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真面目委員長とサボり生徒 02

「でも友達に噂されると嬉しいし……」


とか言い出しそうです。。

 クリスマスを二日ほど遅れて降った雪も溶け切り、その年の新年は美しくも荘厳な初日の出によって始まった。

 

 普段閑散としている町の神社も、おそらくはその三日間だけで残りの362日の総計を越えるだけの人が訪れ、厳かな雰囲気もどこかに行った様に活気に溢れている。集まった普段は無信仰な多くの日本人たちも、このときばかりは「神様」にこぞって願い祈っていた。

  

 クリスマス(キリスト教)に騒ぎ、大晦日に除夜の鐘(仏教)を突き、その足でそのまま元旦の初詣(神道)という年末年始のイベントは、敬虔な信仰を持つ人たちにはカオスにしか見えないだろう。

 そもそもここに並んでいるこの大勢の参拝客たちも、この神社がどんなご神体を祭っているかなんて、大して気にもしていないという有様である。

 せいぜいが、並ぶ合間の暇つぶしに、歴史の書かれた立て札を見て「へえ」と呟くのが関の山だ。 

 にもかかわらず、平気で1.2時間の列を成して順序良く待ち、きちんと参拝するのだから面白いものだ。

 

 まあ、ようするに日本人は、単に騒げるイベントが好きなのだろう。

 だから結局のところ、これもまた「お祭り」なのだ。

 

 そして、お祭りはお祭りとして楽しむ人々が居れば、お祭りで楽しませるために動く人々が居る。

 

 ――今日の彼は、そんな一人であった。

 

 

 人員整理や巡回も、まだまだこれからが本番となるが、その前の小休止と彼は境内の隅へと歩く。

 スタッフ詰所でもらった、多分最初は温かかったであろうお茶缶を、一気に喉に流し込み、ほっと息をついた。

 液体の一服のあとは、気体の一服が最高に旨いのだが、生憎と長い付き合いだったはずの愛すべき紫煙とは、半年前に泣く泣く別れることになっていた。

 

 「彼女」の言葉をきっかけに。

 

 

「あら、こんなところで会うなんて奇遇ね。何してるの?」


「うおっ」



 その愛しい「アイツ」との別れの原因となった少女が唐突に現れて、少年は吸ってもいないタバコにむせかえる錯覚に陥る。

 相変わらず純日本人形然とした彼女の本日のお召し物は、明らかに良質で高価なものであることが判る、艶やかな着物である。それは日本的美人であることを差し引いても、これでもかというくらいに、似合っていた。

 

 悔しいが、少年はその姿に見とれてしまった。

 そう、悔しいのだ。


 いいものが見れたと鼻の下を伸ばして喜べたのなら、彼は楽だったに違いない。

 だが、ここで彼女に見とれるのは、なぜだかとても負けたような気がしてならないのである。

 そして、そのルールに従うなら、少年はすでに負け犬であることが確定していた。

 

 そんな内部の葛藤を頭の端に、なんとか追いやって、


「見りゃわかるだろ。警備のバイト。この時期は稼ぎやすいんだよ」


 少年はできるかぎり自分は平常どおりですよとアピールするかのように、いつもどおりのぶっきらぼうさで答えた。すると彼女は、「バイト、ねぇ」と呟くと、何かを考えるように袖口で口元を隠して、

 

「……ね、せっかく会ったんだし、少しお茶でもしない?サボりは得意でしょ?」


「馬鹿いえ。こういうのは信用が大事なんだ。サボってられるか。この休憩時間くらいは付き合うけどよ」

 

 少女の試すような誘いに、少年はため息混じりに言葉を返す。


 

「ホント、普段の貴方では考えられない発言ね。授業はすぐにサボるくせに」


「うっせ。……授業は金払ってる側、こっち――バイトはもらってる側だろーがよ。手なんて抜けるか」


「……誰かにそう教わったの?」


「あん?ただ当たり前のことだろ。誰かに教わるもんなのか、こんなこと」


 少女は、感心しつつ、とても驚いていた。

 それは、社会人として一番重要で、一番最初に持つべき考え方だ。

 「お金を貰う立場である」ということ。

 社会人としての自覚すべきことは、ほぼそれに集約するといっていい。

 

