21.VS超巨大妖獣 その1
今更だが、妖獣が何処からやって来るのかはまったく分かっていない。しかし、それでも多少の予想は可能だ。マンホールの下に隠れていただとか、小さな姿で人間社会にやって来てそれから大きくなった、だとか。
が、その妖獣に関しては、そのような予想は一切通用しなかった。何故なら、あまりに巨大過ぎたからだ。大き目のビルくらいの大きさがある。
隠れられるはずがないし、短期間でここまで急成長するとも思えない。気付くとそれは海辺の町にいて、そしてゆっくりと前進をしていた。海から出て来た? しかし浜辺のどこにも足跡がない。虚空から突然現れたとしか思えなかった。
全体的に灰色で、姿形のイメージで最も近いのは恐竜のブロントサウルスだった。だが、首から先が切り取られているようになっていて顔がなかった。円形の滑らかな肌の断面があるだけ。妖獣に関してはいつもの事だが、正体不明。分かっているのはそれが何処かを目指しているようだという点だけだった。進み続けている。
人間社会に対する敵意はなさそうに思える。少なくとも、意図的に人を踏み潰したり、建物を壊したりはしていない。ただ、事故的に妖獣の進む先に建物があった場合は、破壊されてしまうのだが。
その妖獣は一踏みで、一軒家くらいなら完全に破壊できるほどの大きさと質量を持っていたのだ。
ズシンッ
国会はこの妖獣の討伐に自衛隊を出動させるかどうか緊急で会議を開いていた。法律上は問題がないか、憲法上の解釈が云々。中国や韓国への配慮はどうなるのか、市街地で軍事兵器を使用した場合の建物等への被害は誰が保障するのか…… エトセトラエトセトラ。利権や思想やパワーバランスが絡み、議論は一向に進まなかった。責任の擦り付け合い。ただただ口喧嘩をしているだけのように見えなくもない。
「こりゃ、結論が出るまでに十年くらいはかかりそうだな」
紐野繋はニュース番組で流れる議論の様子を見てそう呟いた。
政治家達の本音は、恐らく“魔法少女達になんとかして欲しい”なのだろう。人間社会の管理管轄外で、超法規的に活動できる彼女達が解決するのならば、様々な政治的配慮が必要なくなる。
ズシンッ
もちろん、魔法少女達は既に動いていた。好戦的な一部の魔法少女は早々に攻撃をしてすらいる。だが、ダメージを与えらているようには思えなかった。どれだけ激しい攻撃を受けても、特に何も反応を見せず、顔なしブロントサウルスは悠然と行進をし続け、しかもその身体に棲む寄生虫なのか、攻撃に反応して、身体中から妙な妖獣達がわらわらと這い出て来て周囲に危害を加えた。その為、下手に手出しはできなかった。ただひたすらに耐え、通り過ぎるのを待つのが最善の策のように思えた。
ズシンッ
いつの頃からか、紐野繋達が住む街にも、その妖獣の地響きは響いて来るようになっていた。まるで遠雷のよう。一定のリズムを刻んで、しかも徐々に大きくなっていく。
ズシンッ
ズシンッ
つまり、超巨大妖獣は彼の街に近付いているのだ。通り過ぎるのが目的なのか、それとも彼の街が目的地なのかは分からなかったが。
ズシンッ
「あたしの街を踏み潰そうなんて良い度胸じゃないの!」
火曜の午後。
魔法少女ファイヤビーが空中に浮かび、近づきつつある顔なしブロントサウルスを見やっていた。彼女はやる気満々らしく、炎を纏った髪が大きく猛っている。魔力を溜めている証拠だ。近くには魔法少女スピーダーの姿もある。が、彼女の方には好戦的な様子は見られない。ただ単に見物に来ただけのようだ。
近くの住人が彼女達に気が付いたのか、その模様を撮影していた。
“なにやってるんだ、あいつらは?”
