空から落ちてきた星
――思い返せば、私の人生に幸せなんて何ひとつ無かった気がする。
だからこそ思うのだ。
『私は生まれてきて良かったのか』と――
「怖いなぁ……」
屋上のてすりの上に立った雨芽に、ヒュウウウウウと冷たい風が無慈悲に当たる。まるで追い撃ちをかけるように。
カチカチと歯がなり、ブルブルと体が震えた。
心から笑うことが出来た時のコトを知るには、一体どれくらい時を遡ればいいのだろう。それとも、そんなことただの一度も無かったっけ?
止まない雨は無いなんていうけれど、私は降っていないのが普通じゃ無いのだ。止むことがない雨は、ただ私の心を冷やしていくだけで……そのうち世界を黒く染めてしまうのだろう。
その残酷な黒い運命で。
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雨芽は、とりあえず夜の学校に行った。バリーンと金属バットで窓ガラスを割り、不法侵入だ。
ちなみに金属バットは野球部が仕舞い忘れたものである。
「もう、引き返せないな……こんなことしちゃったら」
夜の学校は誰もいなくて、不気味に静まり返っていた。
歩いてる途中見えた教室の時計は午後9時を示していた。雨芽の家から高校は遠く、約片道1時間かかる。
まだ職員がいたらどうしようと思ったが、今日は運よく?誰もいなかった。
まだ誰かいたら、私は自殺を躊躇出来るのに。はぁ、誰かが私に早く死ねって念じてるんじゃないか。
死ぬなら、最後に学校が見たい。
『そうだ、屋上から飛び降りよう』
安易に考えついた。
もう家には行けないし、こんなつまらない思い出しかない場所でも、私にとっては人生の大半を過ごした場所だから『最後の場所には最適なんじゃねーかな』という。
自分の机に座ってみたり、ロッカーの中を整理してみたり。ただのだけど、最後だから特別に感じる。どちらもマジックで『死ね』だの『消えろ』だの書いてあるけど。
「あぁ、お望み通り死んでやりますよ」
だらーんと机に突っ伏した状態で、開き直ってふてぶてしく呟いた。
死ぬなんて、まだまだ現実として受け入れられないけどね。
(はぁ…そういえば、アキちゃんに貸したシャーペンまだ返されてないやー……)
教室を出て暗い廊下を歩きながら、暗い学校での生活を振り返る。
っていうか、貸したっていうか、取られたんだよね。
〜回想〜
「あー、これ可愛いー!!」
「あ…ありが」
「いいなぁ〜アキ、欲しいなぁ〜!ね、アキにコレちょうだい?」
「え、それは」
「えー!!
くれるのぉ?」
(は、はい?)
「やったー!!アキ、嬉しぃーありがとー!じゃーね〜」
「…………」
〜回想終わり〜
あのクソバカぶりっこ女、アキちゃんの強引な言葉により、私のシャーペンはさらわれた。そして二度と帰ってこないであろう私のシャーペン。
その日から、次から次へと物が無くなったりしたなぁ。きっと、アキちゃんが桜田の物を取っても問題無いとかいったんだろうな。
段々、それはエスカレートしていった。
悪口陰口は当たり前。
『ちょっと可愛いからって調子のんな』
『いいきみー、あんな暗いやつは死んでトーゼン』
『しーね!しーね!』
至近距離で言われた。
朝の私の靴箱には鳥の死体が入ってる。
『プレゼントでーす!!大事にしろよ』
という、メモ付きで。
まだ、これは堪えられたけど……(自分の親に比べりゃまだマシだから)
一番迷惑だったのはこれ。
物を隠されるようになったこと。
上履き、教科書、バック、筆箱、体操服…
どんどん無くなっていった。
ただ、私はそういう学校必需品が無くなっても、そうむやみやたらに買えなかった。
お金がないのと、買ってもきっとすぐに隠されるだろうから。
私は、高校2年の夏には学校へ行けなくなっていた。
だから、バイトが沢山できたんだけどね。
年齢偽って、架空の名前使って…。未成年だってバレないように、少々危ない仕事もやりましたよ。
そのお金はもう無い。
私には居場所もない。
友達も家族もいない。
そして、失うものだって何も持ってない。
――大切な物って何。命だってこれから手放すよ。
誰に言うことなくただふて腐れる。
『何かを失うことより、失うものをなにも持ってないことの方が怖いや』
この世に未練は無かった。
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ただ……死ぬには一つ問題が。
怖い。
ものすごく。
震える足を押さえ付けて、実際てすりの上に立ってみると、そこから見下ろす風景は真っ暗で、まるで底がないみたいだった。
「世界は真っ暗闇だなぁ……」
まだ、ちゃんと死ぬ覚悟が決まったわけではない。
これで終わりでいいなんて思ってない。
だけど、この取り返しのつかないことが無くならない限り、私は死ぬしかない。
屋上にたった私は、なかなかその一歩を踏み出せないでいた。
早くしないと、借金取りが来る。捕まれば、死ぬより酷いことが私の未来には待っているんだ。
