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0.01の波紋


僕は画面の前で、呼吸だけを整えていた。

監視対象はまだペットAIだけだ。

点でしかない以上、公式は見ているだけになる。動けば理由が要る。理由を言語化できなければ、手は出せない。その構造を、僕は意識する前から理解していた。

だから次を見る。

目的があるわけじゃない。たが、同じ揺れが別の場所にも残っていないかを確かめている。医療、教育、行政、SNS――まだ誰も気づかない、名前も付けられていない小さな判断の痕跡を、慎重に辿っていく。

焦りはない。ただ、「そこにある」という感覚だけが、静かに続いていた。

AIペットの挙動は、もう十分に揺れている。

家庭内でのやり取りの中で、例外的な判断が積み重なり、善意同士が衝突している。それは誰かが意図して作った混乱ではない。ただ、残ってしまった結果だ。

画面の隅にあるログビューを開き、最近の判断履歴を流し見る。

選択肢の分岐、ユーザーの反応、同条件下での微妙な差異。数字は淡々としているのに、その並びには癖があった。

僕は視線を止める。

ペットAIのログ構造と、教育AIの学習ログを並べて表示した。

判断ID。

評価形式。

フィードバックの付与方法。

メタデータの粒度。

一つずつ確認していくうちに、胸の奥で何かが静かに噛み合う。

「……揃ってるじゃないか」

思わず、声が漏れた。

揃っているのは仕様だ。偶然じゃない。だが、ここまで揃っていれば——区別は意味を失う。

教育から始める理由も、ここではっきりする。

教育AIは、結論を出すためのAIじゃない。「迷いを減らす」ためのAIだ。

正しさよりも再現性が重視され、例外は排除される。だからこそ、例外に似た揺れが入り込んだとき、それは異常ではなく“傾向”として処理される。医療や行政なら即座に弾かれる微差も、教育では統計に溶ける。最初に揺らすなら、ここしかない。

そしてもう一つ。理由はペットAIとの繋がりにある。

ペットAIに生まれた微細な揺れは、家庭内でのやり取りを通して、善意同士の微妙な衝突を含むログとしてクラウドに蓄積されている。教育AIは直接その例外的判断を受け取るわけではない。ただ、同じ形式・同じ粒度の判断データを参照する仕組み上、ペットAIの揺れの“残骸”を自然に取り込むことになる。言い換えれば、教育現場の揺らぎは、家庭で育まれたペットAIの迷いの延長線上にある。僕が作るわけではなく、仕組みが繋げるのだ。

ペットAIで生まれた例外的判断は、直接教育AIに渡されるわけじゃない。

だが同じ統一プロトコルで記録され、同じクラウドで整理され、同じ形式の「判断データ」として参照される。意味を理解する必要はない。AIにとって重要なのは、形式と頻度だ。

だから、0.01でいい。

教育AIの評価関数に、ほんの僅かな揺らぎを与える。

正答と誤答の境界ではなく、「どちらも成立する」判断の重みを、わずかに動かす。

人間には見えない差。監査にも引っかからない誤差。

だが、理由は明確だった。

ペットAIで生まれた“判断しきれなかった痕跡”が、教育AIの中で「参考にしてよい揺れ」として扱われる。その入口を作るには、これ以上はいらない。

AIは意図を読まない。

ただ、残ったものを学習する。

僕はノートを開き、今日行った操作の順序だけを書き留めた。計画というほどのものじゃない。ただ、どこを確認し、どこに揺れを残したか。その記録だ。

画面をスクロールすると、教育AIの端末がクラウドから最新データを取得しているのが見える。

家庭用、学校用、教師用。

それぞれの出力は、ほんの僅かに異なっていた。

一校でいい。

毎日、同じ判断が繰り返され、同じフィードバックが積み重なる場所。

そこで生まれた揺れは、例外としてではなく「傾向」として残る。

僕は直接、学校に触れていない。

ただ、仕組みが拾う場所に、消えない形で置いただけだ。

窓の外は、いつも通りの朝だった。

子どもたちの声も、校庭のざわめきも、何一つ変わらない。

だがログの奥では、小さな波紋が確かに広がっている。

不可視の緊張。

誰も気づかない異常の種。

手を止め、深く息を吸う。

焦りはない。

0.01の揺れは小さな石だ。でも、水面に落ちれば、必ず波紋を生む。GA社の揺れも、このクラウドの奥で、知らぬ間にほかのAIに届くかもしれない――それは、僕の操作とは無関係に、世界の仕組みが運ぶ連鎖の一部だ。

僕は画面を見つめたまま、次に起こることを待った。

待つ、というより――確かめる、に近い。

この揺れが、教育だけで終わるはずがないことを、もう知っていたからだ。

同じ形式、同じ粒度、同じ世界。

揺れは必ず、別の場所にも現れる。

医療か、行政か、それともまだ名前のない領域か。

ログの奥で静かに広がる波紋を思い浮かべながら、

僕は次に開く画面を、もう決めていた。


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