。


「そうなんですか!? じゃあここにあるものはぜんぶ、誰かが作ったわけじゃないんですか……!?」

「そうなるな」


 ノエルは開いた口がふさがらなかった。

 機械(マシン)はこんなに美味しいものまで作れてしまうのか、という驚きが全身を襲う。

 それは感動と同時にショックを与えた。


(ロミスでひと月、店長が試行錯誤して生みだすケーキを……ガーデンでは一瞬で作り上げてしまうことができるんだ……)


 しかも美味しいし……と肩を落としたそのとき、ふと周囲の忍び笑いが聞こえてきた。


(いったいどこの田舎娘を連れて来たんだ……)

(久しぶりに顔を出したと思えばなんの茶番だあれは? 先ほどからデザートばかり食べて)

(まるで子供じゃないの。あんなのを連れてなにをしに来たのかしらね)


 びくりと身を強張らせ、ノエルは床を見つめたまま息を呑んだ。

 さざめきのなかから聞こえてくる声。それらがすべて、自分たちに向けられた文句であることに気づく。


(……わたしのせいで、リュシアンさんが悪く言われてる?)


「どうした」


 急に下を向いたまま固まったノエルに、リュシアンが声をかける。

 彼にも聞こえているだろうに、まったく気にしたようすがない。


「だ、だって……」


 ノエルは顔を上げたが、自分の周りの人垣を見ることができなかった。


「気にするな。ここの連中に好かれようとは思っていない」


 リュシアンは平然とそう言い放ち、ノエルの手から皿を取った。それから、こっちの菓子はどうだ、と表面に削りチョコをまぶしたチェリーのケーキを載せた。


「作りは自動調理機でも、使われているチェリーは地方産の天然ものだ。ガーデンの温室育ちじゃない。おまえには珍しいんじゃないか?」


 差しだされたケーキを見ても、もうさっきみたいにわくわくした気持ちは湧いてこなかった。


(わたしのせいで悪く言われてるのに……恥をかかせてるのに……)


「先生に迷惑をかけたくなかったら、人形のようにおとなしくしていることだよ、ハニー」


 いきなり背後から囁かれて、ノエルは受け取った皿を落としそうになった。

 振り返ったそこに見慣れた金髪の青年を見つける。


「コンラートさん!? なぜここに……あ。もしかしてコンラートさんも会員で……?」

「残念、はずれ。今はボーイの仕事をしているんだ」


 コンラートはカクテルの載ったトレイを軽くかかげ、優雅に片目をつぶってみせた。

 見るとたしかに黒い給仕服を着ていた。


「でもこのあいだは警備員て……」

「うん。いまはこっちに興味があってね」


 そういえば仕事は趣味だと言っていたのをノエルは思いだした。

 そのコンラートの登場により、周囲がさらにざわめきだす。


(コンラートだって? あのフェルマー家の落ちこぼれ御曹司か)

(ああ、一族いちの面汚しだよ。まともな職にもつかないで中層でふらふらしてるって話だ)

(それで今度はボーイだと? 嘆かわしい。それとつるむヴィノーも器が知れるな)

(いや、あれは叔母にあたるミレイユのところへよく出入りしていたとか。だから幼なじみというやつさ)

(どちらにしろ類は友を呼ぶわけだ。揃いも揃って異端者ばかり)


「ははは……僕もあんまり先生にとっていい影響にならないんだけどね」


 コンラートは苦笑した。


「君は先生のそばを離れず、ただパーティーを楽しめばいいよ」


 それだけ言ってさっさとその場を去ろうとするのを、リュシアンが引きとめた。


「おい。日記はどうした」


 任せていたはずの相手がこんなところでちゃっかり給仕などをしているのを、リュシアンは見過せなかったようだ。


「いやだな、ちゃんと探してますよ。安心してください」


 足を止めたコンラートはにっこり答えた。


「ただ、どうも動きが不定なうえ、拠点(ねぐら)が見つからなくて。カロンズあたりから来るのはわかってるんですがね………まるでこのあいだ問題になったネズミみたいです。誰かがあそこで放したみたいに、どこからともなく現われる」

