10話 家族
瞳を開ける気配のない少女と暫く見つめる。 零はなんと答えていいのかわからずに黙っていると少女は再び口を開く。
「あなた、お兄ちゃんのお友達ですか?」
零は置かれた状況を理解しようとする。 隼人がお兄ちゃんと呼ばれていることからこの目の前の少女は妹か何かなのだろう。 最も似ても似つかない容姿だが。 それよりもこの少女の問に対する答えだ。 零と隼人は別に友達ではない。 しかし正直に答えると零は隼人にとっての関係性を問われることになるだろう。 普通であれば一緒の仕事をしていたで済む話だが、仕事内容が内容であり、あまり公にしたくない。 よって選択肢は限られる。
「楓~。 どした~」
部屋の奥の方から新しい声がする。 楓と呼ばれたであろう少女はその呼びかけに応じず、ずっと零の言葉を待つ。
「ああ。 友達だ」
「そうですか。 ――嘘つき」
「は?」
納得したと思えば小さな声で零に悪態をつく。 様子を探る仕草は一切なかった。 声色だけで判断したのだろうか。
「お母さん。 お客さんよ」
それだけ言うと少女、楓は零に背中を向け部屋の中にへと消えていった。 しかし入れ替わるようにして別の女がやってくる。
「はいはい。 なんか用ですか。 兄ちゃん」
現れたのは中年の女だった。 化粧で隠せない苦労皺を浮かべたどこにでもいそうな女だ。 お母さんと呼ばれていたから町村家の母親なんだろう。
「車を届けに隼人さんに頼まれたので持ってきただけです」
「ふーん……」
女はマジマジと零の顔を見つめる。 何か見透かされているようだった。
「そいつは嘘だね」
女はキッパリとそう言い放つ。 こうも簡単に平然と嘘を見抜くこの家族は一体何なんだろう。
「なぜですか」
「目。 みりゃわかんのよ。 あとその口調も嘘でしょ。 別に気を使わなくていいよ」
そう言い放った女は豪快に笑う。 零はてっきり呪術的な力を使ったのかと思ったが――。
「ただの精神論か」
「そうだよー。 アタシらの時代は全部それだったんだから。 まあ折角来たんだから茶でも飲んでいきなよ」
そう促されながら零は町村家のリビングへと通され、テーブルの前の椅子に着席する。 そうするとすぐに液体が入ったコップを目の前に出される。
「……」
何とも納得が行かない気を抑えながら零は液体を一口飲む。 よく冷えた麦茶であった。
「で、本当の所は?」
「頼まれてはいないが、勝手に車を持ってきた。 邪魔だったんでな」
「そっか。 隼人は今どうなってる?」
「分からない。 安否は確認中だ」
やけに話がスムーズに進むことからして、町村母は隼人自身何をやっているか分かっているのだろう。
「そっか…… そりゃ面倒掛けてるね」
少し悲しそうな表情を浮かべながら女は煙草に火をつける。 それに倣い、零も同じことをする。
「それとこれ町村…… 隼人からだ」
岬から受け取った120万の内60万を机の上に置く。
「情けのつもりかい? 本来アイツが受け取る資格のない金だろ?」
「資格の話などしだしたら俺すらない。 隼人は金を必要としているんだろ?」
今回の仕事は結果として零だけの力で片付いたが、命を賭けてでも稼ごうとした隼人の重い金だ。 それを自分の懐にしまうのは零はどうにも気が進まなかった。 隼人の母親はじっと何かを探るようにこちらを見つめる。
「それと一応連絡先を教えておいてくれ。 今後隼人の事で何かわかったら連絡する」
隼人の母は言われるままに零に電話番号を教える。 零は一度だけ電話を掛け、すぐに切った。
「今日はここで帰るとする。 邪魔したな」
「ちょっとまって」
隼人の母は立ち上がろうとする制止する。
「まだ何か?」
「どうして隼人の事でここまでしてくれんの? 深いダチって訳でもなさそうだし」
零の顔を覗き込む隼人の母の表情は不安や疑問ではない。
これは疑惑だ。 この街に住む人間なら誰もが持つ薄暗い疑惑の感情。 どうして近しい人間でもないのにそこまでするのかと、何が目的なんだと、そう零に聞いているのだ。
「まあダチではないな。 ただ単純に守ってやるって約束しただけだ。 それと」
「それと?」
「事が片付いたら一緒に祝杯を上げるとも約束した。 それは果たされるべきだと。 果たしたいとそう思ってるだけだ」
隼人の母は驚いた表情を浮かべ、その場に膠着する。
「あんた……。 相当変わってるね」
「よく言われる。 原因は分からないが」
隼人の母親は大きく笑うと右手を目の前に差し出す。
「隼人の事頼んだよ。 私の直感だとなんとか無事でいるはずだからさ」
「また精神論か」
零はその手を握り返し、握手する。 その手は二人の子供を育て上げてきた一人の女の力強さが感じられた。




