8.契約用インターフェースキャラクター
「K太郎。やっぱり来ていたんだ」
その奇妙な生き物を見るなり、二見愛はそう言った。
K太郎?
紐野繋は首を傾げる。
少し考えて思い出した。こいつは都市伝説の中で語られている魔法少女に憑いているマスコットキャラクターのような何かだ。“実在したのか?”と彼は思う。魔法少女の使い魔とも、パートナーとも言われているが。
その彼の心中を察したのか、K太郎という名らしいその生き物は口を開いた。
『初めまして。紐野繋君。予め断っておくと、ボクは彼女の使い魔でもパートナーでもないよ。インターフェースだ』
「インターフェース?」
『そう。契約用のインターフェース。彼女に魔法の力を与えるのと同時に交渉役でもある』
それからK太郎は『失礼するよ』と言うと彼の部屋に二足歩行で入って来た。本来四足歩行の獣がスムーズな動作で二足歩行している姿は少し気持ちが悪い。それからK太郎は予め決められていたかのような足取りで紐野と二見の間に座った。斜め45度から二人を見る。
“なんだ、こいつ?”
と、紐野は思う。独特の雰囲気がある。彼は少し不気味に感じていた。
「契約って、お前らが契約して魔法少女達に妖獣を倒させているって訳か? 若い女にそんな事をさせる神経が信じられないな」
K太郎は首を横に振る。
『いいや、違うね。君は勘違いをしているよ。ボクらにとっちゃ、君ら人間の社会がどーなろうがどうでも良いのさ。妖獣が何人殺そうが、犯罪者が暴れまわろうが。
人々を困らせている妖獣をやっつけたい。犯罪者から人々を守りたい。救助をしたい。
それらはすべて魔法少女達の願いさ。ボクらが彼女達に頼んだ訳じゃない。ボクらは単に力を与えているだけ』
「力を与えているだけ? 契約って言ったよな? ならお前らはどんな対価を魔法少女達から貰っているんだ? 人間の社会がどーなっても構わないと思っているのなら、お前らに利益はないじゃないか」
『ま、そう思うだろうね』とそれを聞くとK太郎は軽く頷いた。
『君に理解可能な良い表現が思い浮かばないが、ボクらは彼女達の“純粋さ”に価値を見出しているのさ。それがボクらにとっての対価なんだ』
“は? 純粋さ?”
“何を言っているんだこいつは?”と、紐野は思った。純粋さがどーなれば利益になるのかが分からない。
「……それは魔法少女のほとんどが女だって事と関係があるのか?」
ごくわずかだが、世界には男の魔法少女の事例も報告されているのだ。もっともその場合は“魔法少年”と表現するのが正しいだろうが。
『その質問に答える義理も責務もボクにはないね。さっき説明したのだってサービスだよ』
その物言いに軽く紐野は苛立った。なんとなく上から目線で馬鹿にされているように感じたからだ。
“まあ、良い。さっきのが答えたくない質問って事だけは分かった。こいつは信用できない。なんだよ、純粋さって”
それから彼は二見…… 魔法少女キリをチラリと見た。“こんな奴と付き合っていて大丈夫なのか?”と少し心配していたのだが、それを彼は明確には自覚していなかった。
「で、その交渉役がどうしてここに来たんだよ? 僕に何か用なのか?」
『なに。少々揉めているようだったからね。見るに見かねたのさ』
それを聞いて二見が説明する。
「K太郎はちょっと口うるさいところがあるのよ」
どうもいつもの事であるらしい。
『まず、君らは互いに勘違いをしている部分がある。それを是正しないと、この話し合いは真っ当には進まないと思うんだ』
「勘違い?」と紐野は、疑問府を伴った声を上げたが、なんとなく予感はあった。にやりとK太郎は笑う。
『紐野繋君。君は彼女が自分の手柄を横取りしたと思っているようだが違うよ。彼女は君を警察から庇う為に、君の爆破を自分の魔法だと言ったんだ。魔法少女は超法規的な存在だからね。爆破させても罪にはならない。
……まぁ、もっとも、聡い君の事だ。薄々それくらいは勘付いていただろうけどね。“敢えて見ないようにしていた”ってのが正解かな?』
それを聞くと二見が彼をちょっと驚いたような顔で見た。ただ怒ってはいないようだった。
『次にキリ。君は彼が君を助ける為に爆弾を使っていると思っているようだけど違うよ。彼は端的に言えば“爆弾魔”なのさ。いや、より正確には“爆弾魔になりかけ”って感じかな?』
「爆弾魔?」とそれに二見。
「何を根拠に言っているのよ?」
『彼自身が言ったように、彼は君のファンじゃない。かつては魔法少女にそれほど興味を持っていなかったようだ。ファン・コミュニティに参加したのだってつい最近だ。恐らく君を助けた後で、君を助ける為に爆弾を使えば、君がその罪を被ってくれると知って利用できると考えたのだろう。
