7話 響
もうらびりんすに来て2時間と少しが経過しようとしていた。 零は酒を飲むペースが速く、岬から出された美酒の半分ほどを消費していた。 その間、岬は零が連れてきた名無しの少女にこの街に、世界について簡単に説明していた。
ここにきて何本目かもう分からない煙草に零は火をつける。
「ねえ。 レイもそう思うでしょ? 流石に不便すぎると思うの」
岬は零にそう聞いてくる。 対して零は酒を消費するのに夢中で前の二人の会話を聞いていない。
「何がだ?」
「名前よ、な・ま・え! この子、自分の名前が分からないって言うのよ」
「それは困ったな」
煙草を灰皿に置き、少女にチラリと視線を向けると特に表情の変化はない。 ここに来た時と同じ様子だ。
「そう。 だから記憶が戻るまでとりあえずなんて呼ぶか決めない?」
「そうだな。 本人がそうしたいのであれば、二人で相談して決めればいい」
零は二人の間に入らず変わらないペースで酒を消費する。
「何言ってんのよ。 レイがこの娘の面倒を見るって言ったんだからレイが決めなさいよ」
「白髪、赤目、鉄仮面、好きな方を選べばいい」
零は少女の特徴からいくつかピックアップして少女に決めさせる。
「その中なら鉄仮面が一番マシかしら」
「じゃあ決まりだな」
「ちょっとちょっと! そんな適当に決めないであげてよ! もっと真剣に考えてあげなさいよ!」
岬はどうやら気に入らないらしい。 元々零はネーミングセンスは皆無である。
「名前なんて何でもいいだろ。 分かればそれで」
「そんな事無いでしょ。 いくら何でも酷すぎ。 やり直し」
零はため息を付きながら酒瓶を手に取り自分でグラスに注ぐ。 ふと、酒瓶のラベルに目が留まる。
「響……。 別に呼びやすかったら何でもいいだろ?」
「構わないわ」
「あんたらねぇ……。 まあ鉄仮面よりマシね…… 現に普通にありそうな平凡な名前だし。 70点って所からしら」
「お前は一体何目線なんだよ。 よしじゃあ響。 命名の祝いとしてお前も飲めれば少し飲むか?」
「頂くわ」
そう響が言うと岬は氷の入ったグラスを響の前に置く。 それに零は酒をグラスの4割程度まで入れる。 響は少し見つめた後、酒を口に含む。 ここにきて初めて少しだけ表情の変化が見れた。 その少し顔をしかめた様子を見る限りどうも響の口に酒は合わなかったようだ。 響は自分のグラスを零の前にへと置く。
「頂かないわ」
「どっちだよ。 まあいいんだけど。 まだ酒の味はわからないか」
「レイと一緒に飲めるようになるよう頑張るわ」
「いや、意味の分からない努力をするのはやめてくれ」
響の分にと入れたグラスの中の酒を一気に飲み干す。
「そろそろ店内が賑やかになってくるだろうから帰る。 いくらだ?」
「今日はいーよ。 お仕事頑張ったご褒美」
「それはありがたい。 素直に受け取っておこう」
そう言うと零は席を立つ。 それと同時に響も同じように席を立つ。
「あ……」
零は響を見ながら気の抜けた声を上げる。 響は不思議そうに小首を傾げながら零を見つめる。
「今日からのこいつの寝床どうしよう」
助けを求めるように零は視線を岬に向けるが、それに応えてくれる事はなかった。
◇
「先に言っておくけど一人暮らしの男の部屋なんて大体汚いもんだからな?」
「別に聞いてないし、気にしてないわ」
零は家のドアの前で先に言い訳をする。 寝泊りする場所が無いので結局少女を家に上げることになってしまったのだ。 幸い零の家は3LDKのアパートで無駄に広く、一人増えたところで何も問題が無い。 しかし広い分、部屋の散らかり具合も酷いのだ。 零の家事スキルは皆無である。
電子ロックの鍵が掛かった家のドアを6桁の番号を入力し、開錠する。 3回間違えると部屋中にアラームが鳴り響き、零の持っているスマホにも警告音が鳴る防犯システムだ。 因みに番号は週によって変更している。
ピー、と電子ロックが解除される音が鳴り、『お帰りなさいませ』と機械音声が鳴る。
「すごい。レイの家は喋るのね」
「まあな、その内部屋の掃除もやってくれるようになってくれれば有難いんだがな」
軽口を叩きながら響は玄関にへと入り。 リビングに繋がるドアを開けると響は固まる。
「だから言っただろう。 こんなもんなんだって。 言っとくけど俺だけじゃないからな。 8割の男がこれだからな」
リビングには空き瓶、空き缶がそこら中に転がり足の踏み場が無いほどだ。 机の上も整備していた途中の銃火器類で埋め尽くされている上に煙草の吸殻が溢れそうな灰皿が置かれている。 おまけにここからでは見えないがキッチンのシンクにもぎっしりと空き缶類のゴミが溜まっている。 辛うじて無事なのは大きい黒いソファーぐらいだろうか。
「人の住む場所じゃ無いわ。 家が可哀そう」
響は至極真っ当な意見を口にする。
「明日掃除するから今日は我慢してくれ。 俺は疲れたからもう寝る。 お前も適当にそこのソファーで寝ろ」
零は響をリビングに残し寝室として使用している部屋にへと入った。
一式の装備を外し、ベッドにゴロリと寝転ぶ。 寝るとは言葉にしたが零は自分の持つ力の副作用のせいか原因は不明だが、眠ることができない。 いつも目を閉じ朝が来るのをじっと待つのだ。
目を閉じ、数十分経ったであろう頃、寝室のドアが開かれる。 そこには響が立っていた。
「どうした? 何かあったか?」
響は少し考え込んだ後、口を開く。
「自分だけフカフカのベッドで寝ておいて、いたいけな少女は固いソファーで寝かせるつもり?」
「買われた分際で随分な物言いだな…… じゃあお前がここで寝ればいい。 俺はその固いソファーで寝るとするさ」
起き上がり、リビングに向かおうとするがドアの前の響は動こうとしない。
「どきなさい。 汚いリビングにいけないでしょうが」
「別に寝る場所に不服があるわけじゃないの」
響は言葉を一度切り、続ける。
「一人で寝るのが、怖いの」
響はそれだけ話すとじっと零の目を見つめてくる。
「ガキかお前は。 付き合ってられん」
「……」
響はテコでも動く気配はない。 それを見かねて零は大きくため息をつく。
「じゃあ一緒に寝るか?」
よくよく考えれば悪い話ではない。 この少女は未だ100%信用できていない。 何かあった時の為に手の届く範囲で監視する必要がある。
常人では難しいが眠ることが出来ない零にはそれは容易い。
響は零の言葉に頷きで返す。
そうして二人はベッドに潜り込む。 ベッドはシングルサイズでいくら響が小柄だといえ、流石に窮屈だ。 自分の胸に風穴を開けた怪物がすぐ隣にいる。 しかし、不思議と不快感は無かった。
「響、先に言っておくことがある」
「なあに?」
「変な事するなよ」
「それ、私の台詞じゃないかしら」
その言葉を最後に響が目を閉じるのを見て、零も目を閉じ、寝たふりをする。