「……ネズミ?」


 リュシアンが訊き返そうとしたとき、大広間の前の方で拍手が起こった。

 見ると初老の男性がステージに上がっていく。どうやら会長――ダレストの挨拶がはじまるらしい。そうとわかるとリュシアンも周囲の人間たちも、ひとまず私語を慎んで耳を傾ける姿勢をとった。

 ダレストはステージから会場を見まわし、厳かな口調で話しだした。

 まずは集まってくれた会員および出資者たちへの感謝の言葉、そして最近の研究成果の発表、今後の方針等が語られ、やがて製薬会社の事件についても触れた。


「一連の事件により、我が協会はいま、その能力を問われる厳しい局面にある。だがこれは我々の研究成果および、開発技術をいま一度世間へ知らしめるチャンスでもあり――」


 ダレストは終始、前向きな姿勢で語り、事件の早期解決を宣言した。

 そのあと、取材陣から事件に関する質問がいくつか入った。


「警察は壊し屋(クラッカー)の仕業と見ているようですが、犯人についてなにか心当たりは?」

「同システムの利用会社から問い合わせが殺到していますよね。そちらの保障はどうされるおつもりですか」

「侵入経路もまだ解明できていないと聞きましたが、本当に早期解決は可能なんですか?」


 次々に繰りだされる質問をダレストは一つ一つ丁寧に答えていく。


「犯人についての心当たりは現在ありません。あらゆる可能性を考慮し、協会側でも調べを進めています。保障についてはもちろん、未被害のケースについても対応していく方針です。早期解決は必ずお約束します。手間取ってしまったが、事件解決に当たり、適任の人材をすでに見つけてあります。あとはそのチームで解決に臨むだけです」


 鷹のような鋭い目が、そのときずっとうしろにいるリュシアンを見た。


(え……?)


 ノエルはその目が自分にも向けられたような気がしてどきりとした。

 だがたしかめる間もなく、ダレストは視線を記者たちの方へ戻してしまう。そしていくつかまた質問に答えたあと、取材時間の終わりが告げられた。





 ダレストの挨拶が終わったあと、会場の片隅でノエルは先ほどにも増して居心地の悪さを感じていた。

 大広間を埋めつくすほど人間がいるのに、ノエルたちの周りには誰も近寄ろうとせず、常に一定の距離がおかれているのだ。

 人々は皆、遠巻きにこちらを眺め、互いの耳になにごとかをささやきあったり、あからさまに敵意のこもった視線を向けたりしてくる。久しぶりに会員たちの前に姿を現したリュシアンを、ただ珍しがっているわけでないことはノエルにもすぐわかった。


「よく出てこれたものだわ。面の皮が厚いのは師匠譲りね」と、どこかで冷たい女性の声。

「あれが噂の『ミレイユの眼』か。なるほど、たしかに生意気そうな若造だ」と反対側から。

 正面の若い学者風の男たちは、背を向けているのをいいことに声もひそめず言いたい放題。


「いまや博士の遺産で好き勝手な暮らしだろ」

「このあいだの論文を見たか? 『蟻と対話する方法』とはな! 協会会員の名が泣くよ」


 その脇の年配者たちはワインのせいか、事件への苛立ちからか、さらにきつい。

 だがその話題はもっぱらミレイユだ。


「まったく……死んでなお問題の多い女だよ。また協会をよけいな騒ぎに巻きこみおって」

「失踪騒動のときもひどかった。連日あやつのニュースばかりで頭が痛くなった」

「自殺したから丸くおさまったものの、協会も不名誉の痛手をこうむったからな……」

「師が弟子を食い物にするとはね」

「もともとあの研究は弟子のものだったとか。いや、弟子に研究させてたのか?」

「ああ。それをすべて自分名義で――」


 ノエルははっとしてそちらのテーブルを見た。


(ミレイユ博士が……なに? リュシアンさんを食い物にって……?)


