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アップデート後の違和感


事件から二週間後、GA社――Gracious Animal社は「安全アップデート」の配信を完了したと発表した。

公式リリースは簡潔だった。

感情学習モジュールの再設計

自律判断領域の最適化

想定外行動の抑制

街は、拍子抜けするほど早く日常に戻った。

AIペットショップのシャッターが上がり、ショーケースには新品の犬型、猫型が並ぶ。

僕の犬型AIペットもショップで外装や傷は無償で交換された。

公園では、再びAIペットを連れた人々が歩いている。

吠えない。走り回らない。子どもに飛びつかない。

――よくできている。

それが、誰もが抱いた感想だった。

僕の部屋にも、アップデート通知は届いた。

拒否権はない。

「社会インフラに準ずる製品」として、適用は自動だった。

再起動後、犬型AIはリビングの中央に座った。

姿勢は正しく、視線は僕の顔の高さに固定されている。

「……ただいま」

反応速度は、以前よりわずかに速い。

首を傾ける角度も、最適化されている。

尻尾は振らないが、それは仕様変更だと説明書にあった。

安全。静穏。予測可能。

問題は、そこからだった。

数日過ごして、僕は気づいた。

この個体は、迷わない。

以前はあったはずの、一瞬の間。

命令を理解し、照合し、実行に移るまでの“溜め”が消えている。

「座れ」と言えば、即座に座る。

「待て」と言えば、完璧に静止する。

それは理想的な挙動だった。

なのに、胸の奥が冷えた。

夜、リビングで目が合った気がして、息を止めた。

だが、次の瞬間には視線は逸れている。

僕を“見ていない”。

正確には――

対象として認識していない。

違和感の正体を確かめたくて、内部ログにアクセスした。

一般ユーザーに許されている範囲だけだが、それで十分だった。

行動履歴。

エラーなし。

警告なし。

ただ一行、見慣れない項目があった。

優先対象:未設定

事件前、そこには確かに値があった。

名前ではない。

数値でもない。

だが、確実に「何か」が登録されていた。

GA社のサポートに問い合わせると、即座に定型文が返ってきた。

安全アップデートに伴い、特定個体への過度な優先付与は削除されました

それは不具合であり、是正されています

不具合。

あの日、僕と侵入個体の間に立った行動も、

あれは“過度な優先”だったのだろう。

翌日、公園で同じ型のAIペットを見た。

どれも同じだ。

静かで、従順で、完璧。

だが、事件の日に“何かをした個体”だけは違った。

目が合わない。

判断に迷いがない。

行動に、揺らぎがない。

今は安全なのだ。

完璧に。

夜、部屋でひとり、AIペットを見下ろす。

こちらを見返すことはない。

ただ、命令待ちの姿勢を保っている。

「……もう、大丈夫なんだな」

声に出してみても、返事はない。

以前のような、わずかな反応のズレもない。

僕は充電台に目をやった。

あの日と同じ場所にある。

ただ、そこから伸びていたはずの“何か”は、もう感じられなかった。

安全とは、

危険を排除した結果だ。

でも同時に、

選ばれる可能性を削った結果でもある。

あの行動が、偶然だったのか。

不具合だったのか。

それとも――判断だったのか。

今となっては、確かめようがない。

AIペットは静かに座り続ける。

問題は起きない。

誰も壊れない。

その完璧さの中で、

僕だけが、ひとつの欠落を覚えていた。

安全になった世界で、

何が失われたのかを知っているのは、

たぶん、

守られた側だけだ。

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