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森のもふもふ  作者: 雪見 コロン
1/7

1 そういうお年頃

 別の小説の執筆がてら、思いついたお話です。

 気まぐれに書き進めますので、気長に見守ってください。

 ポコポコ。

 スマホの音で、ちはやは目を覚ました。

 太陽はとっくに高く上って、部屋の中は暑ささえ感じる。

 スマホには“メッセージがあります”と表示されている。

 ちはやはスマホのロックを解除して、そのメッセージを見た。メッセージを送ってきたのは、今一番、関わりたくない相手からだった。

 ――またあいつかよ。日曜日なのに勘弁してよ。

 スマホの時計を見ると、午後一時だった。

 ――こんな天気のいい休みの日は、彼とデートじゃないの?そんな忙しいときにまで、私にメールしなくていいのにさ。

 ちはやはスマホの電源を切ると、布団にもぐり込んで、無視を決め込んだ。


 今、ちはやの心はやさぐれモードだった。

 きっかけは親友のゆきが思いがけない幸せ報告をしてきたからだった。

 ――親友の幸せを喜ばなきゃならないのはわかるけど、なんでこんなタイミングなの?

 布団を頭までかぶって考えていると、いろいろなことがもやもやと頭の中に浮かんできた。

 ちはやにとって、ゆきの報告は最悪のタイミングで知らされた。

 大学卒業を一年後に控えて、ちはやは就職活動の真っ最中だった。

 毎日毎日、履歴書とエントリーシートとの格闘だった。

 就職活動の初めは着慣れなかった黒いスーツも、このまま就職しても違和感がないくらい、板についていた。

 黒のパンプスも底がすり減ってきていて、お小遣いをやりくりしてでも、もう一足買わなきゃならない。

 ――今頃、就職の報告をしてのんびりしているのは私の方だったのに。

 さらに、ちはやを驚かせたのは、ゆきに彼氏がいたことと、その彼と就職後に結婚することを決めていたことだった。

 ちはやもゆきがここのところ、遊びに誘っても断ることが多く、なにかあるとは思っていたが、まさか結婚まで決めているとは思っていなかった。

 しかも、ちはやは就職活動で忙しい中、二年もつき合っていた翔太と別れたばかりだった。

 別れを切り出したのは翔太の方だった。場所はいつも二人で行っていた居酒屋だった。

 翔太が茶碗にたくさんのご飯粒を残していたのを、ちはやが注意したのだった。

 すると翔太は急に不機嫌な顔になり、

「お前ってホントに細かいよな。そういう奥さん気取りやめてくれる?」

 と言ったきり、むすっとして黙り込んでしまった。

 ――翔太の気持ちもわかるよ。だって、私たち、お互い就職活動では苦戦してたもんね。

 ちはやも翔太も大学での成績には自信があった。一緒に夜遅くまで大学の図書館に残って、授業の勉強だけでなく、いろいろな資格の勉強もして、いくつか資格も取っていた。

 だから、他のみんなよりも早く就職を決められるはずだった。

 なのに――。

 その居酒屋での一件以来、翔太から連絡が来なかった。

 ちはやは翔太が就職活動で忙しいのかと思い、しばらく放っておいていた。

 すると、その二週間後、ちはやが履歴書を書いていると、突然翔太から電話があった。

「あのさ、俺、他に好きな子できたんだよね」

 ちはやは自分の耳を疑った。

 ――ええ?そんな話聞いてない。

   一体、いつからそんな話になってたの?

   なんで急にそんな話なの?

   ご飯粒を注意したことが、そんなに気に障ったの?

 それから、ちはやは混乱と負の渦の中にはまってしまった。

 面接に行っても笑う気にはなれなかった。担当者の説明も思うように頭に入らない。

 そういうときに行った面接はことごとく、一回で終わってしまった。

 そんな、どん底の中でのゆきの報告だった。もはや、ちはやはゆきの就職先がどういうところなのか、彼氏がどういう人なのか、そんなことも聞く気になれなかった。

 ――ゆきは大学に入ってからの親友だけど…、でもこんな気持ちじゃ祝ってあげることもできない…。

 ゆきの報告は衝撃的だったが、ちはやの心をさらに傷つけたのは、親友の幸せを祝ってやれない自分に気づいたことだった。

 喫茶店でゆきの報告を聞いた後、ちはやはすぐに家に帰り、布団の中で一晩泣き明かした。


 そのゆきから日曜日の真っ昼間にメールが届いた。

“ちはや、元気?”

 ――元気なわけないじゃん。

“今度、一緒にお食事しない?”

 ――今の私にそんな時間も余裕もないよ。

 ちはやが自分を元気づけようとしていることはわかってる。でも、その気持ちが逆にちはやの心に刺さって痛い。

 ゆきに送る返事を考えているうち、ちはやはさらにいろいろなことを思い出して頭が痛くなってきた。 

 ――今日だけは放っておいて。

  今日だけは何も考えないで、すべてを忘れていたいの。

 ちはやはスマホの電源を切ったまま、布団の中で丸くなった。


 気がついて目が覚めると、窓の外に夕焼け空が見えていた。

 ちはやがびっくりしてスマホを見ると、もう時刻は五時を過ぎていた。

 ポロポロン、ポロポロン。

 さすがにお腹が空いてきて、冷蔵庫の中をのぞいていると、スマホから電話の着信音が鳴る音が聞こえてきた。

 まだ寝ぼけたまま、はっきりしない頭で電話に出ると、なんと相手はゆきだった。

「ちはや、大丈夫?メールの返事が来ないから、心配したよ」

 ――なんという間延びした話し方。

   幸せでいっぱいの人間は、みんなこういう話し方をするものなのか。

「大丈夫、大丈夫。今、エントリーシートを書いていたところだよ」

 ちはやは精一杯の嘘をついた。

 本当はそんなことを考えることもできずに落ち込んでいたのに。

「そうなの。今度はうまく行くといいね。ちはやなら絶対大丈夫だよ」

 ――絶対って一体、何を根拠に言ってるの?

 ゆきの言葉がことごとく気に障る。

 ――別にゆきが悪いわけじゃないけど、私は今、幸せいっぱいの人間と関わりたくないのよ。

「ねえ、気分転換に、これから一緒に食事しない?」

 ――なにを?このタイミングで私を食事に誘うとな。

 ちはやはしばらく考え込んだが、観念して、ゆきの誘いを受けることにした。ゆきと連絡を取らずに、もう一ヶ月以上経つ。さすがにここで断ったら、自分がゆきに嫉妬していることがわかってしまう。

「いいよ、いつものところだったら六時半に行けるよ」

 ちはやそう言うと、ゆきはうれしそうに返事をした。

「やった、久々だね。いろいろ話したいことがあるんだ」

 ――話したいことって、就職先のこと?それとも結婚を約束している彼氏のこと?

  私はどっちも聞きたくないけど。

  そう思いながら、適当に相づちを打つと、ちはやはゆきよりも先に電話を切り、外に出かける支度を始めた。


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