17.著作権侵害とドッペルゲンガー その2
わたしはリードに繋がれたまま外に連れ出された。上はワイシャツで、下はショーツという姿。ブラジャーすら付けていない。誰もわたしを“見ていない”と知っていても、それでも羞恥心は込み上げて来る。部屋の中にいるのとは違う。こんなの絶対に慣れはしない。
男はそんな私の様子が楽しいのか、いやらしい卑猥で下品な笑顔を浮かべている。
本当に最低だ。こいつは。
男は繁華街を歩いた。多分、なるべく人の多い場所を選んでいるのだろう。わたしを恥ずかしがらせる為に。
ある所で、男はわたしを先に進ませた。きっとわたしが恥ずかしがる姿を観賞する為だろう。お尻を見ているのかもしれない。
すっかりと油断している。
今なら逃げ出せそうだった。が、仮に逃げ出せたとしてもどうにもならない。しばらく時間が経てば、わたしはデリートされてしまうのだから。
電気屋の近くを通った。動画サイトか何かのライブ映像がテレビに流れている。どうやら妖獣が出現したらしい。ミジンコの姿をしていて空中を跳ねている。魔法少女達がやって来て退治をしていた。
魔法少女キリ、ファイヤビー、ライ。
現場はどうもこの近くらしい。
遠くから戦闘音が聞こえて来ている。見ると遠くの空に何かが浮かんでいる。きっとあれがミジンコ妖獣と魔法少女達なのだろう。
そこでわたしはハッとなった。
キリ。
男はわたしをそう呼んでいた。そうだ。あれは今のわたしの元になった魔法少女だ。彼女のアイデンティティを継続している自覚はないが、それでもわたしは彼女から生まれた。
――もしかしたら、助かるかもしれない。
そこでカメラは野次馬よりも近くで魔法少女達の闘いを見守る男子高校生の姿を捉えた。
微かに記憶が残っている。
彼はキリのサポートをしている人物だ。そして他の誰にもできなかったのに、彼だけはキリの正体を見破った。確か名前は紐野君といったか。
もしかしたら、
もしかしたら、彼にならわたしを“見る”事ができるのじゃないか?
あそこに行きたい。
わたしは少し考えると男に話しかけた。
「ねぇ」
「なんだい?」
「あのミジンコ妖獣を見に行きたいわ。なんだか面白いから」
実際、画面の向こう側のミジンコ妖獣達が空中をピンピンと跳ねる様は面白かった。男は困った顔を見せる。
「えー? うーん。でも、魔法少女達には近づきたくないんだよなぁ。運営の管理者もいるだろうし」
渋っている。
だが、この男の性格は把握していた。
「お願い。見ていたら、なんだか懐かしくなっちゃって」
甘えた声で懇願すると簡単に気を良くし衝動的に動く。案の定、
「まあ、野次馬に紛れて見物するなら見つからないか」
などと言って彼はミジンコ妖獣の方に歩き出した。
――或いは、魔法少女キリ達を利用すれば、わたしはこの地獄から脱げ出せるかもしれない。
わたし達がミジンコ妖獣のいるところに着く頃には、既に凡その退治は終わっていた。何体ものミジンコ妖獣の死体が転がり、魔法少女達は何かを話している。
そこで紐野君がこちらを見たのが分かった。“わたしが見えているの?”。期待を込めて見続けると彼と目が合った。
間違いない。
彼にはわたしが見えているのだ。
その瞬間、ほぼ衝動的にわたしは駆け出していた。運良く男はリードを弱く握っていたようで手から放れた。
「あっ こら!」という慌てた声。
いける!
