24.祝賀パーティ
企業ビルの内部。
夕刻。
大きなホールになっているそこでは極めて珍しい祝賀パーティが開かれていた。集まっている人々はかなり異質。ビジネスマンもOLの姿もあまり見られない。料理の類は豪華で珍しいものが多かったが、酒類はほとんどなくソフトドリンクばかりだった。理由は極めてシンプル。この祝賀パーティの主賓がまだ未成年だろう魔法少女達だったからだ。
いつも通りの可愛らしい衣装を身に纏った魔法少女達は、恐らくは初めて体験するだろう企業が主催するそのパーティに目を輝かせていた。立食形式で、自由に食事ができる。キャビアやフォアグラ、トリュフ、熊の手、ツバメの巣、フカヒレ、シラコにカラスミ、ウナギに和牛…… などなどと、様々な国の高級料理が取り揃えられてあった。ただし、一番人気があったのはスイーツのコーナーだったのだが。
魔法少女達を招いたのは根津だった。ここは彼の勤めるハイ・ネクストアプローチ社の持ちビルなのだ。夜景が綺麗で人気があるので、社内の催し物に使う他、時折有料で貸し出してもいる。彼は顔なしブロントサウルスを倒した後、直ぐにその場にいる彼女達にコンタクトを取り、パーティの案内を配ったのだ。その場では間に合うはずがないから、予め計画してあったのだろう。もちろん、正体の方で来ている魔法少女は一人もいなかった。
パーティ会場内では撮影も行われていた。企業の宣伝の一環に使う気でいるようだ。直に魔法少女達を見られるとあって、関係会社の重役も何人か出席しているそうなのだが、彼女達に見分けがつくはずもなかった。
「――根津さんってこんなに大きな会社の偉い人だったんですね! 凄いです!」
ファイヤビーが普段の彼女とはまったく違ったぶりっ子っぷりで根津に話しかけている。年齢は高いが、容姿に優れた資産家で仕事ができる男性。彼女が惹かれるのも無理はない。
「アッハッハ」と根津はそれに笑って返す。困っているように見える。
「いや、あんた、彼氏いるのよね? 公然と浮気しているんじゃないわよ」
見かねたのか、そうキリがツッコミを入れた。
「なによ? 何か悪いの?」
「いや、悪いでしょう?」
「ブロントサウルス退治で一番活躍したんだから、別にこれくらい許されても良いじゃない。報酬よ、報酬」
その主張に納得がいかなかったらしく、キリは反論する。
「ちょっと待ってよ。どうしてあんたが一番活躍した事になっているのよ?」
「あたしが止めを刺したんだから、あたしが一番でしょう?」
「わたしも同時だったじゃない! それに一番活躍したのは、顔なしブロントサウルスの弱点を見破った紐野君でしょーが!」
「はあ? なんで、そーなるのよ?」
「なんで、そーならないのよ!」
“何やってるんだ、あいつらは?”
紐野繋もパーティに参加していて、隅の方で壁によりかかって会場内の光景を眺めていた。因みに彼は殻付きうずら卵の炭火焼きを食べている。
“高級なだけじゃなく、珍しい物を食べたい”
というのがパーティを開くにあたって魔法少女達が根津に出した要望だったのだが、まさかこんな物まであるとは思っていなかった。美味しいらしいとテレビ番組で見て以来、一度は食べてみたかったのだ。シャリシャリとした食感が新鮮で面白かった。噂通りに美味しい。
ざっと見渡してみると、彼の見知った魔法少女達は大体参加していた。
「ねー、見て! シラコ! シラコよ!」
少し離れた位置にはライの姿がある。何故かシラコに興味津々の様子で、それをナースコールに見せていた。
「そうねー シラコねぇ」
などとナースコールは温かく彼女を受け入れていた。恐る恐る一口シラコを食べると、ライは「これ美味しい」と感動をしていた。青蓮やバリー・アンの姿もあって、「ケーキは全て制覇するわ!」などとスイーツコーナーではしゃいでいる。
楽しそうで何よりだった。
彼女達は今回は随分と苦労しただろうから、これくらいのリターンがあっても良いだろう。
そう彼は思っていた。
普段から何かしら報酬があった方がより健全であるのだが。
