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殺し屋と少女と日本刀  作者: uniki


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5話 終わりと始まりの銃弾

 この世界は分厚い雲に覆われている。 そのせいで日中は薄暗く、夜になろうものなら光の一切差さない暗黒に染まる。 この異常気象は人ならざる者の王である”魔王“が存在している為に起こりえる現象らしい。


 人々は月と太陽を魔王が隠していると、何ともファンタジックな言い方をする。 どうやら魔王の呪力は強大すぎて世界のキャパシティを超え結果、異常現象が起きているようだ。


 人からも、世界からも拒絶される存在。 俺はその話を聞いて少し同情した。



 ◇



 「昨日と何も変化無しか……」


 零は一人、件の祠の周辺を調査しながら溜息混じりに呟く。 結局昨日らびりんすで岬と言い争いをしてから零はすぐに自宅へと帰り装備の準備を行い、早朝の現在に再び戻ってきた。 一応岬には家を出る前に「片付いたら連絡する」とSMSを送っておいた。 既読は付いているが返信が一切無い。 相当お怒りの様子が伺える。


 煙草を吸いながら目の前にある昨日と何一つ変化が無い祠を零は穴が開きそうになるほど見つめる。 この祠は異様なまでの破壊耐性を持っている上に、町村はこの祠に手を触れた瞬間様子がおかしくなった。 恐らく何かしらの呪術が作用していると考えるのが妥当だろう。


 そしてその後現れた黒衣の襲撃者。 術者はそいつの可能性が高い。 つまるところ術者を呼び出し、無理やりにでも呪術を解除させれば祠と町村、二つの課題が解消されると思われる。 問題は手段だ。


 深く煙草の煙を大きく吸い込む。


 昨日、町村が祠に触れた後に黒衣の襲撃者が現れた。 それは零が触れたとしても同じ事なのではないだろうか。


 零は腰に下げていたナイフを抜き取りその刀身を見つめる。 呪術が付与されており、ちょっとやそっとじゃ刃こぼれどころか切れ味が落ちる事のない代物だ。 ただ人を傷つけるだけの為に洗練された、冷たく光る刃は、零を幾度なく境地より救ってくれた相棒のようなものだ。


 祠に触れて身体に異変を感じるようだったら自害すればいい。 幸いにも零は"何度でもやり直せる”


 世界の理から反した愚かな考えに思わず乾いた笑みが零の口から零れる。 首筋にナイフを当てながら、零は煙草の火と迷いを同時にもみ消す。


 ゆっくりと、ゆっくりと祠に手を伸ばし、触れる。 やっとの思いで触れた祠は見た目通り木の感触があった。 特筆すべき点は特に無い。


 「……」


 数十秒経ったが、何も起こらない。 身体に異変も感じられない。 昨日町村が触れた直後に発生した嫌な気配も。


 零がゆっくりと首筋からナイフを下ろした瞬間。


 木々の音、小鳥の囀り、風の音、全てが消えた。


 祠に背中を向けながら左手にナイフ、右手に懐より取り出した拳銃を正面に向ける。 間違いなく奴が来る。


 五感を研ぎ澄ましどこから来るか探る。 だがしかし奴は普通に正面、零がここまで来るのに登ってきた階段をゆっくりと上り、姿を現した。


 黒衣の襲撃者は少し歩みを進めると零との距離が20㍍ぐらいのところで立ち止まる。 手には刀身が血のように赤い、抜き身の日本刀を携えている。


 「昨日は世話になった。 俺を見て思うところがあるだろうが、まあとりあえず話を聞いてくれ」


 昨日殺したはずの人間が生きているどころか、五体満足で目の前に立っているのだ。 普通の人間の感性なら恐怖しか浮かばないだろう。 普通であれば。


 しかし、黒衣の襲撃者は微動だにしない。 山に木が生えているように、砂漠に砂があるように、そこにいるのが当然の権利だと思わせるように佇んでるだけだ。


 「銃を突きつけた状態で信用してもらえるか分からんが、俺はアンタと仲良くしたいだけだ」


 黒の襲撃者に言葉が通じているのか、そもそも聞こえているか分からないが言うだけはタダだ。 零は相手を逆上させないように敢えて軽い言葉で続ける。


 「昨日、俺と一緒にいた変な髪形をした男。 あれの居場所を知らないか? 後、この祠なんだが……」


 「コ……」


 黒衣の襲撃者が初めて口を開く。 しかし声が小さく、あまりよく聞こえない。


 「コ? なんて言った。 聞こえなかった」


 「コ……ロス」


 「やっぱそうなるのか……」


 風に吹かれる一本の低木のように静かに佇んでいた黒衣の襲撃者は風の代わりに濃密な殺気を纏いながら地面を蹴り、手に持った凶器で再び零の命を散らすべく、距離を詰める。


 加えて零は相手の動きを封じる為に照準を足に合わせ、迷わず引き金を引く。 開戦の合図に相応しい耳を劈くような発砲音が森の中に鳴り響く。


 「いい目をしているな。 少なくとも人間じゃない」


 零は銃で右足を狙ったが、黒衣の襲撃者はこの短い距離にも関わらず、まるでダンスを踊るかのように後ろにターンし銃弾を避けた。 零は再び狙いを定めようとするが黒衣の襲撃者は一気に距離を詰め、あっという間に零の懐に潜り込む。


 黒衣の襲撃者は下段から手に持った日本刀を零の首にへと振る。 それを零は、ほぼ本能反射で頭を低くしてなんとか回避し、後ろに下がりながら再び3発発砲する。 しかし弾は1発も当たらなかった。


