3.ユルゲン殿下
◇
「しばらく会わないうちに、素晴らしいレディになったね、エヴァマリー嬢」
柔らかな声で、恐れ多くも皇太子殿下が微笑みかけてくださる。
私は公女として習ったスキルを総動員して、殿下の婚約者役を演じていた。
ユルゲン殿下は同い年の十七歳。凛々しく、堂々とした皇太子様。
ご容姿なんて、(神が彫刻作りましたか? 最高傑作ですか? 国宝決定ですね?)という規格外の美青年で、至近距離だと特に、目が眩むほど輝いて見える。
(眩しいから、あんまり近づかないで欲しいのに……!)
朝日のように清冽な白金の髪に、どこまでも深い深紅の瞳が美しい。
皇族は、"始まりの竜"の子孫だと言われている。
ゆえに赤い瞳と絶大な魔力を持つ。
公女様を眠らせたビュルクナー前侯爵夫人の魔術が強固なのも、皇家の血による潤沢な魔力でガードされているから。
(単なる伝説だと思っていたけど、噂が真実に思えるほど、吸い込まれそうな色)
赤い瞳は竜の血の名残だという。
知らず知らずのうちに惹きつけられる、魅惑の瞳。
近づいてはいけない方なのに、心が引き寄せられる。
(帰国パーティーでは挨拶だけで済んだのに。なんでこんな頻繁に会いに来ちゃうの?)
皇太子殿下は、留学前はそんなに公女様に会ってなかったと聞いていたから安心してたのに、とんだ予想外だ。
私との会話が楽しいといってくださるけど、それは社交辞令だろう。
なにせこちらは偽物。ボロが出ないよう必死なのだ。
(あれ? でも……。今日はあまり元気がなくてらっしゃる?)
どこかしら憂う空気を感じて、思わず尋ねてしまっていた。
「何かお悩みでしょうか、殿下」
「! わかるのか……? ──まいったな。外には出さないようしてたはずなのに」
殿下が口の中で呟いてる。
うん、こっちは気配と表情読むプロですからね。
身代わり生活が命がけなせいで、常に神経張り巡らして、微細な違いを感知するよう自分を鍛えた。
(すごいわ、私。皇族の隠し事まで看破しちゃうなんて)
喜ばしいことなのかどうかは、甚だ不明だが。
「悩みというほどではなく、気にかかることがあって」
(まさか私の正体が!)
殿下の言葉にドキリと構える。けど、続く話は全く違う内容だった。
頻繁に洪水と浸水を起こす地域があり、その後決まって疫病が蔓延するらしい。
医師や薬をそろえてみても、出来る補填は限られている。
殿下も個人資産から支援金を送る予定だけど、それだけでいいのか、と思案なさっていたようだ。
「…………」
「どうしたの」
「あっ、いえ」
(どうしよう。出過ぎたことを言ったら、怪しまれたりする? けど、庶民の意見を伝える機会……)
「なんでもありません」
「きみが心に想ったことを聞かせて欲しい」
「でも生意気な意見だと、ご気分を害されましたら……」
「決してそんなことはしないと誓う。何でもいい。何気ない一言が、大きなヒントになることもあるんだ」
「……支援金は、送るだけでは本当に困っている人たちの助けになりません」
「なぜそう思うの? 詳しく」
「送られた大金はまず、監督官の貴族がとり、役人がとり、各部署の担当者がとり、そして実際苦しむ人たちには、ほぼ何も届かないのです」
「……!」
「何かした、という実績を残すため、少しばかり目に見える援助はあるでしょう。でも炊き出しなんて、表向き数回行われるだけ。多くの人は家を失い、職を失い、貧民に落ちた状態で、弱って死んでいきます。でも数には計上されません。貧民は人間扱いされないからです」
「……っ」
これは、私がコニーとして実際に見て来た社会の仕組み。
公女として公爵家に身を置くようになり、最初に振り出されたお金と、現場で使われるお金に差異があったから気づけるようになったこと。
平民として暮らしていた時は、そんなものだと思っていたけれど。途中で減っていくなんて、思いもしてなかった。
それは、頂点にいる殿下も同じだったらしい。
驚いたように瞠目され、次いで視線を落とした。
「では、巨額の援助をしようとも、彼らは助からないと?」
「──。援助のかたちを変えてくだされば、あるいは」
「どういう意味? 聞かせて、エヴァマリー嬢」
「まず、かなりの頻度で起こる洪水なら、堤防や道の整備を進めてください。泥道が石畳になるだけでも、病気に感染する患者が減ります」
「だが、きみの話し通りなら、それだって役人が上前を撥ねていくのではないか」
「それは防げません。ですが、作る堤防に出資者である殿下の名を冠するなどすれば……」
定期的に人を送り、監視する名目になる。
何かあれば監査を入れ、不正をした人間を取り締まる言い分が出来るのだ。
それは十分な抑止力になるだろう。
さらに殿下の名を戴く以上、粗末なものは作れない。多少の横領はあっても、これまでのように9割持っていく、なんて真似は不可能だ。支援金の多くを、困っている人に活かせることが出来る。
そして何より。環境設備が整えば、洪水被害の被災者も、病気になる人間も減るのではないか。恒久的に。
「──私はそう、思ったのですが……」
声が消え入りそうに窄む。
恥ずかしい!!
立派な皇太子殿下を前に、私はなんて知ったかぶりを!!
殿下を見ると、頬を紅潮させ、瞳には生き生きと生気がみなぎっている。
(喜んでくださった? 少しは悩みの助けになったのかな? だとしたら嬉しいな)
感極まったように、ユルゲン殿下が言った。
「──素晴らしい意見を聞かせて貰った、エヴァマリー嬢」
「は、はい、殿下」
「ありがとう」
殿下の目があまりに優しく細められるので。
私は俯いて真っ赤になってしまった。
「っつ、い、いえ、浅学な身で、差し出がましいことを申し上げました。お耳汚しとお忘れくださいませ」
(聞いてくれただけで有難いのに、なんて寛大な方なの)
「きみが僕の婚約者で良かった」
「──!!」
そうだった。
殿下がお優しいのは、私がエヴァマリー公女様の姿をしていて、婚約者という立場だから。
平民のコニーでは、耳を傾けてさえ貰えない。それどころか、お傍に近づくことさえ許されないだろう。
殿下の助けとなれた喜びと、彼の態度は私じゃなく公女様に向けられたものという寂しさが、私の気持ちを複雑にかき混ぜた。
数日後。
相談に乗ったお礼と、夜会への招待としてユルゲン殿下からドレスが贈られてきた。
そしてほぼ同時期に。
ビュルクナー前侯爵夫人の訃報が、カロッサ公爵家に届いた。
キャラたちの名前を途中で変えたので、置換し忘れがないか心配です。
見つけたらそっと教えてやってください(;´∀`)ゞ
あと"ゆるふわ設定"です。「ここが変だよ」は寛大にみてやってください。
■コニー(平民)枯草色の髪、栗色の瞳、17歳
■エヴァマリー(カロッサ公爵家の令嬢)金の髪、碧の瞳、17歳
■ユルゲン(皇太子)白金の髪、深紅の瞳、17歳
■カロッサ公爵(エヴァマリー父)
※今回はオーストリア、ドイツの人名や姓を参考にしています。




