クラウドの願い
二人を会わせたときから、相性悪いなぁと感じた。
昔から、一人母親が違うことを気にして、周囲に無関心を決め込んで生きてきたシオンと、我が強くて言いたいことをすぐに言うミレンダは、水と油そのものだった。
「あの人は、何が楽しくて生きているのかわからないわ」
部屋に戻ってすぐ、彼女はそんなことを口にした。
「私の質問に対して肯定するでも否定するでもない、曖昧な返事ばかりするし、趣味のお話を聞こうとしても特にないから気にしないでだなんて。一人だけ母親が違うのがなんだっていうのかしらっ」
「シオンは君みたいに強くはないからね」
「強いとか弱いとか、そういう問題じゃないの。そもそも根本的に、あの人はどこかネジが飛んでいってしまっているのだわ」
自分の気持ちに正直に振る舞う彼女だったから、僕は素直に好きだと感じることができた。政略結婚だし、どのような相手を押しつけられるのか内心冷や冷やしていたけれど、彼女とならいい結婚生活を送ることができるかもしれないと感じた。
「あんな様子だと、恋人すらいないのではなくて?」
馬鹿にしたように聞こえるけれど、これでも彼女はシオンを心配しているようだ。彼女の言葉は皮肉めいていて、普通の人なら頭にくるような言い方ばかりする。本当はとても心優しい女性なのに、その振る舞いと言動で随分損しているのは、短い期間一緒にいただけでもすぐに分かった。
「残念だけど、シオンには婚約者がいるんだよ」
僕の言葉に、ミレンダは大きく目を見開いた。
「信じられないわ! あんな人のどこがいいのかしら」
「僕もよく知らないんだけれど、シオンは元々結婚相手にこだわってはいなかったからね。てきとうに言い包めて約束してしまったのかもしれない」
僕の何気ない冗談(半分本音でもあったけど)に、彼女の顔色は一気に様変わりした。
「そんな! では、そのお相手は騙されているのかもしれないというの? そんなの絶対に許せないわ! その人は今どこにいるのっ?」
「会う気?」
「当たり前でしょ!」
「会ってどうするの? 婚約破棄しろとでも言うの?」
正当な理由なしに婚約を破棄すれば、賠償請求をされる可能性だってある。シオンがそんなことをするはずないとは思いつつも、彼がリリアンと婚約した真意が分からない今、下手に動くことはかえってマイナスになるかもしれない。
「とりあえず話をしてみる。それで、もし騙されているようなら、私が説得してくるわ」
「そんなことしなくてもいいと思うけどなぁ」
「じゃああなたには二人の婚約にちゃんと愛があると思える理由があるのかしら」
「いやぁ…。それは…ないんだけどね」
「だったら確かめなければいけないわ。その前に、まずあなたはどう思っているのかしら」
思いがけない質問に、僕は逃げ道を探そうとしたけれど、既に逃げる場所なんて一つもなかった。
「二人の婚約の間に、どのような感情が働いたと思う?」
こうなれば話すしかないな。
そう思って、シオンとリリアンの婚約を知ったときからいくつか自分なりに考えてきた仮説を全てミレンダに話した。
数ある仮説の中から、シオンがリリアンを利用しているという内容を話したとき、僕はやっぱりやめておけばよかったと深く後悔した。
「そんなこと、絶対にさせないわ」
彼女の表情からは、揺らぐことのない強い決意のようなものが見て取れた。
そのとき思ったことはたった一つだけ、どうか面倒なことにだけはなりませんように。