一方、彼としては少々納得のいかない参加者もいた。契約用インターフェースキャラクター。つまりはK太郎達も何故か参加していたのだ。名前は知らないが、K太郎のバージョン違いのような奇妙な獣達の姿がパーティ会場のあちらこちらに見える。根津から招待されたのだとして、どうして参加しようとしたのかその意図は分からないが、或いは妖獣であると自称する根津と何らかの関係があるのかもしれない。監視か、または他の何かか。
パーティに参加していない魔法少女もいた。アイシクルは門限か何かの都合で来ていないし、際立って活躍した一人、スピーダーの姿も見えない。彼女は恐らくは病院関係の都合だろう。顔なしブロントサウルス退治には参加してくれていたが、無理をしたに決まっている。
“あいつも参加したかっただろうに…… こーいうのは好きそうだし。ま、いたらいたで物凄くうるさそうではあるが”
彼はそう心の中で呟くと、少し残念に思っている自分を自覚し、やや驚いていた。魔法少女達と関わるようになって、こんな気持ちになるとは思っていなかったのだ。
「なーに、一人でたそがれているのよ?」
不意に話しかけられた。見ると、ファイヤビーとの口喧嘩をいつの間に終わらせて、キリが彼の目の前に来ていた。覗き込むようにして彼を見ている。
「いや、別に殻付きうずら卵が美味いなと思っているだけだよ」
それを見て彼女は驚く。
「うわ! なにそれ! 変なの食べているわねぇ。美味しいの?」
「だから、美味しいって言ってるだろ?」
彼女は「一つちょうだいよ」と言って、勝手に素手で串にささっている殻付きうずら卵を一つつまむとそのまま口に放り込んだ。もぐもぐと食べる。少々お行儀が悪い。ただ、そこが彼女の魅力の一つでもあるのだが。そして、「あ、本当だ。美味しい。面白い食感ね」などと感想を述べた後で、彼女は彼の隣に並んだ。
「それにしてもファイヤビーのやつ、ちょっと腹立つわよね。自分が一番だなんて。紐野君の方が活躍していたのに」
「ああ、まあ、そうなのかな?」
正直、彼は誰が一番だとかほとんど意識していなかったのだ。それから興味深そうな様子で彼女は尋ねて来た。
「ね。どうして、顔なしブロントサウルスの弱点が“見えない頭”だって分かったの?」
頭を掻きながら彼は答える。
「ああ、あのブロントサウルスは、魔力を溜めていたライをわざわざ前脚を上げて踏み潰そうとしただろう? 首は使わなかった。でも、ライが後ろに回ったら尻尾で躊躇なく攻撃したんだよ。踏み潰しに拘っているようには思えない。で、“どうして、首を使わなかったんだ?”って疑問に思ったんだ。そっちの方が手っ取り早かったはずだ。なら何か首を使えなかった理由があるはずだ。
それでスピーダーとの会話を思い出した。弱点は隠してあるような事をブロントサウルスは言っていたんだ。あいつの頭は見えない。つまり、隠してある。それで、あまりに馬鹿馬鹿しくて誰も気づかなっただけで、実は頭が弱点じゃないのか?って予想したんだよ」
それ以外にも、K太郎の態度と発言がヒントになっているのだが、それは言わなかった。今もK太郎達に監視されているだろう事を警戒したのだ。
「へー。なるほどね。でも、あの土壇場でそれに気が付くのは凄いわよ。皆、ライの超電磁砲が効かなくて絶望していたのに」
「そうか?」
「そうよ」
そんな彼の気のない様子を観てキリは軽く溜息を漏らした。
「あのね。こーいうのは紐野君は察しないだろうから単刀直入に言うけど」
「なんだよ?」
「わたしはね。あなたにもっと喜んで欲しいのよ。だってそれだけの事をしたんだもん。誇りに思わないと」
その言葉に紐野は鳩が豆鉄砲を食ったような顔を見せた。
「そうなのか?」
「そうよ。だってあなたのお陰で物凄い数の人が助かったのよ? ひょっとしたらたくさん死んでいたかもしれない。なのに、何にも得られないんて不公平じゃない。せめていい気にくらいはなりなさいな」
彼には自分が社会を救ったという自覚はなかった。ただ、魔法少女達が誰も死ななくて良かったとは思っていた。失敗なのか、意図的な演出なのかは分からないが、K太郎達の組織は妖獣との闘いで魔法少女を見殺しにする事が稀にあるのだ。それ以外の感想は彼には特になかった。
――ただし、それなりの仕事をした自覚は彼にもあった。そして“何にも得られない”は言い過ぎだと考えていた。だから、
「でも、ま、プラスチック爆弾は手に入ったしな。まだ、かなりの量が残っている」
