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森のもふもふ  作者: 雪見 コロン
5/7

5 へんてこ踊り

別の小説の執筆がてら、思いついたお話です。

 気まぐれに書き進めますので、気長に見守ってください。

 ちはやの涙が止まると、うさぎは隣のカウンターにいるくまを呼んだ。

「くまたん、氷の入った水と保冷剤持ってきてくれる?」

「はいはーい」

 くまは小気味よい返事をすると、お盆の上に透明なコップに入った氷水と、タオルにくるまれた大きな保冷剤を置いて持ってきた。

「くまたん、ありがと」

 くまはそのお盆を机の上に置くと、すぐに部屋を出ていった。

「どうぞ、水をお飲みなってください。まぶたも冷やしましょうね」

 うさぎはにっこり微笑んで、お盆を差し出した。

「え、いいんですか?」

 ちはやは涙と鼻水を拭くのに、箱の中のティッシュペーパーをもう半分くらい使っていた。

「いいんです、いいんです。お水を飲むとすっきりするし、こんな若いお嬢さんを、まぶたがはれたままお返しするのは気の毒ですから」

 ちはやはしばらくためらっていたが、コップを手に取ると少しだけ水を口にした。水は思っていたよりも冷たくて、苦しかった胸にすうっと心地よかった。

 そして、もう二口水を飲むと、タオルにくるまれた保冷剤をまぶたに当てた。柔らかいタオルの向こうから、保冷剤が優しくちやはのまぶたを冷やした。

 その心地よさに浸っていると、うさぎがそっと口を開いた。

「とても、お辛かったんですね」

 ちはやはうさぎを見た。

 うさぎの毛むくじゃらの顔に表情なんてないはずなのに、なぜかとっても優しく見えた。

「はい…」

 ちはやはタオルをまぶたに当てたまま、目を閉じた。言葉が自然と心の中から紡ぎ出された。

「私、出版関係の仕事に就きたかったんです。それで、そのために必死に勉強して、資格も取って…。いろんな会社を回って見学したり、ときどき出版社のアルバイトもしてました」

 うさぎは“うん、うん”とうなずきながら聞いている。

「でも、もう何十社って受けてるのに、全然だめで最終面接にも行けないんです」

 うさぎは“うん、うん”とうなずいている。

「そうしてる内に、周りはどんどん就職が決まっちゃって…。そうしたら、今度は二年もつき合ってた彼氏に突然、ふられちゃったんです」

 うさぎは“あらまあ”という顔をした…ような気がした。しかし、ちはやはそのまま話し続けた。

「私、彼氏と結婚まで考えていたんです。婚約してたわけじゃないけど、私たち気が合っていて、お互いの両親もつき合ってるって知っていて…。だから、結婚するのかな?この人とだったら幸せな結婚できるかな?って思ってたんです」

 話している内に、鎮まっていた心に再び悲しみがわき上がってきた。

「私のお母さん、厳しいんです。特にしつけとか礼儀とか…。だから、結婚する前に親に会わせたとき、彼氏が変なことをして、お母さんに結婚を反対されたら嫌だな、って思って…。だから、靴の脱ぎ方とか、食事の仕方とか注意してて…」

 ちはやの頭に、最後に翔太と一緒に居酒屋に行ったときのことが浮かんできた。

「でも、そうしてたら、彼氏が急に“奥さん気取りするな”って怒って…。そして、急に“好きな子ができたから別れよう”って言ってきて…」

 再び涙があふれてきた。肩がふるえて、また嗚咽が出てきた。

 ちはやはティッシュペーパーを取ると、タオルが汚れないように涙と鼻水を拭いた。

「就職が決まらない内に、急に彼氏さんに別れようって言われたんですね」

「はい…」

 それから、ちはやは胸を塞いでいた、いろいろなことをうさぎに話した。

 小さい頃からファッションが好きで、モデルになりたかったこと。

 でも、身長が低く、スタイルも良くなかったので、あきらめたこと。

 その代わり、出版社に勤めてファッション雑誌の仕事に就きたかったこと。

 そして、翔太との出会いと、楽しかったたくさんの思い出…。

 けれど、ゆきのことは話せなかった。

ゆきのことを思うと、胸が苦しくて、苦しくて言葉が出てこなかった。

 そうしているうちに、ちはやが黙ってうつむいていると、うさぎも動きを止めて、何も言わなくなった。

 静かな部屋の中で、外で木々の葉がさわさわいう音だけが聞こえてきた。

「うん…じゃあ、今日はお時間ですので、ここまででよろしいでしょうか?」

 うさぎの言葉に、ちはやは驚いて顔を上げた。あわてて部屋を見回すと、ちはやの後ろの壁に時計がかけてあった。本当に一時間半、経っていた。

 ――いつの間に一時間半も経ったんだろう…。

 思いがけなく過ぎた時間にちはやびっくりしたが、小さくうさぎにうなずき返した。

 それを見て、うさぎは続けた。

「では、最後におうかがいしたいのですが、ちはやさんはこれから、どういうことを解決したいとお考えですか?」

 ――解決?

   解決するの?私の悩みって?

