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3.魔法少女と妖獣

 魔法少女が現れ始めたのは、十年くらい前の事だったらしい。空を飛び、風を操ったり、光線を発したり…… いずれも原理不明で正体不明。魔法少女達の存在は、それまでの物理法則の常識を完全に逸脱していた。しかも、それとほぼ同時期に謎のモンスターまで現れるようになってしまったのだ。

 そのモンスター達はやがて“妖獣”と呼ばれるようになった。この妖獣はある意味では魔法少女よりも人間社会の科学者達の頭を混乱に陥れた。何故なら、魔法少女達と違って退治されて死体が残るのだが、いくら調べても何も分からなかったからだ。

 生態も不明、体の構造から推測するしかないのだが、魚のように見えるがエラがなかったり、目的不明の器官があったり、およそ生物の常識がまるで通用しなかったのだ。何処にどう潜んでいるのか、或いは誕生しているのか、異世界からワープして来るのか。いくら探索しても、山にも海にも土の中にも見つからない。ゲーム世界に現れる無限にポップアップして来る敵キャラ。ネット上にはそのように表現する者達もいた。

 例外もあるが、巨大で異形の姿である場合が多く、そして魔法少女と同様、魔法のような力を使い、その原理も不明。そもそも体を動かす原理すらも分かっておらず、中には自重を支え切れるはずもないのに元気に動いているものまでいる。一応は細胞構造になってはいるようだが、本当に生物と言えるのか確証は持てなかった。

 「世界の法則が一時的局所的に変化しているようにしか思えない」

 学者達の間からは、遂にはそのような主張まで出始めた。

 妖獣達の死体からは、この世でかつて動いて機能していたという現実を受け入れられるだけの証拠は得られなかったのだ。物理法則上、有り得ない。ならば、「妖獣が動いていた時間と場所でだけ、物理法則が変わっていたのではないか?」と、そう考えたのである。

 その主張に一部の神学者やオカルト研究者などが反応をした。

 一部のキリスト教原理主義者達は、「全知全能の神にならば、この世の法則を一時的に変える事は可能だ」と言い、「だから、聖書に記載されている奇蹟は実際に起こったのだ」と主張している。どうやら、魔法少女や妖獣の存在はその説を裏付けていると考えているらしい。

 が、それならば、魔法少女や妖獣の存在は神の意図によって生まれたという事になる。どう考えても神の御業というよりは、悪魔の仕業にしか思えない。

 神にはこの世の法則を変えられるが、悪魔には不可能であるとし、そこから悪魔に可能な事は人間にも可能だと敷衍し、大真面目に魔術が研究されていた時代がかつてあったのだが、一部の者達は魔法少女や妖獣の魔法は人類にも応用が可能だと信じ、まるでその時代が再来したかのように熱心に研究をしている。

 「法則が変わっている点は認めるしかない。しかし、法則の変わり方には何らかの法則性があるのではないか? それさえ解き明かせれば応用は可能かもしれない」

 どうやらそのように考えているらしい。

 ただ、今のところ、目立った成果は出ていなかったのだが。

 

 ――いずれにしろ、この世の法則は絶対的なものではなく、可変であやふやで何者かが決めいる。そんな類のものである可能性が魔法少女や妖獣によって示された事になる。

 或いは、この世界は仮想現実の中であるという「水槽の中の脳」仮説が正しいのかもしれない……

 

 紐野繋は魔法少女キリを利用するに当たって、もう一度魔法少女や妖獣について調べ直していた。その中で少々気になった点があった。

 「妖獣の死体はたくさん残っている。退治された後に転がっているから当然だ。なのに、何故、魔法少女の死体はないのだろう?」

 彼は土手の上の道を歩き、スマートフォンで魔法少女達の記事を眺めながら考えていた。

 彼の知っている限りでは、魔法少女の死体が回収されたという話は聞いた事がなかった。子供向けのテレビ番組のように、毎回必ず魔法少女が妖獣に勝っているというのなら話は分かるが、魔法少女はどうやら敗ける事もあるらしい。実際、先日、魔法少女キリは敗けかけていたのだ。彼が助けなければ、恐らくは死んでいた。

 「……まさか、敗けた時は毎回、妖獣に食われて死体が残らないのか?」

 魔法少女キリはナメクジ妖獣に呑まれかけていたのだ。ただ、そう想定するとおかしな点が二つ出て来る。一つはこれまでのところ、妖獣の体内から魔法少女の痕跡が一度も発見されていない事(彼の知る限りではそうだ)、もう一つは、そもそもナメクジ妖獣は口に見える箇所とは違う穴から魔法少女を呑み込もうとしていた事。口は彼の方に向かって大きく開いていた。牙があった。あれはきっと口だろう。魔法少女は反対側にある謎の穴から呑まれようとしていた。その穴には牙も歯も何もなさそうだった。だから“食おうとしていた”と言うよりは、“捕えようとしていた”のかもしれない。

 もっとも、妖獣は謎だらけだから、口が二つある可能性もあるのだけど。

 魔法少女の正体は、人間の女性だという説もあるから、或いは殺された魔法少女は元の女性の姿で死んでいるのかもしれないが、これには「残っている魔法少女の映像をいくら調べても正体は分からないから有り得ない」という反論がある。ただ、それも確証はない。魔法少女は従来の物理法則が全く通じない“魔法的な”存在だ。認識が阻害され、正体を突き止められていないだけかもしれない。

 世の中の行方不明者はかなりの数になるから、仮に魔法少女が人間に戻って死んでいて、秘密裏に処分されていたとしても不思議ではない、かもしれない……。

 “ま、僕にとっては、どーでもいい話だけどな”

 紐野は心の中でそう呟くと、土手の道から辺りを見渡した。人気は少ない。ただ、先日のように妖獣の姿も見えなければ、怪しい物音も響いて来なかった。“二匹目のどじょう”とはいかないらしい。彼は今日もリュックを背負っていて、中には爆弾が入っている。

 「別の所に行ってみるか。廃工場辺りなんか、いかにも妖獣が出そうだ」

 人気の多い場所に妖獣が現れて魔法少女が闘い始めれば、直ぐにネットの魔法少女ファン・コミュニティを通じて情報を得られる。だからそっちは心配いらない。漏らさないだろう。だが、人気のない場所で妖獣が現れて、人知れず魔法少女の闘いが始まったなら気が付けない。爆弾を使う機会を逃してしまう。

 そう考えた彼は、こうして人気のない場所をパトロールしているのだった。幸い、以前からこっそりと爆弾を使えそうな場所を探して近くを彷徨っていたのでそういう場所には詳しかったのだ。

 彼は魔法少女キリを探すつもりでいた。彼女が妖獣と闘っているのを。この地域には彼女の他にも魔法少女が複数体いるようなのだが、キリ以外が自分の爆破の手柄を横取りしてくれるとは限らない。堅くいくのなら、彼女だと考えたのだ。

 紐野が歩き続けると、やがて寂れた場所にある廃工場が見えて来た。一見は何もおかしな点はないように思えたが、彼は妙な違和感を覚えた。空間が歪んでいるような。

 “静かだ。でも、静か過ぎる”

 それはまるで意図的に作り上げられた静寂のように思えた。

 “まさか……”

 不気味な予感と共に不安を覚えたが、一呼吸の後に彼はリュックの中の爆弾を思い出していた。爆破がしたい。

 “よし! もしかしたら、早速、こいつを使うチャンスかもしれない!”

 それから、まるで小さな子供がプレゼントを楽しみにしているような表情で、彼は廃工場に向けて小走りで駆けていった。

本編とは、特に関係のないオマケ

挿絵(By みてみん)

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