そう返した。思わずにやけてしまう。
「まだ爆弾は好きなのね」
と、それにキリは少しだけ呆れた。
その後で、なんとなく彼の心中を察したのか、それからキリはまた軽く溜息を漏らすと、
「変わったわよねぇ、紐野君は。悪い部分が減って、良い部分が伸びた」
と何故か少しだけ不満そうに言った。
「なんだよそれ?」
「あら? 最初の頃は、わたしが自分の手柄を横取りしたとか思っていたのじゃなかったっけ?」
「いや、それは、あの頃は余裕がなかったってぇか、爆弾以外に何も目標がなかったってぇか」
「ふーん。成長したって事ね。でも、ちょっとお姉さんとしては寂しいな」
そう言うわりに、彼女は何故か嬉しそうにしていた。
「いつお前は僕のお姉さんになったんだよ? 同い年だろうが」
そうツッコミを入れた後で、紐野は彼女と目が合って笑い合った。それがなんだか良い雰囲気である事は彼にも分かった。が、そのタイミングだった。
「えええ! そんな高い家に住んでいるんですか? 凄いですねぇ、根津さん!」
という矢鱈と大袈裟な口調のファイヤビーの声が聞こえて来たのだ。どうやら根津の気を惹こうとがんばっているらしい。その光景は彼らの良い雰囲気をぶち壊すのには充分だった。
「あいつは~」
と、キリが彼女を睨みつける。だが、その時、紐野は別の異変に気が付いていた。K太郎達、契約用インターフェースキャラクター。どうしてか、彼らがファイヤビーをじっと見ていたのだ。彼の気の所為じゃなければ、それはまるで獲物の品定めをするような視線に思えた。
しかも、数匹が何事かを話し合っている。
“そろそろ、あいつは良いのじゃないか?”
思わず、そんな会話を紐野は想像してしまった。
ファイヤビーがあまりにしつこかったからだろう。根津は「他の魔法少女とも話してみたいですから」と言って彼女から逃げ出した。紐野はファイヤビーに近寄っていくと、彼女が彼を追いかけようとするのを呼び止める。
「おい」
すると、あからさまに態度を変えてファイヤビーは面倒そうに彼を見た。
「なによ、キリの彼氏じゃない。何か用?」
「彼氏じゃないけどな。僕の連絡先をお前に渡しておこうと思って」
そう言って彼は自分のスマートフォンの番号を書いたメモを彼女に渡した。
「何よこれ? どういうつもりか知らないけど、あたし達は変身した時に受け取ったこーいうのは、変身が解けた後にどっかいっちゃうのよ、何故か。だから無意味よ」
「知っているよ。でも、僕の場合は平気なんだ」
「あ、そ。でも、どちらにしろいらないわ。あんたに気なんかないもの」
「そーいうんじゃないよ。良いから受け取っておけ。ピンチになった時に役に立つから」
ファイヤビーは不思議そうな顔をしていたが、それから「ま、いいか」と言うとメモをポケットに仕舞って根津を追っていった。そうして彼女がいなくなると、突然、彼はヘッドロックをされた。ガシッと。
「いい感じの会話をした直後に、他の女に連絡先を渡すとはどーいう了見か!」
キリだった。
ヘッドロックをかけられながら彼は返す。
「ちょうどいい」
「なにが、ちょうどいいか!」
「単なる勘だが、これからファイヤビーはピンチに陥る。助けるのを手伝ってくれ」
それを聞くとヘッドロックを外し、キリは不思議そうな顔を見せた。
「何よ、それ?」
「以前、お前だって後少しで妖獣に呑み込まれそうになっていただろう? 多分、それと似たような事があいつの身に起こる」
それから彼は少し考える。K太郎達のファイヤビーへの視線について話そうかと思ったが監視されている可能性を考えてこう誤魔化した。
「ファイヤビーは報酬に拘っているし、かなり勝気だからな。もし、人気のない場所で仲間がいなくても、一人で強力な妖獣をやっつけようとするはずだ。そうなったらピンチに陥る可能性が大きい」
魔法少女の中に、突然姿を現さなくなる者がいる。それを彼女も知っている。彼の顔が真剣なものであるのを認めたからか、それから彼女は「分かったわ。紐野君の予想通りにあいつがピンチになったら助けるのに協力する」とそれに頷いた。
紐野はK太郎に観られている気がして、辺りを探した。気の所為だったのかもしれない。その時、K太郎は寿司を口に頬張っていた。