 彼女にしたって、それは自分の尊敬する父から教えられて育ったからこそ、「知っている」ことだ。

 そのことを、誰に教えられるでもなく理解した彼の本質は――

 

 と、そこまで考えて、自分がさきほどから黙ったままでいる事に気づき、少女は一度咳払いをする。

 そして、改めて赤毛の少年を見つめて、


「そういえば、クリスマスも朝から晩までバイトしていたわよね……お正月くらい、家族とゆっくりしてればいいのに。それとも、そんなに買いたい物でもあるの?」


 少女の問いかけに少年け彼にしては珍しい戸惑いのような態度をする。

 だが、それも一瞬だった。


 まあいっか、と一度呟いて、

 

「俺は一人暮らしなんだよ。学費はもう払い込んであるから心配いらねーけど、食費を稼げるときに稼いでおきたいんだよ」


「……あら?ご実家暮らしじゃなかったの?ご両親は?」


「言ってなかったか?俺は孤児だったから両親はどこにいるか知らん。小学校に入るころに、変わり者のジジイに引き取られたんだ。そのジジイも去年死んじまったけどな」


 別に不幸自慢をするつもりは無いが、何かあるたびに部分部分を語ることになるよりは、この機会に全部話しておこうと、少年は一通りの事情を話す。

 彼女のことだから、こんなことで態度を変えたり、自分との付き合い方(あくまで友人としての、だが)が変わったりはしないだろうが、流石にこんな重い話には戸惑っているだろう、と彼女を見ると、


「あらそう、それは大変そうね」


 あっさりとした、彼女の返答。

 慰めるでもなければ、故人を口に出した謝罪でもなく、ただ事実を事実と認めるだけの、淡白な言葉。


「あ、ああ……まあな」


「ん?どうしたの?」


 ずいぶんと拍子抜けした少年のため息のようなその呟きに、少女が不思議そうに「こくん」と首をかしげる。

 また悔しいことに、本気でかわいらしく、さまになっていた。

 

「いや、な。随分あっさりしてると思って。別になにか特別な反応が欲しかったわけじゃないけどよ。たいていこの手の話をすると、ドン引かれつつ謝られたりするのが大概だったから、予想外っちゃ予想外でな」


「あら?だって貴方は、今の自分の立場を、嘆いていたりするの?」


 彼女の問いかけに、少年はしばし真剣に考えてみる。


「……いんや。バイトで忙しい事は確かだが、ジジイの家を守るってのも、悪くないからな」


 そうだ、悪くない。

 それが偽ざる自分の気持ちだった。

 

「貴方が辛そうに言ったなら、貴方を悲しませたことへの謝罪をしたわよ。でも、そうじゃなかった。なら、さっきの貴方の話はただの事実報告でしかないでしょう。だったら、そのことで私が謝罪することこそが傲慢じゃない。貴方が今幸せか不幸せかを計るのは、私じゃない。貴方自身だもの」


「……相変わらず、俺の予想を大きく超えるのな。お前」


 そう、いつだって、彼女はびっくり箱みたいだった。

 不意打ちで何かが飛び出してくるたびに、少年は思わず笑顔になってしまう。

 

 それが、どうも癖になるような楽しさで、どうもはまりつつあることを、最近自覚し始めている彼である。


 

 

「……っと、長話しちまったな。そろそろ戻らねぇと」


 しばし、彼女に見とれていたことを隠すように、携帯の時刻を確認して少年が言った。

 


「じゃあ、またな」


「うん、がんばれ。……それから良い忘れてたけど、明けましておめでとう」


「ああ、明けましておめでとう。お互い、良い年になると良いな」


 

 定型の言葉ではあるが、彼は本心から、そう口に出す。

 彼女もそれに答えて定型文を――、


「あら、絶対なるわよ。二人とも」


 ――返すような女ではなかった。


 彼女はどこからその自身が来るのか、えへん、と胸を突き出してそう断言する。


「随分はっきりと断言するんだな。いったいどんな根拠でそんなに自信満々なんだ」


 少年の当然といえば当然の問いかけに、彼女は「わからない?」と微笑んて、 


 

「だって今年は、私があなたのそばにいるんだもの」

次回はこの神社に、ポンコツかちっこいのが来ます。

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