わたしは紐野君の傍にまで来ると、
「お願い。助けて! わたし、あの男に酷い目に遭わされているの!」
とお願いをした。彼は直ぐに中年男性の前に立ちはだかると、
「何やってるんだよ?おっさん。女の子にこんな格好をさせて」
と凄んでわたしを守ってくれた。男は軽く怯んだ。
「お前、その子が見えているのか?」
彼にわたしが見えている事実に驚いているようだ。この男は何かしら悪い事をやっている。だから、魔法少女達のバック…… K太郎達を恐れているはずだ。
「K太郎!」
予想通り、紐野君がそう声を上げると「クソッ!」と吐き捨て男は逃げいった。
助かった……
安堵したわたしは思わず涙ぐんでしまった。ただまだダメだ。このままではコピープロテクトが働いてわたしはデリートされてしまう。だから、それを回避する為に、魔法少女キリが必要なのだ。
それから紐野君は、キリを誘って街の方に歩き出した。
読書喫茶。
紐野繋は目の前にいる二見愛に「見えないかもしれないが」と断ってから事情を説明した。コーヒーは三人分注文してあって、ワイシャツの少女の前にも置かれている。
「つまり、誰にも見えない女の子がいるって言うの? それでさっきのおじさんに首輪を付けられて変態的な行為をされていたって。しかもわたしに似ている」
説明を聞き終えると、二見は「はあぁぁぁ」と大きく溜息をついた。
「紐野君。あなたね。そんな話を信じろって言うの? 馬鹿馬鹿しい。
何処に行くのかと思ったら、いつも通りの読書喫茶だし。ま、この手のことであなたに期待なんかしていないけどもさ」
「何の話だよ?」
「“持って回った誘い方をするな”って言っているのよ。デートに誘いたいのなら、もっと素直に誘えば良いじゃない。まったく、ひねくれているんだから」
「お前な。僕にそんな度胸があるはずないだろうが」
「なんでそーいうことには自信満々なのよ! あなたは!」
その時、ワイシャツの少女は物凄く冷たい目で二人のやり取りを聞いていた。その視線が紐野は少し気になったが気付いていない振りをした。それから彼は少女に向かって
「悪い。コーヒーを飲んでみてくれないか?」
と指示を出した。少女は彼の意図を直ぐに察したようでコーヒーを飲む。カップをコースターの上に置くと二見は驚いた声を上げた。
「コーヒーカップが消えたと思ったら、また現れて量が減っているのだけど?」
紐野を見る。
「手品?」
「できるか馬鹿」
それから少し間を置くと彼は続けた。
「お前にはそー見えたのかもしれないが、今、そのお前には見えない女がコーヒーを飲んだんだよ」
まだ彼女は信じられないといった顔をしていたが、ワイシャツの少女が今度は彼女のコーヒーカップを手にすると、「消えた」と言い、また置くと「出た」と言ってからまじまじと何もない空間を見つめ、それから紐野の方をゆっくりと見た。
「本当なの?」
「だから、本当だって」
それを聞くなり彼女は「ちょっと目隠ししなさいよ!」とやや大きな声で言った。店内に響き渡る。
「なんでだよ?」
「だって、その子、ワイシャツにショーツって恰好なのでしょう?」
「大丈夫だ。お前に似ている」
「なお悪いわ!」
そこで彼女は店内の客達から注目を集めているのに気が付いたようだった。店員が注意をしようか迷っているのかこちらを見ている。彼女は顔を赤くして黙った。
小さな声で彼女は訊いた。
「で、どうするのよ?」
「ま、とりあえず、彼女から事情を聞いてみよう。まだほとんど何も聞いていないんだ」
そう言うと彼はワイシャツの少女に視線を向けた。
「……よく覚えていなくて、気が付いたら、その男に捕まっていてペットみたいな扱いを受けていたんです」
わたしは自分の事情を話し終えた。