 研究させてたとか、それを自分名義でって……急に中層のマーケットで聞いた、青年の言葉がよみがえった。


『弟子をずっと裏切ってたって―――』


 ノエルは横目でそっとリュシアンをうかがった。

 彼は壁際に置かれたアンティーク調の肘掛椅子に座って足を組み、目を閉じていた。片手に持った白ワインのグラスを回すように揺らしているから、寝ているわけではないようだ。

 こんな悪意のただなかにいて、怒るでもなくただ座っている。誰かと話をするわけでもなければ、彼自身はほとんど料理にも手を出さない。

 なんのためにいるのだろう、とノエルは不思議で仕方がなかった。


「まあ、あんな下界を擁護するような気の知れん女、いなくなってせいせいしたがな」


 耳に飛びこんできた誰かの台詞に、ノエルは愕然として顔をあげる。

 あまりの内容に刹那、呼吸を忘れた。

 老齢の会員たちが四人、ほろ酔いの赤い顔をつきあわせて、話に夢中になっていた。


「だが迷惑なものも残してくれたぞ。能力開発部長だったか。よけいな権限を持たせおって、扱いに困る」

「しかしあれも協会にとっては財産みたいなもの。あの眼さえあればマナの解読書を手中にしたも同然だ」

「だから会長も奴を手放したがらん。他に移られるのを恐れて、あれこれ庇いだてしおる」

「ますますいい気になるだけだ。遺言など無視して閉じこめておけばいいものを」

「しかし退会はせんだろう。会員でなければ財産等の継承資格がなくなるはずだ。それでは金が入らなくなる」

「つまり今度は弟子が師を喰っているわけか。これは傑作だ!」


 どっとその場に笑い声があがる。ノエルは両の拳を握りしめた。

 アルコールの入った彼らの口は、遠慮というものを忘れたようだ。


「待てよ。とすると案外、あやつがやったのかもしれんぞ? 一番得したのは奴だ」

「たしかにな。静かな顔をしている奴ほど、頭のなかでなにを考えてるかわからんものだ」


 ノエルはすうっと全身の血が引いていくのを感じた。いま自分が聞いたことが信じられなかった。


(……なんて、言ったの?)


 リュシアンさんが、なに?

 彼がやった?

 一番得した?


 ぶるぶると拳がわなないた。足元から震えが湧き上がってくる。

 脳裏に、最初の日の夜に見たリュシアンの背中が浮かんだ。

 事情も知らないのに、とても寂しい背中だと思った。胸がしめつけられるみたいだった。


 恩師と住んでいたカロンズに、彼はいまだ近づけないという。

 もしかしたら寝つきが悪いのも、いつも喪服みたいに黒づくめなのも―――


「どうでもいいさ。誰がやろうと、自殺だろうと。邪魔なことは確かだった」


 誰かの最後のその一言が、ノエルの我慢の限界を超えた。

 頭のなかが真っ白になり、気づくと彼女は彼らの前で叫んでいた。


「あなたたちには、人の心がないんですか……!」


 いきなり割りこんできてそう怒鳴った少女に、会員たちはぎょっとした。ノエルの正面にいた老紳士は驚いて飲みかけのワインを胸にこぼし、グラスを落とした。

 ガラスが砕けて中身が飛び散り、すぐにその場は騒然とした。


「な、なんだね! この無礼な娘はっ」

「無礼なのはあなた方です!」


 うろたえる相手にノエルはぴしゃりと言い放った。

 相手の白いシャツに、ワインがじわじわと染みこんでいく。同じ速度で目頭が熱くなる。


「なんで、なんでそんなことを言うんですかっ……なんでそんなふうに笑えるんですか!?」


 詳しい事情なんてわからないけれど、それでも彼らの言っていることはひどいと思った。


「リュシアンさんだって傷ついてるんです! ミレイユ博士の死を悲しんでるんです! だから協会にも残って……それなのにっ」

「おい! よせ」


 人垣をかきわけてきたリュシアンが、うしろから腕を引いた。それでもノエルは退かなかった。


「謝ってください。二人に謝ってください!」

「馬鹿を言え!」


 今度は老紳士の方が一喝した。


「詫びるのはそちらだろう! この汚れをどうしてくれる! ヴィノー!」

「……申しわけありません」


 す、とリュシアンが前に出て、老紳士に向かって頭をさげた。

 ノエルは目を見開いた。


「どうしてっ……なんでリュシアンさんが謝るんですか……!?」


(この人たちの方がずっとひどいことをしてたのに……!)


