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いや、そんな嘘つきませんよ?

作者: 渡里あずま

「クリスティーナ! 異母妹に嫉妬し、虐げるとは……貴様は、王太子妃に相応しくない! 婚約を破棄する!」

「お姉様……怖い……っ」


 王立学園の卒業パーティーで、わたくし──公爵令嬢であり、王太子の婚約者であるクリスティーナはオルランド王国の王太子・エミリオから婚約破棄された。金髪碧眼の彼がやると、なまじ綺麗な顔をしているせいかどこか芝居がかっている。

 そんなエミリオには、わたくしを怯えた表情かおで見る異母妹・リリアが寄り添っていた。ちなみに、わたくしは自分の瞳と同じ緑のドレスだが、リリアはエミリオの瞳と同じ青いドレスを纏い、ピンクブロンドの髪にも青いリボンを結んでいる。

 エミリオの目は節穴だと思うし、リリアに対してはどの口が、と思う。

 わたくしの母が死んですぐ父は平民の愛人と、彼女との間に生まれたリリアを連れてきた。そして父はそんな母子を溺愛し、リリアがわたくしの物を欲しがる度に譲れと叱ってきた。おかげで母の形見や、祖父母からの贈り物も奪われてしまった。

 更に王太子妃教育の為、王宮に行くので最低限の衣食住は与えられたが──家では部屋から出ないように言われていたので家族と過ごすことなどないし、王宮でも教師との勉強のみで国王夫妻とも婚約者のエミリオとも会うことはなかった。王立学園に入学してからも、エミリオはわたくしと一緒に入学したリリアとばかりいて、わたくしと過ごすことはなかった。

 ……だから、婚約破棄自体は別に構わない。婚約破棄前の、リリアのあの格好はどうかと思うが。


「殿下、ご安心下さい。この性根の腐った者は除籍し、我が家から……いえ、この国から追い出しますので」


 ただ、おそらくだがリリアはエミリオの新たな婚約者に内定されたのだろう。お父様がそう申し出たのに、わたくしは途方にくれた。

 家族に未練はないが、家を出て何をどうすれば良いのかが解らない。強いて言えば祖父母のところだが、そこまでどうやって行けばいいだろう。お金を持たせて貰えるとは、とても思えない。今着ているドレスと、あとこの腰まである銀髪を売れば少しは旅費になるだろうか?

 そんなわたくしの耳に、聞き慣れた声が届いた。


「いらないのなら、私がお嬢様を貰います!」


 現れたのは、わたくしの家の料理人であるルドだった。

 わたくしより五歳年上で、淡い髪色が多いこの国では珍しい黒髪の持ち主だ。精悍な面差し。筋肉隆々で、騎士や傭兵と言われたら信じてしまいそうな彼は、いつもの白い調理服ではなく貴族の令息のような礼服を着ていた。


「ルド」

「貴様、料理人の分際で……余計な真似をするなら、解雇だ。二人まとめて、出ていけ!」

「お父様! 出ていくのは、わたくしだけで……ルド、ありがとう。あなたの気持ちだけで、十分だわ」

「……私の主人あるじは、ギオーニ公爵ではありません。お嬢様のお祖父様である、ザラ辺境伯の命で働いておりました。だから私は解雇ではなく自分の意思で辞めますし、お嬢様を辺境伯領へ連れてまいります」


 ルドの言葉に、わたくしは感激した。祖父が、手を回してくれていたとは──そう言えば、他の使用人達は最低限の面倒のみ見てわたくしを無視していたが、ルドだけは食事を上げ下げする時に挨拶したり、時たま焼き菓子やジュースをおまけしてくれた。それだけと思われるかもしれないが、昔、仲良くなった使用人達が辞めさせられたので、わたくしにはそれだけでも救いで癒しで、そして好きにならずにいられなかった。

 そんな彼が、わたくしを助けてくれるなんて──感激するわたくしを嘲笑うように、エミリオが指差してきて言う。


「ハッ! 平民同士でお似合いだっ。ドブネズミどもは、早く出ていけっ」

「……あなた達が除籍しても、クリスティーナ様は辺境伯の孫娘です。あと、私も平民ではありません」

「「「「えっ?」」」」

「私はラス公国の第三公子、ジェラルドです」


 王太子妃として教育を受けていたわたくしは、キッパリと名乗られたその名が、確かに隣国であるラス公国の、公族の名前だと知っていた。

 かつて我が国が帝国だった時の一貴族だったが、独立し近隣の国や部族と活発に交流して栄えた国だ。同じように配下の国が独立し、今では王国となって歴史だけを誇る我が国とは国力が完全に逆転している。

 ちなみに最初の公妃は病に倒れ、その後、我が国出身の平民女性が見初められたが、その公妃の息子がジェラルドである。どういう縁で、彼はお祖父様と交流があったのだろう?