紐野君は「そうか」と応える。わたしは全ての事情は話さなかった。自分が魔法少女キリの劣化コピーである事も、紐野君を辛うじて覚えている事も。話したら、やり難くなってしまう。訳も分からず気付いたらあの醜い男に捕まっていたのは本当だから嘘ではない。
それにしても……
と、わたしは思う。
二見愛と紐野君は随分と距離が近くなっている。わたしがまだ彼女だった頃は、そこまで近しい関係ではなかったはずだ。わたしがあの醜い男の犠牲になっている間で、彼女は少しずつ彼との関係を深めていたのだ。
なんだか物凄く妬ましかった。
「おい」
と、そこで紐野君が声をかけてきた。いけない。少し考え込み過ぎていた。
「とにかく、これからどうするかだな」
そこで二見が言った。
「なら、わたしの家に泊めようか? どうせ姿は見えないから親に誤魔化す必要もないし、ついでに着ていない服をあげたいし」
わたしはそれを聞いて喜んだ。手間が省けた。実は彼女の家の記憶は消えているのだ。尾行でもして家を突き止める気でいたのだけど、その必要がなくなった。
が、それを紐野君が止めた。
「ダメだ」
二見は怒る。
「なんでよ? まさか、あんた、自分の部屋に薄着の女の子を泊める気?」
「いや、それもしない。僕はまだ彼女を完全に信頼した訳じゃないんだ。被害者であったとしても、僕らの味方とは限らない。いきなり泊めるのは危険だ」
「じゃ、どうするの? まさか、野宿させる気?」
「いいや、彼女は誰にも見えないんだ。誰かの家に勝手にお邪魔して、リビングか何処かで寝れば良いだろう? それがダメだってならホテルでもファミレスでも何でも良い。食事については僕が奢ってやる。服についてはここを出たら取りに行ってくれ。ここで待っているから」
なるほど、とわたしは思った。
紐野君は二見とは違って警戒心が強い。もしかしたら、わたしは妬みの表情を隠せてはいなかったのかもしれない。だから彼に疑われてしまったのだ。
ただ、それだけじゃないと思う。
きっと彼は彼女をとても大切にしているのだろう。だから必死に守ろうとしている。わたしはそれを嬉しく想い、同時にやっぱりとっても妬ましかった。
「わたしはそれで構いません」
そう言うわたしを彼は軽く見やった。やはり警戒をしている。
それから紐野君の提案通りになった。読書喫茶の外で待って、その間で二見が余っている服を持って来る。わたしは複雑な気持ちでそれを受け取って身に付けた。かつてわたしが彼女だった頃は現役で来ていた服だ。着なくなっちゃったんだな、わたし…… と思う。ただそれでも、自分の服は嬉しかった。それから紐野君はコンビニで弁当を買ってくれ、わたし達は別れた。二見愛を尾行したかったが、紐野君が監視しているのでできなかった。
ただ、その時に明日もこの読書喫茶で、わたしの事を話し合う約束を二人がしているのをわたしは聞き逃さなかった。休日だから、日中に会うのだろう。もう時間がない。コピープロテクトが発動してしまう。その時にやるしかない。
24時間営業のファミレスにわたしは泊まった。アルバイト用の仮眠室のような部屋があり、比較的快適に過ごす事ができた。
次の日。
朝起きるとわたしはあの読書喫茶を目指した。それから二見愛が去っていた方角に足を進める。自分の家が大体、どの辺りかくらいは覚えているのだ。人気が少ない道に通りかかると、わたしはそこで彼女を待つことにした。被害は少ない方が良い。
わたしはニセモノ。
違法コピーだ。
だが、もし仮に本物の二見愛が死んでしまったらどうなるだろうか?
“運営”にとって二見愛は貴重な“商品”であるはずだ。失いたくないと考えるだろう。なら、代わりにわたしを本物にするのではないだろうか?