 誰か、と周囲を見回して、ノエルは遅まきながらその場の光景に気づいて、ぞっとした。

 非難のまなざしがすべて、リュシアン一人に向けられていた。

 なかには小気味よさげに薄ら笑いを浮かべている者さえいる。ノエルはようやく自分がなにをしでかしたのか理解した。


「や……やめてください! これはわたしが勝手に――」

「代償の請求はこちら宛に送ってくださって結構です。いくらになろうと構いません。連れがご迷惑をおかけしました」


 リュシアンは身を起こすとノエルの言葉をさえぎり、その腕をつかんで帰ろうとした。


「いくらでも構わんだと? 大きく出たものだなヴィノー! 師匠が死んで転がりこんだ金はそんなにでかいか」


 背後から飛んできた嫌味にリュシアンは足を止めた。

 ノエルは思わず紳士を振り返った。


「どうしてあなたは――」

「やめろ」


 うしろから口をふさがれ、とっさにノエルは両手でそれを引き下ろした。


「だってあんな言い方……悔しいです! リュシアンさんはどうして怒らないんですか? さっきもあの人たちは、あなたがミレイユ博士を殺したみたいに言ったんです! 博士はリュシアンさんを思って遺言を残してくれたのに!」

「わめくな。帰るぞ」


 彼はなにも答えず、どこまでも冷静だった。

 ノエルの首に腕を回したまま、引きずるようにして歩きだす。軽く首が締まって、それ以上文句が次げなくなった。

 紳士がフンと鼻を鳴らし、周囲の会員たちは茶番を楽しむ見物顔で二人を見送る。それを見るうち、ノエルはわかってしまった。

 彼らの誰も、リュシアンを理解しようとしていなかった。


「……はなして……ください」


 勢いの衰えた声に、リュシアンが腕を解く。

 と同時に首につけていたペンダントトップが床に落ちた。


「あ……」


 引きずられるうちに細工が壊れたらしい。カツンと音を立てて落ちたそれは、人垣の足のあいだへ滑りこんだ。

 あわてて拾いに駆けよって身をかがめると、


「……おい、ヴィノー。なんだこれは? 女に首輪(ペットリング)なんかつけやがって」


 頭上から青年の下卑た嘲笑が降ってきた。首輪という言葉にぎくりとする。


「こいつはおまえのペットか? ということはこの小娘は改造(カスタマイズ)ドールか? おまえ……定例会にも顔を出さないで、毎日いったいなんの研究をしてるんだ?」


 くすくすとあちこちで忍び笑いが起こった。「変わったご趣味ね」とか「そんなに一人は寂しいのかしら」と痛烈な揶揄まで聞こえてきて、ノエルはその場に凍りついた。


「…………」


 リュシアンはなにか言おうと口を開きかけたが、結局なにも言葉は出なかった。

 否定しようにもノエルの首輪がペットIDであることは事実で、だがペットでもドールでもないと説明すればガーデンへの不法侵入がばれてしまう。

 猛烈な恥ずかしさと悔しさと、いたたまれなさが押し寄せてくる。

 涙がにじむのを必死にこらえていると、


「研究者たるもの、変わった趣味の一つや二つあったところで珍しくもないだろう」


 落ちついた声がゆったりと近づいてきて、ノエルを助け起こした。

 しん、とあたりが静かになる。ノエルはこわごわ、相手を見上げた。

 ただ一人、リュシアンを庇うような台詞を吐いたのは、冷たい目をしたダレストだった。





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