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2.違法少年

 紐野繋の両親は子育てには無関心だった。共働きで共に仕事熱心で性格はドライ。夫婦仲は悪くはないが良くもない。家族と言うよりは、互恵関係にある協同生活者という表現の方がしっくりくる二人だった。

 当然ながら、“温かい家庭”というイメージからはかけ離れている。

 そのように家族仲が淡白だった上に、彼には学校にも近所にも友達はいなかった。つまり、あらゆる人間関係が希薄だったのだ。

 その所為か、何をしても面白くなく、鬱屈した毎日を過ごしていた。そしてそんな彼がある日“爆発”に出会ったのだ。近所の農場で名前も知らないお爺さんが枯れ葉を集めて燃やしていた。焚火は違法になる場合もあるが、その程度なら許されているのだそうだ。

 そのお爺さんは彼を受け入れてくれた。余計な干渉はせず、追い払おうともしない。ただ「火傷しないように気を付けろ」としか言わなかった。その距離感が、彼には心地良かった。

 焚火に紙ゴミなどをくべると、一瞬で火がつく。そして、瞬く間に光と共に消失する。炎は綺麗だと思った。ゾクゾクとする興奮。彼はその光景に魅せられ、燃やせそうなものを拾って来てはくべていった。小枝、枯れ葉、ビニール袋。そしてある瞬間だった。何を燃やしたのかは分からない。何かが勢いよく爆ぜたのだ。

 パチンッ!

 大きな音と共に、手や足、顔面に熱風を感じ、目が痛みで滲んだ。

 お爺さんが「おい。大丈夫か?」と心配してくれた。「火傷をしていないか?」と。お爺さんの言葉通り、彼は軽い火傷を負っていたかもしれないが、そんな事はまるで気になっていなかった。

 強い、強い強い感動。“衝撃”と表現しても差し支えないような何か。それは彼を鬱屈に圧し潰していた“重り”の全てを弾き飛ばしてくれた。快感と言うよりは、解放感。彼は真っ白の世界の中で本当の自由を得たと思っていた。

 「おい!」

 お爺さんが彼の肩を強くつかんで揺すり、我に返してくれるまで、彼は全てから解き放たれていた。

 「大丈夫か?」

 と、言葉を投げかけるお爺さんに、彼はゆっくりと頷いた。怪訝そうな顔でお爺さんは彼を見ていた。恐らく、まだ茫然とした表情を浮かべていたのだろう。

 「そろそろ帰りなさい。病院に行った方が良いかもしれん」

 お爺さんはそう言って焚火を消してしまった。彼はまだ何かを燃やしたかった…… いや、爆発させてみたかったのだが。

 

 家に帰っても彼は焚火の“爆発”を忘れられなかった。全てが弾け飛んだ感覚が、脳裏に焼き付いている。

 ――あれと同じものを自分でも作ってみたい。

 そして、そう思ったのだった。

 

 彼はインターネットを使って調べ、まずは小さな爆竹から作り始めた。ピンボールに火薬を詰めて爆発させる。法律は知らなかったがその程度なら合法だと判断した。しかし、火薬を工夫する内に徐々に爆竹の威力が上がっていき、やがて「これはもう違法かもしれない」と彼自身が不安になるレベルにまでになった。それは最早、爆竹ではなく、“爆弾”になっていた。

 こっそりと人気のない野原や河川敷で彼は爆弾を爆発させていたが、ある時どうやら警察に通報されてしまったようだった。爆破させた後に警察官がやって来たのだ。直ぐに逃げたので捕まらなかったが、少しその場を去るのが遅ければ捕まっていただろう。爆破の威力が強くなり過ぎたのだ。彼はそれで爆弾を爆発させるのはもう止めようと反省した。だが、その欲求は治まってはくれなかった。

 

 カチャガチャとした音が微かに背中から聞こえる。それは紐野繋が背負っている古いリュックから聞こえ、その中には爆弾が入っていた。

 何かの拍子で爆発してしまうかもしれない。

 そんな不吉な想像をしないでもないが、彼はもしそうなったらそうなったで構わないと少しだけ思っていた。爆発ができるのなら、それでも良い、と。どこまでそれが本気なのかは、自分でもよく分かっていなかったが。

 河川敷の土手の上を、彼はゆっくりとした足取りで歩いていた。中に入っている爆弾はかなりの威力だ。もし背中で爆発したら無事では済まない。その爆弾をこっそりと爆発させられるような場所がないか、彼は探して歩ているのだった。

 もっとも、そんな場所などあるはずがないとも思っていたのだが。

 つまり、彼は自分をコントロールできていなかったのだ。

 ――爆発させてみたい。

 ――絶対に気持ち良いだろう。

 やがてコンクリート性の大きめの橋が見えた。道の広さに対して車の通りは少ないし周りに人気もない。

 ドォン!

