7.私が公女様だった
「…………?」
呼吸がとても楽だ。
動かすと、すっと手が動く。
血で濡れてはいるけれど、どこも痛い箇所はなくて──?
「大丈夫か、エヴァマリー嬢」
「殿下、これは……? あの大怪我が、治ってる……?」
ほぅぅぅぅぅ、と殿下が全身で安堵の息を吐き出した。
「良かった……」
心からの呟きに、胸が締め付けられる。一緒に身体も抱きしめられた。殿下の熱い体温に、心地よさと困惑を覚え、どぎまぎする。
「あ、あ、あの、私」
そうだ。私は公女様の身体で殿下にお会いしていたことを謝ろうと──。
「きみは僕の婚約者じゃないと言っていたけど、この治癒が効くこと自体が、番の証なんだよ」
「つがい?」
いきなりの単語に、思わず聞き返す。殿下が軽く頷いた。
「皇家の先祖が"竜"だと言う言い伝えは、知っているね?」
「はい」
"始まりの竜"が地上に降りて、人族を導いた。
だから我が国の皇族は、竜を冠する家紋を持つ。
でもその伝説と、今どんな関係が?
「竜は"番"を持つ種族なんだ。魂で"番"を見分ける」
「?」
「疑問に思ったと思う。公爵家の令嬢と、市井で暮らすきみの魂が偶然同じ形だったことに。だがあれは、あっちがきみの魂を模していたんだ」
「!?」
公女様が、私の魂を模していた???
「訳が分からないという顔をしているね。んん、荒唐無稽な話になるけど、聞いてくれる?」
殿下の優しい声音に、反射的にコクコク頷く。
「皇族が竜の血を引くのは、実はおとぎ話じゃないんだ。強大な力に民や近隣諸国が警戒しないよう、伝説風に仕立てているだけで」
竜は魔族の地上侵攻を防ぐため、人の世に紛れた。
対する魔族は、竜の力を自分のものにしようと、ずっと狙っていて。
竜と番えば、竜の力の一端を、己の子に流し込むことが出来る。一族を強化できる。
それで魂の形を似せて、竜の番に擬態するという。
「つまり本来、公爵令嬢エヴァマリーとして。僕の婚約者として生まれるはずだったのは、きみなんだ」
「え……っ?」
私が、公爵令嬢として生まれるはずだった?
「だがきみが公爵夫人の胎内に宿る前に、魔族がきみの魂を押しのけた。さながらカッコウのヒナが、他の卵を巣から押し出すように」
ヒナ自身も本能に従っているだけだから、擬態した魔族も、特に意識なくやっていて。
公女様として生まれ育ったエヴァマリー様に、魔族としての自覚はなかったらしい。
「だが寄り添う魂同士には刻印があることを、魔族は知らない。騙せると思ったんだろう。竜は番の魂を間違えないけど、でも、魔族の妨害で本物のきみを探すことが出来なくなっていた」
このままでは、ニセモノが僕の妻に据えられてしまう。
確かにきみは、この地上にいるはずなのに!
焦燥した僕は、きみを探す方法を求めて古文書を調べる為、留学した。その間に大叔母様は、命をかけて僕に機会をくれたんだ。
竜の血脈を正しく継いでいくために、ニセモノの意識を刈り取り、妨害効果を阻害した。
だからきみが同じ形の魂を持っていると、カロッサ公爵が見つけることが出来た。
「では、公爵様もそれを知って?」
「いいや。公爵は知らない。ただ娘の身体を衰弱させまいと、彼なりに行動した結果がきみにつながった」
「そうだったのですね……、いろいろつながっていた……」
ビュルクナー前侯爵夫人が公女様を眠らせたことは、怒りに駆られた衝動でも、偶然でもなかった。殿下が帰国されたタイミングも。
夫人が言った"心を入れ替えたら目覚める"という言葉は比喩表現ではなく、入れ替わりを示唆していたのかも知れない。
「帰国してきみに会った時、すぐにわかったよ。僕が求めていた、本物の相手だって」
「!」
「そしてそれが今、証明された。今日はきみに会いに来たんだ。そしたら突然、胸騒ぎがして。番が危機を知らせる思念に突き動かされて、この部屋まで走った」
(だからあの時殿下が飛び込んできてくれた?)