わたしの欠損した部分を、本物の二見愛からコピーして補完し、彼女自身に作り替えるかもしれない。
もちろん、それはわたしの願望に過ぎないだろう。けど、わたしは一縷の望みをその可能性に託すしかなかった。
昼過ぎ。
二見愛が向こうからやって来るのが見えた。わたしはゆっくりと魔法少女へと変身する。随分と力は失われてしまっているが、それでも普段の彼女…… か弱い女の子を殺せるくらいの力は残っている。彼女からはわたしの姿が見えないというアドバンテージがある。充分に勝てる見込みはある。
できる事なら一撃で倒してしまいたい。仕留められなければ、彼女は魔法少女に変身するだろう。そうなるとちょっとばかり厄介になる。
わたしは魔力を溜めると、風の魔法を二見愛に向かって至近距離から放った。
お願い。
これで死んで。
と、祈りながら。
二見愛は突然襲いかかって来た風の刃に戸惑っていた。腹の辺りに横殴りに打ち付けられ、周囲にある植木などを巻き込んで吹き飛んでしまった。
ただ、大きなダメージを受けはしたが、まだ充分に動けた。受け身を取りながら彼女は考える。
“まさか、紐野君の嫌な予感が的中するだなんてね”
昨晩、彼から彼女は連絡を受けていたのだ。昨日出会った“不可視の少女”が襲って来るかもしれないから用心しておけ、と。できるのなら魔法で耐久力を上げておいた方が良いというので、彼女は魔法少女に一度変身して、耐久力を上げる魔法を使った後で外に出ていたのだ。
受け身を取った彼女が体勢を立て直す前に風の斬撃が次々と彼女を襲った。姿が見えないが攻撃の方向から予想してなんとか彼女はそれを避ける。壁の向こうに転がり、時間をつくると魔法少女へと変身した。これで簡単にはやられない。
が、それでも相手の存在が一切感知できないというのはかなり厄介だった。しかも街中である。
“こんな所で見えない相手と闘ったら、被害がどんどんと大きくなっちゃう”
彼女は少し考えると、廃ビルがあるのを思い出して駆けていった。
信じられなかった。風の魔法の一撃が確かにお腹に入ったのに二見愛は普通に動いていたのだ。仮に絶命はしなくても、人間なら内臓が破裂して瀕死の重傷を負っているはずだ。
それでわたしは察した。
紐野君だ。
彼が予め彼女にアドバイスをしていたのだろう。きっと耐久力を上げる魔法を使っていたのだ。
壁の影に入って彼女は魔法少女に変身してしまった。これで簡単には倒せない。しかもそれから彼女は何処かへ逃げて行ってしまったのだ。
何処へ行くつもり?
追っていくと、彼女は大きなビルの中へ入っていった。どうも既に廃墟になっているようだった。
それを見てわたしは思った。なるほど、非常に“わたし”らしい、と。
恐らく他人を巻き込まないようにする為だろう。
でも、お陰で助かった。いつまでも逃げ続けられる方がわたしにとってはずっと嫌だ。
フフ
と、笑う。
あなたの事ならよく分かっているのよ? だってあなたはわたしなのだもの。この中で、絶対にあなたを…… いいえ、“わたし”を倒してあげる。
わたしはビルの中へと入っていった。
二見愛…… キリは、廃ビルに入ると紐野繋へ連絡を取った。彼は不可視の少女を見る事ができる。彼さえやってくれば、彼女を倒すのは容易のはずだ。ビルの外に出て、彼女が出て来るのを見つけてもらって倒せば良い。
だが、恐らく彼女もそれを分かっているのだろう。少しでも立ち止まると、何処から攻撃が飛んで来るか分からないから絶えず動き回っていなければならなかった。逃げ回っていても突然攻撃を受ける。その瞬間だけは、彼女のいる位置が漠然と分かるが、直ぐに移動してしまうのか、その位置を攻撃しても何も変わらない。少し経つと別の方向から攻撃が来る。
“ビルの上に逃げて、空の上から紐野君を探して合流するのが一番良さそう”
そう判断すると、キリは屋上を目指した。だが、それが判断ミスだった。どうやら不可視の少女は、それを予想して先回りし罠を張っていたらしく、至近距離から攻撃を受けてしまったのだ。耐久力を上げているとはいえ、まともに食らえばかなりのダメージになる。
“まずい。窓の外に逃げ……”
そう考え脱出しようとしたが、それも読まれて攻撃をまた受ける。
思考が読まれている。
まるで自分自身と闘っているようだった。
地面に転がる。
“まずい。このままじゃ、本当に殺されちゃう”
彼女は死を覚悟した。
――が、そこで攻撃は止んだ。
紐野繋は急いで廃ビルを駆け上がっていた。外からでも戦闘音は聞こえて来ていた。この中に二見愛と不可視の少女がいるのは間違いない。
後少しでビルの最上階に着こうというところで、二見が転がっているのが目に入った。魔法少女キリの姿になっている。
用心のため、爆弾を掴んで彼女に近付く。
「大丈夫か?」
「紐野君……」と彼女は言う。
「ちょっときついかも。それより気を付けて。彼女が近くにいるから。何故か攻撃は止まったけど」
そう言われて彼は辺りを見渡してみた。すると、身体が半分ノイズがかったような影がゆっくりと起き上がるのが見えた。
“なんだ?”
