#1「転校生にかけた青春、でも……」
短編ではなく連載ですが、あんまり長くないです。
誰もが一度は特別な体験をしたことがあるはずだ。
特別な何かを見たり、何かの事件に巻き込まれたり。
それよりもっと些細なことでも、その人にとっては特別な体験となるのかもしれない。
だけど、どんな特別な体験も、僕のこの体験に比べれば小さなことだろう。
あまりにも強烈すぎる出来事。
一連の事件の始まりはいまでもまだ正確に覚えている。
今日は、それを語ろう。いや。語らせてもらおう。
あれは、そう。真冬に起こったことだ。
数年前の、真冬。
あと少しで冬休みになるので、街は早くもクリスマスムードに包まれていた。
僕は冬休みを心待ちにしながら、市立の中学校へと登校したのだった。
「ああ、寒い……。冬服を着てるのに、寒い」
僕は小声で季節に対して愚痴っていた。
寒いので、体を固く抱いてガタガタ震えながら。
いきなりポンッと背中を叩かれた。
誰だ、と思って後ろを振り向くと、尾崎勇太がそこに居た。
尾崎勇太、男。僕の幼馴染で、運動が得意。
これが女だったらな、と僕は密かに思ってたり無かったり。
間違っても本人には言わないけど。
「なんだ、お前か。ビビらせんな」
「この程度でビビるお前が悪い」
「何を理不尽な……」
僕の小さな文句は勇太の出した話題で流れた。
「今日、転校生が来るんだってよ。昨日、先生からそう聞いた」
昨日まで僕は風邪で休んでいた。
毎年この時期は休みがちになってしまう。
それはともかく。転校生が来る、か。
……。
「もう二学期の終わりも近いのに?」
「ああ、珍しいよな」
転校生自体、珍しいのだがね。
今日まで転校生が来るなんて無かったことだ。
まあ一度ぐらい来てもおかしくはないか。
この時期でも。
「転校の理由とかは、聞かなかったのか?」
「ああ、まあな。というか聞けなかった」
「どういうことだよ?」
「いや、それ聞いたら先生、口を閉ざしちゃってさ」
「ああそう……」
ワケあり、ってやつか?
そうなると下手に聞くのも無理か。
気になるが、まあ、本人の姿も見ないうちにこういう話をするのもな。
話題を少しずらすか。
「で。男なのか? 女なのか?」
「さあな。それはお楽しみだ」
そんな事を話していると、いつの間にか学校についていた。
靴から上履きに履き替えて教室へ上がった。
暫く勇太じゃない別の友達と会話しつつ、時間が過ぎるのを待った。
そして遂に。
待ちに待った朝の会が始まった。
正直読書タイムはいらないと思った。
十分が異様に長く感じられた。
「昨日話したとおり、転校生が来ています。皆さん優しく接してあげてください」
先生の言葉は大体こんな感じだった。
あまり聞いてなかったので、おぼろげだ。
転校生は拍手と共に迎えられたが、その拍手は転校生が教室に入ってきた途端に止んだ。
それは転校生の風貌のせいだろう。
こんな容貌なら誰だって驚くはずだ。中学生じゃなくてもだ。
その容姿は僕らの常識からかけ離れていた。
まず注目するのは髪。ありえないほどに白いのだ。
小麦粉の様に白い。真っ白い。
さらに言うと、白いことだけが特徴ではない。
とても長い。腰より下まで伸びている。
手入れをしていないのか、ボサボサだった。
その驚きも彼女の顔を見るまでのことだ。
白い髪なんて当たり前――そう思ってしまうほどの驚きがそこにあった。
それは、「眼」だ。
なんと言えば良いのか……簡単に言うと、死んでいた。
病的で、狂っていて、生気が無かった。
黒い瞳には光が宿ってなくて、まるで化け物みたいな印象を受ける。
顔立ちから、性別は女で元はかなり可愛かったということが、何とか分かった。
「あー、では、自己紹介をしてください」
この重い空気の中でその台詞を言える先生は凄いと思った。
転校生の女は囁くような小さい声で、自己紹介をした。
「……菜花梨紗、です」
小さな声だが、恐らく全員が聞こえたはずだ。
皆、授業の時より百倍集中していた。
僕もその例に漏れず、一番後ろの席にも関わらず、転校生の名前がちゃんと聞こえた。
一時間目の授業が終わり、短い休み時間に突入した。
何人かの物好きな奴らは菜花梨紗に話しかけるという、勇気ある行動に出ていた。
彼らの様子を見ると、どうやら質問しているようだった。
当然か。
「前の学校はどこ?」
「…………」
「趣味は?」
「…………」
全ての質問に菜花梨紗は答えない。
ずうっと俯いたまま、無関心を貫いていた。
あの人たちの聞き方にも問題があると思うが。
二時間目と三時間目があっというまに終わった。
授業の感想は一言で言える。退屈だった。
弁当を一瞬で食べて、昼休みになった。
別に何かするというわけでもなく、僕は教室で本を読む。
あるいは、友達と話すかのどちらかだ。
兎に角教室からは出ない。そういうスタンスだ。
見ると、菜花梨紗も本を読んでいた。
表紙にも裏表紙にも何も書かれていない本を読んでいる。
近寄る人はいなかった。完全に「近寄るなオーラ」に殺気を交えて発していた。
結局僕は菜花梨紗と一言も話さずに、この日は家に帰ることとなった。