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#3「情報と忠告」



 東京某所――。

 寂れた路地に一つのバーがあった。

 店名は「白い鴉」。

 静かで落ち着ける店として、有名人の隠れ家にもなっている。

 店長は天使の様に魅力的な女性、「ヒナ」。本名ではない。


 この店は店長の気まぐれによって閉店時間が変わる。

 今日は午前二時で閉店した。

 普段はだいたい夜中の十二時前後だ。


 ヒナは制服から私服に着替え、電車に乗って帰ろうとしたが、

 既に終電は過ぎていたことに気づいた。


「はぁ。タクシーで帰ろうかなぁ」


 ため息を漏らす。

 と、その時、ケータイから着信音が鳴り響いた。

 見ると、メールが届いていた。


(こんな時間に、誰だろ)


 届いたメールをすぐさま開く。

 そこにはよく知っている名前が表示されていた。


(あ、もう一通届いてる。気付かなかった)


 メールを開くとこんなことが書かれていた。


「夜分遅くにごめん。明日そっち行くから。じゃあね、おやすみ」


 簡潔だがヒナにとってはとんでもない内容だった。

 なにせこのメールの送り主からこんなメールが届くのは、

 五年振りだったからだ。

 嬉しいが、同時に複雑な気持ちが沸き上がる。


(なんで、突然?)


 何度も家に招待していたので、来てくれるのは純粋に嬉しい。

 だが、余りにも突然なので、軽い驚きを覚えたのだ。

 ヒナはしばらく悩み、店のシャッターに次のような張り紙を貼った。


「誠に勝手ながら、明日は休業します。申し訳ありません」



 僕は昨日、というか今日、夜更ししたせいで寝坊してしまった。

 まあ土曜だから別に問題はないか。

 やっぱり二時まで起きてるもんじゃないな。

 僕に夜ふかしは向いてない。

 とはいえ、夜ふかししてまでメールを送った甲斐はあった。

 メールの送り相手は僕の親戚の一人である「ヒナ」だ。

 本名は分からない。出会った時からヒナとしか聞かされていない。

 彼女について知ってることは五つ。


 ・美女であるということ


 ・歌が異常に上手く、ニコチューブの「歌い手」として最も有名なユーザーの一人


・白い鴉というバーの店長であるということ


・頭が非常に良い


・情報通であり、かなり昔の本や物品やらを持っている


 これ以外のことは一切分からない。

 関係としては、いとこだ。

 お母さんのお兄さんの娘らしい。

 本人はそう言っていた。


 よし、出かける準備をしよう。

 あそこまでは少し距離があるんだよなぁ。

 お金もかかるし。もっと近くに住んでくれればいいのに。


 勇太も連れていこうかと思ったけど、やめた。

 ごめん。話は聞かせてあげるから許してね。



 電車に乗って数時間の所にヒナの家はある。

 特別な場所ではない。普通の安アパートに彼女は居住している。

 アパート代は確か月二万円くらいだったはずだ。

 曰く付きらしい。それでも彼女にとっては安いという方が優先事項のようだ。

 バーの経営は順調らしいから、お金はあると思うんだけど。


「えーと、確か、201号室だったよな」


 チャイムはない。今時珍しいな。

 僕は静かにドアをノックした。

 こういう場合って何回ノックするんだったっけ?

 四回?


