31.あいつらそろそろいい加減にくっつけちゃおうぜ会議とVSピエロ怪人 その1
「第一回、あいつらそろそろいい加減にくっつけちゃおうぜ会議~」
そう会議開催の合図を出したのは魔法少女ライだった。
空の上で円を囲み、魔法少女達が集まっている。その下には足だけが絡み合っているような奇妙な妖獣の姿があり、既に倒された後のようだった。電撃の痕や、氷塊が見え、動かない。
「あのー…… そもそもの質問なんだけど、あの二人ってまだ付き合っていないの?」
そう疑問の声を上げたのは青蓮だった。
“あの二人”というのは、どうやら魔法少女キリと紐野繋のことであるらしい。それにナースコールが答えた。
「付き合ってはいないみたいねぇ。まぁ、本人達以外は付き合っていると思っているでしょうから半分以上は付き合っているみたいなもんだけど」
「デートとかはしているの?」と、訊いたのはバリー・アンだった。ライが答える。
「一応、喫茶店でミーティングみたいなのはよくやっている言っていたわよ、キリが」
「ミーティング?」
「妖獣退治の反省会とか、作戦会議みたいなやつ」
青蓮が言う。
「それは、デートと言って良いのか微妙なところね」
「仮にデートだとしても、なんか傭兵同士のカップルみたいな感じね」と、ライが言う。ちっとも色っぽくない。ナースコールが続けた。
「それはキリちゃんが可哀想ねぇ。真っ当にデートもしてあげないだなんて」
再び青蓮が言う。
「ま、紐野君の性格からいって、気の利いたデートスポットになんて誘わないでしょうし。本当は誘いたくても。素直じゃないから」
それを合図に一同は一斉に溜息をついた。
“は~っ”と。
そこでポイズネスが挙手をした。
「あのー、わたしにはちょっと疑問があるのですが」
おずおずとそう発言する。
「何?」とライ。
「そもそもキリさんの方に、本当にその気はあるのでしょうか? キリさんみたいな魅力的な女性が、爆弾男さんみたいな陰気な男性に惹かれるのがわたしにはどうしても理解できないんです」
「いや、でも、実際にキリの態度を見ていれば……」
「根拠はあります」
「ほー」
「先日、わたしは長時間、爆弾男さんと一緒にいたのです。ちょっとしたサポートをお願いしたのですが。しかし、その話をしてみてもキリさんは一切、ジェラシーを覚えていなかったようなのですよ。これは異性として爆弾男さんに興味を抱いていないからではないでしょうかね?」
その発言に魔法少女達は止まる。
じっくりと魔法少女ラブリン・ポイズネスの姿を見る。痩せていて背が低め。あまり良いとは言えないスタイル。しかも、幼めで陰気な外見。需要があったとしても、かなりのニッチ層。
奇妙な間が流れる。
ライが言った。
「え~、第二回、あいつらそろそろいい加減にくっつけちゃおうぜ会議~」
「仕切り直された!」
と、ポイズネスは驚きの声を上げる。
バリーが言った。
「で、ま、面白そう…… もとい、純粋な親切心から、あの子達をくっつけちゃおうぜってな話なわけなのだけど」
ナースコールが口を開いた。
「それは賛成だけど、具体的にはどうするの?」
すると、ライが何かのチケットを取り出した。十枚以上はある。
「これはテーマパーク“ワンダーランド”の無料チケットよ。ちょっと偶然運良く手に入れちゃったのだけど」
「なるほど。それを渡してデートに行かせるのね。でも、あの紐野君が大人しくキリちゃんをデートに誘うかしら?」
どうもナースコールの中では、男の方からデートに誘うのは確定らしい。
「それについては考えがあるの」
とライは返す。
「このテーマパークには、ピエロの怪人が出るって噂があるのは知っている?」
バリーが返す。
「ああ、知っているわよ。有名な都市伝説でしょう? 小さい子供をさらって口では言えないようやばい事を色々するとかなんとか」
「それ…… もし本当にピエロ怪人が出るのだとしても、ただの変質者じゃないですかね?」
そうポイズネスがツッコミを入れた。
「話の真偽はどーでも良いのよ」
と、それにライ。