そのライブ映像を、スマートフォンで見つけた紐野繋はそう呟いた。今まで、ここに来るまでの間で、様々な魔法少女が散々攻撃を加えていたがあの顔なしブロントサウルスには一切効いていない。風、雷、氷、毒、そしてファイヤビーと同じ炎。そういった数々の攻撃を受けたにも拘わらず、平然と進み続けている。ファイヤビーは高い攻撃力を持っているが、どうこうできる相手ではないだろう。単純に質量と耐久力が桁違いなのだ。
そして、攻撃を加えると、たくさんのブヨブヨとしたゴムホースのような妖獣や、大きなシラミのような妖獣、ムカデのような妖獣が顔なしブロントサウルスから這い出て来て、周囲の住民に危害を加える。つまり、何もしないでいる方がマシなのだ。
ファイヤビーの性格を考えると、その理屈を理解していながら、それでも感情のままに行動してしまいそうだった。報酬目的なのか、単に悔しいからなのかは分からないが。
「あいつが勝手に失敗するのは別に良いが、こっちまで悪く言われるのは勘弁して欲しい」
心配した彼は、渋々ながら現場に向かった。二見愛にも連絡を取ると、元よりそのつもりだったらしく、人間の姿で既に顔なしブロントサウルスの近くにいるらしかった。そして、肉眼でファイヤビーが見えるくらいの位置にまで来た時には、既に彼女の全身の炎はすっかり出来上がっていた。
「よおっし! そろそろマックスね!」
そうファイヤビーは気合を入れた。身体中から炎をたぎらせている。間違いなく、これから彼女は顔なしブロントサウルスを攻撃するつもりでいるのだろう。
「スピーダー! あんたも手伝いなさい」
近くにいたスピーダーに話しかける。
「手伝うって? わたし、ブロントサウルスを見に来ただけなんだけど?」
「良いから、手伝いなさいって。あんたも報酬欲しいでしょう?」
「いや、わたし、報酬貰ってないけど」
スピーダーの言葉を無視して、ファイヤビーは空き地においてあるガソリンか何かのタンクを指で示した。
「あれ、あいつにぶっかけて来て。できるだけ広く。燃えやすくする為よ」
「まあ、良いけど」
それはブロントサウルスにとっては大した量ではなかった。彼女なりに考えたのだろうが、その程度ではほぼ無意味だろう。
「おい! 無茶はやめろ!」
彼女を止めようと紐野は大声を上げた。すると彼女はニカッと笑い、
「大丈夫! あたしの魔法で燃やし尽くしてやるから!」
などと返す。
「そーなったら、そーなったで、こんな街中じゃ、延焼して大問題になるだろうがぁ!」
と彼はツッコミを入れたが、彼女の耳には届いてないようだった。その間でスピーダーがガソリンをブロントサウルスに撒き終わる。
「終わったよー」
「よおっし! じゃ、行くわよー」
彼女は全身から炎を噴出させた。そして、物凄い勢いでブロントサウルスに向かって突進する。直ぐ傍にまで来ると、彼女は魔法名を叫んだ。
「あたしの最大魔法! メラメラ・スペシャル! インフェルノォォォ!」
渦をまく炎を腕に纏わりつかせると、彼女はそれをブロントサウルスに向ける。その次の瞬間、凄まじい業火を放った。言うだけあって大迫力の魔法で攻撃範囲も広い。ブロントサウルスの胴体部分を包み込んだ。その迫力に圧倒された紐野は思わず「これ、もしかしたら、本当に倒せちまうんじゃないか?」と呟く。仮にそうだとしても、あれだけ巨大な妖獣が街中で燃えたら絶対に何処かが火事になってしまうが。
やがて炎の魔法が終わる。自信たっぷりの顔でファイヤビーは「丸焦げ確定! 大勝利!」と高らかに宣言してピースサインまで見せた。が、炎が晴れ、ブロントサウルスの姿が露わになると表情を急変させた。
「なっ?!」
驚愕の表情。
