11話 何かが起こるときは唐突で
「待て!! 待ってくれ!! 俺はまだ死にたく……」
「残念だがここで終わりだ」
男の言葉を遮り、零は後ろから組み付いていた男の頸動脈をナイフで撫でる。 路地裏の壁にキャンバスに赤い絵の具を投げつけたように鮮血が広がる。 目撃者は無機質な街灯だけだ。
「やはりか」
血をまき散らして死んでいった男のポケットを漁ると、ビニールの薬包紙が3個出てくる。1個の薬包紙に2個のタブレット剤が入っている。
先に断っておくが、零には死体漁りの趣味などない。 ただこうしているのは理由があるのだ。
まず最初にこの男を殺すに至った経緯だが、町村家を出た後にすぐに殺しの依頼が岬より届いた。 この今は亡き男の罪は大量殺人のようだ。 次にこの男を追い詰める為に人気のないところに誘導した所で男は呪術を使った。 風の呪術だった。 空間を切り裂く、かまいたちを飛ばすようなものであった。 特段珍しいものではない。 問題は呪術の”質“だ。
男の放つかまいたちは初動は遅いが数が膨大だった。 通常の術師であれば連続で飛ばせる風の刃は3つが平均。 優れて4、5個と言ったところだろう。 だがしかし男は違った。
優に十を超える刃を同時に放ったのだ。 人間業ではない。 おかげで零は回避できず、左手を落としそうになった。 皮一枚で何とかつながり、すぐに修復されたが。
こういう人間の限界を超える呪術を使う奴は以前にもあった事がある。 その時は全身焼き焦がされそうになったが。 その時男が何か薬のような物を飲みこんでいたのを零は見ていたのだ。
その時はただの覚せい剤か何かかと思っていたがどうも違うようだ。 恐らくこの男も零の手にする薬を飲んでいたのだろう。
問題はこの薬が何かだが――。
そう思い零は自分のスマホで岬に電話をかける。 何コール目か分からないぐらいで岬は出た。
「あー。 はいはい。 終わったー?」
「ああ。 終わった。 忙しそうだな」
スマホの後ろで雑踏の音がする。 珍しく店が混み合ってるようだ。
「そーそー。 仕事終わったならこっちに手伝いに来てほしいぐらい」
「遠慮しよう。 じゃあな」
そう言って電話を切る。 定時報告は済んだ。 本当は薬の事で詳しく話をしたかったが別に明日でもいいだろう。 今日はおとなしく自分のねぐらに帰ることにする。
◇
「おかえりなさい」
「……そうだった」
響の存在を忘れていた。 零が玄関のドアを開けるや否や出迎えに来た。
「……怪我してるの?」
「何故そう思う」
響は零の顔を覗き込む。
「血がついてる」
そう言って響は零の頬を人差し指で撫で、それを零に見せる。 そこには確かに血液が付着していた。
「俺のじゃない。 何か拭くものをくれ」
そう言い零はリビングの黒いソファーに腰を掛け、一式の装備を解除する。
「はい」
「おお…… あったけえ……」
受け取ったフェイスタオルは暖かく潤いを帯びていた。
「科学の力よ。 今に感謝ね」
そう胸を張る響。 恐らく水で濡らして絞ったタオルを電子レンジで温めたのだろう。
「お前はそういう事は覚えているんだな」
顔を拭きながら単純に感心する。 零同様どうやら一般的な常識は失っていないようだった。
「そうみたい。 ご飯にする?」
「いや、いい。 それより酒だ」
「お酒もいいけどご飯も食べて。 作ったのが無駄になるでしょ」
零の返答を待たず、響はキッチンにへと向かう。 テーブルに食器と酒のボトルが置かれる。
「カレーよ。 口に合えばいいのだけど」
響は零が食べるのをじっと待っているようだった。 仕方なくスプーンを取り一口口に運び咀嚼する。
「どう?」
「不味くない。 普通にカレーだな」
「よかった」
そう言うと響も食べ始める。 零は酒を飲みながらカレーを黙々と食べる。
「ねえ。 レイは人を殺すときどんな気持ち?」
「突拍子もない質問だな」
普通の食卓に並べる言葉ではない。 異様な会話だ。 それでも響は返答を待つ。
「お前はこのカレーを作るときどんな気持ちで作った」
「おいしくなるかなとか味付けちゃんとできてるかなとかかな」
「このカレーの中に牛の死体が入ってるわけだが、それについては何も思わなかったのか?」
「……」
響が言葉に詰まる。 少し意地が悪い質問だっただろうか。 しかし零はそうなのだ。 殺しは日常の中に組み込まれていてもうそれについて何も思う所がない。 あくまで平常心だ。
「じゃあうまく殺せるかなとかちゃんと殺せてるかなとか思う訳ね」
「なんか違う」
「難しいわ」
「理解しなくていい」
そう。 こんな人ならざる考えは理解しなくていいのだ。 人間性を求める響にとっては特に。 そんな事を考えながら零は皿を空にした。