 ドォン!

 “この橋の陰なら爆発させられるかもしれない”

 と彼は考えた。何処かから粘液を塗った大きなゴムでも叩いているかのような鈍い謎の音が響いて来ていたが気にしなかった。きっと、遠くで知らない工事の機械か何かが動いているのだろう。仄かな期待を抱いて紐野は道路を渡り、土手を降ろうとした。

 が、そこで足が止まった。

 コンクリートの橋げたで道路からは死角になっているだろう場所に信じられないものがいたからだ。

 軽トラほどもある巨大な怪物。粘液を身に纏っていて、てらてらとした気持ちの悪い艶がある。巨大なナメクジという形容がピッタリだろうか。無数の牙が生えた大きな口がこちらに向いて開いている。

 妖獣だ。

 そう直ぐに紐野は理解した。

 魔法少女が現れるようになったのと同時に、この世界に現れるようになった正体不明の何か。生物であると言えるかどうかすらまだ人間達は決められていない。ただ、魔法少女は何故か人間社会で悪さをするこの妖獣と闘い、そして退治している。

 “まずいか?”

 彼は危機感を覚えたが、妖獣が彼を襲おうとする素振りはなかった。

 そこで鈍い音が響いた。

 ドォン!

 さっきから聞こえて来ている大きな粘液のついたゴムでも叩ているかのような謎の音。

 “なんだ?”と、思って目をやってみると、ちょうどナメクジの肛門に当たりそうな位置に何かがいた。

 ――人?

 フリルのついたマジカルな衣装。ピンクと薄い赤が目立つ。見覚えがあった。魔法少女キリだ。肛門…… かどうかは分からないが、彼女はそれに身体半分が吞み込まれていた。食われかかっているのだろうか? キリは風の魔法か何かで必死に何度もナメクジ妖獣を攻撃していた。先ほどから響いて来ていた謎の音の正体はこれだったのだ。

 ナメクジ妖獣は強い弾力性を持った皮膚を持っていて防御力が高いのか、魔法少女キリの攻撃はまったく効いていないようだった。確か彼女はスピードはそれなりに速かったが、攻撃力はBという評価だったはずだ。捕まってしまったら、何もできないのかもしれない。

 辺りを見回してみる。

 人は誰もいなかった。魔法少女ファン・コミュニティの誰かが“魔法少女VS妖獣”の闘いを報告すると、そのコミュニティのネットワークを通して情報が拡散し、マスコミやら野次馬やらが集まって来るのが常らしいのだが、こうして発見されずに、ひっそりと終わる闘いもあるらしい。しかも魔法少女は敗ける寸前だ。

 “こりゃ、助けるのは無理だなぁ”

 と、彼は吞み込まれそうな魔法少女キリを眺めながら思った。今からスマートフォンで警察を呼んでも手遅れだろう。

 「あなた、危険よ! 早く逃げなさい!」

 そこで不意に声が聞こえた。魔法少女が彼に気付き、心配して警告して来たのだ。そう言って攻撃の手を緩めた所為か、また少し魔法少女はナメクジ妖獣に呑み込まれた。胸元まで身体が埋まってしまっている。

 “おー、おー。自分が死にそうだってのにこっちの心配か。大したもんだ”

 実を言うと彼は、魔法少女から、無様に助けを求められるのではないかと思っていたのだ。そこでナメクジ妖獣が音を発した。

 ブ…… ブブッ…

 まるで巨大な屁の音のようだった。しかも水気があるタイプ。とても不潔な感じがした。音を発しているナメクジ妖獣の目玉は嫌な感じに歪んでいた。まるで自分か彼女を馬鹿にして笑っているように思えた。

 “なんか……、ムカつくな、こいつ”

 それを見て彼はそう思った。そして、背負っているリュックの中にある爆弾を思い出したのだった。

 ナメクジ妖獣の大きな口(?)が、こちらに向けて開いている。

 “こいつの体の中に爆弾を放り込んで爆発させれば、弾力のある体に吸収されて、爆発音は響かないかもしれない”