そう。ブロントサウルスは何ら火傷を負ってはいなかったのだった。一歩前進する。炎をくらう前となんら変わっていない。今までと同じ。そして、案の定、ブロントサウルスの身体からは大量の寄生妖獣がこぼれ落ちていたのだった。ブヨブヨとしたゴムホースのような妖獣、大きなシラミのような妖獣、ムカデのような妖獣。
「言わんこっちゃない!」
紐野は爆弾を握る。問題なく使えるように威力を抑えたものだ。ありったけを持って来ていた。キリも姿を見せていて、妖獣退治を始めている。どうやら青蓮も来てくれているらしい。当然、ファイヤビーやスピーダーも参加する。幸い寄生妖獣は弱く、一般人でも倒せるレベルだったのでそれほどの被害を出さずに全て退治し終える事ができた。
ズシンッ
顔なしブロントサウルス妖獣は相変わらずに進み続けている。その姿を唖然とした様子でファイヤビーは見ていた。
「どーいうこと? あの攻撃がまったく効いていなかったの?」
紐野にもそれは信じられなかった。少なくとも“軽はずみな行動”とファイヤビーを非難するのを躊躇うくらいの威力があの魔法にはあるように思えたからだ。
するとそれを聞いたスピーダーが言った。
「んー。なら、本人に訊いてみようよ!」
“は?”という表情をそこに集まった全員が浮かべたが、彼女は気にする様子も見せずに飛んでいった。そして、進み続けるブロントサウルスに向けて尋ねる。大声で。
「ねぇー さっきの炎攻撃どーだったぁ?」
“何をやっているんだ?”と、紐野だけじゃなく、そこにいた魔法少女達全員が思っていただろう。
だが、それから妙に高い声がそれに答えたのだった。
『うん。身体の痒いのが取れて気持ち良かったぁ。もっとやってぇ。身体中にいる虫の所為で痒くってさー』
それはまるで幼い子供が話しているような音質をしていた。声のボリュームだけは大きかったが、テンポが普通の人間と話すものと変わらず、そこがなんとも気持ち悪い。
見ると、ブロントサウルスの顔のない部分。円形になった切り口に、落書きのような顔が浮かんでいる。どうやらそれが喋っているようだった。
“えっと…… なに?”
あまりの違和感に紐野の頭は混乱していた。そして、十呼吸くらいの間の後、
「こいつ、喋れたのかぁぁ!?」
と思わず大声を上げる。
恐らく、今までこの妖獣との会話を試みる者は一人もいなかったのだろう。魔法少女達全員が…… いや、恐らくはその様子を見守っていた全員が驚愕の表情で固まっていた。
「おい! スピーダー! ちょうど良い! そいつの目的を訊いてくれ!」
我に返った紐野がそう頼むと軽い感じでスピーダーは「アイアイサ!」と返す。
「ねぇ、君。一体、何をしようとしているのぉ?」
そう彼女が質問すると、ブロントサウルスはやはり幼い子供のような声で、
『うん。ずっと遠くの方に物凄いエネルギーがあってね。それを踏み潰したいなぁって思って』
それを聞いて彼は戦慄する。
“エネルギー? もしかして、原子力発電所の事か?”
思わず、自ら声を上げてしまった。
「おいお前! どうしてそんな事がしたいんだ?」
すると、なんとか声は届いたらしく、幼い声音の返答が響く。
『んー。多分、動物の本能だと思うー』
「そんな本能があって堪るかぁ!」
と、彼はツッコミを入れた。
それを聞いて、スピーダーは首を傾げる。
「でも、エネルギーだったらもっと近くにもあるのじゃない?」
彼女は遠くの方にあるガスタンクを指で示していた。それにもブロントサウルスは応える。
『ああ、うん。ついでに踏み潰してから行くつもりだよぉ』
そしてその返答に、魔法少女達は一斉に「ええぇぇぇ!」と悲鳴を上げたのだった。




