第1話 寮長の憂鬱
「はぁ~」
第三寮3グループの寮長リナは、大きなため息をついた。
ここは、生涯の伴侶を決めるために、18歳から22歳までの男女が集められ、恋愛を目的に共同生活を送る寮である。
彼らはここで将来のために様々なことを学ぶと同時に、結婚相手を探している。
ウイルスの脅威から人類を救うのは、この種族の使命。種族繁栄は義務だ。
第三寮は現在12グループに分かれており、それぞれのグループに寮長がいて、寮内の人間関係を観察監督し、退寮までにお互いが納得できるパートナーに出会えるようサポートしている。
簡単に説明すると、見合いおばちゃんのようなものだ。
なお、22歳までにパートナーが見つからなければ、他のグループの寮長も集まり、結婚相手を決定する。
とはいえ、やはり自分で納得して選んだ相手のほうが家庭円満となり、出産する子ども数も多いと統計に出ているため、でき得る限り寮生が自分で選んだ相手とに退寮できるようサポートするのが、寮長をはじめとしたここのスタッフの役目だ。
寮生のヒアリングも仕事の1つで、彼らの相談役としての存在意義も大きい。
リナは42歳。
自分は出産、育児の務めを終え、第三寮の寮長補佐を5年勤め、一昨年度から寮長となった。
寮長補佐の時代からずっと3グループに勤めている。
今までさまざまな恋愛模様を見守ってきた。
ときには助言し、ときには裏から手を回すなどして、多くのカップルを見送ってきた。
だけど、今回のようなパターンは初めてで、1年間いろいろと促してはみたものの状況は変わらず、リナの大きな心配事の1つとなっている。
心配事の種は、昨年度入寮してきた19歳のテラスという女子寮生のことだ。
テラスのようなパターンは初めてで、いくつもの修羅場を経験してきたリナでも初めての事態である。
「はぁ~…どうしましょうかねぇ~…」
資料を見ながら独り言が勝手に出てくる。
第三寮は、生涯の伴侶を見つけるための場所である。
ああ、それなのに。
テラスは恋愛にまったく興味がないのだ。
寮生たちは12歳から17歳まで過ごす第二寮で何をするのかはしっかり理解し、自分磨きを始める。
入寮と同時に、より自分に相応しい相手と出会えるよう、努力をするのだ。
第三寮でも、男女が親しくなれるような様々な工夫を当然する。
例えば食堂は1箇所で、時間は自由だが、3度の食事は食堂ですることとなっている。
5日に1回、全寮生参加必須の立食会を開き、同じ5日に1回、抽選で(実は寮長と補佐で出席者を決定している)男女5名ずつの、少人数制の談話会も開かれる。
男女の出会いや親睦が深まるよう第三寮は作られているのだ。
それなのに、なぜ。
テラスは本人に恋愛への興味がなく、さらに不思議なほど異性からのアプローチもない。
見た目はごく普通で、性格もキツイところもなく穏やかなのに、本人の希望が通じてしまうのか、入寮後1年になるというのに、浮いた話が一切ないのだ。
それをよいことに、彼女は勉学にすっかり専念している。
テラスの専攻は生物学、特に植物・薬草で成績は素晴らしく、将来は優秀な薬の研究者にだろうと期待されていた。
それは褒められるべきことなのだが、この種族に生まれたからには、最優先されるべきは勉学ではなく子孫繁栄。
第三寮にいる間は、恋愛が何より大事なのだ。
テラスの入寮後、リナは何度も面談をした。
彼女の言い分はこうである。
「だって良くわからないんだもん」
そしてある日、とんでもないことを言い出した。
「薬剤研究所で行われる新薬の研究発表会に行かせて下さい!」
生物学の講師であるシラウスは薬剤研究所も兼務しており、彼から研究発表会の話を聞いたそうだ。
もちろんリナは却下した。第三寮生は、基本的に寮の区画外への外出は禁止されている。
不慮の事故を防ぐため、よほどの理由がない限り、外出は許されない。
全く、あの子は何を考えているのか…。
途方に暮れそうになったリナだが、1つの名案が浮かんだ。
一時的外出を許可する交換条件として、お見合いを受けさせること。
普通は22歳を迎えるまでは本人の意思に任せ、お見合いは設定しない。
しかし、あと2年見守って、テラスが積極的に恋愛市場に参戦するとは思えなかった。
それならば、お見合いを交換条件として外出許可を出し、少しでも恋愛に興味を向けてもらおう。
リナがお見合いを提案すると、テラスは流石に驚いた顔をしたが、それで外出許可が出るのであればと、条件をすんなり飲んだ。
只今ウキウキで3日間外出中である。
テラスが寮へ帰ってきた次の日に、お見合いを設定している。場所も確保済み。
ところが、肝心の相手がなかなか決まらない。
お見合いではあるが、テラスが恋愛に興味を少しでも持てれば今は充分なので、彼女を上手に導けそうな相手、ということになる。
積極的過ぎてもテラスが逃げ腰になり逆効果だろう。
できれば女性の扱いが上手で、穏やかで人間的に万人受けする男子が良い。
しかし、そのような男子は当然人気が高いのである。
お見合い相手には、その場だけではなく、少しの期間テラスの興味を異性に向けるよう協力してもらう必要があるが、人気が高いゆえにトラブルになりやすく、そういう問題回避能力も求められる。
リナは3名までに絞られた名簿をもう一度読み込んだ。
この中で誰が適任か。
「よし。決めたわ」
悩んだ末、ようやく決断するリナ。
彼なら、生物学の話もできるだろう。
人間性も問題ない。
面倒見が良さそうだし、彼ならばまず、外見だけで好印象を持たれるだろう。
穏やかな性格の彼なら、私の厄介なお願いも聞いてくれるだろう。
それに…。
決めたら即行動。
リナは早速彼に連絡をとることにした。