 急に言われて、ちはやは考え込んだ。

 ――なんだろう?

   解決したいこと?

   私の解決したいことって、何…?

 ちはやは小さな声で言った。

「…とりあえず、就職を決めたいです。早く、就職活動を終わらせてゆっくりしたい。あと…彼氏を見つけたいです。もう、翔太とは無理だと思うけど…。それならそれで、新しい彼氏が欲しいです」

 うさぎはにっこり笑って、大きくうなずいた。

「わかりました。じゃあ、まず就職を決めて、そして新しい彼氏も見つけましょう。そうなれるように一緒に考えていきましょうね」

「はい」

 ちはやは素直にうなずけた。

 なんだか、心の中に力がわいてくるような気がした。

 ちはやはカバンを手に取ると、うさぎと一緒に部屋を出た。部屋の外ではくまがカウンターの前で待っていた。

「お疲れさまでした、ちはやさん」

 その屈託のないくまの「声を聞いて、ちはやははっとした。

 ――あっ!料金!

   私、今日なんにも持って来なかった…。

 すると、くまはちはやの考えを見越すように言った。

「ちはやさん、今日はうちのシステムを知らないまま来たんですから、料金は後日持ってきていただければ結構ですよ」

 くまはくりくり笑った。

「もし、次回のご予約をされるなら、そのときでもかまいません。いかがなさいますか?」

 そう言われて、ちはやはしばらく考えた。

 ――どうしよう…。

   私、続けるつもりで来たわけじゃないし…。

   講義もあるし、就職活動も終わってないし…。

   それに、ここでうさぎ相手に相談してて良いのかな?

   っていうか、うさぎに私の悩みが解決できるの?

 うさぎが自分の悩みを解決できるかどうか疑問だった。

 ちはやよりも小さなうさぎ。

 人間でもない、小さなうさぎ。

 でも、今、ちはやが悩みを話せるのは、目の前の小さなうさぎだけだった。

 考え込んでいるちはやを、うさぎとくまは、まあるい目でにこにこしながら見守っていた。二匹とも毛並みがよくて、やっぱり手触りが良さそうだった。

 その二匹を見ている内に、心に引っかかっていたものがつまらなく思えてきて、ちはやは笑顔で答えた。

「予約していきます。学校の授業や就職活動が忙しくて、少し先になっちゃうかも知れないんですけど、いいですか?」

 二匹の顔がぱあっと明るくなった。

「もちろん、もちろんいいですよー」

 くまが屈託のない元気な声で言った。

「うん、うん。食料の蓄えはたくさんあるので、料金もゆっくりでいいですよー」

 くまの横で、うさぎが長い耳を振りながらうなずいた。

「はい、ありがとうございます」

 ちはやも笑った。

 ちはやは予約を取り、くまから相談室の電話番号を聞くと、ドアを開けて外に出た。外はもう、薄暗くなって、森の中の道の脇に、街灯がいくつも光っていた。

 ドアを出るとき、ちはやはタオルにくるまれた保冷剤を、まだ手に持っているのに気がついた。ちはやがそれを返そうとすると、くまが言った。

「それは持って行っていいですよー。百均で買ってきたものだし。タオルは次回、洗って返してくれればいいですよー」

 ――百均?

   この格好で百均に行くの?

   ていうか、店員さん、この二匹に売ってくれるの?

 ちはやの頭に、またぽよんとはてなマークが浮かんだが、今は保冷剤の冷たさが心地よく、そんなことはどうでも良かった。

 ちはやが一人、森の道を歩いて戻ろうとすると、二匹はちはやについてきた。

「こんなかわいいお嬢さんに、一人で暗い道を歩かせるわけに行きません。森の入り口まで送りますよ」

 うさぎとくまは真剣な顔をして言った。

 ちはやと二匹は暗くなった森の道を歩いていった。森の中の空気は緑の香りでいっぱいだった。

 森の入り口の看板のところに着くと、うさぎは精一杯背伸びをし、小さな毛むくじゃらの手で、ちはやの手を包んだ。

「必ずまた、来てくださいね」

 うさぎはにっこり笑った。

 ちはやもにっこり笑った。

 ちはやの姿が街の中に消えるまで、二匹は小さな手を一生懸命振りながら見送っていた。


 その日、ちはやは夢を見た。

 月が照らす森の中で、うさびとくまの二匹が踊っている夢だった。

 二匹はなへんてこな動きをしながら、なにかをつぶやいている。

  …ちはやさんが就職できますように。

  …ちはやさんにすてきな彼氏さんができますように。

  …ちはやさんが幸せになれますように。

  …幸せになれますように。

 なんとも言えない間延びした声で、二匹は楽しそうにつぶやきながら、へんてこな踊りを続けていた。

 ――なにそれ、変な踊り。

   へんてこすぎて、踊りに見えない。

   ホント、二匹とも、突っ込みどころ多すぎ。

 夢だとわかっていたが、ちはやは笑いを止められなかった。

 二匹は月夜の中で、へんてこな踊りを続けていた。

 ちはやは夢の中で二匹の踊りを見ながら、心の底から笑っていた。


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