ポンコツ教師としっかり生徒 02
ポンコツ、再び。
季節の移り変わりは、1日の景色を大きく変える。
たとえばそれは季節ごとの植物の鮮やかさであったり、雪や雷といった天気だったり、人々の服装や、温度によって生じる空気の揺らめきもそうだろう。
そしてもう一つ。
時間によって生まれる、色の差だ。
それはどの季節にも変わらず存在するにも関わらず、時間という差によって姿を変える。
世界が圧倒的な黒――夜に変わる瞬間。
だから――午後六時というのは錯覚の時間だ、というのが少年の持論だった。
その時間は、夏と冬ではその黒の存在が最も大きく異なっている。
あるときはまだ赤みすらもたない太陽に、まだ六時か、と思い、
そしてまたあるときは、暗闇に染まった世界に、もう六時か、と思うのだ。
どちらもが本当であるのに、どちらもが偽者のように思う。
だから、錯覚の時間。
そして今日のその時間は――
「なんで、僕が先生を送ってるんですか」
「暗いの、怖いんだもん」
二人の帰宅の時間だった。
土曜だというのに、「仕事終わらない助けてへるぷみー」と呼び出され、今度は「まっくらこわい」と泣きつかれてこの有様である。
「12月ですから、確かにもう真っ暗ですが……まだ六時です。休日ですけど、部活をがんばってるの生徒だっていましたよ?」
「先生、帰宅部」
「あなたは生徒じゃありません。ついでに、先生は僕の部活の顧問です」
「……そだっけ?」
どうもこの人は、自分がつぶれかけの文芸部の顧問であることは、どこかに行ってしまったらしい。
「そだっけ、じゃありません。幽霊部員ならぬ幽霊顧問ってなんですか」
手続きや提出書類を少年が完璧に仕上げているため、女教師はもはやサインをするだけの人になっていた。
それでも、顧問になってくれた――自分から立候補してきた気もするが――ことには、少年は感謝はしている。
「まあ、女性をエスコートするのは、嫌いじゃありませんけどね」
「あー、そういうのは女性軽視セクハラになるんだって、PTAの会長さんが言ってたよ」
ふふん、と何故か自慢げにいう彼女。
「ふーん、そうですか」
「そうだそうだー!セクハラだー!」
ポニーならぬワンコテールがぶんぶんと揺れているのは、調子に乗っている証拠であることを、少年は知っている。
なので、用意しておいた「アレ」を取り出しながら、女教師に言った。
「じゃあ、セクハラになるので、うちの店のレディー割引券、いりませんよね?」
「でも、先生は今の男女平等論って、行き過ぎだと思うの」
あっさり手のひらを返す彼女。
「いえ、そんな僕に遠慮する必要ないですよ?」
「わーん、許してー! キミのおうちのシフォンケーキ、おいしいのよう」
「ちなみに、来週から始める、冬の限定『深雪のミルクケーキ』は僕のオリジナル新作です。登校前の早朝にしか作れないので限定20個ですけどね」
少年のその言葉に、教師はしばしシミュレーションを開始。
もし朝買いに行くと、遅刻決定。
休み時間、往復距離では時間的に無理。
昼休みに行ったら売り切れ確定。
「今度、先生の分……別に作ってもってきてくれる?」
「僕はすでにセクハラ犯らしいので、これ以上校則違反できません」
少年がそういうと、女教師はわふーんと慌てふためいて、
「じゃ、じゃあ、お返しに先生がキミにセクハラするから」
「しなくていいです」
「……」
「上目遣い、してもだめですよ?」
……スンスン拗ね始めた。
その彼女の様子に、少年はにんまりと笑う。
ああ、自分でも悪い癖だと思うが――自分はこの人の、ちょっと拗ねている表情が好きらしい。
そして――
「学校には持って行きませんよ。……日曜日、先生の家で作ってあげますから」
この、子犬のような笑顔も。
次回は多分、ちっこいのとでっかいの。