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9.認識阻害が完璧過ぎる

 現れたのは熊の姿をした妖獣だった。

 近くには林がある住宅街。沿うように川が流れる広めの道路。

 通常の熊よりも身体がかなり大きく、力も耐久力も強かった。大型車を軽く吹き飛ばし、車が激突しても平気な顔をしている。

 が、スピードはそれほどでもない。

 つまり、キリとは相性が良い。加えて今は紐野の爆弾攻撃もある。ただ、その凄まじい耐久力を利用して、攻撃を2、3発受ける覚悟で突進してこられたら厄介かもしれない。

 が、それも杞憂だった。

 「アイス・ホールド!」

 青を基調としたデザインの衣装を身に纏ったまだ中学生くらいに見える少女がそう大声を上げた。薄い水色の氷柱のような長い髪が印象的。その数秒後、ヒューンという妙に高い音が鳴り響き、熊の妖獣の足元に氷塊ができる。氷塊は熊を捕らえはしなかったが、氷塊を踏んだ熊は豪快に滑った。転倒する。

 魔法少女アイシクル。

 まだ幼い容姿の魔法少女だ。半年くらい前にこの辺りに現れるようになった。

 アニメでもドラマでも魔法少女ものはよく流れていて人気だし、何より魔法少女が実際に現れて活躍している。幼い女の子が憧れてるのも無理はないだろう。だから彼女のようなニューカマーも現れるのだ。

 「メラメラ・スペシャル!」

 倒れた熊に向けて今度はそう声が上がる。

 「スネーク、ファイヤー!」

 その後、まるで蛇のように地面を這う炎が高速で近づき、熊を縛り上げるようにして絡みついた。拘束力はないようだが、熊の身を焼いている。

 魔法少女ファイヤビー。

 炎攻撃を得意とする魔法少女だ。キリと同じくらいの年齢に見える。キリよりも強い赤の衣装を身に纏っていて、ミディアムボブの髪はまるで炎を纏っているかのようだ。

 熊は火の蛇に焼かれて苦しんでいる。そんな熊に向けて今度は「竜巻の刃!」という声が響いた。竜巻状の風が熊を襲う。これはキリの攻撃だ。攻撃力は高いが、攻撃範囲が狭いので鈍い動きの相手にしか使えない。竜巻をくらった熊は大きく後ろに跳ね跳んだ。転がる。先が川になっている金網のフェンスにぶつかって止まった。が、熊はまだ動いていた。立ち上ろうとする。それを見ると、近くに潜んでいた紐野は爆弾を投げつけた。爆発音が響き、熊は倒れた。

 恐らくはそれで絶命した。

 魔法少女3人と、爆弾で武装した違法少年1人が相手。しかも、相性も悪い。流石に熊に勝てる見込みはなかっただろう。少々、憐れにすら思えた。

 完全に動かなくなった熊の近くに魔法少女ファイヤビーが近付いていく。足で踏むようにして反応を確かめ、キリやアイシクルの方を見て言った。

 「完全に死んでるわね」

 それを聞いて紐野は熊に近寄っていった。キリも足を進める。

 紐野は熊をじっくりと観察した。巨体である以外は、通常の熊とそう変わらない見た目をしている。

 “やっぱり、結界を張る妖獣とは全然違っているな”

