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リリアンとミレンダ

 彼が数日間、仕事で隣町に行かなければならないと聞いて、私は少し心がしぼむのを感じた。けれど、私は彼の荷物になるわけにはいかない。彼に心配をかけないように笑顔で見送った。

「リリアンさん、話があるの」

 彼を見送った後、そのまま離れの塔に帰ろうとした私を、彼の義姉にあたるミレンダという女性が引き止めた。

 現王妃である彼女の言葉に、私ごときが逆らえるはずもなく、私は彼女を塔にある私の部屋まで案内した。

「こんなに小さな部屋なのね」

 彼女の呟きが少し鼻についたけれど、こういうものは聞き流すのが一番だと知っている。

 彼女がソファに腰かけたので、向かいの一人がけの椅子に座った。

「それで、話とは…」

「…あのね、もしかしたら不愉快に感じるかもしれないけれど」

 彼女は言いにくそうに発言をためらったものの、意を決したように私を見つめた。

「あなたはシオンに利用されているだけなのよ」

 その言葉に、頭の中がフリーズした。

「夫に聞いたの。シオンは昔から周りのことに興味すらなかったって。だから、あなたと婚約したと知ったとき、とても驚いたって。あまりにも急だったから、シオンが何かを企んでいるとしか思えないって言っていたわ」

 彼女が小さく息継ぎをする。

「あなたはとても優秀な魔導士でしょ? それで夫は一つの仮説を立てた。シオンはあなたを利用して、自分の立場を良くしようとしているという仮説を」

 私は何も言えないまま、ただ彼女の言葉を聞いていた。

「シオンが前王妃の子供ではないことは知っているでしょ?」

 そんなことはこの国の人間ならば誰でも知っている。というより、兄弟三人が並べば、シオンだけ血が母親が違うことくらい見ただけで分かる。

「側室の息子であるシオンは、魔法を使うことのできるあなたを利用して、人々を恐怖で縛りつけようとするかもしれない。あなたはこのままでは幸せになれないかもしれないの」

 だからなんだというのだろう。

 そもそも道端に転がっていた私を拾ったのは、私に魔法を教えた王家専属魔導士の一人だ。あの人は魔法の使える人間に育つならあとはどうなってもいいと言っていた。私も魔法が使えれば、自分はそれでいいのだと思っていた。

 あのまま死んでいくはずだった私を勝手に生きながらえさせて、魔法を一方的に教え込んで、普通の人間が知っているような常識という部分を学ばせてくれなかったのだ。私は人というより、ペットに近い生き物だった。

 そんな私に、彼は人としての生活を教えてくれた。

 毎日会いに来て、魔法以外の話をしてくれる。誕生日(正確なものは分からないから拾われた日だけれど)には可愛らしい髪飾りをくれた。外を出歩かない私を塔の外に連れ出して、一緒に遊んでくれた。彼は私にとって、かけがえのない唯一の存在なのだ。

 彼の立場のために利用される。それならそれでかまわない。彼にそんな風にしか思ってもらえなくても、私は彼と一緒にいたい。それが私の意志なのだから。

 彼女の言っている言葉が鬱陶しく思えてきて、私は反論しようと口を開きかけた。でも、それを遮るように彼女の言葉は続いた。

「だから、一緒に私とお城に来てほしいの。こんな狭い塔に住まわされているなんてあなたが可哀想すぎる。お城ならもっといい環境を用意できるわ。それに、あなたのシオンはちゃんと話し合わなければならない。彼がもしあなたを利用するためだけに結婚しようとしているのだとしたら、あなたはそれを拒否して、ちゃんと自分の幸せのために生きていくべきだわ」

 彼女の一方的な言葉に、私の心は我慢することを放棄した。

「うるさい! 私は自分の意志でここにいるの!」

 思わず立ち上がって、そう叫んでいた。こらえきれなくなった魔力に反応して、部屋の家具がかたかたと音をたてる。

「彼が私を利用していようと、私には彼が必要なの! あなたなんかにそんなことを言われたくないわ!」

「でも、このままじゃ、あなたの幸せは…」

「幸せが何かすらも分からないんだから、私がどうなったっていいでしょっ! 出ていってよ!」

 わけもわからず叫んで、部屋から彼女を追いだして床に座り込んだ。

 部屋が静まり返ると、彼がいないことを改めて感じて、妙に胸が締めつけられるような気がした。彼が私を利用するかなんて分からない。でも、できるなら純粋に、私を想ってくれていたら…。彼女の話を聞いていて、そんな風に期待してしまって、私は無我夢中でそれを忘れようとした。期待をしてはいけない。元々死ぬはずだったのだ。それが今では人として生きていけるまでになったのだ。これ以上、私は何も要らない。

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