「このピエロ怪人が妖獣かもしれないって事にして、あたし達で調査しましょうって二人を誘うのよ!」
キラーンと彼女は目を光らせる。ナースコールが応えた。
「なるほど。みんなで行こうって言えば、あの紐野君でもきっと参加するわねぇ。どうせキリとセットで行動するだろうし。ほぼデートだわ」
バリーが頷く。
「それくらいの言い訳を用意してあげないと、いつまで経ってもデートに誘いそうにないもんね、彼の場合」
ライが言う。
「そんな訳で、今度の日曜日に、みんなでこのテーマパークに行こうと思うの。みんな、参加で良いわよね?」
「オッケー」と魔法少女達は一斉に返した。
日曜日。
紐野繋はワンダーランドというテーマパークに来ていた。周囲には見慣れた魔法少女達の姿があり、もちろんキリもいた。キリは彼が誘ったのだが。なんだか彼女は上機嫌で嬉しそうにしている。遊びではないと説明はしていたのだが、何かを勘違いしているのかもしれない。
そこは子供向けのキャラクターを売り込む大手メーカーが運営する中規模のテーマパークで、客層は意外に広く、社会人も遊びに来ている。絶叫系からキャラクターと触れ合えるまったり系まで数々のアトラクションが用意されてあって客を飽きさせないと評判だ。
敢えて説明するまでもないかもしれないが、彼はこういう場には不慣れである。では、どうして入園しているのかというと、突然に高校にライが訪ねて来て、(大いに目立ってしまったので彼は辟易したが)
「魔法少女達のみんなでピエロ怪人の調査をするから、キリを誘って一緒に来て。妖獣かもしれないから」
と言われ、チケットまで渡されたからだった。何故か確定事項として通達されたような感じ。
ピエロ怪人の都市伝説は彼も知っていた。このテーマパークにおいて、ピエロはモブキャラのような存在だ。あちらこちらにいるが、特定の名前は持たない。そして、そのうちの一体が、子供に悪戯をすると言われているのだ。それだけならただの変質者だが、神出鬼没で異空間に子供をさらってしまうだとか、何をされても平気な顔をしているとか、様々な怪しい噂話がある。
――もっとも、信頼するに当たらないと彼自身は考えていたのだが。
それでも彼がそれにオーケーを出してしまったのは、少なからず彼も「みんなでテーマパークに出かける」というイベントに憧れがあったからだった。友達が極端に少ない彼にとって、それは希少なチャンスなのだ。例え、それが遊びではなかったとしても。
“ま、変質者なら本当にいるかもしれないしな”
と、彼は自分に言い訳をしていた。それなら、魔法少女達の守備範囲ではないのだけど、気が付いていない振りをした。
「――よし。みんな、集まったわね。問題なし!」
点呼を取り終え、ライがそう言った。
魔法少女達がテーマパークにいる光景は、大いに目立っていた。一般の客達は何事かと彼女らを見ている。ピエロ怪人の調査に来ていると言ったら笑われてしまうかもしれない。いる訳ないじゃん、と。
「それじゃ、それぞれ手分けして調査を開始しましょうか!」
そうライが宣言すると、皆は「ラジャー!」と嬉しそうに声を上げた。
「お前ら、遊びに来たんじゃないんだからな」
と、その様子を見て紐野は注意する。が、聞こえているのかいないのか、彼女達はワイワイ騒いでいた。
「私はまずは船がいいわ~ 激しいのは苦手だから~」
などとナースコールが言うと、
「じゃ、私はスピードコースター! 絶叫マシン、大好きなんだ!」
とバリーが続け、アイシクルは無言でメリーゴーランドを指差して、それを見たライが「アイシクルちゃんは、メリーゴーランド? 可愛い! じゃ、あたしも~」なんて言う。そこで青蓮が「スピーダーちゃんも来れたら良かったのにねぇ。日曜日は無理なんだって」と残念そうに言う。それで何らかの対抗心を燃やしたのか、ポイズネスが「青蓮さんは、わたしと一緒に行きましょうよ~」と彼女を誘った。
……本当に楽しそうだ。
「お前ら、まさか遊びに来たのか?」
それを見て紐野はそうツッコミを入れた。しかし、誰も聞いていない。各々、各種アトラクションへと向って行く。