 漠然とした印象に過ぎないが、その熊から彼は“手を抜いた造形”という感想を抱いた。もしも、創造主たる神がいるのなら、手を抜いてこの妖獣をデザインしたのだ。

 「最後、爆弾を使う必要はなかったのじゃないの?」

 熊を観察している紐野に向かってキリが咎めるように言った。

 「最後の悪あがきくらいはしそうだったろう? それに、こっちにも爆弾を使っておきたい理由があるんだよ」

 その返答にキリは目を細めて一言、「爆弾魔」と言った。嫌味っぽい口調。

 「別に爆弾を使うのだけが目的じゃねーよ」と彼は返す。

 素直には言わなかったが、恐らくキリは爆弾を投げられるくらいの距離にまで彼が妖獣に近付いた事を“危ないから控えなさい”と叱りたいのだ。

 炎を纏ったようなミディアムボブを揺らしながらファイヤビーが言った。

 「へぇ、噂は本当だったのね」

 「噂って?」と、それにアイシクル。

 「キリが妖獣退治に男を連れて来ているって噂よ。あたしは変なファンかなんかだと思っていたのだけどね」

 それにキリは顔を真っ赤にさせる。

 「違うわよ! それは勘違い! こいつはただのサポート役! 違法少年の契約をしている奴なの!」

 「何よ、違法少年って?」

 「わたしにもよく分からないわよ」

 今回の熊の妖獣は巨体でしかも暴れ回っていた為か、野次馬は一人もいなかった。周囲の住民は皆避難している。恐らく誰にも撮影はされていない。少しはリラックスして話せそうだった。キリが二人の魔法少女を見やりながら言う。

 「とにかく、今回は楽だったわね。あんた達、もっと普段から協力しなさいよ」

 それにファイヤビーは肩を竦める。

 「あたしはそんなに暇じゃないのよ」

 アイシクルは無表情で淡々と返す。

 「習い事があるの」

 そのやり取りに紐野は思う。

 “警察でも軍隊でもないんだ。普通は自分の生活を優先させるよな。他にも魔法少女はいるんだし”

 物語の中に登場する魔法少女達は事件が起こると何よりも優先させて駆けつけるが、現実では組織的なバックアップがなければそのような強制は難しい。恐らく、妖獣が出現しても誰も魔法少女が駆け付けなければ、K太郎かそれに近い存在が魔法少女の誰かと交渉してなんとか向かわせているのだろう。

 「じゃ、ま、今回はこれで終わりよね? あたしは帰るわよ」

 ファイヤビーが言うと、アイシクルも頷く。そして言い終えるなり、二人は空を飛んで消えていった。

 二人が消えていく姿を見守りながら、キリが呟くように言う。

 「あんたはどうするの? 帰るのなら、途中までなら送っていくけど。一人追加くらいなら余裕で飛べるし」

 「いや、僕は良いよ。これからここでバイトなんだ」

 「バイト?」

 「妖獣の死体処理のバイトを始めたんだ。金がいるし、それに妖獣の情報も色々と入って来るし」

 「へー」とそれにキリ。何故か少しだけ嬉しそうにしているように見える。それから「じゃ、わたしは行くわね」と言ってキリは飛び立とうとした。が、そこで紐野が思い付いたように話しかける。

 「ちょっと待て。少し疑問があるんだけど。妖獣退治しに来る魔法少女が少ない時があるってぇなら、普段から連絡を取り合って連携すれば良いのじゃないか?」

 それにキリは不思議そうな顔を見せた。“何を言われているのか分からない”といった感じ。

 「あ、ああ…… その話。

 それができないのよね。何故か、プライベートで関わろうと思っても」

 「は?」とそれに彼は首を傾げる。

 「なんだよそれ?」

 「連絡先を交換しようと思っても、何でか忘れちゃうしメモを取っても失くしちゃうの。K太郎に訊いたら、魔法少女には認識阻害がかかっていて、正体は分からないようになっているんだって」

 「それマジか?」

 「それマジよ」

 つまり、アニメやドラマで見るようなプライベートでの魔法少女同士の日常の“キャッキャ、ウフフ”なやり取りは一切ない事になる。

 「ま、だから、偶然に集まった魔法少女達で共闘するしかないって感じなの。相性の良い魔法少女達で連携できればもっと楽に妖獣を倒せるのでしょうけど」

 「なるほどな」

 と、それを聞いて紐野は呟く。これ以上、彼に質問はないらしい。

 「じゃ、今度こそ行くわね。さよなら」

 今日は警察に説明はしないらしい。何か用事があるのかもしれない。

 彼の反応をやや不思議そうにしつつ、彼女は別れの挨拶をすると飛び立って行った。その後ろ姿…… 正確には彼女のスカートの中身を彼は凝視する。

 「色気がねぇなぁ、相変わらず」

 溜息雑じりに言った。

 彼女はスカートの中にショートパンツをはいていたのだ(彼女は空中浮遊するから当然である)。あまりそそられない。ただしばらく眺めて、“ま、これはこれで……”などとも思っていたのだが。