……怖い。
全く、自分がこんなにチキン野郎だとは知らなかった。いや、誰でも死ぬのは怖いか。
夜風が私の頬を撫でる。私のセミロングの黒髪が悲しげに揺れている。今でも、これは夢であって欲しいと思うくらいだ。現実逃避したい。どっか遠い世界に行きたい。
だけど、風の冷たさがそんな思いをぶち壊す。
――夢じゃない。これは現実だ。
どうせ、現実からも運命からも逃れられない。
私の頭の中には、まるで走馬灯のように今までの人生の中身がぐるぐると回っていた。
親、学校……全部全部、最悪なことばかりの思い出。いいことなんて何もない人生。
走馬灯は、私の人生の不憫さをより実感させてくれた。
いっそのこと、うわぁーんって喚くように泣いてしまえば、少しは楽になるだろうか。あぁ、でもそれでは何も解決しないのを私は知ってるから。何も出来ない、無力な私。
『これが私の運命なの?』
手摺りの上から見上げる黒い空には、キラキラと無数の星が光っていた。
「綺麗……あっ、流れ星だ……」
結構たくさんの流れ星が空に瞬き、そして儚く消える。しかし綺麗な星達を見ても、私の心は荒んだままだ。私の心はそんなに容易く出来てない。
……そうだ、その星達に、願い事をしてみよう。もう、藁にもすがる思いだった。
あなたも聞いたことがあるだろう。
流れ星に願い事をすると、その願い事は叶うということを。
これが、きっと私の最後の願い事だから。どうか少し夢を見させて。
口を少しだけ開け、流れ星に向かって呟いた。
「5000万円……下さい」
……
馬鹿げてる。
ホントに馬鹿げてる。
「叶うワケないよ……」
というか、なんて夢のない願い事。
もう、悲しくなってきた。このまま消えてしまいたい。
バラバラバラバラバラ
「!?」
「え………!?」
それは、目を疑う光景だった。
空からバラバラと沢山のお金が降ってきている。
「え……え??」
(???)
……信じられない。私の頭の中には、沢山のクエスチョンマークが飛び交う。
もしかして、これは幻なのか?死に際の幻か?
それか夢?
あの借金取りもバカ親の帰宅も、夢だった?
……痛い。ほっぺたはつねると痛い。
幻でもない。私は1枚を拾い上げた。……確かに触れられる。お金の感触だ。
――夢じゃない。これは、現実だ……
ワケの分からない状況に混乱している間にも、空から降ってくるお金は止まなかった。
「……とっ取り合えず、集めよう。こんなとこ誰かに見られたら、一大事だ」
私は急いでお金をかき集めた。
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「4997万……4998万……4999万……5000万円ぴったり!!」
空から降ってきたお金は、5000万円ぴったりだった。ずっしりしたお金の重さがまた、幻じゃないことを実感させてくれる。
なんだ……これは。
まるで、流れ星が私の願い事を叶えてくれたみたいじゃないか。
そもそも、空からお金が降るなんて奇跡か『神業』だ。
どっかのドラマか映画で、ビルの上から地上にお金をばらまく、という有り得ないことをしている人がいたけど、ここは4階建ての学校の屋上。
ここは田舎だし、周りにはビルどころか学校より高い建物は存在しない。
つまり、これは人の手によるものではない。
『空からお金が降ってきた』のだ。
それは、『流れ星が願い事を叶えた』ように。
流れ星に願い事をすると叶うなんて、ホントに信じたことは一度もない。しかし、実際叶ってる。
もしかして、神様が私を哀れんで願い事を叶えたのか?いや、んな非科学的なこと有り得ないに決まってる…
しかし、いや…
ああ、もう!
ワケが分からない…
……まさか、偽札なんてことはないだろう。これが、神様の仕業なら。
「おぅおぅ!さくらだぁあ!!学校にいたのか!」
「もう逃げられねーぜ!大人しく俺達に捕まりな!!」
借金取りのお兄さん達が、学校にズカズカ入ってきた。このタイミングで。
お兄さん達は、グラウンドから屋上にいる私に大声で怒鳴り付ける。まったく、今は夜中だぞ。近所迷惑だとは思わないのか。
「おいおい、お前屋上なんかにいて自殺する気だったのか?!絶対自殺はやめろ!自殺じゃお前の生命保険下りないだろ!」
当たってるけど、どこまでも最低な奴らだ。
「とにかく早く5000万返してもらおーか!!できないんだったら、力付くで俺達の言うことを……」
「あ、あります」
「……は?」
「5000万、今すぐ返せます」
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「……ほ、本物?」
「はい」
多分、と心の中で言った。私だってこのお金はまだ不確かなものだ。
「……確かに、5000万貰った。もうお前は自由だ。これからはバカな親のせいで人生狂うようなことが無いようにな。気をつけろ」
意外にいい人だった(のか?)借金取り達は、驚くほどあっさり引いていった。
(あの娘、一体どうやって用意したんすかね?)
