30.魔法少女タベラレルンの憂鬱
私は魔法少女です。
一介の女子高生なのですが、ある日、K吉と名乗る狐のような兎のような姿をした謎の未知の動物が現れ、スカウトをされました。
『儚げで美しい君は、きっと素晴らしい魔法少女になれる』
そうおだてられ、ついその気になって契約してしまったのですが。
ただ、私は一度も妖獣退治に出かけた事はありません。理由はいくつかありますが、最大の理由は私の魔法少女としての能力にあります。私の代表的な魔法は“不死身”で、一見はとても強い能力に思えますが、力は普通の女子高生のままなんです。しかも、痛覚もそのまま。
だから、下手すれば攻撃を受け続けて苦痛を味わうだけで、一切妖獣を倒せないかもしれないのです。
冗談じゃありません。
勘弁して欲しいです。
『でも、君にはもう一つ、重要な魔法があるじゃないか』
嫌がって、一向に妖獣退治に出かけようとしない私に対し、K吉君はそのように説得して来ました。
はい。
実は私にはもう一つ有用そうな魔法があるのです。それは“誘い香”と呼ばれ、妖獣などを魅了して惹き付けるのだそうです。この魔法を使うと妖獣は私に対して激しい欲望を抱き、私を奪おうとしたり、食べようとしたりするらしいのです。
不死身ですから、攻撃を受けても無事で済みます。これを使って妖獣を引き付けておいて、他の魔法少女に倒してもらう。または一般人が犠牲になりそうになるのを助けるのにも使えるでしょう。
ですが、それでも私には納得ができませんでした。何故なら、彼が私に名付けた魔法少女名なのですが、“タベラレルン”なのです。
……完全に、食べられる前提で名前を付けていませんか?
一応、ネットで調べてみた限りでは、魔法少女の魔法や名前は本人の意向がある程度は反映されるとの事です(魔法少女自体が未知の存在なので、誤情報かもしれませんが)。ですが、私にはK吉君から要望を尋ねられた記憶がまったくありませんでした。
だから、
「どうして私には、魔法や魔法少女名を何にしたいか訊いてくれなかったの?」
と、そう問い詰めてみのたです。
ですが、彼は何も応えてくれませんでした。
『………』
無言のまま。
……多分、私の魔法少女としてのコンセプトは、こいつの趣味です。
『でも、ポン刀持って妖獣に食われて、身体の中から切り裂いてやれば良いじゃないか。絶対に倒せるよ』
「食べられるのは嫌」
と、私が言うと、K吉君はそのように説得して来ました。ポン刀? まず表現が堅気じゃありません。食べられる前提なのも隠す気はないようです。
「銃刀法違反じゃない!」
と、私はツッコミを入れました。
……ただ、世の中何が起こるか分かったものじゃありません。なので、一応、法律に違反しない長さのナイフを携帯してみたのですが、うっかり友達に見られて変な顔をされてしまいました。
魔法少女になんか、本当になるんじゃありませんでした。
しばらく私はK吉君から妖獣退治に出るようにと促され続けていたのですが、全て断っているとやがて現れなくなりました。それで安心していたのですが、爆弾を使って魔法少女達をサポートする通称“爆弾男”と呼ばれる人が妖獣退治に出て来るようになると、また現れました。
『彼から爆弾を貰うだろう? その爆弾を持って妖獣に誘い香を使えば簡単に大ダメージを与えられるじゃないか』
彼の主張に私は呆れて物が言えませんでした。いえ、言いましたが。
「あのね! それだと私、滅茶苦茶痛いじゃないの!?」
『え? 痛いのが嫌なのかい?』
「嫌に決まっているでしょうが!」
彼と話していて、“どうにも嚙み合わない”と思う事が度々あったのですが、この会話で私は察しました。K吉君は、倫理観が普通の人と違うというか、感覚や常識がぶっ飛んでいるのです。
『でも! 苦痛に歪む女性の表情は大変に美しいもので……』
……と言うか、率直に言うと気持ち悪いです。
彼は私の訴えを聞くと、『それは盲点だった……』などと言って消えていきました。根本的に私の魔法能力に問題があるという事をようやく理解してくれたようです。これで私は何らかの改善があると期待したのですが、その期待は脆くも裏切られてしまいました。
『毒を使う魔法少女を最近スカウトしてね。君との相性がとても良いと思うんだ』
再び現れた彼はそのように言って来ました。
一応、私は、
「どーして?」
と、尋ねてみました。
『彼女、魔法少女ラブリン・ポイズネスは、様々な毒や薬を生成できるんだ。その中には痛覚を麻痺させられる毒もあってね』
「はあ、それで?」
『“誘い香”を使って妖獣を誘ってから、君が彼女に作ってもらった毒と麻痺毒を飲むのさ。すると、毒の塊と化した君を妖獣は食べる事になる。当然、妖獣は死ぬ。不死身の能力を持つ君は死なない。復活できる。これは強力な攻撃方法だよ!