 ……健康(?)な青少年らしく、最近、彼は彼女で淫らな妄想するようになっていた。それは魔法少女の姿の場合もあったし、普段の女子高生の場合もあったのだが、いつか見た夢のように彼女を凌辱するのではなく、合意の上で行為の場合が徐々に多くなっていた。なお、その変化に本人は気付いていない。

 

 キリが飛び去った後、紐野がそのままその場で待ち続けると、やがて警察が来て、妖獣死体処理班へ依頼が入り、彼のスマートフォンにもアルバイトの依頼連絡が回って来た。

 妖獣死体処理のアルバイトは、以前高校で彼に話しかけて来た村上アキに紹介してもらった。“爆弾を使っても妖獣退治目的ならば警察に捕まらない”という認識阻害がどれだけ機能をするのか確かめる意味も込めて、包み隠さず、「爆弾を作るのに金が必要なんだよ」と打ち明けた。もしそれほど効果がなくても、村上相手なら誤魔化せると判断したのだ。彼としてはかなりの勇気を出したのだが。すると、なんでか村上は嬉しそうな顔を見せて、

 「やっぱり、魔法少女キリをサポートしていたのは君だったんだね! “君が爆弾を作っているかも”って噂を聞いた時からもしかしたらと思っていたんだよ」

 などと言って来た。

 「頼ってくれて嬉しいよ」

 とも。

 彼は紐野を警察に通報する気はまったくないようだった。認識阻害が機能しているのだろう。

 もっとも彼は「世の中の為に働いている魔法少女に協力するなんて素晴らしいじゃないか」とも言っていたから、単に変人なだけかもしれないのだが。だから紐野は熊の妖獣退治で意図的に爆弾を使ってみたのだ。あれだけ派手に使えば普通は咎められる。誰から何をどう言われるかで認識阻害がどれくらい強力なのかを確かめられると彼は考えたのだ。

 やがてアルバイトのメンバーが集まって来ると、何食わぬ顔で紐野は妖獣死体処理に参加をした。今日は村上は来られないらしい。いなかった。爆破の痕跡は残っているのに、処理班の誰もそれを気にしていなかった。認識阻害が効いているようにしか思えない。

 “超強力だな。認識阻害……”

 と、彼は思う。

 そして、だからこそ不気味にも感じていた。K太郎…… そのバックにいる何かしらの存在の力は本物だと実感できたからだ。その時、彼はこんな疑問も持っていた。

 “――なら、どうして僕はキリの正体が二見愛だと見抜けたんだ?”

 認識阻害がここまで強力で完璧なら、多少の推理力があったところで無意味だろう。彼に魔法少女キリの正体が見抜けるはずがない。もしあの程度で見抜けるのなら、とっくに正体を見破られている魔法少女が一人や二人はいるはずだ。

 熊の妖獣の死体処理は淡々と続いた。

 その作業内容は見る人によってはショックを受けるかもしれない。巨体過ぎるので、運ぶ為には解体するしかなく、その場で肉体をバラバラにしていたからだ。腕や足はもちろん、内臓も切り離して取り出していく。胃や腸、心臓、肝臓かなにか…… 生殖器は分からなかったが、その他はどれも紐野にも予想できそうな臓器ばかりだった。

 つまり、本物の熊に似ている。

 “やっぱり、手抜き感があるな”