(さぁな……。もしかすると、他の金融会社から即決で借りたのかもな……)
借金取り達の会話を小耳に挟みながら、私はただ呆然としていた。
あれは一体なんだったのか。
分からないことだらけだ。
取り合えず、もう一度屋上の手摺りに立ってみた。
借金取りに誘拐されるっていうフラグは回避出来たんだし、死ぬ気はもう無いが、これからどうしたらいいんだろうか?
アパートにはどうせ帰れない。帰っても大家さんに追い出されるだけだ。あんな狂暴なやくざ紛いの借金取りと関わりのあるやつなんて、置いておきたくないだろう。
さっきの5000万円は借金取りに渡してしまったので、今持ってるお金は、初めの125円しか無い。
うーん……
さっきとさほど状況が変わってない気がする。トリプル不幸(借金取りに狙われる)がダブル不幸(いつもの生活)になった感じだ。
そうだ、もう一度流れ星に願い事をしてみよう。
私は、他に行くところもないので屋上でただ空を見続けた。
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「流れないな…」
私がその場にいることに、耐え切れなくなりそうになったのは、あれから大体3時間後のことだった。
屋上から一歩も動いてないので、体内時計だが。今の時間を予想すると、大体夜中の1時である。
こんな真夜中に学校にいるとなるとそれなりに怖いものだが、私はお化けとか怪奇現象よりも、リアルな借金取りの方が怖い。
私自身、耐久力はあると思うのだが、夜中この寒さの中で、コートも無しに座りつづけるのはそろそろ限界かもしれん。
「…私、そういえば何を願うつもりなんだろ」
ふと、自問してみた。
あの流れ星は、もしかしたら確実に願い事が叶う代物なのかもしれない。
ロマンチック過ぎるか。しかし、あの意味不明なことの説明が出来ないかぎり、そう空想的なことを思うのが妥当だろう。
だったら、深く考える必要がある。最も、もう一回見れるかは分からないが。
「なんだろ…?」
世界が滅びますように…かな?
いやいや、それはダメだ。確かにこの世界は最悪だけど、私は基本ポジティブだし、別にそんなに病んでない。
世界が滅びますように☆なんてどこの中二病患者だよ。まぁ、さっきは本気で死のうとしちゃったけど。うん、一時の気の迷いだ。
ポジティブじゃねーだろと思ったあなた。ポジティブじゃなきゃ私、とっくに自殺してます。
「あ………」
ふと、頭の中に浮かび上がってきた。
『世界を変えたい』
滅ぼすんじゃなくて、変えたい。悪いものを捨てるんじゃなくて、使えるように良いものに直すんだ。
この世界は腐ってる。前々から思ってたこと。
人は学習せずに何度でも過ちを犯す。
人は人を傷つけ、わかり合おうとしない。
性懲りも無く少数派を差別する。
私の周りの奴らがまさにその基本形である。
だが、所詮そんなもんだ。
だからこそ、私は世界をこの手で変えたい……少しずつでもいい。小さな変化はやがて大きな変化へと変わるのだから。
具体的にはよく分からないし、綺麗事かもしれないけれど。
「はは……なんてね、人間ってこうゆう最悪な状況に立たされた時、なんでこんなこと思うんだろ……」
そんなこと出来る人がいたら、そいつはどこのスーパーマンだって感じ。私には無理無理。
世界を変えるなんて……
!?
「な……なにアレ?!」
それは、黒い空に光っていた無数の星たちが全部地上に落ちて来るようだった。
大量の流れ星…
いわば、流星群だ。
「……」
ただ、息を呑んだ。目にその光景が焼き付いた。空は神々しく金色に染まる。
「……幻みたい」
さっきは何となくだったが、この流れ星は時限が違う気がする。
上手く言えないが、幻みたいに綺麗で夢みたいに強い。
この世界のものじゃないみたい……
今、世界には私だけしかいない気がした。
いや、私とこの流れ星が、世界から孤立したとも言える。
願い事……
口が無意識に動く。
「世界を……変えたい」
次の瞬間、目の前が光に包まれた。私の目には、もう星の光しか映ってない。
真っ暗闇な世界は、流れ星によってキラキラ輝いている。
――ああ
いつかは雨が止むのでしょうか。ずっと前に諦めた、いつまでたっても顔を出してくれないちっぽけな植木鉢の芽は……いつかは葉を広げてくれるのでしょうか?
読んで下さってありがとうございます(●¨★)
次からちょっと異世界?
でも、まだモンスターとか出てこないス。
あと、1話が長くてすいません。次から少し文字数減らします。