22.VS超巨大妖獣 その2
「とりあえず、時間稼ぎが必要だ」
自宅で一人、紐野繋は頭を悩ましていた。顔なしブロントサウルスが目指しているのは進路からいっても原子力発電所で間違いはない。そっちももちろん大問題だが距離が遠いからまだ時間はある。しかし、ガスタンクは直ぐ近くにあった。踏み潰されてしまったら、凄惨な事態になるのは避けられない。
顔なしブロントサウルスの所為で、高校は休校になっていた。いつ大暴れをするとも限らないし、魔法少女達や自衛隊などと戦闘になる可能性もあるからそれは当然なのだが、今のところは何も起こっていない。そして、
ズシンッ
間違いなく、着実に顔なしブロントサウルスはガスタンクに向かって近付いていた。妖獣自身が語った通り、踏み潰す気でいるのだろう。国はまだ動かない。恐らく政治家や官僚は責任回避のことしか考えていない。
ベッドの上で、何か対策になるヒントがないかと紐野繋は魔法少女ファン・コミュニティに上がっている戦略をなんとなく眺め見ていた。ただし、それほど期待していた訳ではない。ネット民達の知恵を馬鹿にしていたのではなく、情報が少なすぎるから、どうにもならないと思っていただけだ。
案の定、
『巨体を相手にする場合の常套手段は、脚への攻撃でしょう』
といった当たり前の策くらいしか有効そうなものは見当たらなかった。
――普通、動物はあまり巨大にはなれない。自身の体重が負荷となり、身体を維持できなくなるからだ。シロナガスクジラは全長30メートルにも達する場合があるが、これは体重の負荷を水の浮力で軽減しているのである。もし仮に陸上に巨大動物が現れたなら、その自らの体重によってかかる身体への負担は相当なものになるはずだ。特に脚への負担は非常に高くなる。だから脚を損傷させられたなら動けなくなる。有効な攻撃になるのは当たり前だ。
が、当然ながら、その程度の事は魔法少女達は既に試みていた。しかし無駄に終わったのだ。キリは魔力を充分に溜めて風の斬撃を放ったが、少し傷を付けただけだった。しかも、その傷も瞬く間に治ってしまった。他の魔法少女達も攻撃してみたがやはり似たり寄ったりの結果になった。顔なしブロントサウルスを攻撃すると、反応して寄生妖獣がたくさん出て来て近隣に迷惑をかけるから気軽には試せない。それに強力な攻撃を放てば、周囲の建物などを破壊してしまうかもしれない。その配慮も必要だった。
――更に言うと、そもそも通常の動物に対する常識が妖獣に通用するとは限らなかった。脚を攻撃してもまったくの無駄かもしれない。
『強力な爆弾で吹っ飛ばせば良いのじゃないか? 爆弾男が爆弾持ってるじゃん』
そのような書き込みもあった。
“爆弾男”というのは、間違いなく紐野の事だろう。無視をしても良かったが、多少苛立っていた彼は思わずコメントを返してしまった。
『爆弾男はな。個人だから、そんなに強力な爆弾は持っていないんだよ』
何にもレスポンスは付かないと彼は思っていたのだが、それに対し、このようなコメントが返って来た。
『それって、逆に言えば、強力な爆弾さえあれば、なんとかできるかもしれないって話ですよね?』
馬鹿馬鹿しいと思ったので、彼はそれには応えなかった。
“そんな爆弾、一体、何処にあるんだよ?”