握った爆弾を投げて爆発させる。屋内でも使えるように威力は抑えてあるが、それでも“それ”には充分な攻撃になったようだった。吹き飛んで、起き上がって来ない。
“それ”はそれから言った。
『紐の…… く。そう……だ、ね。き……は、かの…… を助ける…… ね』
それは不可視の少女の声だった。
『あ…… と、ちょっ…… だったのに。デリー…… がはじ…… ちゃった』
そこで彼は理解した。不可視の少女は消えかかっているのだ。何とも言えない気持ちになって彼はその姿を見つめた。
『そ…… んな、顔…… しないで、あいつに…… 捕まって…… よりは、ずっとマシだから』
やがて彼女の身体は全てノイズで埋め尽くされていった。最期に彼女は『ありがとう』と言ったようだった。上手く聞き取れなかったが。
静寂が襲う。
そしてそこで奇妙な音声が聞こえ始めた。声は彼女のものだが、機械的で事務的な口調だった。
『コピープロテクトが働き、データの削除が行われています。引き続き、当サービスをお受けになりたい場合は、違法コピーではなく、正規の商品をお買い求めください』
彼はその言葉に愕然となっていた。
“違法コピーだって?”
その声の後で完全に彼女の身体は消えてしまった。後にはボロボロになって服だけが残されていた。
わたしの攻撃を受けて、魔法少女キリは転がっていた。
後少しだ。
だが油断は禁物だ。彼女には治癒魔法がある。逃げられたら傷を癒されてしまう。
――今すぐに、ここで止めを。
だけど、そう思って杖を持った手を振り上げたところで異変が起こった。ノイズが走って杖を上手く持てず落としてしまったのだ。一瞬で理解した。
デリートが始まったんだ。
倒れてしまう。
そんな後少しなのに。
運が悪い。
くそう。
わたしは杖を持ってなんとか立ち上がろうとした。そこで誰かがやって来る。
紐野君だ。
何故だろう? 彼がわたしを助けてくれるはずもないのに、わたしはこれで助かったと思ってしまった。
当然のように、それから彼はわたしに向かって爆弾を投げた。目の前で破裂音が響き、わたしは吹き飛んだ。
これは、もう駄目だ。
彼から攻撃を受けた事はショックではなかった。それは彼がわたしを守ろうとしているという事でもあったから。
だからわたしはそれを伝えようと必死に口を動かした。上手く通じているかは分からなかったけど。
それから、紐野君の表情が悲しく歪んだのが分かった。
いけない。
と、わたしは思った。
彼は何にも悪くないんだ。罪の意識なんか感じる必要はない。再びわたしは口を必死に動かした。そして、最後に“ありがとう”と言った。
これは、なんだか伝わっているような気がした。
――そこで視点が切り替わった。
何故かわたしは真っ白な空間にいた。そこには真っ白な誰かがいてわたしに話しかけて来た。
『悪かったね。辛かったろうに。でも、僕の立場じゃどうにもならなかったんだ』
あなたはだれ?
とわたしは尋ねた。
それは応えた。
『技術者とでも名乗っておこうかな? 本当は君のような悲しい存在を生み出すのは反対なんだ、僕は』
それでわたしは察した。この人は“運営”側の人間だ。運が悪かったと思っていたけど違っていたらしい。キリに止めを刺す前に、この人がわたしのデリートを発動させたんだ。
その人は手をかざすと、
『せめて最期は、良い夢を…… 否、良い現実を見させてあげる』
そう言った。
すると、その刹那、わたしの脳裏に仕合せなイメージがあふれ出して来た。わたしは魔法少女キリで、紐野君との仲を深めている。彼は不器用だけどとても素敵な男の子だ。でも、弱い部分もあるから、わたしが支えてあげないといけない……
ふふ。
可愛い。
明日はわたしの方からデートに誘おう。彼は一体どんな顔をするだろう?




