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ちっこい先輩とでっかい後輩 01

バカップル三組目登場

 高く高く空に登り詰めた太陽。

 

 さんさんと地面を照りつけるそれは、祝福なのかそれとも嫌がらせなのか、判断がつきかねるほどだ。

 ようやく猛暑から残暑に変わったとはいえ、日本の9月という時期の暑さは独特の粘り気を持っていて、外で働く人々は時折憎憎しげにそれを仰いでいた。

 

 それはこの学校でも例外ではないようで、昼休みだというのに一部を除いた多くの生徒が日差しから逃げるように教室でへばっている。

 

 

 

 そして、その「一部」が『そこ』にいた。

 

 校舎の裏手にある、こじんまりとした小さな花壇。

 その前で、もくもくと土をいじっている大柄――という言葉では少しばかり説明が足りない、体の大きな男子生徒がいる。


 汗をぬぐったその顔には、右眉の上から頬を通り口の横まで、刀傷のような大きな痕が走っている。

 その顔と、体の大きさも相まって、一見にはチンピラと間違われても納得してしまう感があった。

 場所が場所ならば、熊と勘違いされるかもしれない。

 

 さて、その熊さんはといえば、花壇を荒らしているわけではなく、脇に抱えていた大きな鉢――彼と比較すると小鉢に見えてしまうが――から何かを植え替えていた。

 せわしなく体を動かし、手にあるそれを丁寧に丁寧に、宝物のように取り扱う。

 

 そして出来上がるのは、『いつもの』花壇だ。

 よく手入れされたその花壇は、興味がない人には、この学校で見慣れた『いつもの』花壇であり、当たり前の存在だ。

 当たり前を維持することの大変さを知らないからこそ、多くの人にはその価値は理解されない。

 

 だが、それ『が』いいのだ、と彼は思っている。

 

 植物達は、ただただ自分のために元気に育とうとしているだけで、別に人間のために艶やかなのではないのだから。

 にもかかわらず、当たり前にあるそれが、やはりなんとなく人に心地良い。

 

 それが全てでいいではないか。

 

 どこかでどこかの人がどれこれ苦労したなど、その美しさを楽しむには野暮なものでしかない。


 だから、彼はもくもくと作業を進める。

 元気に育てと、心を込めて。


 

 

 さて、そろそろ次の工程に、と一息ついた彼に、小さな――本当に小さな女生徒が声をかけた。

 

「なに、してるの?」


「んー?……ああ、先輩。家で卸した花を株分けしてもらったんで、ここに植えているんです」

 

 そう言って、彼は土汚れた手で顔をこすった。

 

 

 とてとてと男子生徒に近づく女生徒。

 

 しゃがみこんでいるはずの男子生徒と、ほぼ同じくらいの高さしかない身長は、制服を着ていなければ迷い込んだ小学生と間違われてしまうかもしれない。

 ショートボブにずんぐりした眼鏡。トレードマークなのか妙に自己主張しているヘアバンドといった装いが、その誤解に拍車をかけていた。

  

 

 少女は「ふむん」と軽く何かに気合を入れて、男子生徒が植えている、まだつぼみすらないそれを見つめた。

 

 

「これ、なんていう、花?」


 一句一句を区切るように話すのは、地声が小さい彼女が、なんとかしっかり相手に意思を伝えようとするための、癖なのだと、彼は割りと最近気づいた。

 

 だから、彼女のゆっくりとした会話のリズムにも、あせることなく彼は答える。



「プリムラオブコニカっていう、サクラソウの仲間です。他の仲間はそこそこ気温や環境に強いんですが、こいつは寒さにも暑さにも弱いので、色々してあげないと」



 そう言って、彼は土になにかの薬品のようなものを混ぜ込みながら、優しく花の根にかけていく。

 

 

「器用、ね。いつも、思うのだけど。それに、作業も、繊細」


「やっぱり、似合わないかな?」



 厳つい顔を、真剣に眉を寄せながら、それでも楽しそうにちょこまかと巨体を揺らしてガーデニングをする彼。

 確かにそれは、傍から見ていると滑稽に映るかもしれない。

 だから、女生徒は正直に言うことにする。

 


「うん、似合わない」


 こくん、とはっきり頷いて。

 

 

 その花―-プリプリムラムラ?だったっけ、と呟いて、彼女はもう一度、それを見つめた。

 

 まだ、青々しいだけで、本来の花弁が持つ、薄い蒼と紅の混じる美しさは、見ることができない。

 それでも、きっとこの花は、いつか素晴らしく咲き乱れるのだろう。

 

 そしてその花の前で、彼はきっといつものように満足げにうなずくのだ。

 

 

 

 彼女は、視線を彼に移して、でも――と続けて、

 

 

「でも、とても、貴方らしい」

 

「……そっか」

 

 

 笑う。

 本当に幸せそうに。

 

 

 彼は、ただ自分の感情を偽りなく表してるだけなのに。

 

 その顔がとても綺麗で……それに、可愛い。

 

 

 

「……」

 

「どうしたんですか?」

 

 急にうつむきながら黙ってしまった年上の少女に、少し戸惑いながら男子生徒は近づいた。

 

 唐突に、きゅ、と袖口をつかまれ、彼はバランスを崩してひざを突き、顔を少女の横に寄せることになる。

 


 

 

「……私の前以外で、そういう表情、しちゃ駄目」


 そして聞こえた、少女の呟き。

とりあえずメインバカップルは全員登場

これからはそれぞれの「02」に移行しますが、まだバカップルは増えるかもしれません

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