と、思っていたのだ。
ズシンッ
「ねー、ガスタンクを踏み潰して、もし爆発したりしたら、君も無事じゃ済まないのじゃない? やっぱり止めようよぉ!」
空中で魔法少女スピーダーが大声で顔なしブロントサウルスを説得している。彼女とは相性が良いらしく、よく会話が弾む。そして会話をすれば、多少はブロントサウルスの歩みは遅くなるようなのだった。
『そうなのぉ? あれ、爆発するのぉ?』
「うん。爆発するかもしれないもんなんだよ」
『そうかー。でも、仕方ないよー。自分でも抑えられないのだもの』
「そうなの?」
『うんー。動物の本能だからさぁ』
“……だから、そんな本能ねぇって”
と、それを聞いて紐野は心の中でツッコミを入れた。彼は交通規制が敷かれていたが無視してこの地区に侵入している。近くで顔なしブロントサウルスを観察すれば、何かヒントがあるかもと思ったのだ。
誰もいない道路を進む。ところどころ家屋や建物が踏み潰されてあった。それを見て“保険会社が青い顔をしているだろうな”となんでかそんな心配を彼はした。
スピーダーとブロントサウルスの会話は続いていた。
『それに爆発してもきっとボクなら大丈夫だからさぁ。治るし』
「そうなんだぁ。でも、弱点に当たっちゃったらまずいんじゃない? どっか弱点はないの?」
それを聞いて“お、巧いぞ、スピーダー”と彼は思った。そのまま弱点を聞き出せたら突破口が見えるかもしれない。
『多分、大丈夫だよー』
と、それに顔なしブロントサウルスは返した。否定はしない。弱点がありそうな口調だ。
「なんで大丈夫なの?」
『多分、当たらないからぁ』
「そうなの? 何処が弱点なの?」
『えー 教えないよー。隠しているもん』
「隠している場所にあるの?」
『そうだよー』
それを聞いて彼は“ダメか”と悔しがった。弱点は聞き出せそうにない。そんなに上手くはいかないらしい。ただ、どうせ心臓か何処かだろうとは予想していたのだが。
ズシンッ
巨大な足音。
振動で近くの建物にひびが入った。踏み潰されて倒壊した家屋が更に崩れる。
紐野の目の前には、降ろされたばかりのブロントサウルスの巨大な足があった。よく観察をする。ふくらはぎや太ももには筋肉が豊富に付いていた。ただ膝や膝の裏はそれに比べれば随分と貧弱だ。関節部に筋肉を付けてしまったら、動かし難くなるから当然なのだが、この妖獣でもそれは同じらしかった。
“キリ達の攻撃は弱い部分に当たっていなかった可能性もあるからな。或いは関節への攻撃は有効かもしれない”
魔法少女達の脚への攻撃は確り計画した上で行われたものではない。かなり雑だ。だから次はちゃんと情報を集め、作戦を練った上で実施しようと彼は考えていたのである。
彼はスマートフォンで写真を撮り、攻撃するべきポイントをメモしていった。
“後脚より前脚の方が頑丈ではなさそう。攻撃するのなら前脚だな”
素人判断だが、顔なしブロントサウルスは後脚の力を主な推進力にしていて、前脚は体重を支えているだけのように思えた。自重を支えきれないほどの巨体だから、何らかの物理法則を無視してはいるのだろうが、少なくとも半重力などではなく、重力に抗ってはいるようだ。そうじゃなければ、ひと踏みで建築物を破壊できるはずもないから、この予想は恐らく正しい。
“なら、やっぱり脚への攻撃で足止めはできそうだな”
彼はそう結論付けた。
問題は、その為の攻撃を何にするかだった。
ズシンッ
「わたしはちょっと自信がないわよ?」
読書喫茶で紐野は二見愛とミーティングをしていた。今まで集めた情報を元に、顔なしブロントサウルスを攻撃する計画を詰めていたのだ。
「だって、それって、要は動いている脚の関節部分に向けてピンポイントで攻撃しろって事でしょう? 動いてなくても的のど真ん中に当てるのは難しいのに、そんなのできるはずないじゃない」
言う事は分かる。
娯楽作品の中では、銃の名手がそんな真似を簡単にやってのけるが、現実ではまず有り得ない。軍事用AIでも難しいのじゃないだろうか?