 気が付くと、彼はリュックを開けて爆弾のスイッチを押していた。魔法少女が「何しているの? 早く逃げなさい」と言う。彼はそれを無視した。どうせもう遅い。そして彼は、爆弾入りのリュックをナメクジ妖獣の大きな口の中に放り投げたのだった。ナメクジ妖獣の体の中にそれは吸い込まれていく。

 ナメクジ妖獣は変な顔をした。

 紐野は期待に満ちた目で、ナメクジ妖獣を見つめた。約1分後。爆弾作りが失敗していなければ、そろそろ爆発する頃だ。やがて、

 ドヌンッ

 という大きな音が響いた。爆風がナメクジ妖獣の口と肛門(?)から同時に吐き出され、吞まれかけていた魔法少女も噴出された。ナメクジ妖獣がどういう体の構造になっているのかは不明だが、どうやら魔法少女は無傷のようだった。

 “よっしゃー! 成功だ!”

 彼はガッツポーズを取る。思っていた通りの威力だ。

 ナメクジ妖獣は驚いた眼を彼の方に向けた。やがてそれは明確な怒りと敵意のこもった視線に変わる。

 “やべ!”

 と、彼は思った。襲われたら一溜まりもない。だが、その瞬間だった。

 「空圧!」という声と共にナメクジ妖獣に空気の砲弾が撃ち込まれた。それで伸びきった皮膚に向けて今度は「カマイタチ!」と声がし、風の斬撃がナメクジ妖獣を襲う。どうやら爆弾でかなり弱っていたらしく、その攻撃でナメクジ妖獣はあっけなく切り裂かれて完全に動かなくなった。

 「おー。魔法少女の魔法を生で見るのは初めてだよ」

 と、思わず紐野は声を漏らした。

 正確にはしょぼいやつならさっき見ているのだが、彼の中ではカウントされていなかったようだ。決めの大技はやはり迫力が違った。

 魔法少女キリはそこで「フーッ」と息を吐き出すと紐野をゆっくりと見た。精悍な顔つき。どこか怒っているような、それでいて心配しているような申し訳なさそうにしているような。奇妙な視線。さっきまで死にそうだったのに。

 “何を言うつもりだ?”

 彼女がどんな気持ちでそんな表情を浮かべているのか理解できなかった彼は不思議に思っていた。が、そこで、

 「おーい、そこの君」

 と背後から声がかかったのだ。見ると、自転車に乗った警察官がこっちに向かって来ていた。恐らく、彼がここに来る前に、魔法少女とナメクジ妖獣の闘いを目撃した誰かが警察に通報していたのだろう。

 彼は俄かに不安を覚えた。爆弾を使ったのがバレるかもしれない。

 警察官は近づいて来ると「さっき物凄い音がしたけど……」と彼に話しかけて来た。「いえ、その……」と彼は言葉を濁す。

 “まずい。何とかして誤魔化さないと”

 しかし、そこで土手の下から声がした。

 「わたしが魔法を使ったんです!」

 魔法少女キリだ。

 必死そうな声だった。

 その声で初めて警察官は妖獣の死体と魔法少女の存在に気が付いたようだった。妖獣の死体とボロボロの魔法少女を見比べ、それから紐野を横目で見た。

 「手強い相手で、普段は使わない爆風魔法じゃないと倒せませんでした」

 もちろん、嘘だ。

 爆弾でナメクジ妖獣を攻撃したのは彼なのだから。

 警察官は魔法少女キリを知っているらしく、彼女が今までに爆風魔法なんて使った事がないと知っているのか、怪訝そうな顔を浮かべていた。が、

 「まあ、君らには人間社会の法律は通用しないからなぁ」

 などと述べてから、

 「あまり何かを壊すような魔法は使わないでくださいよ」

 と軽く注意すると、微妙に納得いかなそうな表情をしていたが、何処かに無線で状況を報告していた。きっと妖獣死体処理班の手配とかあるのだろう。

 「すいません。後はよろしくお願いします」

 魔法少女キリは警察官に礼をすると、何か言いたそうに紐野を見やってから、結局、何も言わずに飛び去っていった。

 その姿を見ながら紐野は、

 “なんだぁ? あいつ、僕の手柄を横取りしやがった”

 などと思っていた。

 が、それから少し考える。

 

 “しかし、待てよ。これって好都合だよな。僕が妖獣を爆破させても、あの魔法少女が手柄を横取りするからバレない”

 

 彼はニヤリと嬉しそうに笑っていた。

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