「さらに番同士なら、生命力の譲渡が叶う。きみの怪我は、きみが僕の番だからこそ癒すことが出来たんだ」
"さっきはあの女を脅かすために、酷いことを言った。ごめんね"と殿下が言う。
一生立てないと、殊更に強めて言ってた発言のことだと思う。
でもそれより気にかかる言葉を聞いた私は、気が気じゃなく尋ねた。
「生命力の譲渡、ですか?」
(生命力を分け与えてしまったら、殿下は?!)
「あはは。大丈夫だよ。竜の生命力は常識外なんだ」
「殿下が困る影響は、ありませんか?」
「んー。影響と言えば、きみに番だと伝えることが出来て、今すぐ抱きしめたいほど舞い上がってることくらいかな」
「!!!」
(もう抱きしめたのでは?!)
さっきの抱擁を思い出し、一気に顔が火照る。
「以前の身体に愛着を持っていたよね。あっちの身体を守ることが出来なくてごめん……」
「愛着は……、とてもありました。十七年間大事にしてきた自分ですから。でも私は、殿下のお傍にいられるなら、どんな姿でもいいと──」
さっき強く、願ってしまった。
結果つなげた命に、今更文句を言うのは違うと思う。
それにエヴァマリー様の身体が、本来私に予定されていた身体だったのだとしたら。
罪悪感なく、過ごせるかもしれない。
(この身体に初めて入った時、不思議なほど馴染むと感じたのは、それが理由だったのかしら)
私がひとり納得していると、殿下が言った。
「エヴァマリー嬢、きみのことをなんて呼べばいい?」
「あっ」
(対外的にはエヴァマリー様になるんだけど、殿下は気遣ってくださってるんだわ。コニー、は変だし)
悩んでたら、殿下が言った。
「良い呼び方が決まったら、教えてね。差し当たって……、そうだな。"僕の最愛"と呼んでもいい?」
「!!!!」
よく、ありませんっっ!!!!
心の中で真向否定しながら、呼ばれたい誘惑にも勝てなくて。
私はただ無言で真っ赤になった。そんな私の前で、殿下が軽やかに笑う。
「じゃあ、移動しようか」
「きゃっ」
言いつつ殿下は私を抱き上げ、私は。
お姫様だっこに言葉を失いながら、ひたすら照れつつ運ばれたのだった。
後に国民は、皇太子ユルゲンと公爵令嬢エヴァマリーの、盛大な結婚式に歓喜することになる。
悪名で知られていた公女が、いまや天使もかくやというべき施策の数々で、民の暮らしを向上させたこと。また人々に寄り添い、あたたかな笑顔を振りまく女性であることから、悪名は"嘘の噂だった"と認識されていた。
有能な皇太子はそんな妻にぞっこんで、仲睦まじいふたりの姿は行く先々で話題になると言う。
カロッサ公爵は平民女の企みに遭い、全身麻痺に陥りかけたが、適切な処置で助かった。現在は家督を長男に譲り、田舎でゆっくりと隠居生活をおくっているらしい。
公爵を害した平民は処刑され、その名は忘れ去られている。
"始まりの竜"が建てた国は、後の世まで永く栄えたという──。
お読みいただきありがとうございました!!
上手く着地できていれば良いのですが…。
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(す、すみません、予約投稿してた第7話が完結設定になってないことに気づき、慌てて7話目だけ削除、完結設定で投稿しなおしました。10分くらいの誤差で、ちょうどそのページを読んでてくださった方にどんな影響が出るんだろうと不明ですが、どうぞご容赦ください)