つまり、話が逆で、彼は爆弾を使う為に君を助けていたのさ』
再び二見は紐野を見た。今度は多少の怒りが込められた目をしている。K太郎はまだ語る。
『人は自分の心を観て他人の心を推察するという。“他人を庇う事”が理解できない紐野君は、キリの行動を“手柄の横取り”と捉え、“他人を助ける事”が当たり前のキリは、紐野君の行動を“自分を助ける為”だと解釈をした』
それからK太郎は紐野に目を向けた。
『まぁ、キリは君にお礼を言わなかったからね。君が“手柄の横取り”と解釈してしまった点には多少同情の余地はあるよ。
でも、君ももう分かっているだろうけど、それは君がこれ以上危ない事をしないようにする為だ。素直に君に感謝をすれば、君がまた自分を助ける為、危険を顧みずに爆弾を使ってしまうと彼女は考えたんだ。だから本当はお礼が言いたかったのに我慢した……
とても純粋だとは思わないかい? 美しいね』
紐野はそれに何も返さなかった。多分、二見…… 魔法少女キリが自分を軽蔑しているだろうと考え、彼女を見る事もできないでいる。
それを見て「何も言わないの?」と、彼女が訊いた。彼は何も言わなかった。そしてその無言はK太郎の言葉を肯定してもいた。フフとK太郎が笑う。
『これで互いの勘違いの溝は埋まった訳だね……
――さあ、どうする? 特にキリ。
彼は無償で君を助ける誠実で優しい人間などではなく、ただの爆弾魔だ…… 法を犯している違法少年。警察に突き出すのが、“純粋な魔法少女”としての、正しい在り方なんじゃないのかい?』
そうK太郎が語り続ける間で信じられない現象が起こっていた。紐野はその異変に驚愕していたが、何もできなかった。彼の自室であるはずなのに、闇が沁み込むように広がっていき、あっという間に真っ黒な別空間になってしまっていたのだ。広い。二見との距離も離れている。そして出入り口はその空間にはなかった。
『君らを異空間に転送した。これで彼は逃げられない。警察に通報するんだ、キリ』
それを聞くと、二見はきつい目をK太郎に向けた。その目は微かに涙ぐんでいた。
「本気? K太郎?」
『本気だよ』
二見は軽く震えていた。徐々に姿が変化していく。薄い赤や柔らかいピンクを基調としたデザインの服。ボリューム感のある編んだ黒髪が薄いピンクの長髪になる。魔法少女の姿に変わっているのだ。変身である。
「彼は仔犬を助けてくれたわ。あれは“ただの爆弾魔”の行動じゃない」
『だとしても、違法少年である点は変わらない』
「もうちょっと時間をちょうだい。わたしが彼は説得してみせるから」
K太郎は首を左右に振る。
『君には無理だよ、キリ。爆弾を使いたい衝動に駆られた人間なんて、君には理解できないだろう?』
「どうしても待ってくれないの?」
『どうしても待たない』
「なら!」
そう叫ぶと、キリは持っていた杖を振るった。黒い空間内に風を起こす。
「一度、逃げる!」
目くらましなのか、彼女はつむじ風をK太郎に向かって放った。そして、紐野に向かって思い切り駆ける。彼は真っ直ぐに自分を見つめ、迫って来る彼女にどう向き合えば良いのか分からないでいた。
彼女は彼の腕を掴もうと手を伸ばしていた。その手を素直に受け入れるべきなのかどうかが彼には分からない。
困惑する。
“どうすれば良い?”
が、その手が触れる前に声が響いた。
『残念だよ、キリ』
K太郎の声だった。そしてそれと同時に彼女を突然光の鎖が捕らえ、大きく引っ張る。彼女の身体は後方に跳ね、紐野とは離れた位置で縛り上げられてしまった。
『君の力は、ボクらが与えたもの。通じるはずがないって分かっているよね?』
彼女はなんとか逃げ出そうともがく。それを見てK太郎は光の鎖に力を込めたようだった。苦しそうに彼女は表情を歪ませた。立場の違いを思い知らせているのだろう。
『さて。もう一度尋ねよう、キリ。彼はただの爆弾魔の違法少年だ。それでもまだ庇おうとするのかい? 今からでも遅くない。警察に通報するんだ』
歯を食いしばって彼女は答える。
「嫌よ!」
『どうして?』
「だって…… わたし、彼が助けてくれて嬉しかった!」
彼女は目に涙を浮かべていた。
「たった独りで、助けを求めても誰も応えくれなくて、力がどんどん抜けていって。そんな状況で、このまま妖獣に呑み込まれて食べられるんだって絶望していたわたしを、彼は助けてくれたのよ? 絶対に裏切れない!」
その叫びを受けると『そうかい』とK太郎は返した。
『本当に残念だよ、キリ。法を犯している違法少年である彼を庇おうとするなんて。そんな君は純粋であるとは言えない。
言ったよね?
ボクらは君の純粋性にこそ価値を見出しているんだ。だから、そんな君はいらない。処分対象だ』
“は? 処分?”