「みんな、しょーがーないなー。わたし達も行きましょうか」
魔法少女達がバラバラに散っていくと、キリが彼にそう話しかけて来た。
「まー、そーだなぁ」と彼は返す。なんだかんだで、自然とキリとペアになっているのを彼は受け入れているようだった。ただし、これがほぼデートなのだという点には、彼は気が付いてはいなかったのだが。
ピエロがいた。
ふっくらとした大きなボディのピエロだ。スキップしながら軽やかに歩いている。白と水色のストライプ。顔は真っ白で、小さい目に分厚い唇。何を考えているのか、表情が読めない顔をしている。ただし、機嫌が良さそうなのは分かった。ピエロは軽く観覧車を見やると、船が浮かぶ大きな池の横の道を進む。船の上には魔法少女の一人、ナースコールが乗っていたが、彼は軽く彼女を一瞥しただけで道を進み続けた。
「あれはとうが立ち過ぎ。スルーです」と小さく呟く。池の道を過ぎると、メリーゴーランドが見えて来た。電撃を使う魔法少女の姿がある。彼女はメリーゴーランドに乗っている氷を使う魔法少女を眺めていた。「アイシクルちゃん、可愛いわ~」なんて言いながら。
「あれは合格」
ピエロは小さく呟いてからにやりと笑う。
「ただ、今はやらない。もう少し目立たない場所に行くまで我慢しましょう」
そう呟くと、くるりと回って次のアトラクションへと進んだ。絶叫マシン。そこにも魔法少女がいた。SF系のアイドルっぽい衣装を身に纏っている。確か、バリー・アンという名の魔法少女だ。彼はいまいちな反応を見せた。もっとも決して嫌いではない様子。
その絶叫マシンも通り過ぎると、
「フフン。ラッキーですねぇ」
と、彼は小さく独り言を呟いた。どうもワクワクと興奮しているようだ。そこで声が聞こえる。
「なにがラッキーなの?」
見ると、小さな男の子があどけない表情で彼を見ていた。ニマーッと彼はそれを見て笑う。
「知りたいのかい? ぼうや。いいよ、何がラッキーなのか教えてあげよう。今日、このテーマパークに魔法少女達が来ているのは知っているかい?」
「うん。知っているよ。あのおねーさんたちでしょう?」
「そうそうそう。その通りだよ。あの女の子達はね、普段は手出しができないのさ。あっちにはあっちの運営がいて、もし手出しをしたりすれば色々と煩いからねぇ……
でもぉ……」
軽くステップを踏むとピエロは言う。
「……今回は別なんだよ。何しろ、向こうから、私をやっつけにやって来てくれたのだから。これでは私は抵抗せざるを得ない。いわゆる、正当防衛。正当防衛だから、何をしても構わないのだよぉぉ!」
正当防衛なら、何をしても構わないという理屈はよく分からないが、どうもこのピエロの中ではそうなっているらしかった。
「おじさんはね」
と、ピエロは言った。
「本当は君のような幼く純粋な存在がストライクゾーンなのさ。君みたいに小さな子なら、男の子でも女の子でも大好きだ。中学生ならばギリギリセーフだが、高校になるともうアウト。ただ、彼女達は特別だ。
世の中を護る為に、何の報酬も貰わずに健気に闘っている。その事実だけで、胸がときめいてしまうのさ。
そんな美しく純粋なものを、この手でいたぶって弄んで穢してやりたい。ああ、なんと甘美なのだろう!」
ピエロは指を組み合わせると、おねだりをするような仕草でくねくねと豊満な身体を揺らして目を輝かせた。男の子にはピエロの言っている意味が分からないらしく、困惑している。
ピエロは続ける。
「だからごめんね。本当は君と遊んであげたかったのだけど、今日は無理なんだ。彼女達の相手をしてあげないといけないからねぇ」
男の子は首を傾げる。そこで男の子は母親から「マー君。こっちにいらっしゃーい」と呼ばれたようだった。
「うーん。よく分からないや。じゃあね、おじさん」
そう言うと、男の子は母親の元へ駆けて行く。ピエロは手を軽く振り、男の子が去っていくのを愛おし気に見やる。
それから、
「さて。どの魔法少女から相手をしてやりましょーかねぇ」
と、嬉しそうに笑った。