 しかしエミリオは認めたくなかったのか、それともそもそも知らなかったのか──振り払うように手を振り、高らかに言い放った。


「こんなところに、公族がいる訳ないだろう!?」

「いや、そもそもそんな嘘つきませんよ?」


 エミリオの言葉に、ルド──いや、ジェラルドがごもっともなことを言う。だが、エミリオの言葉に勢いを得たのか今度はリリアが言った。


「そ、そうよ! しかも、お姉様を助ける訳ないわ!? お姉様、使用人にこんな嘘つかせて恥ずかしくないの!?」

「いえ、わたくしは何も」

「本当に、浅ましい娘だ。よりによって、他国の公族のフリをさせるなんて」

「そんなに、わたし達が目障りだったのね!?」

「「…………」」


 咄嗟に否定したが、更にお父様とお義母様まで乗っかってきたのにわたくしは言葉を失った。ジェラルドも呆れたのか、反論しない。

 そんな彼と顔を見合わせて、もうどう思われても良いからとにかく家を、そして国を出ようかと目で会話をしたその時だ。


「お前達、黙るんだっ」

「そうですよね、父上。本当に、厚かまし」

「黙るのはクリスティーナ嬢達ではなく、お前達だ! ジェラルド公子の言う通り、公族を騙るなどありえんだろうがっ」

「「「「えっ?」」」」


 息子可愛さ故か、わたくしへの冤罪と追放については黙認していた国王陛下だったが──流石にまずいと思ったのか、エミリオ達を叱咤して止めたのだった。



「物心ついた頃から各々、やりたいことをやるようにって父から言われて育ちました。だから私も料理の道に進みましたし、母からの紹介で辺境伯に雇われたんです」


 何でもジェラルドのお母様は元々、お祖父様のお屋敷に仕えていた料理人だったらしい。そして料理の勉強にとラス公国に行って働いているところを、お忍びで城下に来ていた公王に見初められて公妃となったそうだ。

 そんな母親の影響で、料理人の道に進んだジェラルドを公王陛下は特に可愛がっており──そのジェラルドを侮辱したことで、公国の不興を買うことを避ける為か、エミリオは王太子から外されてギオーニ公爵家に婿入りすることになった。とは言え、リリアもお父様もお義母様もジェラルドを信じず、わたくしを非難したので家族揃って社交界への参加は禁じられ、事実上の軟禁状態となった。


「最初は辺境伯様に言われて、やって来ましたが……虐げられていても腐らず学び、挨拶に答えたり淹れたお茶を美味しそうに飲む姿を可愛く、いじらしく思いました」


 そんな中、ジェラルドは王族と公爵家がわたくしを切り捨てようとしているのを知ってわたくしへの気持ちが同情ではなく、愛情だと気づいたそうだ。

 本当ならさっさとわたくしを連れ去りたかったそうだが、お爺様から婚約中に行動を起こすとわたくしに迷惑がかかると諭されたそうだ。それ故、婚約破棄されたタイミングでの登場となったらしい。

 辺境伯領に着くまで、三日。ちょっとした旅行なので、お互いパーティーの時の礼服ではない。わたくしはジェラルドの琥珀色の瞳を思わせる黄色のワンピースを着ているし、ジェラルドも私の目と同じ緑のシャツを着ている。なるほど、婚約破棄前だと微妙だと思ったがこういうことは楽しくて嬉しい。

 ちなみにこれからのわたくしは、何と辺境伯領を継ぐことになった。そして、身分を明かしたジェラルドは入り婿として、私を支える──のを理由に、辺境伯領で料理人を続けることになった。


「ギオーニ公爵家では、満足に食べさせられませんでしたから……これからは私が、美味しいものをたくさん! 食べさせますからね!」


 大きな体を乗り出して力説するジェラルドは、年上の男性なのにとてもとても可愛かった。太ることは気になるが、気持ちは嬉しいのでほどほどに受け入れようと思う。


「それにしてもまさか、嘘つき呼ばわりされると思わなかったです」

「わたくしも、共犯者扱いされるとは」


 辺境伯領行きの馬車に揺られながら、わたくしとジェラルドはそう言って──顔を見合わせて、笑い合った。

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