7.謎…… でもない少女が訪ねて来た
ショッピングモールに現れた爆食鼠達は、全て退治されたようだった。つまり、青蓮も無事に勝利したのだ。
自宅へ帰っている紐野繋はそれをスマートフォンで確認すると、魔法少女キリ戦での爆発について何か触れたものがないかと探した。すると、『キリと闘っていた鼠が爆破攻撃を受けた。キリの新魔法か?』といったような記事を見つけた。ただ、誰かが観ていたのか「あれはドライアイス爆弾だよ」と指摘されていたが。恐らくキリのファンが彼女を助けたのだろう、と指摘した投稿者は考えているようだった。幸い自分の姿は撮影されていないようで、助けたのが誰かは特定されていない。ただ、それでも「陰気そうな少年が熱心にドライアイス爆弾を作っていた」といった目撃証言を何人かが残していたが。
“陰気は余計だ”と彼は思ったが否定はし切れなかった。
キリ達が爆食鼠達を退治した後に警察がやって来たようだった。遅い到着だ。わざと遅れてやって来た可能性もある。闘いに巻き込まれるのを避ける為に。妖獣も魔法少女も本来は警察の管轄外だろうから、それも無理もないのかもしれないが。
魔法少女達は超法規的な存在だ。人間であるかどうかすらも特定されていないから、人間に対する法律を適応させる訳にはいかない。もちろん、害獣でもない。そもそも何なのか分からない。ただ、にもかかわらず、魔法少女達は人間社会にとって有益なのだ。妖獣を退治してくれるし時には犯罪者を捕まえてくれる事もあるし人命救助もしてくれる。世界には魔法少女の逮捕を試みた事例もあるらしいが、あっさりと逃げられてしまっているらしい。
だから、警察も半ば魔法少女の存在を容認している。一応は簡単な事情聴取はするがそれくらいだ。
記事を読んでみると、爆食鼠退治の事情聴取で魔法少女キリは「爆発は自分の魔法だ」と証言してしまったらしい。その内容を読んで彼は頭を抱えた。
“ドライアイス爆弾を僕が作っているのを見られてるんだよ! あの間抜け!”
不自然に彼女が彼の爆弾を自分の手柄にしてしまったら、他の件も疑われかねないと彼は心配をしたのだ。
“まったく、余計な事を言いやがって……”
彼女に文句を言ってやりたかったが、普段彼女が何処にいるのか分からないし、正体がもしあるのなら正体も知らない。それは不可能だった。そのはずだったのだが……
休み明け。放課後、他の学校のブレザー制服を着た女子高生が校門の前にいた。黒縁メガネに、毛量の多い髪を後ろに束ねている。地味な外見。ただよく見ると整った可愛い顔立ちをしていた。
“彼氏でも待ってるのか?”
紐野繋は彼女を見て、想像上の彼女の彼氏の男子生徒を多少嫉みつつ、できる限り見ないように通り過ぎようとした。が、何故かその彼女は、彼を見るなり顔を明るくして話しかけて来たのだった。
「紐野繋君ですよね?」
彼は目を大きくした。
“へ?”
周りの生徒達が彼に注目をする。他校の女子生徒に話しかけられる覚えなどまるでない。彼の頭は軽く混乱していた。そんな彼の様子を見て取ったからか、彼女はこう説明する。
「魔法少女ファンのコミュニティに登録していますよね? わたしも登録しているんです。そこであなたの噂を聞きまして」
ニッコリと笑っている。
それを聞いて、紐野は急速に冷静になった。そしてその時点で既に妙な予感を抱いてもいたのだった。
「魔法少女キリについて話しませんか? 何処か落ち着ける場所で。あなたの家が近いのならあなたの家でも」
まるで誘うような顔で彼女はそう言った。ただ、それは何か演技っぽくもあったのだが。と言うよりも、本当に演技なのだろうが。
魔法少女ファンを自称する彼女の名前は、二見愛というらしかった。請われるままに自宅を目指し、紐野は彼女を自分の部屋に通した。狭くて自慢できるような部屋じゃないが、パソコン以外は特に変わった物はなくて、散らかってもいない。恥ずかしがる必要はない。それでもちょっと恥ずかしかったが。少し迷ったが、一応、“何か飲み物くらいは出すか”と彼女を一人残して部屋を出る。
麦茶を容れながら、“あいつがどういうつもりでやって来たのかは分からないがな”と心の中で呟いた。もっともパターンはそれほど多くはなさそうだったが。
麦茶を容れて戻ると、部屋に入る前でドタドタと慌ただしい物音が中から聞こえて来た。どうやら部屋の中を探っていたらしい。それでなんとなく彼は彼女の目的を察した。
ドアを開け、「これ、麦茶だけど」とテーブルの上に置くと、明らかに取り繕った様子で彼女は「どうも、ありがとう」とお礼を述べた。そのまま誤魔化す為か麦茶を一口飲む。それからぎこちない不自然な様子で口を開いた。
「紐野君は魔法少女キリのファンなのよね?」
淡と彼は返す。
「いや、別にファンじゃないけど」
「そんなー。そうじゃなかったら、どうして鼠退治の時にいたのよ。ドライアイス爆弾を作ったのもあなたなのよね?」
“ネットのコメントを読んで、情報を仕入れたらしいな”と彼はそれを聞いて思う。