あ、痛みはなくなるけど、意識は残しておくよ? ほら、意識がなくなってしまうと色々と危ないからさ』
私は大いに呆れました。
「意識を残しておかないと、恐怖で歪んだ私の表情が拝めない…… とか思ってない?」
『思ってないよ。確かに恐怖に歪んだ女性の表情の魅力は大変に素晴らしいものがあるけどさ』
……こいつの歪んだ変態的な性癖については、この際置いておくとして。
「それって、私は妖獣に食べられちゃうのよね? 肉を吸収されている。その状態で復活すると、私は妖獣と混ざり合っちゃうのじゃないの?」
そう私は不安を述べました。すると彼は元気良く返します。
『(多分、)大丈夫だよ』
私は頭を抱えます。
「今、“()”で多分って付けたわよね? 却下よ! 却下! そんな案!」
……そうして私はK吉君の案を完全に拒絶したのですが、にもかかわらず、なんと彼はまだ諦めていなかったのでした。
ある日の事です。
『やあ。妖獣が出現したよ』
そう言って不意に現れた彼は私に話しかけて来たのです。高校で部活をやっている最中でした。因みに手芸部です。
『白い袋の姿をした妖獣でね。普段は空中を浮遊していて、降りて来ては何かを食べる。当然、人間やペットが狙われる場合もある。さっさとやっつけないと犠牲者が出るよ』
私は返します。
「それがどうしたの? どうせ、他の魔法少女達がやっつけてくれるのでしょう?」
『今、退治に向かっているのは、青蓮とポイズネスだね。だけど、青蓮の打撃はこの妖獣にはあまり効かなくて、ポイズネスは空を飛ぶのが苦手でこの妖獣は臭いに敏感だから毒を食べない。つまり、この二人だけじゃ、退治は難しいって話さ』
「それで?」
『そこで君の出番ってわけ。君が毒を食べる。誘い香を使えば、毒の臭いがあっても堪え切れずに妖獣は君を食べるだろう。見事、毒殺に成功する』
私は思わず脱力してしまいました。あれだけ全力で拒絶したのにまだ分かっていないみたいです。
「だから! やらないって言っているでしょう? そんな異常で怖いこと!」
しかし、何故かK吉君はにやりと笑うのでした。
『でもぉ 君が行かなかったら、犠牲者が出ちゃうかもしれないのだよ? 小さな子供とかさ』
私はそれに何も返せませんでした。
一応、部活が終わると、私は妖獣が出ているという辺りにまで足を運んでみました。どうせ退治はできません(毒薬を飲んで、私の身体自体を毒入り餌にするなんて作戦は絶対に嫌です)が、避難を呼びかけるくらいならできるでしょう。
大きなレストランの近く。K吉君によると、妖獣はそこにいるらしいですのですが、裏手の方から騒がしい気配がするので行ってみると、何かが滑るような“ズザザザ!”という音が聞こえて来ました。
驚いて見てみると、なんと巨大な口のお化けがこちらに向かって突進して来るではありませんか! しかも、目の前には小さな子が。
“もしかして、この子を食べようとしているの?”
私は“まずい!”と考え、ほぼ反射的に魔法少女に変身していました。そして、“誘い香”を使ってしまったのです。すると、この魔法にはK吉君が説明した通りの凄まじい魅了効果があるらしく、大きな口は急激に進行方向を曲げ、ターゲットを私に変更したのでした。
念の為、繰り返しますが、魔法少女になっても、私は不死身なだけのひ弱な女子高生です。当然、そのまま、何もできずに大きな口のお化けに食べられてしまいました。大きな口のお化けの身体の中は真っ暗で、粘液がドロドロで、狭くて、そして生ごみの臭いがしました。レストランの裏手にいたってことは、本当に生ゴミを食べているのかもしれません。
うへぇ……
それから上昇するエレベーターに乗っている時に味わうような感覚を私は覚えました。どうやらお化けは空を飛び始めたようです。普段は空中を浮遊しているとか、そういえばK吉君が言っていたような気がします。
まずいです。
このままでは、私は何処かに連れ去られてしまいます。不死身だから死ぬ事はないのでしょうけど。
が、そこで何かの気配が外でしました。飛んで追って来られる存在なんて限られています。魔法少女でしょう。そして、何やら話し声が聞こえ、その後で、
「毒毒スペシャル! マジカル毒注射!」
という女の子の叫び声がしました。
どうやらこのお化けに毒を打ったみたいです。
その後で私を囲む肉の圧力が急速になくなったのを感じました。恐らくは毒の効果でお化けが死んだのでしょう。
――そして、その後、わたしは浮遊感を味わいました。無重力。はい。きっとお化けが落下していっているのでしょう。
“きゃー! これ平気なの? 大丈夫なのぉぉ?”
私は不死身なのだとK吉君から説明は受けていますが、実際に自分で確かめてはいないのです。やがて強い衝撃がありました。地面に激突したのでしょう。不死身の身体のお陰か、それともお化けの身体がクッションになったのか、私は傷一つ負ってはいませんでした。
それからしばらく後、お化けのお腹が裂けて私は助け出されました(因みにお腹が裂けたタイミングで私は変身を解きました)。
治癒担当らしい優しそうな魔法少女のお姉さんが私が無事なのを驚いていましたが、私が魔法少女であるとは思わなかったようです。良かった。
“もし、魔法少女だとバレたら巻き込まれるかもしれない”
そう不安になった私は、「早くお風呂に入りたいです」と言って早々にそこから逃げ出しました。いえ、早くお風呂に入りたかったのも本心だったのですが。
自宅に戻ってお風呂から上がり、“もうこんなのは二度と御免だ”と思っていると不意に『やあ』と声が聞こえました。K吉君です。
『討伐妖獣、1体目だね。次もがんばろー!』
彼はどうやらまだ私を魔法少女として活躍させるのを諦めていないようです。私は深くため息を漏らしました。