「なら、適任は誰だろうな?」
「攻撃を絶対に的に当てられるって言ったらライの電撃攻撃だろうけど……」
「電撃はあの妖獣には効かないな。少なくとも脚は破壊できない」
「アイシクルの氷塊……」
「関節を凍らせるのか? 効くかもしれないが5分くらいで動き出しそうだな」
「ファイヤビー……」
「問題外だろう。炎は効かないし、命中率もそんなに高くない」
そこで「んー……」と、二見は頭を抱えた。それからコーヒーを一口飲み、腕を組むとこう言った。
「命中精度だけで言えば、バリーが一番かもしれないわよ? あいつの魔法、イメージしたところに出せるらしいのよ。ま、動きを止められなかったら難しいかもだけど」
「いや、でも、バリアじゃなあ……」
魔法少女バリー・アンはバリアの魔法しか持っていないのだ。
そこでふと彼は思う。
“いや待てよ。もし威力の高い爆弾があったらバリアでも面白いかもな”
そこで彼はスマートフォンで、魔法少女ファン・コミュニティに書き込みをする。
『威力の高い爆弾を調達できないか? もし調達できたら、あのブロントサウルスに有効な攻撃ができるかもしれないんだ』
もちろん、ほとんど期待などしていなかった。はっきり言ってもし爆弾が調達できたら違法である。が、しばらくして返信があった。しかもコミュニティに書いたコメントではなく、彼のスマートフォンに直接メッセージが届いていた。
見ると、それはなんと彼の学校での唯一の友達と言える村上アキからだった。
ズシンッ
街外れにある何かの倉庫。
顔なしブロントサウルスの足音が響いて来ている。そこには村上アキの姿があった。時刻は大体20時。暗かった。
「これだよ、紐野君」
と、彼は言った。
紙袋に包まれたブロック状の物体がそこには積まれていた。相当な量がある。思わず紐野は冷や汗を流した。爆弾に詳しい彼だからこそその危険性を理解しているのだ。
プラスチック爆弾。
それがそこに積まれたブロック状の物体の正体だ。粘土状なので汎用性に優れ、対象物を的確に爆発したい場合には特に重宝する。暴発の可能性はほぼなく、火を付けてもただ燃えるだけ。起爆装置により、爆破したい時に爆破が行える。
「本物なのか?」
高校生に過ぎない彼は、もちろん実物を見るのは初めてだった。
「もちろん」と、村上は答える。
「と言っても、僕もそう聞いているというだけの話だけどね。でも、悪戯にしては手が込み過ぎていると思うよ」
見ると遠隔操作できる起爆装置まで付いていた。
「でも、こんな物を手に入れられるコネを持っているなんて…」
その紐野の疑問を村上は笑って否定した。
「僕にはそんなコネはないよ。ただ、“高性能な爆弾を手に入れられさえすれば、あの顔なしブロントサウルスをなんとかできるかもしれない”ってコメントをSNS上で拡散しただけだ。そうしたら連絡があってさ。
ファン・コミュニティに爆弾さえあればなんとかなるみたいな書き込みをしたのは君だろう? 爆弾男さん。その時にやってみたのだけど」
「あの時の書き込みは村上だったのか」
「まあね」
「これが偽物の可能性は? そもそも簡単に用意できるようなものじゃないぞ」
「僕は偽物の可能性は少ないと考えている。考えてもみなよ。あの顔なしブロントサウルスを放置していたらいずれは原発を踏み潰すんだよ? しかも、日本中…… いや、下手したら世界中の原発を狙うかもしれない。今、ここで魔法少女達の手でなんとかして欲しいと思っている日本社会の実力者達は多い。政治家でも、官僚でも、それ以外でも。
そして、魔法少女達と繋がりのある人間は今のところ君だけだ。君に協力しようとする人間がいても不思議じゃない」
それを聞いて紐野は軽く笑った。何故か少しワクワクしている。
「なるほどね」
プラスチック爆弾のブロックに手を置いた。
「なら、有難く使わせてもらうか」
そして具体的な計画を練り始めた。
ズシンッ
魔法少女スピーダーが、太く長いワイヤーを抱えている。顔なしブロントサウルスは、今は比較的平坦な道を進んでいて、確実にガスタンクに近付いていた。その前脚の膝部分には既にプラスチック爆弾がセットされてあった。前もってキリが作業をしてくれていたのだ。