 「音速を超える銃弾をこうも簡単に避けるとはな」


 「コロ……ス! コロス!」


 弾は全部避けられてしまったが回避行動にわずかに時間が掛かる為、距離は稼いだ。 再び後ろに距離を取りつつ銃弾をバラ撒くがどれも着弾することなく黒衣の襲撃者は難無く回避する。


 「アッ……アアア!!」


 人間とは思えないような狂気に満ちた絶叫を上げながら黒衣の襲撃者は突進してくる。 狙いは最初と同じく首だ。 零は敢えてナイフで受け止め、黒衣の襲撃者の腹部に銃を押し付ける。 零距離なら避けようがないと、そう踏んだのだ。


 「悪いが少し大人しく……」


 一瞬の出来事だった。 ナイフからピシりと小さな悲鳴が聞こえた。 軸をずらし黒衣の襲撃者の側面に回り、発泡する。 着弾。 黒衣の襲撃者は腹に鉛玉を抱えていると言うのに相変わらず人間離れした動きで距離を取る。 ナイフに目を向けると刀身が折れかけていた。


 「ようやくこれで昨日の礼ができたな。 因みにこの銃弾だが、特別な呪術が施されていてな。 体内で抱えると全身に毒が回るようになっている。 早く摘出しないと手遅れになるぞ」


 零は得意の虚言を口にする。 これで止まらなければ、この怪物はきっと死ぬまで戦い続けるのだろうと零はそう感じた。


 「ガ…… ウガアアアア!!」


 負傷しているにも関わらず猛獣の鳴き声のようなものを上げながら突進してくる。 零はそれを退きながら迎え撃つ。 残弾は残り一発。


 「そろそろ終わらせよう。 俺としては降伏してくれた方がありがたいんだが」


 「アアアアアアッッ!!」


 聞く耳を持たず黒衣の襲撃者は突きの姿勢で突進してくる。 今までとは比べ物にならない速度だ。 アイツもここで決着をつけるつもりなんだろう。


 覚悟はできた。 死ぬ覚悟じゃない。 殺す覚悟だ。


 零は黒衣の襲撃者が放つ必殺の一閃を躱すことなく受け止める。


 真っ赤な日本刀が身体を突き抜け、零に耐え難い激痛が走る。 何とか気を保ち、黒衣の襲撃者の首を掴み、頭に銃口を突きつける。


 「”砂嵐ちゃん”によろしく言っておいてくれ」


 引き金を引く。 銃弾は問題なく発射され、黒衣の襲撃者が地面に倒れたのと零の意識が無くなったのは、ほぼ同時の事だった。


 

 ◇



 記憶欠落(ロストメモリー)。 すこし前に起こった呪術災害の名前だ。 突如全世界が真っ白に染め上がり、その光を直に浴びた者は記憶の一部を喪失した。


 どうやら運悪く俺もその光を浴び、名前とその白光の光景、忘却(オブリビオン)以外の記憶を全て失った。 程度は人によるが俺は廃人にはならなかったものの最悪の部類に入るはずだ。


 自分が何者だったかを知るために名前を手掛かりに俺という存在をあらゆる手を使い探したが、どうも葉月零という人間はこの世に存在しないらしい。


 俺は、自身が持つこの異質の力を根拠に、自分にはこの世界を変えれるほどの力があって、その使命があるんじゃないかと思った時期もあった。


 だけど、それは違ったんだ。 そんな事、少し考えれば分かったはずなんだ。 俺は少し、人より頑丈なだけの所謂”死にぞこない”なだけだ。 ただ死なないだけの男に何も守れやしないし何かを変える事などできるはずがない。


 だから、自分探しはもう辞めた。



 ◇




 「……っつ」


 零は胸の痛みで目が覚める。 すぐ傍には紅の日本刀を握ったまま黒衣の襲撃者が倒れている。


 零は起き上がり自身の体を確認する。 傷は塞がっているがやはり完全には治しきれないようだった。 ある考えが過り、死んだ黒衣の襲撃者から日本刀を奪い、それで自分の手の甲を少し切ってみる。


 「なるほどな。 そういうことか」


 少しの切り傷であれば零の呪術で10秒も掛からないはずだが、この刀で出来た傷は修復される時間が異様に遅い。


 「呪殺刀ってところか」


 恐らくこの刀は呪術の力を低下させる能力があるのだ。 故に零の傷も完全に修復されるのに時間が掛る。 零は呪殺刀と名付けた紅の日本刀を手に持ち祠の前に立つ。


 始まりは全てこの祠のせいだった。 ようやくこれで終わらせられる。 零は今回の戦いに終止符を打つべく祠に呪殺刀を振り下ろす。 そうすると祠はあっけなく瓦解した。


 「短いようで長かったな」


 零は煙草に火をつけ呪殺刀を手に立ち去ろうとしたが、黒衣の襲撃者の死体が目に留まる。 今となっては特に思う事は無いのだが、顔くらい見ておいてもいいだろうとそう思ったのだ。 最も、頭を打ち抜いたので形を保ってるかどうかは分からないが。


 零は黒衣を一気に剝ぎ取ると同時に言葉を失う。


 黒衣の中身は真っ白い長い髪の少女だった。 肌と髪の白さとは裏腹に黒が基調の蝶があしらわれた着物を着ている。 目を閉じて存在するそれはまるで人形のように美しいがこれは異常だ。


 「こいつ…… 本当に死んでいるのか……?」


 静かに眠る少女にはあるべきはずの傷が一切無かった。

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