 と、それらを見て彼は思った。

 「あまり変な臓器はないみたいだな」

 アルバイトの幸村という人が彼と同じ様に感じたのかそう呟いた。幸村の本職は情報方面のエンジニアらしい。在宅ワークで時間に自由が利くらしく、村上と同じ様に妖獣への興味からアルバイトに参加しているのだ。幸村は彼とは比較的気が合う方だった。ふと思い付いて、話しかけた。

 「幸村さん。ちょっと質問があるのですが」

 「ん? なんだい?」

 「もし仮に情報全てを把握できたとしたら、心の中を読んだりできるものですかね?」

 幸村は博学で様々な知識を持っているのだ。

 「心の中って?」

 少し考えると彼は言う。

 「例えば、今、僕が考えていることとか」

 「んー」とちょっと悩むと幸村は返した。

 「難しいと思うよ? 怒っているとか、丸い物を思い浮かべているとか、大雑把になら把握できるだろうけど。例えば、人間の脳を仮想空間内で完全に再現できたとしよう。それで化学物質とか電気反応の流れとかを全て把握できだとしても、何が起こっているかなんてそれだけじゃ分からないよ。竜巻を仮想空間で再現できても、構造が分からなかったりするのだけど、それと似たようなもんだね。

 ま、もちろん、そんな事ができれば今よりはずっと人間心理の研究は進むだろうけど」

 「なるほど。もし、情報が全て把握できたとしても、人の心を理解したいのなら、実際の行動や発した言葉なんかから予想する方が手っ取り早いって事ですかね?」

 「そうだと思うよ。何でそんな質問をするの?」

 「いえ、ちょっと疑問に思ったものですから」

 少しの間の後に彼は別の質問をした。

 「もし、神様みたいに他人の脳に自由に干渉できたとしたら、何かを見えなくしたりってのはできると思いますか?」

 「視覚を奪うって事?」

 「いえ、見ているのに認識させないとかそういうのです」

 「そーいうのなら、ずっとハードルは下がるのじゃないかな? マジシャンとか、そういうテクニックを使っているじゃないか。催眠でも似たような事ができると言うし」

 それに紐野は「なるほど」と軽く頷いた。

 彼の頭の中には、K太郎の事があったのだ。K太郎は彼の心中を把握していたようだった。ただ、直接脳の中身を読んだというよりは、彼の行動を何故か知っていて、そこから予想したように思えた。

 つまり、K太郎は彼を爆弾魔だと言い当てたが、それは直接、脳の中身を解析した訳ではない事になる。

 “……なら、僕が何を計画しても、K太郎には把握できない可能性が高い”

 「ふーん。ま、良いけど」

 幸村は不思議そうにしていたが、特に何も訊いては来なかった。

 

 アルバイトが終わって自宅に戻った。

 へとへとに疲れていたが、新たな情報を探る為にパソコン画面の電源を入れた。するとメーラーの受信ボックスに妙なメールがある事に気が付いた。件名にはかなり旧いノベルゲームのタイトルが書かれてあったのだが、内容は文字化けしていて読めない。

 「またか」

 と彼は独り言を呟く。

 実は以前も似たようなメールが届いていたのだ。

 普段なら消去しているが、何か気になったので彼はそのメールを残しておいていた。少し考える。

 「このノベルゲームって確か……」

 そのノベルゲームは、文書の一部が暗号になっている事で有名なゲームなのだ。暗号と言っても、普段横読みなのを縦読みにすると他の文章が現れるというシンプルなものなのだが。

 「……縦読みしても、意味の通じる文章にはならないな」

 しばらく彼は探したが、そんな箇所は見当たらなかった。だがそこで、メーラーだから、横幅を変えれば一行の文字数が変わり、縦読みがずれる事に気が付いた。そこで横幅を調整して少しずつ確かめていった。すると……

 “警察にバレないと思って、あまりやり過ぎるな”

 “こっちの苦労も考えてくれ”

 英文字や記号も含んでいたが、そのような文章として読める箇所が見つかったのだ。

 ただ、それが何を意味するのか彼には理解できなかったのだが。

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