「スピーダー! 始めてくれ!」
と、紐野は合図を送る。顔なしブロントサウルスがよく見える少し離れたビルの上から彼は全体の動きを把握していた。ブロントサウルスの近くにはバリー・アンも待機していて、いつでもバリアの魔法を使えるように魔力を最大限にまで溜めていた。
彼の合図を受けて、スピーダーは「アイアイサ!」とワイヤーを抱えたまま走り始めた。
「キーンで、ございまーす!」
そして、信じられない速度で地面を駆け、そのまま顔なしブロントサウルスの脚を伝って身体を駆け昇っていく。
「うんならかすよー!」
そして何度も往復し、ワイヤーを脚や胴体に巻いていった。
『ワワ。これ、なに?』
と、ブロントサウルスは声を上げる。
「ちょっとした遊びだから気にしないで!」と、それにスピーダー。『そうかぁ』とブロントサウルスは呑気な声で返す。
前脚に数本、首に一本、胴体に二本。ワイヤーが巻かれる。その後でスピーダーは近くに待機していた魔法少女パワフルンにワイヤーを渡した。見た目はロリ系お嬢様のようだが、パワー自慢の魔法少女だ。彼女も魔力をずっと溜めていたのである。
パワフルンは力強くワイヤーを握りしめると
「いつでもいいですわよ!」
と声を上げる。バリーも手を振って問題なしと応える。それを受けて紐野が「オッケー! やってくれ!」と合図を送った。その瞬間、パワフルンは
「最大パワー! うおおおりゃあああ!」
と声を上げながら、思い切りワイヤーを引っ張った。顔なしブロントサウルスの動きがそれで止まる。そして、『ワワ。引っ張られるぅ』と声を上げた。
パワーに特化した魔法少女パワフルンが最大限に溜めた魔力を全て使って、顔なしブロントサウルスの足止めをしているのだ。前脚が上がり、空中を掻いている。ただし、膝の位置はあまり動いていない。これなら、バリーの魔法でピンポイントで膝を狙える。
「グッ…… グッ… 」とパワフルンは歯を食いしばっていた。
彼女の力でも20秒くらいが限界だろうと紐野は予想していた。が、それだけで充分だった。
「バリー! いくぞ! 3、2、1、0!」
そのタイミングで彼は起爆装置のスイッチを押した。ほぼ同時にバリーが最大限まで溜めた魔力でバリアを張る。顔なしブロントサウルスの膝に付着させたプラスチック爆弾の周囲にだけ。
「最強硬質のコア・バリア!」
――そのタイミングだった。
四角いバリアの中で、超高威力のプラスチック爆弾が爆発する。四角く発光しているような不思議な光景。押さえつけられたような奇妙な“ズドンッ!”という爆発音が響いた。当然ながら、バリアで抑えられたその爆発のエネルギーは、周囲に分散する事なく、全て顔なしブロントサウルスの膝に集中する事になる。
高密度爆撃。
『わあ! 膝が爆発したぁ!』
と、そこでブロントサウルスは声を上げた。化け物級の耐久力を誇るこの妖獣でも流石に脚に大ダメージを受けたようだった。
そこでパワフルンが握っていたワイヤーが限界を迎えて切れた。顔なしブロントサウルスの前脚が降って来る。そして着地をすると、既に崩壊寸前だったのか、そのままボキリと折れてしまった。
「よっしゃぁぁ!」
と、思わず紐野はガッツポーズを取った。膝の破壊に成功した。これで少なくとも顔なしブロントサウルスの進行は止められた。それから妖獣は膝を崩して前のめりに倒れる。
攻撃を受けたと解釈したのか、寄生妖獣達がわらわらと這い出てきたが、こいつらにそこまでの脅威はない。魔法少女達が退治に入った。
『なんで爆発したのぉ?』
顔なしブロントサウルスには何が起こったのか理解できないらしくそう疑問の声を上げた。
「ほら、ガスタンクを踏み潰そうとしたからだよ!」
と、スピーダーが嘘を教えたが、ある意味では間違っていない。
『そうかぁ』と、それに顔なしブロントサウルス。いつも通り、呑気だ。それからこう続けた。
『これだと、回復するまでに3日間くらいはかかるかなぁ?』
「へ?」
と、それを聞いて思わず紐野は声を漏らしてしまった。
“たったの3日しか時間を稼げないのか?”