「いや、偶々だよ。ファンじゃない」
それを聞いて二見は青筋を立てた。怒鳴る。
「ファンじゃなかったら、あなたのした事は何だって言うのよ?!」
豹変した彼女を紐野はジッと見る。我に返った彼女は冷静を装おうとしているようだった。意図的に作っただろう落ち着いた口調で言う。
「鼠の時だけじゃないわ。その前に廃工場でもあなたを見たって証言があるの。キリを応援する為にあそこにいたのよね?」
「いや、違うよ」
また、彼女は青筋を立てた。
「じゃ、どうして、あそこにいたのよ?」
「内緒」
「話せないんだ?」
「誰にだって言いたくない事の一つや二つくらいはある」
彼女は苛立った様子で紐野を見つめた。しばらく無言だったが、仕方ないといった様子で口を開く。
「飽くまでしらばっくれるつもりなのね。なら、こっちにも考えがあるわ。実は偶然、見つけちゃったのよね」
それから彼女は彼の机の上から三番目の引き出しを指差しながら言った。
「あそこに爆弾が入っているわよね?」
「鍵付きの引き出しの中にある物を偶然見つけるなよ」
「鍵はかかってなかったわ。忘れたのね」
「嘘をつくな、嘘を」
淡々と対応する紐野に堪えきれなくなったのか、彼女は「とにかく!」と声を荒げた。
「爆弾なんか作る理由が他に何かあるっていうの? あなたが魔法少女キリのファンで、彼女を助けたいから作ったのでしょう? その考え自体は立派だと思うわ。彼女だって感謝していると思う。でも、言わなくても分かっていると思うけど、それは違法よ? もしあなたが止めないって言うのなら、わたしは警察に通報する! 応援するのなら、別の方法で応援して!」
そう彼女はまくし立てた。が、それを受けても、彼はまだ冷静だった。落ち着いた口調で返す。
「なるほどなぁ。お前が魔法少女キリの正体か」
「は?」と彼女。
「な、なに言っているのよ?」
「初めから疑っていたけどな。今ので確信した」
彼の指摘で動揺していたようだったが、彼女は表情をきつくするとこう返した。
「馬鹿馬鹿しい。何の根拠があって言っているのよ?」
すると、指を一本上げて彼は答える。
「まず、一つ目。お前の外見と中身の性格が一致していない。ボロが出るのが早すぎだ。外見は地味系だが、中身は活発なタイプだ。魔法少女だって事を隠したいから無理に地味系にしているとしか思えない」
テーブルを叩くと「そんなの根拠薄弱よ!」と二見は返した。彼は無視して続ける。
「二つ目。爆弾作りを疑っている男の部屋に、普通、のこのこ女一人で乗り込んでくるか? 確かに僕は体力が低そうに見えるかもしれないが、爆弾作りをするような危ない奴だぞ? 怖がるだろう。一般的な女なら。それに簡単に爆弾だと見抜けたのもおかしい」
「それは……、あなたが魔法少女を助けているって知っているからよ。だから、女の子に危害は加えないって分かっているの」
「三つ目。僕に声をかけて来る物好きな女なんてこの世にいるはずがない。背が低くて陰気で不愛想。何か特別な理由がない限りは、絶対に避ける! だからそもそも僕は疑っていたんだ」
その言葉に彼女は多少引いているようだった。
「……いや、それはいくら何でもちょっと自分を卑下し過ぎじゃない?」
腕を組むと、二見を見やりながら紐野は言った。
「魔法少女キリは僕が爆弾を使うのを怒っていたみたいだからな。だから直接文句を言いに来たんだろう? ちょっと考えれば誰でも気付くぞ。やっぱり、頭が悪いなお前」
「何ですって? 成績は良いわよ!」
「あー。なるほど。成績が良いタイプの馬鹿か。イメージ通りだな」
「なんですってぇ!」
怒る彼女に冷めた視線を向けながら彼は言った。
「僕の爆弾でお前だって助かっているだろうが。文句を言われる筋合いはないな。僕の爆弾の手柄も自分のものにできるしおいしいじゃないか」
「あんたね! わたしはあんたの為を想って言っているのよ!? このままじゃ、いつか怪我するか捕まるわ!」
「そんなの僕の話だろう? 君には関係ないじゃないか」
“どうにもならない衝動を抱えた人間なんて、こいつにはまるで分からないのだろうな”
その時、紐野はそんな事を思っていた。彼の様子がおかしいと気が付いたのか、やや困惑した顔で彼女は口を開こうとする。もうほとんど彼女は自分が魔法少女キリである事を認めていたが、自覚はないようだった。
「関係なくないわよ。わたしを助ける為にあなたが犠牲になるなんて……」
が、そこで、彼女が言いかけるのを遮るようにノックの音が部屋の中に響いて来たのだった。それで彼女は止まる。紐野も固まった。そして、
「はい。どうぞ」
と、何故か彼女がノックに返事をした。
「いや、どうしてお前が言うんだよ。僕の部屋だぞ?」
そうツッコミを入れつつ、彼は不気味に思っていた。今日は両親は遅いはずだ。一体、誰がノックしたんだ?
キィ
ゆっくりとドアが開いた。
『やー 随分と揉めているみたいだねぇ』
すると、そこには兎のような狐のような姿の奇妙な生き物がいたのだった。