3 たんぽぽと鮭とば
別の小説の執筆がてら、思いついたお話です。
気まぐれに書き進めますので、気長に見守ってください。
ちはやが立ち尽くしていると、くまがカウンターの中から、てきぱきと紙とペンを取り出した。
「今日はご相談にいらっしゃったんですよね?」
くまが目をぱちくりさせながら、ちはやを見つめた。
「はい…そうです」
ちはやはそう言ってはっとした。
――え?私、相談するの?
こ、この二匹に?
ちはやはもう一度、目の前にいる二匹をじっとみた。
いくら見ても、どこをどう見ても、うさぎとくまだった。
――二匹とも、もふもふしている…。
とっても…とっても、もふもふしている…!
ちはやはさらに二匹をまじまじと見つめた。
――もしかして中に人間が入ってるの?
いや、それにしては体がちっちゃいし、大人が入っているとは思えない。
じゃあ、どういうこと?
この二匹は一体なんなの?
…ていうか、ちょーかわいいんですけど!
そんなちはやを目の前に、二匹はいたって冷静だった。二匹は大きな目で、じっとちはやを見上げている。
「それじゃあ、こちらにお掛けください」
「は、はい…」
くまがカウンターの前の小さなソファを勧めた。ちはやが言われるまま、ソファに座ると、くまはちはやの前にちょこんと立って、持ってきた紙を見せながらてきぱきと話し始めた。
「ここは“うさぎとくまの何でも相談室”です。“何でも相談室”っていうくらいですから、何でも聞いちゃいます」
そう言うと、くまは目をくりくりさせてにっこり笑った。その姿はちはやの心のど真ん中を貫いた。
――うそ!
ちょーかわいいんですけど!
くまはちはやの思いをよそに、てきぱきてきぱき、続けていった。
「私はここの相談室の受付兼、事務員兼、たまに相談員のくまたんです」
――え?くまたん?
花が咲いていた、ちはやの頭の動きが止まった。
――今、“くまたん”って言った?
このくま、自分のこと“くまたん”って言った?
くまは目をくりくりさせて、にっこりちはやを見つめている。
「く…くまたん…さん、ですか?」
「はい、くまたんです」
くまの目がくりくり見つめている。ちはやの思考が停止して、再び混乱し始めた。
――確かに、くまだから“くまたん”と呼ぶのは間違いないかも知れない…。
…でも、でも…なんかそういう問題じゃない!
しかし、くまの次の言葉はさらに強い衝撃をちはやに与えた。
「お話しを聞くのは、あちらにいるうさぽん先生です」
くまが後ろにいたうさぎを指差した。
――うさぽん先生?
ちはやはくまの後ろにいるうさぎを見た。うさぎは目をぱちくりさせ、鼻をぴくぴく動かしながら、ちはやを見ている。
――うさぽん先生、って…あのうさぎが先生なの?
っていうか、何の先生?一体、何の先生なの?
ちはやの頭の中をはてなマークが駆け巡った。しかし、うさぎはちはやとくまを見てにっこりうなずくと、カウンターの横のドアの中に姿を消してしまった。
うさぎがドアの中にいなくなると、くまは説明を続けた。
「まず、時間についてですが、一回のご相談時間は、だいたい一時間です。今日は初めてなので一時間半取りますね。それで、料金は一回につき、たんぽぽと鮭とば一日分です」
――え?たんぽぽと鮭とば?
ちはやの頭の中のはてなマークが巨大になった。
「た、たんぽぽと鮭とば…ですか?」
「はい、たんぽぽと鮭とばです」
くまは平然と答えた。
――まじ?
それはまじめに言っているんですか?
「我々も食べて生きていかなければなりませんので」
――はあ?
そりゃわかるけど…。
そりゃあ、わかるけど…、本当にたんぽぽと鮭とばでいいんですかあああ?
ちはやの頭の中で巨大なはてなマークが飛び跳ねていた。
ちはやはネットで見たことのあるカウンセリングのサイトを思い出した。翔太にふられて落ち込んだとき、ちはやは一度、カウンセリングのサイトを見たときのことだった。
翔太にふられたとき、ちはやはそれこそ地面の底が抜けるんじゃないかという勢いで落ち込んだ。そのとき、心理学を専攻している友だちにカウンセリングを受けるよう言われたのだった。
ちはやが通っている大学にもカウンセリングを行っていたが、相談に行ったとき、あいにく予約は満杯だった。そこで、ネットで私設のカウンセリングルームを探したのだが、料金はなんと一時間一万円だったのだ。
そのことをカウンセリングを勧めた友だちに話すと、なんと
「そんなの普通。専門家だって食べて行かなきゃならないんだから」
と言ったのだった。
その説明にちはやは一応納得したが、とても大学生に払える料金ではなく、相談に行くのをあきらめたのだった。
しかし、今、目の前のくまが提示した料金はなんと“たんぽぽと鮭とば”。
それもなんともアバウトな“一日分”だった。
――鮭とばなんてそこら辺のスーパーで千円くらいで買えちゃうし、たんぽぽなんて雑草じゃん。
そんなに安くてホントに良いの?
ていうか、そんな料金でちゃんと話を聞いてくれるの?
ちはやはためらいがちにくまに尋ねた。
「あの…、一日分ってどのくらいなんですか?」
すると、くまは小さく首を傾げて言った。
「そうですねえ。鮭とばは一袋くらいでいいですよ。たんぽぽは一束くらいですかね。我々、小食ですから」
――小食?
あ、そうなの?
小柄だからあんまり食べないんだ。良かった…。
…って、そういう問題じゃなーい!
ちはやはソファに座って頭を抱えた。
すでに混乱のるつぼの中にいた。
どうしてうさぎとくまなのか?
なんでうさぎとくまが人間の言葉をしゃべるのか?
二匹の名前は本名なのか?
本当に料金は、たんぽぽと鮭とば一日分で良いのか―――?
あまりのつっこみどころの多さに、ちはやはもう、どこからつっこんで良いかわからなかった。
そんなちはやの混乱に構わずに、くまはてきぱきと仕事を続けた。
「こちらからの説明はこんなところです。では、お話しをお聞きする前に、お名前とご住所と、差し支えなければ、ご連絡先をいただけますか?」
そう言うと、くまはふさふさとした毛で覆われている手で、クリップボードに挟まれた紙とペンを差し出した。
ちはやは言われるままそれを受け取ったが、しばらく固まって動けなかった。
――これって書いて良いの?
いや、そもそも私、ここで悩みなんて相談して良いの?
うさぎとくまに相談して良いの?
クリップボードを見つめて考え込んでいるちはやを、くまはくりくりとした目で見守っていた。
その視線に気がついてくまを見ると、後ろのドアがちらっと開いて、ぴょこんとうさぎが顔を出した。そして、ちはやを見るとにこっとして鼻をぴくぴくさせると、またぴょこっとドアの中に姿を消した。
――か、かわいい…!
もう書くしかない!
ちはやは心を決めた。
本来の目的とは違う意味で。
ちはやは名前と住所、そして携帯電話の番号をさらさらと紙に書くと、くまに渡した。
「ありがとうございます。では少々お待ちくださいねー」
くまはクリップボードを受け取ると、くりくり笑ってカウンターの奥に姿を消した。
――なんだか良くわからないけど、とにかくこの二匹と話をしてみるわ。
そして、二匹の正体を突き止めるわ。
だって、うさぎとくまなんだから。
しゃべるうさぎとくまなんだから!
ちはやの心に妙な力が沸いてきた。
自分がここで話をする目的が正しいのかどうかわからなかったが、今は二匹の正体を知りたい気持ちでいっぱいだった。