それを聞いて紐野は叫んだ。
「ちょっと待て! 魔法少女の力を剥奪とかじゃないのか? その程度で処分する必要がどこにあるんだよ?」
『彼女はボクらの秘密を知り過ぎているからね。生かしておく訳にはいかない』
そう答えながら、K太郎は光球のようなものを目の前に発生させていた。
“いやいや、待て待て。いきなり処刑とか、有りなのか?”
「殺す必要なんかないだろーが!」
『安心しなよ。君は殺さない。ボクらの事を喋っても気が狂っているって思われるだけだろうしね。警察には突き出すけど』
見る間にK太郎の目の前に発生した光球は大きくなっていく。高速で回転する。覚悟を決めたのか魔法少女キリは目を瞑った。もう直ぐに処刑の為にこの光の弾丸が放たれるはずだ。
“殺される? あいつが?”
紐野繋は愕然となっていた。
力の差は歴然。何をやっても恐らくは勝てない。
“落ち着け。ほとんど知らない女が殺されるだけだ。僕を庇っていたのだって、頼んだ訳じゃないし”
そこで彼は彼女を見やった。彼女はその視線に気が付いたらしく彼を見る。それまで彼女は怯えていたのに、それを見た瞬間に彼に対し優しそうな微笑みを浮かべた。
“気にしないで”
そう言っているように彼には思えた。
光球が放たれる。
その刹那だった。彼は自分でも気づかないまま、地面を強く蹴っていた。
“あれ? 僕は何をやっているんだ?”
彼は彼女の前に立ちはだかり、身を挺して彼女を守っていた。光球を身体で受ける。腹の辺りを光が貫通したのが分かった。
“これは、死んだな”
そう彼は思った。
“くだらない人生だった”
膝をつく。
目の前が真っ暗になった気がした。きっと腹から血やら臓物やらが飛び出しているに違いない。
ああ……
ところがその瞬間に、楽しそうなこんな声が聞こえて来たのだった。
『アッハッハ! 素晴らしい! 期待以上だよ、違法少年!』
見ると、K太郎が楽しそうに笑っていた。そこで気が付いた。確かに光の球が自分の腹を貫通したはずなのに、全く傷ついてはいなかったのだ。
「あれ? え?」
彼の頭は混乱した。
「なんだよこれ?」
彼には何が何だか分からなかったが、さっきまでの言動が狂言で自分が騙されていた事だけは理解できた。苛立ちを覚え、キリもグルなのかと思って目をやると、彼女も呆けたような顔をしていた。
……どうやら彼女も騙されていたらしい。
『言ったろう? ボクらは君らが住む人間社会なんかどーだって良いって。そんなボクらが高が法律違反を問題にするはずないじゃないか』
機嫌良さそうにしているK太郎を、紐野と二見の二人は何とも言えない文句がありそうな表情で睨んでいた。
「どうして、あんな芝居をしたんだよ?」
そう紐野が尋ねると『君の純粋さを確かめる為さ』とK太郎は返す。
「純粋さ?」
『そう。君は爆破の衝動を抱えた自分は社会不適合者で穢れていると思っているかもしれないけどね、本当に醜い連中っていうのはそんな事で思い悩んだりはしないんだよ。平気で非人道的な行いをし、それを楽しみすらする。
自分の醜さに怯える君は、それだけで充分に純粋だよ』
それを聞くと、次に二見が口を開いた。
「それで、あなたは紐野君の純粋さを確かめて何をするつもりなのよ?」
K太郎はニッコリと笑う。
『そうだね。彼にはボクらと契約をしてもらおうと思っている』
「契約? それって彼が魔法少年になるってこと?」
『いや、そこまでは考えていない。代わりに妖獣退治を目的とする場合に限り、犯罪行為がスルーされるように認識阻害をかけてあげよう。妖獣退治限定だけど、爆弾だって作り放題で使い放題だ。ま、警察に捕まらないって点を除けば今まで通りの違法少年だよ』
その言葉に二見と紐野は顔を見合わせた。
「待って。警察にはそれで捕まらなくなるとして、彼は生身なのよ? 妖獣と闘えば大怪我しちゃうかもしれない」
『そこは君が守りなよ。
でも、まぁ、その辺りの要領はいいみたいだから、安全圏から上手いこと君をサポートするのじゃないかな?』
そこでK太郎は紐野を見た。二見もつられて見てしまう。静かに彼はその視線に答えた。
「僕はやるよ」
K太郎はにやりと笑う。
『オッケー。良い返事だ』
K太郎は満足げだったが、二見は納得していないようだった。
「あんたね、もしかしたら死んじゃうかもしれないのよ?」
淡々と彼は返す。
「どうせ僕はこのままじゃ、普通には生きられない。この衝動をなんとかできる手段があるのなら試してみたいんだよ」
彼女はそれを聞いて溜息を洩らした。「どーなっても知らないわよ?」と、諦めたように言う。
『では、契約だ』
K太郎は何故かとても上機嫌だった。
それから彼はK太郎と契約を行った。スマートフォンから妙なページに飛び、そこで電子署名をする。
その手続きをしながら彼は思っていた。
“それに、このK太郎ってやつも魔法少女の契約も色々とおかしい。契約をしておいた方が調べ易くなる……”