名前はまだない
「愛です」
ぷ、と隣に立つ女性は笑った。
「ご、ごめんなさい。お気を悪くなさって?」
「いいえ」
どこの令嬢かは知らないがどうやら私に興味を持ったようだ。「じゃあ」と別のテーブルに移ろうとするとついて来た。先回りして、カクテルを手にすると私に差し出す。
「怒らないで下さいね。私、男性の方で『あい』って名前の人と初めて出会ったので。やっぱり、愛情の『あい』なんですか」
「ええ」
立食パーティーに飽きていたこともあり、冷たく答えその場から逃げた。
「愛さん、先日以来ですね」
別の立食会で例の令嬢と会った。名前も覚えているようだ。理由を知ったのかもしれない。
「いえ、私は世界です。愛は先日手に入れたので」
「そうですか。……残念です」
令嬢は頬を染めていたが、肩を落しその場を去った。
「世界さん。ごきげんいかがですか?」
後日、例の令嬢と会った。頬を染めとてもにっこりしている。
「これは。またお会いしましたね」
「ふふっ、よかった。今回はまだ世界さんなんですね」
「さすがに、なかなか。……そういえば、お名前は?」
今日はまだ飽きていない。改めて聞いてみた。
「私は、貴方です」
とてもとても、にっこりしている。
「決めたんです。……私は、アナタ」
おしまい
ふらっと、瀬川です。
他サイトに発表した旧作品です。
令嬢の健気な様子をお楽しみください。