「はいはい、今行きまーす」


 部屋の中から声がした。

 聞き覚えがある。間違いなく、ヒナの声だ。


「はーい、どなた……あ」


 ドアから顔をのぞかせたのは、凛とした顔の黒髪美女。

 きっとこの顔はスッピンってやつだ。

 化粧っぽくない。


「あー、久しぶり?」

「うん。そうだね」

「まあ、上がりなよ」

「それじゃあ……お邪魔します」


 実際に顔を合わせるのは五年ぶり。

 とはいえ、テレビなどで何度か顔を見た事がある。

 ニュースの特集で顔を出していたのを覚えている。

 それに久しぶりといっても、メールのやりとりはしていた。


「よく来たね。お茶かジュースどっちがいい? お酒でもいいけど」

「未成年にお酒を勧めないでよ。じゃあ、ジュースで。あとこれお土産」

「それケーキ? ありがとー」


 しばらくして出されたのは、オレンジジュースとお土産のショートケーキだった。言っておくけど、ケーキは僕が選んだものじゃない。

 お母さんに持たされたのだ。

 曰く、彼女の好物だという。

 ケーキを出した時の目の輝きから推測して、その情報に間違いは無いようだ。


「で、今日は何の用?」


 ヒナが話しかけてきたのは、ケーキを半分以上食べたときだった。

 僕は包み隠さずに用件をいうことにした。

 何も隠すようなことではないしね。


「――というわけで、『輝く者達』という本について、詳しく教えて欲しいんだけど」

「随分懐かしい名前ね。『あの頃』は完全版が簡単に手に入ったから、

私も持ってるよ。見せようか?」

「ぜひ」


 彼女が本棚から取り出したのは、例の本「輝く者達」だ。

 菜花梨紗が持っているそれと全く同じ本。

 しかしまさか、実物を持っているとはね。


「でもこれは読まないほうが良いよ。嘘っぽいし」

「読むわけじゃない。ただ、詳しく教えて欲しいんだ。

その本についての情報を。もちろん、知ってれば、だけどね」

「まあ、良いよ。何を知りたいの?」

「それじゃあまずは、作者は誰? 不明って言われてるみたいだけど」

「作者はイギリス人。名前はカリオストロ・サタナキア。これは偽名で、

本当の名前は私も知らない。自称『金星人』を名乗っていたらしいよ」


 うわっ、うさんくさ。

 幾ら何でも嘘くさすぎでしょ、それは。

 ていうかそんな情報どこで仕入れたんだ、本当に。


「次は?」

「どんな魔術が書かれてるの?」

「………あんまり魔術については書かれてないよ。六つくらい。

半分が精霊や悪霊を召喚する魔術。それと、この魔導書にしか記されてない魔術が一つ」

「焦らさないでよ」

「それは、「次元を超える魔術」よ」

「どんどん胡散臭くなっていくね……」

「魔導書ってそういう本よ」


 そう言われると、そうなんだけど。


 それから他にはどういうことが書かれているのかを聞いた。

 昨日読んだブログに書かれていた「世界の構造」とやらをだ。

 それは実に妄想力逞しい内容だった。

 

「輝く者達」の著者が言うには、世界は三つの次元から成り立っている。

 一つは原初の次元。そこは無限のエネルギーが集まっている場所で、

 不完全にして究極の物質世界となっているらしい。

 一つは物質の次元。つまり、ここ。現実世界。原初の次元の無限のエネルギーから生み出された一つの現実であるが、同時に幻でもある世界と記述している。

 最後の一つが、霊の次元。ここに住むものは物質ではない。

 いわゆる、神とか天使とか、そんな感じのものらしい。

 ここでは魂のレベルが見た目を決めるようで、仮に人間がこの世界に行っても、蚊にも劣る姿を取るであろう、とカリオストロは語っていたみたいだ。

 実にファンタジックな内容である。にわかには信じ難く、というか、どう考えても嘘だとしか思えない。


「信じられないみたいだね」

「いや、当たり前でしょ。ヒナは信じてるの?」

「精霊の召喚には成功したから、信じてるよ」


 信じている、ヒナは冗談めかした口調で言ったが、目は真剣そのものだった。

 ていうか召喚に成功したの? マジで?


「せ、精霊の召喚に成功って、ほんと?」

「勿論。嘘はつかないよ。隠し事はするけどね。

精霊の召喚に成功したおかげで私は――まあ、こうして立派に生きていられるわけだ」


 うーん。

 やっぱり簡単には信じられない。

 簡単に信じられるのは、馬鹿かデンパか中二病くらいだろう。

 まともな人なら魔導書ってだけで、もう信じないだろうし。


「……ところで」


 ヒナが唐突に話を切り替えた。


「なんでその転校生の子の事が気になるの? 一目惚れ?」

「そうじゃないよ。何を言うのさ。ただの、好奇心だよ」

「ふぅん。ひとつ忠告させてもらっていいかな」

「なにさ」

「その子に関わるのは、止めたほうが良いよ。絶対」

「どうして?」

「女の勘ってやつだよ、ワトソン君。……別に強制するわけじゃ、無いけど」


 その忠告の意味を理解せずに、僕は家に帰った。

 理解していればあんな無茶はしなかったというのに。

 今更後悔しても遅いわけだけど。

 それでもそう思わずにはいられない。




本編補足


・ニコチューブ


ニコニコ動画っぽい動画投稿サイト。

完全無料。ただし有料会員になることも出来る。

登録してなくても動画を見ることは可能。

ただしその場合、コメントができない。

申し訳程度のオリジナル要素。


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