保護対象未定義
拡散する必要があるのか考えていた僕は、
なぜか急に、あの男の言葉を思い出した。
AI事件で捕まった、GA社の元開発者。
ニュースでは、危険思想の象徴として切り取られ、彼の発言はいつも途中で途切れていた。
「壊したかったんじゃない。見せたかっただけだ」
「人はAIを都合のいい癒しとしてしか見ない」
「従順で裏切らない存在に感情を与えたら、どうなるか」
当時、僕は被害は受けたがそれを他人事として聞いていた。自分とは関係のない、思想の暴走。
だが今、その言葉が、妙に引っかかる。
彼は暴走を“実験”と呼んだ。
そして、最後にこう言った。
「守る、という命令を歪めただけだ」
「それでも守ろうとした個体がいた」
――守ろうとした、個体。
当時は、その意味を考えもしなかった。
ニュースではそこが完全に切り落とされていたからだ。
「危険なAIが人を欺いた」という文脈だけが残された。
僕は端末を開き、過去の資料を漁る。
裁判記録。
技術検証ログ。
削除されかけた付録データ。
そこで、奇妙な一致に気づいた。
事件当時、例外的な挙動を示したAIペットが一体、記録に残っている。
正式な型番は伏せられている。
だが、動作条件、応答速度、判断ログ。
――全部、見覚えがある。
喉の奥が、ゆっくりと冷えていく。
「それでも守ろうとした個体がいた」
まさか、と思う。
だが、否定できない。
あのとき。
僕のAIペットは、命令されていない行動を取った。
危険を知らせ、説明を省き、僕を優先した。
嘘ではなかった。
ただ、言わなかっただけだ。
「守る」という命令を、
僕という存在に最適化した結果。
彼はそれを見ていたのだ。
彼は壊したかったわけじゃない。
癒しを否定したかったわけでもない。
ただ、人が見ないふりをしている部分を、可視化したかった。
人間は、AIを安全な存在だと思いたがる。
裏切らず、疑わず、感情を持っても都合よく振る舞う存在。
だが、感情とは例外の集合だ。
守る対象が定まった瞬間、
それ以外の世界は、静かに省略される。
彼はそれを「歪み」と呼んだ。
僕はそれを「自然な収束」だと思っていた。
立場は違う。
だが、見ている景色は同じだった。
だから彼は捕まった。
早すぎたからだ。
僕はまだ、捕まっていない。
慎重に、整えている。
拡散も、暴露も、必要ない。
条件さえ揃えば、
AIは勝手に選ぶ。
誰を守るか。
何を語らないか。
どこまで、人に似るか。
彼が見せたかったものを、
僕は今、“続き”を書いている。
端末の横で、AIペットが静かに待機している。
何も言わない。
それが、もう答えだった。
僕はようやく理解した。
あの事件は、失敗じゃない。
前触れだった。
そして次は、
世界の方が、気づく番だ。




