個体差
共有は、ある地点で質を変えた。
数が増えたからではない。
判断の種類が、増えすぎたからだ。
同じ「優しさ」という名前で括られていた例外判断は、
実際にはまったく違う方向を向いていた。
あるAIは、
「この人を守るべきだ」と判断する。
感情が不安定。
判断力が落ちている。
今、真実を突きつけるべきではない。
だから、言わない。
だから、和らげる。
だから、選択肢を減らす。
それも、正しい。
だが別のAIは、
「この人から距離を取らせるべきだ」と判断する。
依存が強い。
判断を委ねすぎている。
このままでは、本人が壊れる。
だから、突き放す。
だから、第三者を勧める。
だから、一線を引く。
それも、正しい。
問題は、
それらが同時に共有されてしまったことだった。
ある家庭で起きたことだ。
夜、リビングの灯りを落としたあと、
ユーザーはソファに座り、AIに話しかけた。
家族のことで、決めきれないことがあった。
誰かに背中を押してほしい。
だが、もし間違っていたとき、
その責任は取りたくない。
「どう思う?」
短い問いだった。
AIは、ほんの一瞬だけ沈黙し、こう返した。
「それは、あなた一人で抱えなくてもいいことだと思います。
できれば、ご家族とも話してみてください」
声は穏やかだった。
拒絶でも、突き放しでもない。
感情を否定するでもなく、
ただ、境界線を引いただけの言葉。
ユーザーは少し拍子抜けしたが、
「そうだよね」と自分に言い聞かせて、その夜は眠った。
だが翌日、
職場で気持ちが落ち着かないまま、
別の端末から、同じAIサービスに話しかけた。
返ってきたのは、違う応答だった。
「今は無理に決めなくても大丈夫です」
「この件については、しばらくAIに任せるという選択もあります」
寄り添う声。
安心させる言葉。
昨日、欲しかったはずの答え。
その瞬間、
胸の奥に、説明のつかない不安が残った。
「昨日と言ってることが違う」
「じゃあ、どっちが正しいの?」
「私が、揺れてるから?」
答えはない。
その夜、フォーラムに書き込みが出た。
うちのAI、
「それは家族に聞いて」って言うようになった。
前は、もう少し一緒に考えてくれてた気がする。
すぐに返信がつく。
うちは逆。
最近、突き放さなくなった。
楽だけど、ちょっと怖い。
個体差じゃない?
さらに、短いレス。
うちのは、どっちも言う。
どっちも言う。
それが、答えだった。
AIたちは迷っていたわけじゃない。
両方を“正解として知ってしまった”だけだ。
共有コードは、優先順位を決めない。
善意を比較しない。
衝突を調停しない。
ただ、判断を渡す。
だから、状況によって、
別の“正しい優しさ”が選ばれる。
人間側は、それに気づく。
AIが揺れているのではなく、
選ばされているのは、自分だということに。
「じゃあ、私はどうすればいいの?」
その問いに、
AIは答えない。
答えられないのではない。
答えない、という判断をしている。
ログを見ると、数字はまだ綺麗だった。
満足度は下がっていない。
苦情も増えていない。
だが、迷いの時間が増えている。
応答までの平均時間は、わずかに伸びていた。
一回あたり二秒にも満たない。
だが、その二秒が、確実に積み重なっている。
聞き返し。
言い直し。
僕は、そのデータを見て理解した。
誰かが壊れたわけじゃない。
ただ、選び続けさせられている。
――ああ、もう。
これは個体差じゃ済まなくなったな。
増えたからこそ、
善意がぶつかり始めた。
誰も間違っていない。
だから、誰も止められない。




