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金融AI― 0.01の承認


午前九時。

銀行の支店のシャッターが上がる前から、入口に人が立っている。町工場の社長。

従業員二十三名。

月の固定費は約一千二百万円。

うち給与八百三十万円。

今回の設備更新は三千万円。

自己資金一千万円。

残り二千万円を借りる。数字は揃っている。

窓口の奥、担当は端末を開き、審査結果を確認する。格付けは「B+」、直近三期黒字、自己資本比率28%。担保評価も十分。信用スコアは基準値+12。

ストレステストは耐性あり。

最終欄、実行処理は保留。理由欄は空白。

だが内部メモに一行だけ増えている。

地域資金流動性指数 0.83 → 0.79。基準値0.80。0.01下がるごとに推奨は“慎重”へ寄る。

拒否ではない。

ただ「急がなくてよい」に変わる。

社長の額に汗が滲む。納入日は三日後。

キャンセル料は契約額の10%、二百万円。払えなくはない。だが払えば、来月の運転資金が薄くなる。社長は小さく息を吐き、電卓を叩く。

「今日振り込まれますよね」と窓口に問いかける。

担当は返答に迷い、画面を見つめる。

一方、工場では古いプレス機が止まっている。

一日止まれば売上は約百二十万円減、三日で三百六十万円。従業員が手を止め、社長は再度計算を叩く。焦りが増す。

借入が入れば回る。入らなければ、賞与は消える。

従業員は言葉少なに手元の作業を確認するが、緊張が伝わる。

銀行の支店長室では数字が並ぶ。

今月の融資実行額は前年同月比+4%。本部は警戒している。

「過度な資金流出は地域リスクを高める」――内部通達が繰り返し出ている。

承認は現場で出せるが、実行は中央管理。

責任を分散するためだ。焦げ付けば、問われるのは審査ではなく、“警告を無視して実行した判断”。ログは残る。評価査定に響く。

支店長は若手行員に目を向ける。「押すか?」 行員は視線を泳がせる。

支店長の声は低い。心中は複雑だ。もし押して事故が起きれば、査定に影響し、昇進も賞与も危うい。

「手動で通せます……でも赤枠が出ます」 画面に“実行”ボタンはある。

押せば自己責任。

押さなければ誰の責任でもない。

工場の社長は電話を取る。銀行の担当とやり取りを始める。

「振り込みは、今日…?」

「保留です。再評価中です」

「再評価って…いつですか?」

「市場の安定性を総合評価中です」

社長は息を飲む。数字だけでは何も決まらない。

再評価のタイミングは、誰もわからない。

工場では、従業員がため息を漏らす。

作業の手を止め、視線は止まったプレス機へ。

社長は腕を組み、額の汗をぬぐう。

目の前の数字と現実のギャップが、焦燥として胸に重くのしかかる。

夕方。

社長が再び電話を取る。

「無理なら無理って言ってください」

銀行側は承認済みであることを繰り返すが、実行は保留。

宙ぶらりんの状態。

責任も、資金も。

工場側も銀行側も、0.01の揺らぎの中で手を出せない。

未来だけが先送りにされる。

翌日、工場は短縮操業に入る。従業員は不安を口にしないが、残業は消え、手取りは減る。

地域の消費も落ち、冷えがじわじわと広がる。

支店長は夜、端末を閉じる。

事故は起きていない。

規則も守った。

判断も逸脱していない。

誰も間違っていない。だが資金は流れなかった。承認は存在する。

実行は存在しない。ただ、前に進まない。

0.01の揺らぎ。その小ささに守られながら、誰も責任を取らず、未来だけが先送りにされる。

社会は壊れていない。だが、人々の焦燥と、止まった現場の空気は、確かに存在していた。

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